酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







タブチの反撃




 照屋大親(てぃらうふや)糸満大親(いちまんうふや)の裏切りで、進貢船(しんくんしん)をタルムイに奪われた事を知ったタブチは物凄い剣幕で腹を立てた。

「なぜじゃ。なぜ、あの二人が寝返ったのじゃ?」

「照屋大親も糸満大親も初代の山南王(さんなんおう)からの重臣じゃ。山南王が入れ替わっても、二人で糸満の港を守って来たんじゃ。裏切る事などあるまいと思っていたんじゃがのう」と山グスク大主は苦虫をかみ殺したような顔で首を振った。

「まったく許せん事じゃ」と摩文仁大主(まぶいうふぬし)も怒りに満ちた顔付きで言った。

「あの二人にとっては、何をおいても交易が一番なんじゃろう。王妃が王印を持って行ったので、王妃に寝返ったに違いない」

「王印か‥‥‥」とタブチは渋い顔をした。

 弟の惨めな死に様を見て、チヌムイを助けるためと弟に詫びるために、命を捨ててここに来たのが間違いだった。エータルーが言ったように、兵を率いて、ここに来て、山南王になると宣言すればよかったのだ。そうすれば、王印は王妃に奪われる前に、ちゃんと確認したはずだった。カニーと侍女たちは豊見(とぅゆみ)グスクに潜り込む事に成功したが、そう簡単には奪えないだろう。

 重臣の波平大親(はんじゃうふや)が顔を出して、(うふ)グスクからの知らせで、敵兵六百人が照屋グスクと糸満グスクを守るための陣地を造っていると知らせた。

「六百じゃと?」とタブチは驚いた。

長嶺按司(ながんみあじ)の兵がグスクに閉じ込められ、瀬長按司(しながあじ)(かに)グスク按司が八重瀬(えーじ)グスクを攻めているのに、どうして、そんなにも兵がいるんじゃ」

「亡くなられた王様(うしゅがなしめー)は密かに兵を育てておりました。その兵が敵に加わったものかと思われます」

「どうして、その兵をこっちに呼ばなかったのじゃ」

「それがどこなのか、わしら重臣たちも知りません。王妃様(うふぃー)は知っていたようです」

「何てこった。その兵というのは何人おるんじゃ」

「正確にはわかりませんが、五百はいるかと」

「シタルーは重臣たちにも内緒で兵を育てていたのか。くそったれが」

「今後の対策を練りますので、皆様方に集まってもらいたいとの事です」

 タブチたちは波平大親に従って、北の御殿(にしぬうどぅん)に行った。長卓(ながたく)には新垣大親(あらかきうふや)真栄里大親(めーざとぅうふや)の二人しかいなかった。

 重臣たちは八人いた。糸満川以北に本拠地を持つ賀数大親(かかじうふや)と兼グスク大親は出て行き、照屋大親と糸満大親は寝返った。残るは四人のはずだった。

「あと一人はどうした?」とタブチは重臣たちに聞いた。

国吉大親(くにしうふや)は照屋大親が寝返ったと聞いて、国吉グスクが危ないと言って飛び出して行った」と新垣大親が言った。

「照屋グスクが敵になって、国吉グスクはわしらの最前線のグスクとなったわけじゃが、国吉大親はグスクを守るために行ったんじゃない。今頃はもう寝返っているじゃろう」

「何じゃと?」と摩文仁大主が怒鳴った。

「国吉大親の奥方は照屋大親の娘なんじゃよ」と真栄里大親が言った。

「それに国吉大親の父親は照屋大親のお陰で重臣になれたんじゃよ。照屋大親を裏切る事はできまい」

 タブチの父、汪英紫(おーえーじ)が山南王になる時、先々代の国吉大親は与座按司(ゆざあじ)と一緒に最後まで抵抗して戦死した。サムレー大将だった弟も戦死して、国吉グスクを守っていた三男は照屋大親のお陰で、国吉大親を継いだ。すでに、今の国吉大親に娘が嫁いでいたので、兄たちに従うなと言って助けたのだった。

「何で、止めなかったんじゃ」とタブチが言った。

「照屋大親と糸満大親の裏切りを知って呆然としていたんじゃよ」と真栄里大親が言った。

「とても信じられなかったんじゃ。奴が国吉グスクが危ないと言った時、確かにそうじゃと思って送り出したんじゃ。あとになってから、奴が照屋大親の娘婿だって気づいたんじゃよ。照屋大親とつながっているのは国吉大親だけではないからのう。新垣大親殿の長男の妻も照屋大親の娘だし、糸満大親の長男の妻も、賀数大親の長男の妻も照屋大親の娘なんじゃ。重臣の中でも最も力を持っていた照屋大親と誰もが姻戚関係になろうとしていたんじゃよ」

「ふん」とタブチは鼻で笑って、椅子に腰を下ろした。

 四人の御隠居(ぐいんちゅ)たちも椅子に座り、三人の重臣たちと向き合った。

「わしは殺される覚悟でここに来た。ところが、重臣たちは、わしに山南王になってくれと言った。わしはその言葉を信じて、山南王になる決心を固めた。それがどうじゃ。今、ここに残っている重臣はたったの三人じゃ。どうなって、こうなったのかを説明してもらおうか」とタブチは言った。

「そなたが先代の王様の遺体と一緒にここに来た時、わしは重臣たちにその事を伝えた。捕まる覚悟で来た事もな」と新垣大親が言った。

「重臣たちの答えは、そなたを捕まえて、豊見グスク按司に跡を継いでもらおうというものじゃとわしは思っていた。だが、わしは何とかして、そなたを助けたいと思った。そして、長男が跡を継ぐべきじゃと言ったんじゃよ。チヌムイの母親が殺される前の正常な状態に戻すべきじゃと言ったんじゃ。そしたら、重臣たちのほとんどが、それがいいと賛同したんじゃよ」

「真栄里大親殿も賛同したのですか」とタブチは聞いた。

「賛同しました」と真栄里大親は言った。

「わしにも三人の倅がおりまして、家督争いをさせたくはなかったんじゃ。それに、豊見グスク按司はまだ若いし、山南王になるための修行もしておらん。突然、ここに来ても山南王は務まらんと思ったんじゃ。それに比べて、八重瀬殿は何度も明国に行っているし、中山王の正使も務めておられる。誰もが、山南王にふさわしいと思ったんじゃ」

「それに東方(あがりかた)の事もあるのです」と波平大親が言った。

「東方の按司たちは山南王に敵対していました。八重瀬殿が山南王になれば、東方も従って、山南王の領内は以前よりも広くなると思ったのです。現に、東方の按司たちは八重瀬殿の命令に従って、長嶺グスクを攻めています。このまま、八重瀬殿が山南王になれば、すべてがうまく行くと誰もが思っていました」

「それなのに、どこで狂ったのじゃ?」

「王妃様じゃろう」と新垣大親が言った。

「王妃様が王印を持って豊見グスクに行った事で、すべてが狂ってしまったんじゃ」

「照屋大親は裏切り者が出て、王妃にすべてを話した者がいると言っておったが、それは誰だったんじゃ」

「わからん」と新垣大親が言って、真栄里大親と波平大親は首を振った。

「早くに寝返った兼グスク大親と賀数大親が怪しいが、今思えば照屋大親だったのかもしれん」

「八重瀬殿を山南王にしようと決めていた時、この部屋から出て行った者がおるじゃろう。そいつが王妃に知らせたんじゃ」と摩文仁大主が言った。

評定(ひょうじょう)の最中、少し頭を冷やして、冷静になって考えようと照屋大親が言って、四半時(しはんとき)(三十分)ほど休憩したんじゃ。王様の突然の死を知って、皆、動転しておったからのう。頭を冷やす必要があったんじゃ。あの時、王妃に会おうとすれば、誰でも会う事はできたはずじゃ」

「照屋大親殿が怪しいのう。裏切り者がいると言っておったが、自分が裏切り者だったのかもしれん」と真栄里大親が言った。

「でも、照屋大親殿も王妃様が王印を持ち出した事にはかなり驚いていました。その事は知らなかったようです」と波平大親が言った。

「すると、王印が王妃のもとにある事を知ってから、照屋大親と糸満大親は寝返る決心をしたんじゃな」とタブチは言った。

「そうかもしれん」と新垣大親がうなづいた。

「照屋大親はどうやって、王妃と連絡を取ったんじゃ。進貢船を奪い取って寝返る事を王妃に知らせたのじゃろう」

「それは石屋のテハに頼んだのじゃろう」と新垣大親が言った。

「当然、書状のやり取りがあったと思うが、その事をテハはそなたたちに黙っていたのか」

「照屋大親が口止め料を弾んだのじゃろう」

 テハから詳しい話を聞こうと波平大親がテハを探しに行ったが、見つからなかった。

「いつもはどうやって、テハを呼んでいたんじゃ」とタブチが波平大親に聞いた。

「テハの配下の者が侍女の中にいて、いつも控えているのですが、なぜか、今日は見当たりません」

「ふん。そいつはわしらの話を聞いて、逃げて行ったんじゃろう。きっと、テハの奴も王妃の回し者じゃ。何もかも王妃に奪われておる。王印を奪われ、進貢船も奪われ、糸満の港も奪われた。この先、どうやったら勝てるんじゃ」

「弱音を吐いてどうするんじゃ。戦はまだ始まったばかりじゃ」と山グスク大主が気楽な顔で言った。

「王印と進貢船は奪われても、山南王の居城である島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクはわしらのものじゃ。ここの(あるじ)が山南王なんじゃよ。総攻撃を掛けて、豊見グスクを攻め落としてしまえばいい。敵は今、手に入れた糸満の港を守るために六百の兵を出して陣地造りに精を出している。本拠地の豊見グスクは手薄のはずじゃ。六百の兵に気づかれんように迂回して豊見グスクに向かって、総攻撃を掛けるんじゃ」

「おう、それがいい」と摩文仁大主が賛成して、絵地図を広げた。

 島尻大里から豊見グスクまで、迂回したとしても三里(十二キロ)はない。一時半(いっときはん)(三時間)もあれば行ける。夜のうちに移動して、饒波(ぬふぁ)橋辺りに待機して、早朝に攻め込めばいいと決まった。

 翌日、タブチは山南王として領内の按司たちを島尻大里グスクに集めた。以前に言っていたように、タブチの次男の喜屋武大親(きゃんうふや)は喜屋武按司に、三男の(あら)グスク大親は新グスク按司に昇格した。同じように摩文仁大主の次男は摩文仁按司(まぶいあじ)となり、山グスク大主の次男は山グスク按司、ナーグスク大主の次男はナーグスク按司、中座大主(なかざうふぬし)の次男は中座按司になった。山南王の重臣だった新垣大親、真栄里大親、波平大親の三人にも按司を名乗らせた。そして、新たな重臣として、摩文仁大主、山グスク大主、ナーグスク大主、中座大主、新垣按司、真栄里按司、波平按司の七人を任命した。

 集まった按司は、重臣たちを除いて、米須按司(くみしあじ)と摩文仁按司の兄弟、真壁按司(まかびあじ)と山グスク按司の兄弟、伊敷按司(いしきあじ)とナーグスク按司の兄弟、玻名(はな)グスク按司と中座按司の兄弟、与座按司(ゆざあじ)具志頭按司(ぐしちゃんあじ)李仲(りーぢょん)若按司、喜屋武按司だった。タブチの次男の新グスク按司は八重瀬グスクを包囲している敵陣の後方攪乱(かくらん)のため、今回は参加しなかった。

 李仲若按司の妻は波平按司の娘だった。明国から帰って来た父が豊見グスクにいるので、父の事を心配しながら作戦を聞いていた。

「心配するな。お前の親父は必ず助け出す」と新垣按司が李仲若按司に言った。

「お前の親父にも重臣になってもらって、新しい山南王を助けてもらう」

 李仲若按司は微かに笑ってうなづいた。

 作戦を頭に入れた按司たちは本拠地に帰って戦仕度を始め、その夜、思い思いの変装をして、武器や(よろい)は荷車で運び、饒波橋に向かった。天が味方をしているとみえて、満月が煌々(こうこう)と輝き、夜道を照らしてくれた。集まった八百人の兵たちは橋の周辺の草むらに身を隠して、夜が明けるのを待った。

 総大将は新垣按司だった。シタルーが山南王になるまで、サムレー大将として活躍していたし、最年長なので、按司たちも命令に従うはずだった。真栄里按司もサムレー大将から重臣になったので、副大将として出陣した。隠居した四人の重臣と波平按司は島尻大里グスクに残った。タブチも摩文仁大主も山グスク大主も大将として出陣したかったのだが、山南王が自ら行くべきではないし、隠居したからには倅たちに任せようと自分に言い聞かせて、勝利の知らせを待つ事にした。

 翌日の早朝、武装した兵たちは饒波川に沿って豊見グスクに向かった。

 豊見グスクは静まり帰っていた。櫓門(やぐらもん)の上にも石垣の上にも見張りの兵の姿はなかった。敵の攻撃などあるまいと安心しきっているようだった。

 前もって決めておいた位置に兵たちが配置につくと、新垣按司は総攻撃の合図の旗を振った。敵が守りを固めていたら火矢の攻撃から始め、敵が油断していたら弓矢は使わずに、石垣に取り付いてグスク内に侵入しろと決めてあった。火矢の場合は法螺貝(ほらがい)、石垣の場合は旗で合図を送る事になっていた。

 合図を見ると兵たちは梯子(はしご)を担いで石垣へと走った。あともう少しで石垣に届くと思った時、突然、石垣の上に敵兵がずらりと現れた。弓矢と石つぶてが雨のように降り注ぎ、兵が次々に倒れていった。

「引けー! 引け−!」と新垣按司は叫んだ。

「くそっ、はめられた。敵はわしらの攻撃を知っていた。裏切り者がいるに違いない」

 新垣按司は火矢を射るように命じた。

 味方の兵が楯を並べて、弓矢と石つぶてを防ぐと敵の攻撃もやんだ。

 火矢は次々とグスク内に撃たれるが、距離が遠いので威力はなく、敵に防がれて効果はなかった。

 石垣の周辺に苦しんでいる兵が何人もいたが、回収する事もできなかった。ざっと見た所、百人近くの兵がやられたようだった。

 北御門(にしうじょう)を攻めていた真栄里按司がやって来た。

「敵はわしらの攻撃を知っていた。いつまでもここにいたら挟み撃ちにされるぞ」と真栄里按司が言った。

「わかっている」と新垣按司は言った。

「具志頭按司が潜入に成功するかもしれん。火の手が上がるのをもう少し待とう」

 真栄里按司は、厳しい顔付きの新垣按司を見つめながらうなづいた。

 島尻大里の城下にいる石屋の親方のテサンは、豊見グスクを造っていて、抜け穴がある事を知っていた。天の助けだとタブチも重臣たちも喜んだ。抜け穴から潜入して、屋敷に火を掛け、敵が混乱している中、門を内側から開けて、総攻撃を掛ける。多少の犠牲は出るかもしれないが、豊見グスクは落ちたも同然だった。

 誰が抜け穴を行くかを決める時、希望者が殺到したので(くじ)引きをして、具志頭按司が当たったのだった。具志頭按司は張り切って、五十人の兵を引き連れて抜け穴に入って行った。見事に落とす事ができれば、豊見グスクが自分のものになるかもしれないと夢を抱いていた。

 半時(はんとき)(一時間)が過ぎても、グスクから火の手は上がらなかった。

「物見の者から照屋にいた敵兵がこちらに向かっているとの知らせが入ったぞ。早く、撤退した方がいい」と真栄里按司が言った。

 新垣按司はグスクを見上げたままうなづき、「撤収じゃ」と叫んで、合図の法螺貝を鳴らせた。

 新垣按司は撤退する時に城下の家々に火を掛けさせたが、その事を予見していたのか、消火活動も早く、数軒の家が焼けただけで火は消えた。

 帰って来た新垣按司を迎えたタブチは、「王印は手に入れたか」と聞いたが、新垣大親は首を振った。

「なに、失敗したのか」

「裏切り者がいるんじゃよ。わしらの作戦はすべて敵に筒抜けじゃった。抜け穴を行った具志頭按司は待ち伏せを食らって全滅したじゃろう」

「何という事じゃ。一体、誰が裏切ったのじゃ」

「テハの配下の者がグスク内におるんじゃよ。侍女やサムレー、城女(ぐすくんちゅ)の中にいるに違いない」

「くそっ!」とタブチは(こぶし)を握りしめて怒りを抑えていた。

「損害はどれくらいじゃ」とタブチは聞いた。

「二百近いかもしれんな。撤収する時にも敵の攻撃に遭って、数人がやられた」

「二百か‥‥‥」

 タブチは首を振ると溜め息をついて、島尻御殿(しまじりうどぅん)の二階に向かった。

 山南王の執務室で八重瀬ヌルと島尻大里ヌルが待っていた。タブチは姉妹を見て、二人が一緒にいるのを久し振りに見たような気がした。

「だめだったのね」と八重瀬ヌルが言った。

「石屋のテハにやられたようじゃ」とタブチは力なく言った。

「突然に湧いた話はうまくは行かん。二百人もの兵を死なせてしまった。具志頭按司も戦死したんじゃ」

「えっ、ヤフスの息子が戦死したの?」

「せっかく、具志頭按司になれたのに、戦死してしまったんじゃ。可哀想な事をしてしまった」

「そう」と言って八重瀬ヌルは両手を合わせた。

 島尻大里ヌルも両手を合わせて、具志頭按司の冥福を祈り、タブチも両手を合わせた。

「跡継ぎはまだ幼いわね」と八重瀬ヌルが言った。

 島尻大里ヌルはまだお祈りを続けていた。

「三人の子がいるが、長男はまだ十歳くらいじゃろう」

「先々代の奥方様(うなじゃら)(ナカー)がいるから大丈夫よ」

「そうじゃな」とタブチは力なくうなづいた。

「その刀なんだけどね」と八重瀬ヌルがタブチが腰に差している刀を示した。

「やっぱり、察度(さとぅ)御神刀(ぐしんとう)なのよ。察度はその御神刀のお陰で中山王になったわ。そして、父に贈って、父は山南王になった。父が山南王になったのも察度のためだったのよ。察度の跡を継いだ武寧(ぶねい)を守ってもらうために、察度は父を選んで、その刀を贈ったのよ。現に父は武寧とうまくやっていたわ。武寧が亡くなってしまって、その刀は眠りについたけど、お兄さんのお陰で目を覚まして、察度のために働き出したのよ」

「なに? どういう意味じゃ?」

「中山王の武寧は滅ぼされて、跡継ぎも殺されたわ。今、察度の孫が山南王になろうとしている。それを助けているのよ」

「察度の孫? タルムイの事か」

 八重瀬ヌルはうなづいた。

「そんな事、信じられん。タルムイを山南王にするなら、わしを殺せば済む事じゃろう」

「タルムイに試練を与えているのよ。豊見グスクからここに移って来て山南王になったとしても、何も知らないタルムイは重臣たちに操られるだけだわ。戦という試練を与えて、誰が自分に忠実な重臣なのかを悟らせているのよ」

「何じゃと‥‥‥わしはタルムイを成長させるために山南王になったというのか」

「その御神刀には察度の魂が宿っているわ。察度が願う通りに事は起こるのよ」

「何てこった。わしは察度に踊らされていたのか」

 タブチは腰から刀をはずすと、刀掛けに置いてある自分の刀と交換した。

「お兄さんが腰からはずしたとしても、御神刀はタルムイを助けるでしょう。タルムイが山南王になるまで眠りにはつかないわ」

「わしはどうしたらいいんじゃ?」

「タルムイが山南王になれば、チヌムイは勿論の事、お兄さんの一族は滅ぼされるわ。生き延びるためには、琉球から出て行くしかないわ。どこか遠くの島に逃げるしかないのよ」

 タブチは溜め息をついた。

「逃げるしかないのか‥‥‥」

 波平按司がタブチを迎えに来た。

 タブチはお祈りを続けている島尻大里ヌルと御神刀を見つめている八重瀬ヌルを見てから、北の御殿に向かった。

 重臣たちは暗い顔付きで、タブチを待っていた。

「ここで話した事はすべて敵に筒抜けじゃぞ」とタブチは言った。

「確かに」と新垣按司が言って、部屋の中を見回した。

 テハの配下がどこかに隠れて話を聞いているはずだった。

「ここにいたら息が詰まる。外に出よう」

 タブチは重臣たちと一緒に御庭(うなー)に出た。

 御庭は首里(すい)グスクと同じように、島尻御殿、北の御殿、南の御殿(ふぇーぬうどぅん)に囲まれていて、正面には高い石垣があって、その中央に御門(うじょう)があった。

 御庭の中央に床几(しょうぎ)を円形に並べて、タブチたちは顔をつき合わせて今後の対策を練った。

「豊見グスク攻めは失敗に終わった。次は照屋グスクでも攻めるか」とタブチは言った。

「まず、王印を奪い取らなければならん」と摩文仁大主が言った。

「王印が手に入れば、照屋大親と糸満大親は戻って来る」

「戻って来たら迎え入れるのか」とタブチが聞くと、

「長年、交易に携わってきた照屋大親は必要じゃ」と新垣按司は言った。

「よく考えたんじゃが、わしはこの辺でやめた方がいいと思う」とタブチは言った。

「何じゃと?」と摩文仁大主がタブチを見た。

 ほかの重臣たちは口をぽかんと開けて、タブチを見ていた。

「最初から無理な話だったんじゃ。わしはチヌムイを連れて琉球から逃げる。そなたたちもこのグスクを明け渡した方がいい。わしに踊らされたとわしのせいにすればいい。わしがいなくなれば戦も治まるじゃろう」

「今更、何を言っているんじゃ」と山グスク按司が怒った顔でタブチに詰め寄った。

「そなたたちを誘った事は謝る。すまなかった。そなたたちは隠居の身じゃ。グスクに戻って、頭を丸めて謹慎していれば許されるじゃろう」

「馬鹿な事を言うな。まだ、諦めるのは早い」と中座大主がタブチの膝をたたいた。

「ほんの短い間じゃったが、わしは山南王になれた。もう何も悔いはない。残りの余生はどこかの無人島で釣りでも楽しみながら暮らすつもりじゃ」

 タブチは力なく笑うと立ち上がった。

「ありがとう」とタブチは皆にお礼を言うと御庭から立ち去った。

「ちょっと待ってくれ」とナーグスク大主があとを追って行った。

 残った六人の重臣たちはタブチとナーグスク大主が消えて行った島尻御殿を呆然とした顔付きで眺めていた。

「去る者は追わずじゃ」と摩文仁大主が言った。

「どうするんじゃ。わしらも引き上げるのか」と山グスク大主が聞いた。

「タブチは簡単にああ言うが、タルムイはわしたちを許すまい。わしらは皆、殺されるじゃろう」

「わしらも逃げるしかないのか」と中座大主が聞いた。

「逃げるか、それとも、戦って勝つかじゃ」

「勝つ? 山南王がいなくなったのに、どうやって勝てるというのじゃ」

「そなた、わしを誰だか忘れたのか」と摩文仁大主は言って、皆の顔を見回した。

「あっ!」と山グスク大主が摩文仁大主を見つめた。

「忘れておった。そなたは王妃の兄じゃった」

「そうじゃ。わしは王妃の兄で、亡くなった山南王の義兄じゃ。義兄が山南王になってもかまうまい」

 皆が驚いた顔で、摩文仁大主を見つめていた。





島尻大里グスク




豊見グスク




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