酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







忘れ去られた聖地




 具志頭(ぐしちゃん)グスクを出て、仕事に戻れとサタルーを追い返したあと、ササたちを八重瀬(えーじ)グスクに連れて行こうかとサハチが思っていたら、耳元でユンヌ姫の声が聞こえた。

「面白い所に連れて行くわ」と言ってから、「ササには聞こえないから大丈夫」とユンヌ姫は言った。

 サハチはユンヌ姫に案内されるままに馬に乗って北へと進んだ。ササたちは重い(よろい)を脱いで、イハチに預け、いつもの女子(いなぐ)サムレーの格好に戻っていた。

「ねえ、面白い所ってどこなの?」とササがサハチに聞いた。

「ササが興味を持ちそうな古いウタキだよ」

「どうして、按司様(あじぬめー)がそんな事を知っているの?」

「お前のお母さんに聞いたんだよ。俺も行った事がない。近くまで来たので、お前と一緒に行ってみたいと思ったんだよ」

「按司様も古いウタキに興味があるの?」

「俺も一応、神人(かみんちゅ)だからな」

 サハチがそう言うとササは笑った。その笑顔が美しく、サハチはドキッとした。お転婆娘だと思っていたササもいつの間にか、大人の女になっていた事に改めて気づいた。

「お前、いくつになったんだ?」とサハチは聞いた。

「もうすぐ、二十四になるわ」

「なに、もう二十四か」とサハチは驚いた。

 二十四といえば、子供が二、三人いるのが普通だった。

「あたしのマレビト神は一体、どこにいるのかしら?」とササは空を見上げた。

「何度もヤマトゥに行っているのに、いい男は見つからなかったのか」

「ヤマトゥに行ったら、あたしがマレビト神になってしまうもの。琉球にいて、待っていなくては駄目だわ」

「成程。そういうものか。いつか必ず、お前にふさわしいいい男が現れるさ」

「そうだといいんだけどね」とササは力なく笑った。

 ユーナンガー(雄樋川)に架かる橋を渡って、南へと戻った。この橋はタブチが造った橋だった。東方(あがりかた)の按司たちと手を結ぶために、(あら)グスクから玉グスクへと向かう道に橋を架けたのだった。

 馬に揺られて一里半(約六キロ)ほど、のんびり行くと百名(ひゃくな)という古い集落に着き、そこから海岸に向かった。草木が生い茂った林の前で馬を下りて、ユンヌ姫の指示通りに草をかき分けて、邪魔な枝を刀で切りながら進んで行った。

「按司様、本当にこの中に古いウタキがあるの?」とササが聞くが、サハチにもわからず、「あるはずなんだよ」と答えて、先へと進んだ。

 シンシンが突然、悲鳴を上げた。シンシンが指差す方を見るとハブが鎌首を上げていた。

 サハチが刀を構えたが、ササが「行きなさい」と言うと、ハブは素直にうなづいて、消えて行った。

 藪をかき分けて険しい岩場を下りて行くと、ようやく視界が開けて綺麗な海が見えた。下を見ると切り立った崖で、そこから先には進めなかった。

「まあ、綺麗!」とナナが言って海を眺めた。

「なぜか、ほっとする眺めね」とササが言った。

 海の中にいくつもの岩が点在していて、海の向こうには久高島が見えた。

「まさか、ここを降りるんじゃないでしょうね?」とササがサハチを見た。

「そうじゃない。お目当てはこっちだ」

 サハチは生い茂った草をかき分けて、崖とは反対側に行った。岩に囲まれた所にウタキらしい物があった。近くにある岩から綺麗な水が湧き出していた。

「これだよ」とサハチはウタキを示した。

「かなり、古いウタキみたいね」とササは言った。

 湧き水でお清めをして、サハチもササたちと一緒にお祈りをした。

「このウタキは『浜川(はまがー)のウタキ』といって、遠い南の国からやって来たアマミキヨ様が上陸して、しばらく暮らしていた所なの」とユンヌ姫がサハチに言った。

「アマミキヨ様というのはユンヌ姫のお母さんだろう」とサハチが言うと、

「違うわよ。もっとずっと昔の神様よ」とユンヌ姫は言った。

 サハチにはよくわからなかった。

「按司様、何をぶつぶつ言っているの?」とササが言って、シンシンとナナもサハチを見ていた。

「ちょっと、神様と話をしていたんだ」とサハチは言った。

 ササは笑って、またお祈りを始めた。

 ユンヌ姫は黙った。

 サハチは無心になってお祈りをしたが、神様の声は聞こえなかった。しかし、強い霊気のような物を感じ、神様の気配も感じていた。ユンヌ姫に言われるままに来てしまったが、ウタキに男が入っていいものなのか、今更ながら不安を感じていた。

 ササは神様の声を聞いていた。神様は怒っていて、「やっと来たわね。早く、ここを綺麗にしてちょうだい」と言ったきり、ササが神様の名前を尋ねても教えてはくれなかった。

 ササは諦めて、お祈りをやめると、空を見上げて、「ユンヌ姫様、ここは何なの? 教えてちょうだい」と言った。

「サハチのお芝居が下手だからばれちゃったじゃない」とユンヌ姫はサハチに文句を言ってから、「ここはあたしの御先祖様のウタキなの」とササに言った。

「あなたの御先祖様なら、あたしたちの御先祖様でしょ。どうして、こんなありさまなの?」

「かなり古いウタキだから忘れ去られてしまったの。ここを(よみがえ)らすのがササのお役目よ」

「いいわ。草を刈りましょう」とササは言って、みんなで草刈りをして綺麗にした。

 改めてお祈りをすると、神様は機嫌を直してお礼を言って、百名ヌルだと名乗った。

「わたしはこのウタキを守っていましたが、わたしが亡くなったあと、何代かして百名ヌルは絶えてしまったのです。この下にある『ヤファラチカサ』は玉グスクヌルが守っていますけど、ここは忘れ去られてしまったのです。ここは『スーバナチカサ』といって、ヤファラチカサから上陸したアマミキヨ様がしばらく住んでおられた聖地なのです。二つが揃って浜川ウタキと呼ばれていたのです」

「アマミキヨ様がここに住んでいたのですか」とササは聞いた。

「この裏にガマ(洞窟)があります。そこで、しばらく暮らして、この辺りの様子を調べたのです」

 豊玉姫(とよたまひめ)様の娘のアマン姫様は、豊玉姫様と一緒に馬天浜(ばてぃんはま)(ハティヌハマ)から上陸して、玉グスクに行ったはずだった。こんな所で暮らすはずはなかった。

「アマミキヨ様はアマン姫様の事ではなかったのですか」とササは神様に聞いた。

「違います」と神様ははっきりと言った。

「スサノオ様と豊玉姫様が偉大な神様だったために、二人の娘のアマン姫様がアマミキヨ様だと勘違いしている神様が多いのですが、アマミキヨ様はアマン姫様よりも一千年も前に、南の方から琉球に来られた御先祖様なのです。アマミキヨ様の子孫たちが北上してヤマトゥの方に行ったため、途中の島々がアマンと呼ばれるようになって、アマン姫様のお名前もそれにちなんで名付けられたのだと思います」

 確かにそうだとササは思った。玉依姫(たまよりひめ)の神様は南の島は皆、『アマン』と呼ばれていたと言っていた。

「アマミキヨ様はどこから琉球にいらしたのですか」とササは聞いた。

「アマンという国だと思います。遙か南にある遠い島からやって来られたのです。天孫氏(てぃんすんし)はここから始まりました。ここは重要な聖地なのです。しっかりと守って下さい。お願いします」

 ササは必ず守ると神様に約束した。神様は喜んだあとユンヌ姫に、「叔母様、ありがとうございます」とお礼を言っていた。

「ササならちゃんとやってくれるから大丈夫よ」とユンヌ姫は神様に言った。

 お祈りを終えたあと、ササはみんなにこの場所の事を説明した。シンシンもナナもアマン姫とアマミキヨが別の神様だと聞いて驚いていた。

「スサノオ様がl琉球に来られた時、豊玉姫様は玉グスクにいらしたわ。豊玉姫様の御先祖様がアマミキヨ様で、その子孫が天孫氏だったのよ」

 ササがそう言うとシンシンもナナも真剣な顔をしてうなづいた。

「俺がここにいても大丈夫なのか」とサハチはササに聞いた。

「神様は何も言わなかったわ。神様も按司様を神人だと認めているのよ」

「そうか。スサノオの神様のお陰だな」とサハチは天に向かって両手を合わせた。

 アマミキヨ様が暮らしていたガマを見てから海岸へと降りた。かなり崩れていたが、下へ降りる道があった。

 潮が引いているので、岩がいくつも顔を出していた。

「あれね」とササが言って、塔のように立っている岩の所に行ってお祈りをした。

「潮が満ちて来ると隠れちゃうのよ」とユンヌ姫が言った。

「あたしがヌルの修行を始めた時、母に連れられてここに来たの。母は海の向こうを見つめながら、御先祖様が遠い国からやって来て、ここから上陸したのよって教えてくれたわ」

「ユンヌ姫がその話を聞いたのは、いつの事なんだ?」とサハチが聞いた。

「よくわからないけど、一千年くらい前じゃないかしら」

「なに、一千年‥‥‥ユンヌ姫はそんな昔の神様だったのか。すると、アマミキヨ様は二千年前の神様か‥‥‥」

 サハチは驚いて声も出なかった。ユンヌ姫が一千年前の神様なら、スサノオも一千年前の神様だった。一千年前の神様が、今も大切に祀られているのだから、スサノオはサハチが思っているよりもずっと偉大な神様に違いなかった。

 お祈りが終わるとササは南の海をじっと見つめていた。その横顔を見ながら、いやな予感がするのをサハチは感じていた。

 ユンヌ姫の案内で、険しい崖を登って、着いた所は『ヤファサチムイ(藪薩御嶽)』という古いウタキだった。ここはちゃんと道もあって、ウタキの周辺も綺麗に草が刈ってあった。

「ここはササのお母さんが見つけて、玉グスクヌルに教えたのよ。玉グスクヌルがちゃんと守っているわ」とユンヌ姫が言った。

「お母さんがここを?」

「もう二十年近く前の事よ」

 ササが六歳の時だった。ササは祖母と叔母に預けられて、母は五年間、ウタキ巡りの旅をしていた。母に会えないのは寂しかったけど、ササは時々、母の姿を夢に見ていた。母が知らない場所の古いウタキで、神様とお話ししている場面だった。あの時は夢だと思っていたが、夢ではなく無意識のうちに遠隔視をしていたのだった。

 サハチもササたちと一緒にウタキの前でお祈りをした。サハチには神様の声は聞こえなかった。ササには聞こえたが、何を言っているのかさっぱりわからなかった。

「ねえ、何と言っているの?」とササはユンヌ姫に聞いた。

「あたしにもわからないわ。アマンの国の言葉をしゃべっているのよ。ここの崖は古いお墓だったの。琉球に来て、まだ、琉球の言葉がしゃべれない人たちが眠っているのよ」

「二千年前の御先祖様なのね」

 ササたちは御先祖様たちの冥福(めいふく)を祈ってから、馬を置いた場所に戻った。

「次はこっちよ」とユンヌ姫は案内をした。

「シンシンはユンヌ姫の声が聞こえるのか」とサハチはシンシンに聞いた。

「聞こえます」とシンシンは笑った。

 ナナに聞くと首を振って、「あたしはまだ修行が足りないわ」と言った。

 ナナを見ながら、サタルーといい仲になると俺の娘になるわけかと思い、それも悪くはないなと思っていた。

 次の目的地にはすぐに着いた。草茫々(ぼうぼう)の荒れ地の先にこんもりとした小さな山があった。

「これも古いウタキなの?」とササがユンヌ姫に聞いた。

「あの山は『ミントゥングスク』って呼ばれているわ。浜川ウタキから、アマミキヨ様はここに移り住んだのよ。あの上にお屋敷を建てて暮らしたの。何人も子供をお産みになられて、あそこで亡くなったらしいわ」

「旦那さんも一緒に連れて来たのか」とサハチは聞いた。

「シルミキヨ様という名前の神様よ」

「初めて聞くわ」とササが言った。

「いつも男子(いきが)女子(いなぐ)の後ろに隠れているの。あたしが生まれた時もそうだったけど、グスクの(あるじ)はヌルだったのよ。旦那さんはその補佐役だったのよ」

「按司はいなかったのか」

「ここにいたシルミキヨ様が何て呼ばれていたかわからないけど、あたしの父はアジサーって呼ばれていたわ。アジサーは梓弓(あずさゆみ)の事で、父は梓弓を鳴らしてマジムン(悪霊)を追い払って、母を助けていたの。アジサーがいつの間にか、アジに変わっていったんだと思うわ。でも、今とは違って、ヌルの方が偉くて、アジサーはヌルを補佐していたの。母はヌルトゥチカサ(祝詞司)って呼ばれていて、玉グスクの宮殿で女王様のように暮らしていたのよ。あたしだって、与論島(ゆんぬじま)の宮殿で暮らして、島の人たちを守っていたのよ。戦なんてなかったからサムレーもいなかったわ。ヤマトゥとの交易が盛んになって、蔵に溜めた財宝を守るために、サムレーが生まれたのよ。そして、戦世(いくさゆ)になるとアジが(しま)の人たちを守るためにグスクの主人になって、ヌルはアジを助けるようになっていったの」

 スサノオが琉球に来た時は、まだ、按司はいなくて、玉グスクヌルがこの辺り一帯を治めていたのかとササは考えていた。豊玉姫様の娘の玉依姫様はヤマトゥの国の女王様になったと言っていたけど、豊玉姫様もこの辺り一帯の女王様だったのに違いない。いえ、スサノオの神様と出会った時は若かったから、女王様の娘の若ヌルだったんだわと思った。

 草をかき分けて、崩れかけた石段をよじ登って、山の上に着いた。山の上も草茫々だった。

「仕方ないわね」とササは言って、みんなで草刈りをした。

「刀の刃がぼろぼろになっちゃうわ」とナナが文句を言った。

「大丈夫よ。按司様が代わりの刀をくれるわ」とササが言った。

「ああ。草刈り専用の短い刀をあげるよ」とサハチは言った。

「そんなの鎌で充分よ。立派な名刀を頂戴ね」

「わかっているよ。毎年、ヤマトゥに行って活躍しているからな。御褒美をあげなくちゃならんな」

 ナナとシンシンが顔を見合わせて喜んでいた。

 草刈りが終わって周りを見ると、四方が見渡せて、いい眺めだった。東には久高島が見え、北を見れば、すぐそばに垣花(かきぬはな)グスクが見えた。西を見れば玉グスクが見え、南を見れば、浜川ウタキがある森が見えた。山の上は思っていたよりも狭く、四つのウタキがあった。

 ユンヌ姫の言う通りに順番にお祈りをした。最後のウタキがアマミキヨ様とシルミキヨ様のお墓だった。ササは神様の声を聞いたが、やはり、アマンの言葉だったので、さっぱりわからなかった。

「ここも大切にしてね」とユンヌ姫は言った。

 ササはうなづいて、南の海をじっと見つめていた。

「アマンの国が見えるのか」とサハチはササに聞いた。

 ササは首を振った。

「アマミキヨ様はどうして、アマンの国から琉球に来たのかしら?」

「何かが起こったんだろう。二千年も前の事だからな。大きな台風にやられて住めなくなってしまったのかもしれない」

「大きな津波に呑み込まれちゃったのかもしれないわね」

「次に行くわよ」とユンヌ姫が言った。

「まだ忘れ去られた聖地があるの?」とササが聞いた。

「もう一つあるわ。アマミキヨ様の子孫たちが、ここから移り住んだ場所よ」

「どうして、ここから移ったの?」

「子孫が増えて、ここが狭くなったからよ」

「成程」とササは納得したようにうなづいたが、「どうして、ここはミントゥングスクって呼ばれているの?」と聞いた。

「母から聞いた話だと『ミントゥン』というのは、『星』の事だって。アマンの国の言葉じゃないかしら。ここから星を見上げて、色々な事を占っていたんだと思うわ」

「星か」と言って、ササは空を見上げた。

 サハチも見上げて、夜だったら素晴らしい眺めが見られるだろうと思った。

 ミントゥングスクから西に、玉グスクへと向かう道を進んで行くと、玉グスクの城下の一番奥に出た。大通りの正面に玉グスクの大御門(うふうじょー)(正門)が見える。城下の(しま)を挟んで、玉グスクと向かい合うようにあるのが、城下を守っている中森(なかむい)というウタキだった。

「中森の裏にあるのよ」とユンヌ姫が言って、サハチたちはまた藪をかき分けて、中に入って行った。

 草刈りをすると大きな岩の前にあるウタキが現れた。

垣花森(かきぬはなむい)っていうウタキよ」とユンヌ姫が言った。

「玉グスクにあるのに垣花なの?」とササが聞いた。

「垣花の元はここなのよ。村を囲っていた垣根に綺麗な花が咲いていたので、垣花って呼ばれるようになったの」

「綺麗な村だったのですね」とシンシンが言った。

「そうよ。綺麗で平和な村だったらしいわ。あたしたちの御先祖様は五百年くらい、ここで暮らしていたらしいわ」

「五百年もいたのか」とサハチは驚いた。

「それじゃあ、ここは都だったんだな」

「そうよ。立派な宮殿もあって、大勢の人々が平和に暮らしていた古い都だったのよ。ここを拠点にヤマトゥまで行って交易をしていたのよ」

「貝殻を持って行ったのか」

「そうよ。貝殻を持って行って、ガーラダマ(勾玉)や石斧(いしおの)や弓矢の(やじり)に使う硬い石を手に入れていたの。(なびー)(かーみ)なども手に入れていたみたい。交易をしていただけでなくて、奄美の島々やヤマトゥや朝鮮(チョソン)に移り住んだ人たちも多いのよ。お祖母(ばあ)様(豊玉姫)に聞いたんだけど、お祖父(じい)様(スサノオ)が玉グスクに来た時、玉グスクからこの垣花森を見て、懐かしい景色だって言ったらしいの。もしかしたら、お祖父様も天孫氏かもしれないって言っていたわ」

「ここに住んでいた人たちがヤマトゥの九州まで行って、イトの国を造って、イトの国で生まれたスサノオ様は本人も知らずに御先祖様がいた琉球に来たのかしら」とササが言った。

「多分、そうだと思うわ。お祖父様は海の男よ。アマンの国から来た御先祖様の血が流れているに違いないわ」

「天孫氏は海の男か」とサハチは一人で納得していた。

「海の女もいたのよ」とササがサハチに言った。

「その頃はきっと、ヌルが男たちを率いてヤマトゥまで行ったに違いないわ」

「そうかもしれんな」とサハチはうなづいた。

「スサノオ様が来た時はもうここの都はなかったのね?」とササがユンヌ姫に聞いた。

「もうウタキになっていたわ。平和だった都もだんだんと悪い人たちが現れるようになって、都を守るために(あがり)西(いり)にグスクを築いたの。東が垣花グスクで、西が玉グスクよ」

「按司が生まれるんだな」とサハチが聞くと、ユンヌ姫は笑って、「まだよ」と言った。

「だって、まだろくな武器しかない時代なのよ。竹槍とか棒とか、弓矢だって大した威力はないし、まだ、サムレーは現れないのよ。サムレーが現れるのは、ヤマトゥから刀が渡って来てからよ。刀を持った敵と戦うには武装しなければならないので、サムレーたちを率いる按司が生まれるのよ」

「刀はいつ、琉球に来たんだ?」

「ヤマトゥで源氏と平家が争っていた頃じゃないの」

舜天(しゅんてぃん)の頃か」

「そうだと思うわ」

 ササは安須森(あしむい)を思い出していた。安須森の(ふもと)の村が小松の中将様に滅ぼされたのは、武器の違いがあったに違いないと思った。平家の鋭い刀を相手に棒で戦って敗れてしまったのだろう。

「二つのグスクを築いて、やがて、女王様だったヌルが玉グスクに移って、妹が垣花グスクに移ったの。だんだんとグスクのそばに移る人たちが現れて来て、それぞれの城下の村ができるんだけど、ここは自然消滅してしまったのよ」

「玉グスクができたのはいつなんだ?」とサハチは聞いた。

「あたしが生まれる百年くらい前だったみたい」

「すると一千百年前か」

 サハチはそう言って唸った。

 玉グスクの城下も垣花の城下もヤマトゥの京都よりも古かった。

 サハチたちはお祈りをした。サハチには聞こえなかったが、ササは神様の声を聞いていた。ここの神様は琉球の言葉をしゃべった。察度(さとぅ)浦添按司(うらしいあじ)西威(せいい)を滅ぼした時、極楽寺(ごくらくじ)法会(ほうえ)に参加していて殺されてしまった西威の従妹(いとこ)の玉グスクヌルだった。

「やっと、来てくれたのね。ありがとう」と神様は涙声でお礼を言った。

「わたしが殺されてしまったために、重要な二つのグスクが忘れ去られてしまったわ。ミントゥングスクと垣花森は代々、玉グスクヌルしか入れない聖地だったの。先代は三年前に亡くなり、わたしはまだ二十歳だったわ。浦添按司になった伯父の法会を手伝うために、従姉の浦添ヌルに呼ばれて極楽寺にお手伝いに行ったのよ。まさか、襲撃されるなんて夢にも思っていなかった。わたしが亡くなって、妹が急遽、玉グスクヌルを継いだけど、こことミントゥングスクを知っている者は誰もいないわ。以後、六十年余りも放って置かれてしまったの。玉グスクヌルに教えて、二つの聖地を守るように伝えて下さい」

 ササは喜んで引き受けた。これでようやく、御先祖様に顔向けができると神様は泣いていた。

 ササはお祈りを終えてから、

「どうして、神様は玉グスクヌルに伝えなかったの? 玉グスクヌルなら神様の声が聞こえるはずだわ」とユンヌ姫に聞いた。

「神様じゃないのよ」とユンヌ姫は言った。

「えっ!」とササには意味がわからなかった。

「突然、殺されてしまって、マジムン(悪霊)のように、ここにさまよっているの。殺した者を恨むというより、ウタキの事を次代のヌルに伝えられなかった事を悔やんでいるので、悪い事はしないけど、神様にはなれないのよ」

「どうしたら神様になれるの?」

「悩みが消えれば、神様になれると思うわ」

 いつの間にか、夕暮れ時になっていた。

「この聖地の(にし)宝森(たからむい)というウタキがあるわ。そこには玉グスクの按司やヌルたちのお墓があるのよ」とユンヌ姫が言った。

 宝森の事はカナから聞いていた。母と一緒に宝森に行って、神様から英祖(えいそ)様の父親、グルーの事を聞いたと言っていた。

「神様になったヌルたちに聞けば、ここの事もミントゥングスクの事もわかるはずなんだけど、あまりにも昔のウタキなので、その重要さがわからなくなってしまったのかもしれないわね。ただ、先代のヌルから教わったというだけで、意味もわからずにお祈りしていたのかもしれないわ。昔のヌルたちは領内の者たちを守らなければならないと必死になっていたけど、今のヌルは按司を守ればいいと思っていて、決められた事しかしないわ。ヌルとは名ばかりで、神様の声が聞こえないヌルもいるのよ。あなたやあなたのお母さんみたいに、あちこちのウタキを巡って神様の声を聞いて、御先祖様の事を知ろうと思うヌルはいないのよ。まして、ヤマトゥまで行って、お祖父様やお祖母様の事を調べるヌルなんて、ササしかいないわ。与論島で退屈していたけど、あなたに会えてよかったわ」

「あたしもよ」とササは言った。

「ところで、グルー様はどうなったの? ヤマトゥに帰ったの?」

「帰らないわよ。伊祖(いーじゅ)ヌルと一緒にいるわ。熱くて見ていられないから放って来たの。帰りたくなったら一人で帰るでしょう」

 ササは笑った。今頃、カナが二人の神様の熱々振りに当てられているだろうと思った。

 サハチはササたちを玉グスクに送ると、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに帰った。





浜川ウタキ



ヤファサチムイ(藪薩御嶽)



ミントングスク



垣花森(垣花御嶽)




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