酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







久高ヌル




 戦後処理も片付いた四月の三日、一月遅れの久高島参詣(くだかじまさんけい)が行なわれた。

 グスク内に閉じ込められている女たちにとって、久高島参詣は年に一度の楽しみだった。それが(いくさ)のために中止になってしまったので、思紹(ししょう)の側室たちや侍女たちが騒ぎ出して、行く事に決まったのだった。

 戦のあとで、残党どもが襲って来るかもしれないので、充分な警戒をして出掛けた。生憎、小雨が降っていたが、女たちはウキウキしていた。いつものように、中山王(ちゅうさんおう)のお輿(こし)にはヂャンサンフォンが乗って、思紹は馬に乗って最後尾だった。

 ヂャンサンフォンは安須森(あしむい)ヌルの娘のマユとササの四人の弟子たちを預かって一か月の修行をさせていたが、中断してやって来た。マユとササの弟子たちは丸太引きのお祭りで、丸太の上を華麗に飛び跳ねているササたちを見て、自分たちもいつかはやってみたいと言った。今のうちからヂャンサンフォンの呼吸法と静座を身に付けておいた方がいいと判断した安須森ヌルとササは、ヂャンサンフォンに預けたのだった。マユとササの弟子たちはヂャンサンフォンと一緒に久高島参詣に従った。

 マチルギ、馬天(ばてぃん)ヌル、運玉森(うんたまむい)ヌル、麦屋(いんじゃ)ヌルとカミー、安須森ヌル、小渡(うる)ヌルと娘のユイも加わっていた。

 安須森ヌルが久高島に行くのは、神様から英祖(えいそ)の宝刀探しを頼まれた時以来の五年振りだった。小渡ヌルは初めてで、マユとササの弟子たちも始めてだった。

 何事もなく与那原泊(ゆなばるどぅまい)に着いて、ヒューガの船に乗って久高島に渡った。

 小渡ヌルは久高島の事は以前から気になっていて、行ってみたいと思っていた。安須森ヌルから誘われた時、いよいよ、その時が来たわと思った。遠くに見える島影を眺めながら、期待と不安を併せ持った気持ちで船に乗っていた。

 小雨が降る中、船は気持ちよく海上を走った。途中、船は揺れたが、女たちはキャーキャー言いながらも楽しそうだった。

 久高島の南にある港に着くと、ウミンチュたちが小舟(さぶに)で迎えに来た。砂浜に上陸して、思紹とヂャンサンフォン、女たちはフカマヌルの屋敷に向かったが、ヌルたちはアカラムイのウタキに行って神様に挨拶をした。

 アカラムイは古いウタキで、フカマヌルは儀式を執り行う時には必ず、アカラムイの神様にお祈りをしていた。ササも馬天ヌルも久高島に来た時はアカラムイにお祈りをしてからフカマヌルに会っていた。でも、最初の頃、神様の声は聞こえなかった。神様の声が聞こえるようになったのは、ササがセーファウタキで豊玉姫(とよたまひめ)の神様と会ったあとだった。

 アカラムイの神様はアマン姫の孫のキーダカ姫で、ササと馬天ヌルを歓迎してくれた。去年の久高島参詣の時には、スサノオの神様に会えたとキーダカ姫は大喜びして、ササにお礼を言った。

 今回は十六人もぞろぞろと来たので、キーダカ姫の神様も驚いていた。

「今年は来ないかもしれないってフカマヌルが寂しそうだったわよ」とキーダカ姫は言った。

「一月遅れになってしまいましたけど、今年もよろしくお願いします」とササは挨拶をした。

女子(いなぐ)たちの息抜きね。楽しんでいらっしゃい。あら、安須森ヌルも来たのね。あなたのお陰で神様たちは皆、喜んでいるわ。わたしからもお礼を言うわね」とキーダカ姫は機嫌よく言ったあと、急に驚いたような声で、「あなたは誰なの?」と言った。

 ササも驚いて、振り返って皆の顔を見回した。神様が言ったあなたとは誰の事なのかわからなかった。

「わたしの事かしら?」と小渡ヌルが言った。

「わたしが来てはいけなかったのね」

「そんな事はないはずよ」とササは小渡ヌルに言って、「あなたとは誰の事ですか」とキーダカ姫に聞いた。

「女の子を連れているヌルよ」とキーダカ姫は言った。

 やはり、小渡ヌルだった。

「小渡ヌルと申します」と小渡ヌルが名乗った。

 ササは驚いて小渡ヌルを見た。馬天ヌルと安須森ヌルも驚いていた。

「あなた、神様の声が聞こえるの?」と馬天ヌルが聞くと、小渡ヌルはうなづいた。

 キーダカ姫の声が聞こえるのはササとシンシン、馬天ヌルと安須森ヌルと運玉森ヌルだけだと思っていたのに、小渡ヌルにも聞こえるなんて信じられなかった。

「あなた、そのガーラダマ(勾玉)はどうしたの?」とキーダカ姫が小渡ヌルに聞いた。

 小渡ヌルは着物の下からガーラダマを出して、じっと見つめた。立派な翡翠(ひすい)のガーラダマだった。

「これは、小渡の海に潜っていた時に見つけました。海の底で綺麗に光っていました。わたしは越来(ぐいく)を去る時にガーラダマを越来ヌル様に返して、ヌルを辞めました。でも、このガーラダマを見つけてから、またヌルになる決心をして小渡ヌルになりました」

「小渡の海の底にあったのね」とキーダカ姫は言って、少し間を置いてから、「そのガーラダマは、わたしが祖母のアマン姫様からいただいた物です。わたしはそのガーラダマを首に掛けて、この島にやって来て、この島のヌルを継いだのです」と言った。

「どうして、キーダカ姫様のガーラダマが小渡の海の底にあったのですか」とササは聞いた。

「不思議な事だわ」と言ってキーダカ姫は、久高島の歴史を話してくれた。

 久高島は昔、フボー島と呼ばれた聖なる島だった。ミントゥングスクにいたアマミキヨの一族はヌルを送ってフボー島を守らせた。それから約七百年後、玉グスクからやって来たキーダカ姫がフボー島のヌルを継いだ。やがて、フボー島はキーダカ島と呼ばれるようになって、それがなまって久高島となった。キーダカ姫の子孫は久高ヌルと呼ばれて島を守って来た。

 三百年程前に大きな地震が起こって、大きな津波がやって来た。久高島は津波に呑み込まれて島人(しまんちゅ)たちは全滅した。久高ヌルも行方知れずとなって、以後、久高ヌルは絶えている。

 島人たちが全滅したために久高島は呪いの島になってしまい、およそ百年の間、誰も近づかなかった。そんな呪いの島だった久高島を再興したのは初代久高島大里(うふざとぅ)ヌルだった。舜天(しゅんてぃん)の母親の大里ヌルは、滅ぼされた真玉添(まだんすい)、運玉森、安須森のヌルたちの霊を弔うために久高島に来て、亡くなった島人たちの霊も弔って、久高島を再興した。それからまた百年が経って、浦添按司(うらしいあじ)の英祖の孫娘が久高島に来て、フカマヌルとなった。

 大里ヌルが月の神様を祀り、フカマヌルが太陽(てぃーだ)の神様を祀った。これで、久高島も大丈夫だろうとキーダカ姫もあえて久高ヌルの再興は望まなかった。しかし、今、久高ヌルのガーラダマを持った小渡ヌルが久高島にやって来た。古い神様は久高ヌルの再興を望んでいるに違いないとキーダカ姫は思い始めた。

「久高ヌルは三百年前に津波に呑み込まれてしまったのですね?」とササが聞いた。

「そのガーラダマと一緒に行方知れずになって、未だに見つかっていないのよ。そのガーラダマに再び会えるなんて、思ってもいなかったわ」

「海の中をさまよって小渡まで行ったのですね」と言って、ササは小渡ヌルのガーラダマを見た。

 奇跡のような話だった。三百年も海の中で眠っていたガーラダマを小渡ヌルが見つけたのだった。ウミンチュではなく小渡ヌルが見つけた事に、神様の大きな力が加わっているような気がした。

「久高ヌルは(ふし)を祀っていたヌルなの。フカマヌルの太陽、大里ヌルの月、これで三つが揃ったわね」とキーダカ姫は言った。

「わたしが久高ヌルを継ぐのですか」と小渡ヌルがキーダカ姫に聞いた。

「勿論よ。それが神様のお導きなのよ」

「でも、わたしの母は今帰仁按司(なきじんあじ)の娘です。安須森ヌル様から天孫氏(てぃんすんし)のお話は聞きました。久高島のヌルは天孫氏でなくてはならないのではないのですか」

「勿論、天孫氏でなくてはならないわ。でも、あなたがそのガーラダマを身に付けている事が天孫氏の(あか)しなのよ。天孫氏でなければ、そのガーラダマを身に付ける事はできないわ。身に付けた途端に具合が悪くなるはずよ。それに、たとえ天孫氏だったとしても、そのガーラダマにふさわしくない人が身に付けると、やはり具合が悪くなるのよ」

 今帰仁按司はヤマトゥ系だった。今帰仁にも天孫氏がいたのかとササは不思議に思った。

「あたしも不思議に思って調べてみたのよ」とユンヌ姫の声がした。

「あら、叔母様もいらしたのね」とキーダカ姫が嬉しそうに言った。

 ユンヌ姫とキーダカ姫が挨拶を交わしたあと、「小渡ヌルの母親は天孫氏だったわ」とユンヌ姫は言った。

「お祖母(ばあ)さんも天孫氏よ。お祖母さんの母親は伊祖按司(いーじゅあじ)の娘で、今帰仁按司に嫁いだの。勿論、伊祖按司の奥さんも天孫氏だったわ。そして、さらに驚いたのは、母親をずっとたどって行ったら、津波で亡くなった久高ヌルの双子の妹にたどり着いたのよ」

「えっ!」とキーダカ姫が驚いた。

「そう言えば思い出したわ。そっくりな顔をした双子の妹がいて、玉グスク按司に嫁いだのよ。今、はっきりと思い出したけど、あなたはあの双子にそっくりだわ」

「えっ!」と今度は小渡ヌルが驚いた。

「あなたは久高ヌルを継ぐために、この島に来たのよ」とユンヌ姫が言った。

 急にそんな事を言われても、どうしたらいいのか小渡ヌルは混乱していた。

 ササ、馬天ヌル、安須森ヌル、運玉森ヌル、シンシンが小渡ヌルを見ていた。何が起こっているのかわからない娘のユイは、心配そうな顔をして母を見ていた。マチルギ、ナナ、麦屋ヌル、若ヌルたちは何も知らずにお祈りを続けていた。

「キーダカ姫様にお聞きしたい事がございます」と馬天ヌルが言った。

「何かしら?」

「先代のフカマヌル様ですが、シラタル親方様の娘さんです。シラタル親方様は浦添の武将だったと聞いております。どうして、シラタル親方様の娘さんがフカマヌルを継いだのでしょうか」

「ササは知っていると思うけど、シラタル親方はわたしの姉の百名姫(ひゃくなひめ)の子孫なの」

「百名姫様というのは浜川ウタキを守っていた百名ヌル様の事ですか」とササが聞いた。

「そうよ。そして、シラタル親方の奥さんになったウミチルは浦添按司だった西威(せいい)の妹で、ウミチルの祖母は初代フカマヌルの妹なのよ。その二人から生まれたウトゥガニはフカマヌルを継ぐのにふさわしいと先々代が跡継ぎに決めたのよ」

「そうだったのですか。フカマヌル様の母親が浦添按司の妹だったなんて知りませんでした」と馬天ヌルは言って、娘のササを見た。

 あたしもよ、と言うようにササは首を振った。

「あなたが守るべきウタキがあるわ。ついていらっしゃい」とキーダカ姫が小渡ヌルに言った。

 小渡ヌルは娘の手を引いてキーダカ姫に従った。ササたちもぞろぞろと小渡ヌルのあとを追った。砂浜に沿って南に進むと、こんもりとした森があった。人が入った事がないかのように樹木(きぎ)が生い茂っていた。倒れたままの木がいくつもあって歩くのも大変だった。

「大津波があってから誰もここには来ないわ」とキーダカ姫が言った。

「大津波が来る前、ここはちょっとした広場になっていて、ヌルたちがお祈りを捧げていたのよ。この先の崖にあるガマ(洞窟)がヌルたちのお墓だったの。久高ヌルの御先祖様のお墓よ。ここはスベーラムイというウタキなの。大切にしてね」

 小渡ヌルがお祈りをすると神様の声が聞こえてきた。時々、小渡ヌルが耳にしていた声だった。

「ようやく、来てくれたのね。ありがとう」と神様は言った。

「あなたはもしかしたら、津波で亡くなった久高ヌル様ですか」と小渡ヌルは聞いた。

「そうです。早く、あなたに来てもらいたかったのですが、あなたは父親の(かたき)を討とうとしていて、ほかの事には耳を貸しませんでした。わたしはあなたの悩みが解決するまで待っていたのです」

「そうだったのですか。申し訳ありませんでした。あの頃のわたしには、あなたの言っている事はまるで理解できませんでした。ササ様と再会して、色々な事を教わって、ようやく、理解できるようになったのです」

「ここは久高島で最初の祭祀場(さいしば)であり、玉グスクの遙拝所(ようはいしょ)であり、御先祖様のお墓でもある重要なウタキなのです。久高ヌルとして守って下さい」

「かしこまりました」とつい言ってしまったが、小渡ヌルはまだ決心を固めてはいなかった。そんな重要なお勤めを果たせる自信がなかった。

 久高ヌルの神様とキーダカ姫の神様と別れて、一行はフカマヌルの屋敷に向かった。

 いつの間にか雨もやんでいた。先に来ていた思紹とヂャンサンフォン、王妃と側室たち、侍女たち、城女(ぐすくんちゅ)たちは浜辺で楽しそうに(うたげ)を開いていた。

 ヌルたちはフカマヌルに歓迎された。

「久高ヌルよ」と安須森ヌルは小渡ヌルをフカマヌルに紹介した。

「えっ、久高ヌル?」とフカマヌルは驚いた。

 安須森ヌルはフカマヌルに事の成り行きを説明した。

 フカマヌルは母親から聞いていて、久高ヌルの事は知っていた。三百年も途絶えていると聞いた時、「どうして誰も跡を継がないの?」と母親に質問した。

「久高ヌルはアマミキヨ様の一族で、二千年近くも前から続いていたヌルなのよ。誰もが継げるわけではないの。選ばれた人しか継げないのよ。その人が現れるのを待つしかないわ」と母親は言った。

 フカマヌルは小渡ヌルを見ながら、この人が選ばれた人なのねと思った。可愛い娘もいるし、仲よくやれそうな気がした。

「フカマヌルよ。よろしくね」とフカマヌルは笑った。

按司様(あじぬめー)の妹さんよ」とササが言った。

「えっ!」と小渡ヌルは驚いた。

「母親は違うけど、わたしのお(ねえ)なのよ」と安須森ヌルが笑った。

「そしてね、若ヌルのお父さんはウニタキさんなのよ」

「えっ!」と小渡ヌルはまた驚いた。

「あなたは山北王(さんほくおう)従妹(いとこ)でしょ。わたしは中山王の娘。そんな二人が久高島のヌルになるなんて不思議な縁ね」

「わたしにも未だに信じられません」

 急に賑やかになったので、浜辺の方を見ると、竹の棒を持った安須森ヌルの娘のマユとフカマヌルの娘のウニチルが剣術の試合を始めていた。

 二人とも思紹の孫で、幼い頃から母親に剣術を習っていて、どっちが強いか見せてくれと思紹が言ったのだった。マユの方が一つ年上だが、実際は四か月しか違わなかった。

 マユとウニチルはいい勝負だった。カミーとササの弟子たちは二人を凄いと思いながらも、負けるものかと竹の棒を持って一緒に稽古を始めた。カミーも麦屋ヌルと一緒に馬天ヌルから剣術を習っていた。

 カミーとンマムイの娘のマサキを除いて、五人は思紹の孫娘だった。思紹は目を細めて、娘たちの稽古を眺めていた。

 星空の下、女たちの宴は続いていた。西の空に三日月も出ていた。ササ、シンシン、ナナ、馬天ヌル、安須森ヌル、フカマヌルは小渡ヌルを連れて、大里ヌルを訪ねた。

 大里ヌルはササたちを待っていた。神様から久高ヌルの事を聞いたという。大里ヌルは小渡ヌルを見ると笑って、「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 小渡ヌルは恐縮して、「こちらこそ」と頭を下げた。

「久高ヌルを継ぐヌルが現れたと聞いて、御先祖様も大喜びしておりました。初代の大里ヌルは荒れ果てた久高島に来て苦労して、久高島を再興しました。二代目の大里ヌルは初代の大里ヌルを手伝っていた若者と結ばれて、三代目を産みます。若者の正体はわかりません。久高島の神様ではないかと伝わっております。最初の頃の大里ヌルは太陽の神様も月の神様も星の神様も祀っておりました。六代目の大里ヌルの時に、フカマヌルがいらっしゃいました。六代目はフカマヌルと相談して、フカマヌルが太陽の神様を祀り、大里ヌルが月と星の神様を祀ると決めたのです。以来、大里ヌルは夜に生きるヌルとなってしまいました。久高ヌル様が星の神様を祀っていただければ、わたしは夜の世界から解放されます。太陽を拝む事もできるようになるのです」

「すると、久高ヌルが夜の世界に生きる事になるの?」と馬天ヌルが大里ヌルに聞いた。

「心配しなくても大丈夫です」と大里ヌルは不安そうな顔をした小渡ヌルに言った。

「星を祀る儀式の時だけで大丈夫です。六代目の大里ヌルが突然、やって来たフカマヌルに意地悪をして、昼間は外に出なくなったのです。それが慣例となってしまって、代々、大里ヌルは夜の世界に籠もってしまったのです」

「六代目はどうしてフカマヌルに意地悪したの?」とササが聞いた。

「フカマヌルが来るまでの百年余り、久高島を守ってきたという誇りがあったのだと思います。フカマヌルに太陽を祀る儀式を奪われて悔しかったのではないでしょうか。六代目は子孫たちに、フカマヌルが島から出て行くか、久高ヌルが復活するまでは、太陽のもとに出てはならないと遺言を残します。七代目、八代目、九代目は太陽を拝む事なく亡くなりました。わたしもきっとそうなのだろうと諦めていましたが、久高ヌルが復活したので、わたしは太陽を拝む事ができるようになりました。ありがとうございます」

「これからは昼間も動けるのね?」と馬天ヌルが聞くと、大里ヌルは嬉しそうにうなづいた。

「明日の朝、太陽を拝みましょう」とササが言った。

 大里ヌルはうなづいて、「楽しみだわあ」と嬉しそうに笑った。

 ササたちは大里ヌルをみんながいる浜辺に連れて行って、お祝いよと言って酒盛りを始めた。

「わたしに久高ヌルが務まるかしら?」と小渡ヌルが心配した。

「大丈夫よ。小渡にいた時のように小舟に乗って海に潜っていればいいのよ」と馬天ヌルが言った。

「楽しそうね」とフカマヌルが笑った。

「大里ヌルも昼間に動けるようになったし、三人で仲よくやりましょう」

「昼間の海を見てみたいわ。綺麗でしょうね」と大里ヌルが夜の海を見ながら言った。

「太陽を見た事がない人がいたなんて、とても信じられないわ」と安須森ヌルが言って、大里ヌルを見た。

 透き通るような白い肌をしていて、太陽の光を浴びていないのは本当のようだった。

「あなたが安須森ヌル様なのですね。お噂は神様から聞いております」

「今年も安須森参詣をするつもりなので、一緒に行きましょうね」

「はい」と大里ヌルは喜んだ。

「昼間、動けるという事は、今年の十五夜の時、前日の昼に島添大里(しましいうふざとぅ)に来られるのね」とササが聞いた。

「そうです。夜にならなくても昼間のうちに行けます。色々な景色を見るのが楽しみだわ」

「そう言えば、サスカサは久高島に来た事がないんじゃないの?」と安須森ヌルが聞いた。

「来ているわよ」とフカマヌルが答えた。

「まだサスカサになる前、運玉森ヌル様と一緒に来て、フボーヌムイで修行を積んだのよ。それに、三年前にヤマトゥから帰って来た時、ササたちと一緒にお土産を持って来てくれたわ」

「ああ、そうか。来ていたのね」

「わたしも会いました」と大里ヌルが言った。

「十五夜の時、サスカサに迎えに来てもらったらいいんじゃないの」とササが言った。

「そうね。大里ヌルはサスカサの御先祖様でもあるわけだし、迎えに来てもらいましょ」と安須森ヌルが賛成した。

 翌朝、まだ暗いうちから浜辺に行き、朝日が昇るのを待った。

 東の空が明るくなって海が輝き、海から太陽が顔を出すと、大里ヌルは感動して涙を流していた。ササ、シンシン、ナナ、安須森ヌル、フカマヌル、小渡ヌルは顔を見合わせて、よかったわねとうなづき合った。若ヌルたちは両手を合わせて太陽を拝み、ヂャンサンフォンから習った呼吸法を実践していた。

 その日、若ヌルたちを引き連れて、フボーヌムイに行くと、神様たちは小渡ヌルを歓迎して迎えた。

 父親を何者かに殺され、弟たちは戦死して、生まれ故郷を離れた。父親の敵討ちだけを生きがいに生きて来たのに、知らないうちに敵は死んでいた。そして、今回の戦では伯父も戦死して、ユイの父親も処刑された。安須森ヌルたちと一緒にいるお陰で、悲しみは癒やされたが、心の中にぽっかりと空いた虚しさを埋める事はできなかった。

 わたしは一体、何のために生まれたのだろう。この先、何をして生きて行けばいいのだろうと悩んでいた小渡ヌルは、自分がやるべき事、やらなければならない事がようやく見つかったと胸の奥が熱くなっているのを感じていた。

 小渡ヌルは神様たちに祝福されて、久高ヌルに就任した。





久高島




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