酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







武装船




 三姉妹の船が旧港(ジゥガン)(パレンバン)の船とジャワの船を連れてやって来た。メイユーは今年も来なかった。娘のロンジェンは健やかに育っていると聞いて、サハチは会いに行きたいと思った。

 ソンウェイ(松尾)は約束を守って武装船を持って来てくれた。今帰仁(なきじん)攻めに間に合ってよかったとサハチたちは喜んだ。キラマ(慶良間)の島に置いてきたというので、明日、見に行く事にして、三姉妹と旧港の者たちを『天使館』に、ジャワの者たちを『那覇館(なーふぁかん)』に案内した。五隻の船が同時に入って来たので、浮島は急に賑やかになって、首里(すい)の役人たちも久米村(くみむら)唐人(とーんちゅ)たちも大忙しだった。

 久米村には十年前に永楽帝(えいらくてい)が送って来た役人たちがいた。従者として進貢船(しんくんしん)に乗って、琉球の状況を定期的に永楽帝に報告していた。三姉妹たちは旧港から来た商人という事になっているので問題はないが、武装船を手に入れた事は隠しておかなければならなかった。明国は火薬の取り引きを禁止しているので、火薬を使う鉄炮(てっぽう)(大砲)を積んだ船を手に入れた事が永楽帝に知られたらまずい事になる。浮島に近づけるわけには行かなかった。

 ササたちもやって来て、シーハイイェンたち、スヒターたちと再会を喜んでいた。

 そろそろ来るだろうと準備をして待っていたのだが、ジャワの船も一緒に来るとは思ってもいなかった。歓迎の(うたげ)の料理を作るのも間に合わず、手の空いている女たちは皆、総動員された。マチルギは首里から女子(いなぐ)サムレーと侍女たちを引き連れ、思紹(ししょう)の側室たちも連れて来て手伝っていた。島添大里(しましいうふざとぅ)、佐敷からも女子サムレーたちがやって来て手伝った。ササたちも再会を喜んでいる場合ではないので、与那原(ゆなばる)の女子サムレーたちを呼んで手伝っていた。ウニタキも『よろずや』の者たちや配下の者たちを手伝わせた。

 浮島の住民たちにも手伝ってもらって、何とか歓迎の宴を開く事ができて、サハチたちもホッとした。メイファンの屋敷でサハチたちも歓迎の宴を開いた。

「来年、冊封使(さっぷーし)たちが来るでしょう。その前の予行演習になりましたね」とファイチが笑った。

「今回、不備だった所を直して、冊封使たちを迎えなければなりません」

「そうだな」とサハチはうなづいて、「冊封使が来るとなると、来年、三姉妹たちが来るのはうまくないんじゃないのか」とメイファンとメイリンを見た。

「丁度いいわ」とメイファンが言った。

「向こうも危険になってきて、今、メイユーは引っ越しの準備をしているの。来年は琉球に来るのをやめて、ムラカ(マラッカ)に本拠地を移すわ」

「それがいい」とファイチが言って、サハチとウニタキを見ると、「リンジョンチェン(林正賢)が戦死したそうです」と言った。

「なに?」とサハチもウニタキも驚いた。

「奴が死んだのか」とウニタキが隣りにいるメイリンに聞いた。

「永楽帝が送ったスンシェン(孫弦)という宦官(かんがん)にやられたのよ。鉄炮で攻撃して、リンジョンチェンが乗っていた船は沈没したらしいわ。スンシェンは生け捕りにしようとしたようだけど、見つけた時には、すでに死んでいたみたい」

「奴が死んだか」と言って、サハチはウニタキを見た。

湧川大主(わくがーうふぬし)は待ちぼうけを食らうな」とウニタキは笑った。

「奴の配下の者たちがソンウェイを頼って逃げて来たのよ」とリェンリーが言った。

「そいつらの船を持ってきました」とソンウェイが言った。

「鉄炮が十二、付いています。火薬もたっぷりと積んであります」

「鉄炮が十二か。山北王(さんほくおう)の武装船と一緒だな」とウニタキはサハチを見て嬉しそうに笑った。

「火薬には充分に気をつけて下さい。リンジョンチェンの船が沈んだのも、積んでいた火薬に敵の鉄炮の玉が当たって爆発したのです。火薬は敵を倒すのに有効な武器になりますが、下手をすると自滅してしまいます」

 サハチとウニタキは真剣な顔をして、ソンウェイにうなづいた。今回、ソンウェイは妻のリンシァ(林霞)を連れて来ていた。リンジョンチェンの従妹(いとこ)で、女海賊だったというリンシァは美人だが気の強そうな女だった。

「冊封使が来るとなると、ヂャン師匠も危険だわ」とメイファンが言った。

「お師匠が琉球にいる事がばれたのか」とサハチはメイファンに聞いた。

武当山(ウーダンシャン)で噂になっているらしいわ。今、武当山では道教寺院の再建をしていて、大勢の人たちが働いているの。その人たちが噂していて、それが永楽帝の耳にも入ったようだわ」

「湧川大主に違いない」とウニタキが言った。

「奴がお師匠の事を海賊どもに話して、それが噂になったんだ」

「そうかもしれんな」とサハチはうなづいた。

「永楽帝はお師匠を探すために宦官を送り込むはずよ。しばらく、琉球から離れた方がいいわ」

「山グスクにいたらわからないんじゃないのか」とウニタキは言ったが、メイファンは首を振った。

「もし捕まってしまえば、お師匠は永楽帝のもとに送られてしまうわ。琉球もお師匠を隠していた責任を取らされるかもしれないわよ。あたしたちが帰る時、一緒に杭州(ハンジョウ)まで行って、そのままムラカまで行った方がいいわ」

「ムラカか。ムラカまで行けば確かに安全だな。しかし、お師匠がいなくなったら寂しくなるな」

 ウニタキの言う通りだった。ヂャンサンフォンがいなくなるなんて考えた事もなかった。明国で出会ってから七年余りが経っていた。お師匠から様々な事を教わり、弟子になった者たちも数多くいた。これから先もお師匠から教わる事が色々とあるだろう。お師匠がいるというだけで安心だったが、危険が迫っているのに引き留めるわけにはいかなかった。

 ササたちがシーハイイェンたちとスヒターたちを連れて来て、急に賑やかになった。シュミンジュンとワカサも一緒に来た。メイユーがいないので、サハチは寂しかったが、夜遅くまで酒盛りを楽しんだ。

 翌日、ヒューガの船に乗って、サハチ、ウニタキ、ファイチ、ソンウェイはキラマの島に向かった。首里から思紹と苗代大親(なーしるうふや)も来て船に乗り込んだ。

 鉄炮を装備した武装船は座間味島(ざまんじま)の深い入り江(安護の浦)の中に浮かんでいた。進貢船より一回り小さい船で、琉球の海で活躍するにはその方が都合がよかった。

 座間味島はかつて、宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)泰期(たち))が密かに兵を鍛えていた島で、ウミンチュたちの多くは進貢船の船乗りとして活躍していた。また、泰期がサミガー大主のもとで修行させた鮫皮(さみがー)作りの職人たちもいて、カマンタ(エイ)捕りも盛んだった。

 武装船に乗り込んだサハチたちはさっそく沖に出て、鉄炮の試し撃ちをした。

「こいつを陸に上げても使えるか」と思紹がソンウェイに聞いた。

「勿論、使えます。もともと、鉄炮はグスク攻めに使われていた武器です」

 思紹はサハチを見てニヤッと笑った。

「今帰仁グスクの石垣を狙うのですね?」とサハチは聞いた。

「あの石垣はそう簡単には崩れないと思うが、敵兵は驚くじゃろう」

「山北王もグスク内に鉄炮を持ち込むかもしれませんよ」

「それはありえるな。山北王には唐人の軍師がいると言っていたな」

「リュウイン(劉瑛)という唐人です。島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスク攻めの時の『丸太車』を考えた奴です」とウニタキが言った。

「リュウインの事を調べてみました」とファイチが言った。

「山北王が進貢船を出していた頃、リュウインは久米村に来ています。会った事があるという役人から聞きましたが、洪武帝(こうぶてい)に使えていたリュウボウエン(劉伯温)という軍師の倅のようです。リュウボウエンは明国では有名な軍師です。兄のリュウジン(劉璟)は永楽帝の弟の谷王(グーワン)(朱橞)に仕えていたようです。永楽帝が皇帝になった時、リュウジンは出仕を断って牢獄に入れられて、そこで亡くなっています。それに関係しているのかわかりませんが、リュウインは琉球に逃げて来て、山北王に仕えたようです」

「リュウインの親父は有名な軍師だったのか」とウニタキが聞いた。

「洪武帝が(げん)を倒して(みん)を建国できたのも、リュウボウエンのお陰だと誰もが思っています。わたしが生まれた年に亡くなっていますので会った事はありませんが、わたしも彼の噂はよく聞いていました」

「そんな男の倅が山北王に付いているとなると、今帰仁攻めも一筋縄ではいかんようじゃな」と思紹が厳しい顔付きで言った。

「山北王から切り離しますか」とウニタキが言った。

「そうじゃな。できれば切り離して、味方に引き入れたいものじゃな」

「奴の事を調べてみます。奴はヤマトの扇子(せんす)がお気に入りで、何度か『まるずや』に来ています。俺は会った事はありませんが、店の者に聞けば何かわかるかもしれません」

「わたしも会ってみたいです」とファイチが言った。

 その頃、首里にいた油屋の主人のウクヌドー(奥堂)は浮島に来ていた。今帰仁からの知らせで、リンジョンチェンがまだ来ないので、浮島に来た唐人が何か知らないか調べてくれと頼まれていた。ウクヌドーは久米村に行って調べたがわからず、通事(つうじ)を雇って、『天使館』と『那覇館』に滞在している者たちに聞いて回った。旧港から来た船乗りがリンジョンチェンの事を知っていて、官軍にやられて戦死したと言った。ウクヌドーは驚いた。詳しく聞いて首里に帰ると、書状をしたためて今帰仁に送った。



 四日後、ウニタキは今帰仁の『まるずや』に来ていた。店主のマイチにリュウインの事を聞くと、洪武帝の軍師だったリュウボウエンの倅らしいと言った。

「リュウボウエンは今帰仁にいる唐人なら誰でも知っている有名な軍師です。倅のリュウインは永楽帝の弟に仕えていましたが、その弟が殺されて琉球に逃げて来たようです。奥さんは島添大里のミーグスクにいた仲尾大主(なこーうふぬし)の娘です」

「なに、仲尾大主の娘が奥さんなのか」

「『よろずや』のイブキ殿から聞いたのですが、リュウインが今帰仁に来た時、山北王は武術の師範として迎えたようです。立派な屋敷を建てて、侍女も付けて、浮島から通事も呼んで琉球の言葉を教えたそうです。リュウインの屋敷の近くに『天使館』ができて、周辺に唐人たちが住み着いて、今の唐人街ができたのです。仲尾大主の娘は今帰仁グスクの侍女でしたが、リュウインのお世話をするためにリュウインの屋敷で暮らす事になって、二年後に結ばれました。リュウインは仲尾大主と同い年なので、最初は反対したようですが、娘がどうしても一緒になりたいと言い張って、ついには許したようです。二人の可愛い子供がいて、奥さんは『まるずや』のお得意さんです。父親との手紙のやり取りも『まるずや』を通して行なっています」

「ほう、そうだったのか」

「リュウインがどうかしたのですか」

「敵の軍師がどんな男なのか一度、会ってみたいと思ったんだよ」

「静かな男ですよ。軍師と呼ばれるだけあって、色々な事を知っています。琉球の言葉も一年もしないうちに覚えて、今ではヤマトゥ言葉もしゃべれるようです。ヤマトゥの書物も読んでいて、『平家物語』を手に入れてくれと頼まれました」

「平家物語か。山北王の御先祖様の事を調べるつもりなのかな」

「そうだと思います。敵に回したら手ごわい相手になるでしょう」

 ウニタキはうなづいて、売り子のサラの案内で、リュウインの屋敷に向かった。『天使館』の少し先に屋敷はあった。軍師にふさわしい立派な屋敷だった。

 リュウインはまだ帰宅していなかった。いつもなら帰っている時刻なので、もうすぐ帰って来るだろうと奥さんは言って、ウニタキたちを屋敷に上げた。二人の子供が嬉しそうな顔をしてサラに近づいて来た。十二歳の男の子リュージーと九歳の女の子リューリンで、二人とも混血のせいか可愛い顔をしていた。

「まるずやのご主人様が、うちの主人に何か御用なのでしょうか」と奥さんが聞いた。

中山王(ちゅうさんおう)の軍師にファイチという男がいます。ファイチからリュウイン殿の父上の話を聞いたものですから、会ってみたくなってやって参りました。今、中山王と山北王は同盟を結んでいます。先の事はわかりませんので、今のうちに会っておこうと思ったのです」

「そうでしたか。ファイチ様というお方も唐人なのですか」

「そうです。明国で内乱が起こった時に、命を狙われて琉球に逃げて来たのです」

「まあ、うちの主人と一緒ですわね。明国では政変が起こると何万もの人たちが殺されると聞いております。恐ろしい事ですわ」

 奥さんが出してくれたおいしいお茶を飲みながら、ウニタキはリュウインの帰りを待った。サラは子供たちと遊んでいたが帰って行った。

 半時(はんとき)(一時間)ほど待って、リュウインは帰って来た。ウニタキの顔を見てリュウインは少し驚いた顔をした。お互いに初対面のはずだが、リュウインはウニタキを知っているようだった。

 奥さんがウニタキを『まるずや』の御主人ですと紹介するとリュウインはうなづいて、

三星大親(みちぶしうふや)殿ですな」と言った。

「噂は油屋から聞いております」

 ウニタキは笑って、「初めまして」と挨拶をした。

「すでに御存じかと思いますが、山北王と取り引きをしていた明国の海賊が戦死しました。その事で今後の対策を相談していたのです」

 リュウインは着替えてくると言って部屋から出て行った。奥さんが酒と料理を運んできた。豚肉料理が出て来たので、

「今帰仁では(うゎー)を飼っているのですか」とウニタキは奥さんに聞いた。

「五、六年前から唐人が飼い始めたようです。主人が好きなものですから塩漬け(すーちかー)(しし)を手に入れて、時々、料理に使っております」

「そうでしたか。豚の肉を食べると力が湧いてくるような気がします」とウニタキが言うと奥さんは楽しそうに笑った。

 リュウインが戻って来て、一緒に酒を飲んだ。酒は明国の強い酒だった。

「三星大親殿は地図を作っていると聞いているが、どうして、『まるずや』の主人もやっているのですかな」とリュウインは聞いた。

「地図を作るには旅をしなければなりません。あちこち旅をしてわかったのですが、貧しい人たちは布を手に入れるのも難しくて、ぼろぼろの着物をまとっていました。浦添(うらしい)の城下に行った時、古着を売っている店がありまして、それを真似して島添大里の城下に開いてみたのです。思っていた以上にお客さんが来てくれたので、店を増やす事もできました。それらの店は旅をする時の拠点にもなりますし、各地の情報も集められます」

「三星大親殿の仕事は、やはり情報集めだったのだな」

「地図を作るという事は地形を知るだけでなくて、そこに住んでいる人たちを知る事も含まれていると思っています」

「油屋が中山王の事を調べているように、そなたが山北王の事を調べているようだな」

「そういう事になります」

「リンジョンチェンが亡くなったので、山北王の様子を見に来たというわけか」

 ウニタキは笑って、「図星です」と言った。

 リュウインも笑って、「実に困った事になった」と言った。

「明国の商品はリンジョンチェンに頼り切っていた。リンジョンチェンが来なくなると明国の商品が足らなくなってしまう。山北王も湧川大主も困っておった」

「材木と米を中山王が明国の商品と交換しますよ」とウニタキは言った。

「そうしてもらえると助かるが、材木も米も冬にならないと浮島に送れない。そして、明国の商品が来るのは来年の夏になるだろう。それでは、今年の冬にやって来るヤマトゥンチュたちとの取り引きに間に合わんのだ」

「確かにそうですね。今のうちに運んでおかなくてはなりませんね」

「そういう事だ」

「わたしの一存では決められませんが、中山王と相談してみましょう。米と材木は冬に運ぶとして、明国の商品は今のうちに運べるかもしれません」

「そうしてもらえると本当に助かる」とリュウインは言ったあと、「もしかして、その事で、わしを訪ねて来たのか」と聞いた。

「まさか。リンジョンチェンが来なくなって、山北王がそれほど困っていたなんて知りませんでした。リンジョンチェン以外の海賊たちも来ていたのでしょう」

「以前はいくつもの海賊たちが来ていたんだが、皆、リンジョンチェンの父親のリンジェンフォン(林剣峰)の配下になってしまったんだよ。リンジェンフォンが来る前は、ヂャンルーチェン(張汝謙)が来ていたんだが、ヂャンルーチェンは捕まって処刑されたらしい。わしはヂャンルーチェンの船に乗って琉球に来たんだよ」

 ヂャンルーチェンは三姉妹の父親だった。三姉妹の父親が今帰仁に来ていたなんて知らなかったが、メイファンは運天泊(うんてぃんどぅまい)で、ジォンダオウェンと再会して、明国に帰ったと言っていた。

「ヂャンルーチェンの配下のジォンダオウェンを御存じないですか」

「ジォンダオウェン?」

「多分、船頭(しんどぅー)(船長)だったと思いますが」

 リュウインは思い出したように、「そうだ。船頭はジォンダオウェンだった」と言った。

「ヂャンルーチェンには娘が三人いて、娘たちが跡を継いで海賊をやっています。表向きは旧港の商人という事になっていて、今、浮島に来ています。ジォンダオウェンも一緒です」

「なに、娘たちが跡を継いだのか。そいつは知らなかった」

「ヂャンルーチェンが捕まったのは、リンジェンフォンが裏で糸を引いていたのです。ヂャンルーチェンの縄張りはリンジェンフォンに奪われて、娘たちは福州から出て、旧港に拠点を移したのです」

「そうだったのか。それで、ヂャンルーチェンの娘たちは中山王と取り引きをしているんだな」

「そうです。ところで、ヂャンルーチェンはどうして運天泊に来たのですか。浮島ではなくて」

「それは単なる偶然だろう。ヂャンルーチェンはあの時、初めて琉球に来たんだよ。琉球には三つの国があると聞いていて、中山がもっとも栄えているとも聞いていた。琉球に着いた時、(にし)に流されて伊是名島(いぢぃなじま)まで行ってしまったんだ。その島の者に運天泊の事を聞いて、運天泊に入ったんだ。山北王は歓迎してくれた。それで、ヂャンルーチェンも毎年、運天泊に来るようになったのだろう」

「リュウイン殿は山北王に仕える事になったのですね」

「わしは明国にいた時、洪武帝の息子の湘王(ジィァンワン)(朱柏)に仕えていたんだ。武芸好きな若い王様だった。山北王も若くて、武芸好きだった。亡くなってしまった湘王と山北王が重なって見えて、お仕えする事に決めたんだよ」

「そうでしたか。ヂャンルーチェンの船が浮島に着いたら、先代の中山王に仕えていたかもしれませんね」

 リュウインは楽しそうに笑った。

「人生なんて、偶然の積み重ねだな」

「そうですね。一歩間違えれば、会うべき人とは会えなくなってしまう。人との出会いによって、生き方は変わってしまいます」

 リュウインはうなづいて酒を飲むと、「三星大親殿は明国に行ったのだったな」と言った。

「何でも御存じのようですね。七年前に行って来ました。明国の広さには驚きましたよ。応天府(おうてんふ)(南京)から武当山(ウーダンシャン)まで行きましたが、その遠さは琉球にいたなら考えつかない程の距離でした」

「ほう、武当山に行かれたのか。しかし。また、なんで武当山に行ったのだ?」

「その時に一緒に行ったファイチという唐人がいるのですが、御存じですか」

「油屋から名前だけは聞いておる。明国から逃げて来た唐人なんだろう」

 ウニタキはうなづいた。

「ファイチの武芸のお師匠がヂャンサンフォン殿だったので、ヂャンサンフォン殿に会うために武当山に行ったのです」

「なに、ファイチのお師匠がヂャンサンフォン殿なのか」

「ヂャンサンフォン殿を御存じですか」

「わしのお師匠はヂャンサンフォン殿の弟子なんじゃよ」

「えっ!」とウニタキは驚いた。

「それで、ヂャンサンフォン殿とは会えたのか」

「会えました。その頃、永楽帝が送った宦官が武当山に来ていたので、ヂャンサンフォン殿は武当山には登りませんでしたが、わたしたちは山頂まで行って真武神(ジェンウーシェン)を拝んできました。その後、山の中でヂャンサンフォン殿の指導を受けたのです」

「永楽帝もヂャンサンフォン殿を探しているのか」

「そのようです。永楽帝は今、武当山を再建しているそうです。山の中に破壊されたままの道教寺院がいくつも放置されていて無残な姿でした。立派な寺院を建てたら、ヂャンサンフォン殿が現れると永楽帝は思っているのかもしれません」

「しかし、ヂャンサンフォン殿はもう相当な年齢(とし)だろう。生きているのかどうかもわからん」

「今、この琉球にいますよ」とウニタキが言ったら、リュウインは口をポカンと開けたままウニタキを見ていた。

「琉球にいる?」

 ウニタキはうなづいた。

「湧川大主が会ったはずですが」

「その話は聞いた。しかし、ヂャンサンフォンと名乗った男は五十代だったと言ったんだ。わしは別人に違いないと思ったが、本物だったのか」

「本物です。実際の年齢は百六十歳を越えていますが、見た感じでは五十代の半ばくらいにしか見えません」

「なんと‥‥‥本物だったのか」

本部(むとぅぶ)のテーラーを御存じだと思いますが、テーラーもヂャンサンフォン殿の弟子になりました」

「テーラーがか‥‥‥ヂャンサンフォン殿が琉球にいるのなら、何としてでも会わなければならん」

「御案内しますよ」とウニタキは言った。

 リュウインはうなづいて、「進貢船を復活させようという話も出たんだ。久米村の様子を見てくると言って、山北王の許可を得よう」

「わかりました」とウニタキはうなづいて、「先程の明国の商品を送る話ですが、うまく行くかもしれません」と言った。

 リュウインが酒を飲む手を止めて、ウニタキを見た。

「リュウイン殿がヂャンサンフォン殿の孫弟子なら、きっとうまく行きます。中山王も世子(せいし)の島添大里按司もヂャンサンフォン殿の弟子なのです。同門の弟子の頼みなら必ず聞いてくれるでしょう」

「中山王が武芸の名人だとは聞いているが、中山王もヂャンサンフォン殿の弟子だったのか」

「中山王はヂャンサンフォン殿と一緒に明国に行って、武当山にも行っています。そこで奇跡を起こして、永楽帝の武当山の再建へとなったのです」

「ほう、中山王も武当山に行っているとは驚いた」

 その後は、中山王とヂャンサンフォンの旅の様子などを話して、ウニタキはリュウインと楽しい夜を過ごした。





浮島の久米村



今帰仁グスク




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