酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







池間島のウパルズ様




 狩俣(かずまた)から小舟(さぶに)に乗ってササたちは池間島(いきゃま)に向かった。クマラパは池間島の神様は苦手じゃと言って、行くのを渋っていたが、娘のタマミガに説得されて一緒に来てくれた。

 神様のお陰か、季節外れの南風を帆に受けて小舟は気持ちよく走った。蛇のように細長く続く世渡崎(しどぅざき)を過ぎると池間島がよく見えた。

「池間島は二つの島でできているんじゃ」とクマラパが(うえーく)で舵取りをしながら言った。

(あがり)の島は神様の島で人は住んでおらん。島人(しまんちゅ)たちは西(いり)の島に住んでいて、池間按司(いきゃまーず)のグスクも西の島にあるんじゃ」

「中央にある入り江は向こう側に抜けられるのですか」と安須森(あしむい)ヌルが聞いた。

(にし)の方はかなり狭くなっているんじゃが抜けられる。島の北方(にしかた)は岩場ばかりなんじゃが、入り江の中に入ると砂浜があるんじゃ。ヤピシ(八重干瀬)で採った貝を入り江の中の砂浜まで運んで作業をするんじゃよ」

「ウパルズ様のウタキは東の島にあるのですか」とササが聞いた。

「いや、西の島じゃ。ナナムイウタキといって、遙か昔にネノハ姫様が暮らしていた屋敷跡にできたようじゃ」

「ネノハ姫(ウムトゥ姫)様の娘さんのウパルズ様に会うのが楽しみだわ」とササが言うと、

「歓迎してくれるじゃろう」とクマラパは言った。

 二つの島の間にある入り江に入って、西の島の砂浜から上陸した。白い砂浜が長く続いていて、海辺にある小屋の中で、ウミンチュのおかみさんたちが貝の身を抜く作業をしていた。

 ササたちの姿を見ると皆、驚いた顔をしてササたちを見ていた。(はかま)をはいて腰に刀を差した女を見るのは初めてなのだろう。

 一人の女が近づいて来て、クマラパに声を掛けた。タマミガも漲水(ぴゃるみず)のウプンマも知っているようだった。三人から話を聞いて、その女はササたちを見て笑うと、「池間島にようこそ」と琉球の言葉でしゃべった。

「琉球に行った事があるのですか」とササが聞くと、

「琉球の言葉は神様から教わったのよ」と言った。

「池間のウプンマじゃよ」とクマラパが言った。

 池間のウプンマの案内で、小高い丘の上にあるグスクに行って、ウプンマの父親の池間按司に会った。それほど高くない石垣に囲まれた小さなグスクだった。屋敷は少し高い所に建っていて、屋敷からの眺めは最高だった。北の方を見るとヤピシが広がっていて、南を見るとミャーク(宮古島)と伊良部島(いらうじま)が見えた。

 池間按司は言葉が通じないが、クマラパの通訳で、遠い所からよく来てくれたと歓迎してくれた。イシャナギ島(石垣島)に行った娘の事を聞くと、困ったような顔をして首を振った。

 マッサビは先代の娘で、今の按司の妹だという。十七歳の時、神様のお告げがあって、イシャナギ島に行かなければならないと言い出した。マッサビの姉の先代のウプンマが止めても駄目だった。久米島(くみじま)から来たグラーという若者と一緒にイシャナギ島に行ってしまった。

 その頃、イシャナギ島ではヤキー(マラリア)という熱病が流行っていて、多くの人が亡くなっていた。蚊に刺されるとヤキーになるので、マッサビはグラーと一緒に蚊の退治を始めた。あれから三十年が経つが、ヤキーがなくなる事はなく、未だに蚊の退治をしているという。それでも、マッサビはイシャナギ島から舟の造るための丸太を送ってくれるので、島人たちは大いに助かっているという。池間島もミャークと同じように平らな島で、太い木が生えている山はなかった。

「三十年間も(がじゃん)の退治をしているのですか」とササたちは驚いた。

「一時は叔母さん(マッサビ)もヤキーに罹って、死ぬところだったらしいわ」と池間のウプンマが言った。

「でも、イシャナギ島の神様が助けてくれたのよ。イシャナギ島の神様は池間島の神様のお母さんですからね、叔母さんを守ってくれたのよ」

 池間按司は目黒盛豊見親(みぐらむいとぅゆみおや)のために、ヤピシでタカラガイを採っていると言ったので、目黒盛豊見親と相談して、琉球と交易して下さいとササは頼んだ。

 グスクから西側の海岸に下りて、池間のウプンマの案内でナナムイウタキに向かった。クマラパはグスクで待っていると言って付いて来なかった。

 岩場の海辺で(みそ)ぎをして、樹木(きぎ)が生い茂った森の中に入って行った。セーファウタキのように霊気がみなぎっているのをササたちは感じていた。

 細い道をしばらく行くと広場に出た。広場の中央に奇妙な形の岩があって、その周りを石で囲んであった。ササたちは池間のウプンマの後ろに並んでお祈りを捧げた。

「琉球からいらしたお客様を連れて参りました」と池間のウプンマは言った。

「狩俣のタマミガも一緒なのね」と神様は言った。

「タマミガ、お父さんをここに連れて来なさい」

「えっ?」とタマミガは驚いた。

「一緒に来たんでしょ。話があるのよ。早く、連れていらっしゃい」

 タマミガは池間のウプンマを見た。

 ウプンマはうなづいた。

 タマミガはウタキから出て行った。

「ユンヌ姫様からあなたたちの事は聞いたわ。よく来てくれたわね。歓迎するわよ」と神様は言った。

「ユンヌ姫様がここにいらしたのですか」とササは聞いた。

 ミャークに着いてからユンヌ姫もアキシノもどこに行ったのか行方知らずになっていた。

「あなたたちが来たら、イシャナギ島に行ったって伝えてくれって頼まれたのよ」

「そうだったのですか」

「あなたたちも母に会いに行くのね?」

「はい。ミャークに来る前に久米島に行って、ウムトゥ姫様の妹のクミ姫様に会ってまいりました」

「叔母の事は母から聞いています。母と叔母はユンヌ姫様と一緒に久米島に行って、母はタカラガイが採れる御願干瀬(うがんびし)の近くのアーラタキを拠点にしました。叔母は久米島で一番高いニシタキを拠点にしました。母はタカラガイをたくさん採って琉球に送りましたが、アーラタキよりニシタキの方が高いので、叔母に見下されているようで面白くなかったようです。そんな時、母はアーラタキの古い神様からミャークという南の島に、ここよりもっとタカラガイが採れる場所があると聞いて、久米島の事は叔母に任せて、池間島に来たのです」

「最初からイシャナギ島に行くつもりではなかったのですか」

「母は琉球にタカラガイを送るために池間島に来たのです。この島は古くからタカラガイの交易で栄えていました。母がこの島に来る一千年も前から、この島で採れたタカラガイは唐の大陸に運ばれて行ったようです。やがて、タカラガイに変わって銅の銭が使われるようになると唐人(とーんちゅ)たちもやって来なくなって、タカラガイを採る事も忘れてしまいます。母が来る五十年前には大津波がやって来て、池間島の人たちも大勢、流されてしまいました。母は池間島に来て、島人たちにタカラガイを採る事を教えて、琉球まで運ばせました。琉球との交易で、貴重な品々を手に入れて、池間島は昔のような活気を取り戻したのです。イシャナギ島に行ったのは、舟を造るための丸太を手に入れるためです。イシャナギ島には久米島のニシタキよりも高いウムトゥダギ(於茂登岳)があったので、晩年はそこで過ごして、母はイシャナギ島の神様になったのです」

「そうだったのですか。ここのタカラガイがヤマトゥに行って、朝鮮(チョソン)まで渡って行ったのですね」

「そうです。ここのタカラガイのお陰で、玉依姫(たまよりひめ)様の跡を継いだ豊姫(とよひめ)様は、カヤの国(朝鮮半島にあった国)から鉄を手に入れて、ヤマトゥの国を守って来たのです」

「豊姫様という人は玉依姫様の娘さんなのですか」とササは聞いた。

 豊姫様というのは初めて聞く名前だった。

「いいえ、違います。玉依姫様は長生きなさいましたので、二人の娘さんの方が先に亡くなってしまいました。豊姫様は、玉依姫様の弟、ミケヒコ様の曽孫(ひまご)です。幼い頃からシジ(霊力)の高い娘さんだったのでしょう。日巫女(ひみこ)と呼ばれたヤマトゥの女王様を務めるには高いシジがなくてはなりません。わたしもお会いしましたが、凄い人だと思いました」

「ウパルズ様はヤマトゥに行ったのですか」

「行きましたよ。母も行っています。母からヤマトゥのお話を聞いて、わたしも行ってみたくなったのです」

「そうだったのですか。今と違って、大変な舟旅だったでしょう」

「そうですわね。何度も死ぬ思いをしましたよ。でも、神様が守ってくださいました。行って来て本当によかったと思っています」

 タマミガがクマラパを連れて来た。

「クマラパ、久し振りだわね。ずっと、わたしから逃げていたのね?」

 ウパルズ様の口調が急に険しくなったので、ササたちは驚いた。そして、クマラパはヂャンサンフォンと同じように、神様の声を聞く事ができるようだった。

「別に逃げていたわけではない」とクマラパは小声で言った。

「あなたのお陰で何人の人が亡くなったと思っているの?」

「わしも後悔しておるんじゃ。あの時はいっぱしの軍師気取りだったんじゃよ。亡くなった者たちにはすまなかったと思っている」

「何の事ですか」と漲水のウプンマが聞いた。

「三十年前の悲惨な(いくさ)の事ですよ」とウパルズ様は言った。

「えっ?」と漲水のウプンマは驚いて、「あの時の戦はクマラパーズ様の活躍があって、目黒盛豊見親様は勝利したと聞いておりますが」

「戦には勝ったけど、クマラパは助けられた人たちを見殺しにしたのよ」

「どういう事ですか」

「クマラパ、自分でちゃんと説明しなさい」

 クマラパは溜め息をつくと、

「まだ十七歳だった目黒盛に会ったのが、そもそもの始まりなんじゃ」と言った。

「今、与那覇(ゆなぱ)グスクがあるイナピギムイで、目黒盛はイーヌツツ(上の頂)の七兄弟(ななちょーでー)を倒したんじゃ。七兄弟は保里按司(ふさてぃあず)にそそのかされて、目黒盛の両親を殺して、イナピギムイを奪い取ったんじゃよ。目黒盛は両親の(かたき)を討って、土地を奪い返すために七兄弟と戦ったんじゃ。わしはたまたまその場に居合わせて決闘を見た。目黒盛は弓矢の腕も剣術の腕も大したものじゃった。わしはただ者ではないと思った。将来、大きな事をしでかすじゃろうと思ったんじゃ。わしは陰ながら目黒盛を見守った。七兄弟を倒したあと、目黒盛は白川殿(すさかどぅぬ)の娘を嫁に迎えた。白川殿は何人もの鍛冶屋(かんじゃー)を抱えていて、武器や農具を作らせて長者になった男じゃ。白川殿を味方に付けた目黒盛は勢力を広げた。広げたと言っても、根間(にーま)から白浜(すすぅばま)までの細長い一帯で、周りには糸数按司(いとぅかずあず)北嶺按司(にしんみあず)大嶽按司(うぷたきあず)といった大きな勢力を持った按司たちがいたんじゃよ。目黒盛がどうやって、そいつらを倒すのか楽しみだったんじゃ。その頃、わしはアコーダティ勢頭(しず)と一緒に船造りに励んで、船が完成したらトンド(マニラ)の国に行ったりしていた。そんな時、北嶺按司が弓矢の決闘をして殺された。殺したのは目黒盛の妻の弟のウキミズゥリじゃった。ウキミズゥリは石原按司(いさらーず)に雇われて北嶺按司を倒したという。北嶺按司は飛鳥主(とぅびとぅりゃー)と呼ばれた武芸の達人で、ウキミズゥリも弓矢の名手じゃった。ウキミズゥリが目黒盛のために北嶺按司を殺したのか、弓矢の対決がしたかっただけなのかはわからん。だが、北嶺按司はいなくなり、石原按司は北嶺按司の領地を手に入れた。それから三年後、石原按司は糸数按司に殺されて、糸数按司は石原按司と北嶺按司の領地を手に入れて大按司(うぷあず)となったんじゃ。糸数按司というのは保里按司の息子で、北嶺按司の従兄なんじゃよ。従弟の北嶺按司の敵を討ったというわけじゃ。糸数大按司はウキミズゥリもだまし討ちにしたようじゃ。義弟を殺されて目黒盛も怒っただろうが何もしなかった。わしは石原按司に嫁いでいた妹から(かたき)を討ってくれと頼まれた。わしは妹の頼みを聞いて敵を討ってやったんじゃ。糸数大按司が亡くなると、目黒盛は糸数グスクを攻め取った。目黒盛は糸数按司の領地をすべて自分のものとしたわけじゃ。そして、佐田大人(さーたうふんど)がやって来たんじゃよ」

「どうやって、糸数大按司を倒したのですか」と安須森ヌルが聞いた。

「わしの弟子に美しい娘がいてな、その娘を糸数大按司の側室として送り込んだんじゃ。その娘が糸数大按司とお楽しみ中に、針を首の急所に刺したんじゃよ。お楽しみ中に亡くなったとは言えず、(かんざし)で耳掻きをしていたら、アブベエ(虻蝿)が肘に止まって、それを叩こうとして簪で耳を刺して亡くなったという事にしたんじゃろう」

「恐ろしい事をするわね」と言ったのはウパルズ様だった。

「糸数大按司は石原按司を殺した時も、ウキミズゥリを殺した時もだまし討ちにしたんじゃ。あんな卑怯な事をする奴は按司の資格はない。バチが当たったんじゃよ」

「その事は大目に見るわ。話を続けて」

「佐田大人は下地(すむずぃ)与那覇(ゆなぱ)に上陸して、与那覇に住んでいたウミンチュたちを皆殺しにして、そこを拠点にしたんじゃ。奴らは最初からミャークの者たちと仲よくしようという気持ちはなかった。ミャークの者たちを見下して、島人たちを皆殺しにして、この島を奪い取ろうとたくらんでいたんじゃ。ヤマトゥでの戦に敗れて、ミャークに新しい南朝(なんちょう)の国を造ろうとしていたんじゃよ。奴らは総勢一千人近くいて、サムレーは半分の五百人、残りは連れて来た家族たちじゃった。その家族の中に南朝の皇子(おうじ)もいたらしい」

「佐田大人が来た時、ミャークにとって危険な者たちだから早く倒しなさいとわたしは警告したはずよ」

「わしはウパルズ様の警告に従って様子を見に行ったんじゃ。武装したサムレーたちが大勢いた。倒せと言われても奴らの兵力は五百人、しかもミャークの者たちよりも立派な武器を持っている。奴らを倒すには、ミャークの按司たちが協力しなければ無理じゃった。しかし、現実は按司たちはお互いに争っていて、一つにまとまりそうもなかったんじゃ。台風が来て、奴らの船が全滅すると奴らは凶暴になった」

「佐田大人が来てから台風が来るまで一月近くあったわ。あなたの妖術を使えば、追い返す事はできたはずだわ」

「そんなのは無理じゃよ」

「そうかしら? あなたはターカウ(台湾の高雄)まで行っているから知っているはずよ。ヤマトゥンチュが人食い族を恐れている事を。ミャークにも人食い族がいるように見せかければ、佐田大人たちも恐れて逃げて行ったでしょう」

「そんな事をしたら、ミャークが人食いの島だと噂になって誰も来なくなってしまう」

「大勢が殺されるよりもましでしょ」

「あの時点では、奴らの出方を見るしかなかったんじゃ」

「台風で船がやられて、佐田大人たちはもう島から出て行く事はできなくなったわ。わたしはミャークの人たちを守るように、守りを固めなさいとあなたに言ったわ」

「言われた通りに狩俣の(しま)を石垣で囲んだ。島尻(しまずー)の村にも伝え、ウプラタス按司にも、野崎按司(ぬざきあず)にも、目黒盛にも伝えて、皆、守りを固めたんじゃ」

「でも、南部の按司たちには伝えていないわ」

上比屋(ういぴやー)には伝えた」

「あなたは目黒盛の味方になりそうな按司だけに伝えたのよ。あなたは目黒盛のために佐田大人を利用しようと考えたのよ」

「確かにそうじゃ。あの頃、最も勢力のあった大嶽按司を佐田大人が倒してくれればいいと思っていたんじゃ」

美野按司(みぬあず)には伝えたの?」

「伝えた。だが、奴はわしの言う事を笑って、従わなかったんじゃ」

美野村(みぬしま)が皆殺しにされて、皆が佐田大人を恐れたはずよ。その時、按司たちが一致団結して倒す事もできたはずだわ。でも、あなたは様子を見ているだけで何もしなかった。美野村が全滅してから一月後、大嶽按司が亡くなったわ。跡を継いだ若按司はまだ若かった。佐田大人に攻められて、大嶽グスクは落城して、城下の住民たちは皆殺しにされた。あなたの願った通りになったのよ。大嶽按司が滅ぼされて、あなたはようやく腰を上げて、目黒盛と会って佐田大人退治の作戦を練った」

「大嶽城下の者たちには悪かったが、ミャークを一つにまとめるためには大嶽按司は邪魔だったんじゃ。大嶽按司がいなくなって、あとは目黒盛が佐田大人を退治すれば、ミャークは目黒盛を中心にして一つにまとまるじゃろうと思ったんじゃよ。わしはアコーダティ勢頭に頼んで、ターカウから武器を調達してもらい、伊良部島(いらうじま)で兵たちを鍛えた。ウプラタス按司が攻められたのは全くの誤算じゃった。根間から白浜までは目黒盛が守りを固めていたので、奴らが北に出て来る事はあるまいと思っていた。ところが、奴らは高腰按司(たかうすあず)を倒して馬を奪い取り、奇襲を掛けて来たんじゃ。突然の攻撃に耐えきれず、ウプラタスは全滅してしまった。しかし、その頃になると敵も分裂し始めたようじゃった。佐田大人の残虐さに付いて行けなくなった者たちが現れたようじゃ。ウプラタス按司の船を奪い取った奴らは、下地の与那覇には帰らずにミャークから去って行ったんじゃ。あとになってターカウの倭寇(わこう)から聞いたんじゃが、ウプラタス按司の船を奪った奴らはヤマトゥに帰って行ったらしい。その後、佐田大人は北部に出て来る事はなく、南部の按司たちを攻めていた。奴らが上比屋を攻めた時、わしらは助けるために出撃した。激戦になったが敵を追い返す事ができた。その時、敵もかなりの損害が出て、目黒盛を倒そうと考えたようじゃ。わしは敵の動きを探って、あちこちに(わな)を作って待ち構えた。敵はうまい具合に罠にはまって、目黒盛、野崎按司、北宗根按司(にすずにあず)狩俣按司(かずまたーず)上比屋按司(ういぴやーず)の連合軍によって、佐田大人の軍は全滅したんじゃよ」

「うまく行ってよかったわね」とウパルズ様は皮肉っぽく言った。

「あなたの思い通りにするために何人の犠牲が出たと思っているの? 一千人以上の人が亡くなっているのよ。しかも、女や子供までが無残に殺されているわ。按司たちが戦をしても、女や子供たちまでは殺さないでしょう」

「わかっている。戦のあと、わしも反省したんじゃ。ウパルズ様に合わす顔がなかったんじゃよ」

「あれから三十年間、あなたはわたしから逃げていたわ。でも、わたしは知っているのよ。あなたが亡くなった人たちを一人づつ弔ってやっていたのをね。そして、野城按司(ぬすくあず)と高腰按司を再興したわ。亡くなった人たちのためにも、ミャークを平和で住みよい島にしなさいよ」

 クマラパは何も言わず、両手を合わせて感謝していた。

「クマラパの件はこれで終わりよ」とウパルズ様は言った。以前の優しい声に戻っていた。

「さっきの話の続きだけどね、ヤマトゥに行った時、出雲(いづも)の熊野山に行って、スサノオの神様に会って来たのですよ。スサノオの神様は喜んでくださったわ。琉球のさらに南にそんな島があるとは知らなかった。是非、行ってみたいものじゃとおっしゃいました。わたしは一緒に行きましょうって誘ったんだけど、その頃のヤマトゥは国が大きくなってしまったお陰で、内部争いがあちこちで起こっていて、スサノオの神様も留守にする事はできなかったの。争いが治まったら来て下さいって言ったんだけど、ミャークには来ていないわ」

「ミャークに熊野権現様はありませんか」とササは聞いた。

「大嶽山頂と高腰グスクにあるわよ」

「えっ、二つもあるのですか」

「熊野水軍は保良(ぶら)に住んでいる人たちを連れて来ましたから、あちこち歩いて高い所に熊野権現を祀ったのでしょう」

「熊野権現様があれば、スサノオの神様を呼ぶ事ができるかもしれません」

「まさか。ヤマトゥからミャークまで、いくら、スサノオの神様が万能でも無理だと思うわ」

「無理かもしれませんが試してみます」

「わたしも会いたいから、スサノオの神様がやって来たら教えてね」

「勿論です。一緒にお酒を飲みましょう」

 ウパルズ様は楽しそうに笑った。

 ササたちはウパルズ様と別れ、池間のウプンマに従って、広場の周りにある六つのウタキにお祈りを捧げた。一番奥の崖下にあるウタキは母親のウムトゥ姫様のウタキだった。勿論、ウムトゥ姫様は留守だった。あとの四つはウパルズ様の娘のウタキで、残る一つは、三百年前の大津波のあとにウタキを再興したウプンマのウタキだった。四人の娘は、長女の池間姫がウパルズ様の跡を継いで、次女は赤崎に行って赤崎姫になり、三女は百名(ぴゃんな)に行って百名姫になり、四女は漲水に行って漲水姫になって、ミャークを守っていると池間のウプンマは言った。

 ナナムイウタキを出ると、

「ようやく許してもらえたようじゃ」とクマラパは力なく笑った。

「お父様がウパルズ様とお話ができるなんて知らなかったわ」とタマミガが目を丸くして言った。

「あれ以来、怒られてばかりいたからのう、耳を塞いでいたんじゃよ」

「あたし、お父様を見直したわ」とタマミガが言うと、クマラパは嬉しそうな顔をして娘を見ていた。

「さっき、クマラパ様の事をクマラパーズって言ったけど、どういう事?」と安須森ヌルが漲水のウプンマに聞いた。

「クマラパ様は按司じゃないんだけど、三十年前の戦の活躍で、クマラパ按司(あず)と呼ぶ人が多いのです」

「成程、クマラパ按司か」と安須森ヌルは納得した。

 池間のウプンマに見送られて、ササたちは狩俣へと帰った。





池間島




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