酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







上比屋のムマニャーズ




 女按司(みどぅんあず)のマズマラーのお世話になって、(しま)の人たちと一緒に楽しい酒盛りをして、狩俣(かずまた)で一泊したササたちは、翌日、クマラパとタマミガの案内で赤崎のウタキに向かった。

 途中、白浜(すすぅばま)に寄ったら浜辺に仮小屋がいくつも建っていて、船乗りたちがのんびりとくつろいでいた。炊き出しをしている島の女たちと身振り手振りで話をしながら楽しそうに笑っていた。

 ササたちに気づいて、みんなが集まって来たので、

「うまく行っているわ。取り引きもできそうよ。もう少し待っていて」と言って、空になった瓢箪(ちぶる)に酒を補給して、ササたちはまた馬にまたがった。

 大嶽(うぷたき)は大した山ではないので、グスクの跡地まで馬に乗って行けると思っていたのに、誰も登らないとみえて、かつての道は草に被われて、まったくわからなかった。仕方なく馬を下りて草をかき分けながら登った。

 崩れた石垣があって、大御門(うふうじょー)があったと思われる辺りから中に入ったが、一面、草茫々(くさぼうぼう)で屋敷らしい物は何も残っていなかった。

与那覇(ゆなぱ)バラの兵に屋敷は皆、焼かれたんじゃよ」とクマラパが言った。

「与那覇バラ?」と安須森(あしむい)ヌルが聞いた。

「与那覇の奴らという意味じゃ。残酷な事をする佐田大人(さーたうふんど)の兵たちは憎しみを込めて、そう呼ばれていたんじゃよ」

与那覇勢頭(ゆなぱしず)様のグスクも与那覇グスクでしたよね?」

 クマラパはうなづいた。

「与那覇は二つあるんじゃよ。盛加越(むいかぐす)の与那覇と下地(すむずぃ)の与那覇じゃ。盛加越の与那覇は与那覇グスクのある辺りで、下地の与那覇は丁度その反対側じゃ。赤崎のウタキの近くじゃよ」

「このグスクにウタキはありますか」とササは漲水(ぴゃるみず)のウプンマに聞いた。

 ウプンマは首を傾げた。

「ウタキはないじゃろう」とクマラパが言った。

大嶽按司(うぷたきあず)はヤマトゥの商人だったんじゃ。交易のために(げん)の国に向かう途中、嵐に遭ってミャーク(宮古島)まで流されて座礁(ざしょう)してしまったんじゃよ。船は壊れて使い物にならなくなったが、積み荷は無事じゃった。ヤマトゥの商品を上比屋按司(ういぴやーず)保良按司(ぶらーず)に引き取ってもらって、それを元手に大嶽にグスクを築いて按司になったんじゃ。三人の息子はいたが、娘はいない。ヌルがいないからウタキもないじゃろう。ただ、按司が拝んでいたという霊石が山頂にある」

「霊石ですか」とササが首を傾げた。

「先代の上比屋の女按司が造って、山頂まで運んで、大嶽按司の守護神として(まつ)ったんじゃよ。上比屋按司も子供たちの事まで考えなかったようじゃな。大嶽按司が亡くなったら、佐田大人に滅ぼされてしまった」

 そう言って、クマラパは顔を歪めて首を振った。

 グスク跡から出て、ササたちは山頂に向かった。眺めのいい山頂のすぐ下に、その霊石はあった。高さ五尺(約一五〇センチ)足らずで、直径四尺(約一二〇センチ)くらいの円柱の石だった。

「大嶽按司の守護神はどんな神様なんですか」とササはクマラパに聞いた。

八幡(はちまん)様じゃと言っていたのう。故郷に何とか八幡という神社があって、元の国に行く時には必ず八幡様に航海の無事を祈ったそうじゃ。元の国には行けなかったが、ミャークという美しい島に来られた。これも神様の(おぼ)し召しなんじゃろうと言っておった。太っ腹な男じゃったが、野心もあった」

「八幡様ならスサノオの神様だわ」とササは言った。

対馬(つしま)の木坂の八幡様ね」とナナが言った。

 ササはうなづいて、「熊野権現(くまのごんげん)様を探さなくちゃ」と言った。

 みんなで草をかき分けて探し回った。

「これかしら?」とシンシンが見つけた。

 小さな石の(ほこら)で、熊野という字がかすかに残っていた。

「間違いないわ」とナナが嬉しそうに言った。

 祠の周りの草を刈って綺麗にして、ササたちは拝んだ。神様の声は聞こえなかった。

 霊石の前で拝んでいた漲水のウプンマも何も聞こえないと言った。

 ササは空を見上げてから、腰に差していた横笛を袋から出して、安須森ヌルを見た。安須森ヌルはうなづいた。

 ササは横笛を吹き始めた。

 さわやかな調べが流れた。ミャークに来た喜びが軽やかな調べに現れていた。去年の暮れ、浜川(はまがー)ウタキで、アマミキヨ様が南の島からいらっしゃったと神様から聞いた時、南の島に行かなければならないと思った。ミャークの事を色々と調べて、ようやく、やって来られたのだった。無事に来られて、ウムトゥ姫様の娘のウパルズ様に出会えた事を、ササは様々な神様に感謝していた。

 皆、シーンとしてササの笛の音に聞き入っていた。

 ササは吹き終わると空を見上げた。

「イシャナギ島(石垣島)まで聞こえたわよ」と声が聞こえた。

 ユンヌ姫の声だった。

「帰って来たの?」とササは聞いた。

「何かあったのですか」とアキシノの声もした。

「熊野権現様を見つけたので、スサノオの神様を呼んでみたんだけど駄目だったみたい」

「イシャナギ島のウムトゥダギ(於茂登岳)にも熊野権現があったわ。あそこは高い山だから、あそこで笛を吹いたらお祖父(じい)様もやって来るわよ」とユンヌ姫は言った。

「ウムトゥダギにもあったのね」とササは喜んだ。

「マシュー(ねえ)(安須森ヌル)も吹いてみて」とササが言って、安須森ヌルはうなづくと横笛を吹いた。

 ササの曲とはまったく違った低音でゆっくりとした曲だった。安須森ヌルはミャークに来た喜びよりも、三十年前の(いくさ)で亡くなった大勢の人たちを慰めようとしていた。

 鎮魂(ちんこん)の曲だと気づいたササは、安須森ヌルに合わせて笛を吹き始めた。

 心に響き渡る荘厳(そうごん)な曲が流れ、聞いている者たちは皆、感動していた。

 曲が終わると、「素晴らしいわ」とアキシノが涙声で言った。

「これを聞いたらお祖父様は必ずやって来るわ」とユンヌ姫は力強く言ったが、スサノオの声は聞こえなかった。

「すごいのう」とクマラパが言った。

「笛の音を聴いて泣けてきたのは初めてじゃ」

 漲水のウプンマもタマミガも涙を拭きながら、尊敬の眼差しでササと安須森ヌルを見ていた。

「ありがとう」と神様の声が聞こえた。ヤマトゥ言葉だった。

「すまなかった」とクマラパが両手をついて謝った。

「なぜ、そなたが謝るんじゃ」

「佐田大人からこのグスクを守れなかった」

「そなたは狩俣にいたんじゃろう。たとえ、そなたが援軍を送ったとしても無駄死にしただけじゃ。奴らがミャークに来た時、わしは倅たちに充分に守りを固めさせた。もし、わしが生きていたとしても敗れてしまったじゃろう」

「大嶽按司様は博多の商人だったのですか」とササは聞いた。

 神様は微かに笑った。

「博多で有名な商人の倅だったんじゃよ。しかし、三男だったからのう、船頭(船長)になって元の国まで行っていたんじゃ。宇佐(うさ)の八幡様の荷物を積んで慶元(けいげん)(寧波)に向かう途中、嵐に襲われてミャークに着いたんじゃよ。八幡様の荷物を勝手に使ってしまい、申し訳なくて八幡様の霊石を建ててお詫びをしていたんじゃ。この山に熊野権現様が祀られていたとは知らなかった。もしかしたら、熊野権現様に呼ばれて、わしはこの島に来たのかのう」

 突然、大雨が降ってきた。空を見上げたら真っ黒な雲に被われていた。

 ササたちは神様と別れて、クマラパのあとに従って、近くにあったガマ(洞窟)の中に逃げ込んだ。

 ガマの中は白骨だらけだった。

「野ざらしになっていた亡くなった者たちを、このガマに葬ったんじゃよ」とクマラパは言った。

 ササたちは亡くなった人たちにお祈りを捧げた。名もなき神様たちのお礼の言葉があちこちから聞こえた。

 お祈りを済ませたあと、土砂降りの雨を眺めながら、

「神様が怒ったのかしら」とササが言った。

「神様も感激して泣いているんじゃろう」とクマラパが言った。

「最近、雨が降らなかったから(めぐ)みの雨じゃ。みんな、喜んでいるじゃろう」

「お二人の笛には本当に感動いたしました」と漲水のウプンマが言った。

「わたしにも笛を教えてください」とタマミガがササに頼んだ。

 ササはタマミガに笛を渡して、吹き方を教えた。

「大嶽按司様はミャークに来てからは、商売はしなかったのですか」と安須森ヌルがクマラパに聞いた。

「保良按司は野城按司(ぬすくあず)に滅ぼされたんじゃが、野城按司が亡くなると、大嶽按司はあとを継いだ若按司を滅ぼして、保良の船を手に入れたんじゃ。その船を使って、イシャナギ島に行って材木を運んで来たんじゃよ。それからは材木の商売を始めたんじゃ。小舟(さぶに)を造る丸太はウミンチュたちに喜ばれて、成功したんじゃよ。だが、倅たちは商売には興味を示さず、目黒盛(みぐらむい)を倒して、ミャークを我が物にしようとたくらんでいたんじゃ」

 雨は半時(はんとき)(一時間)程でやんだ。

 大嶽から下りて馬に乗って、佐田大人の船が座礁した与那覇湾に行き、港の近くにある赤名ウタキに寄った。

 赤名ウタキには赤崎姫の娘の赤名姫の神様がいた。赤名姫はササたちを歓迎してくれた。すでにユンヌ姫と会っていて、一緒にイシャナギ島まで行っていたらしい。

 佐田大人が来た時の様子を話していた時、急に赤名姫はウタキの外で待っていたクマラパを呼んだ。

「お祖母(ばあ)様(ウパルズ)には言っていないでしょうね?」と聞いて、クマラパが、「言っていない」と言うと、「絶対に内緒よ」と赤名姫は念を押した。

 お祈りを終えてウタキから出たあと、何の事ですかとクマラパに聞いたら、「何でもない」と言って教えてくれなかった。

「クマラパは佐田大人の船が与那覇湾で座礁したあとに台風が来た時、赤名姫の力を借りて、船を破壊したのよ」とユンヌ姫が教えてくれた。

 ササたちは驚いて、クマラパを見た。

「誰の声じゃ?」とクマラパが聞いた。

「ユンヌ姫様です。ウパルズ様のお母様の大叔母様にあたる神様です」

「琉球から神様まで連れて来たのかね。恐れ入ったよ。あの時、佐田大人に大嶽按司を倒してほしかったんじゃ。佐田大人が来た時、大嶽按司は具合が悪くて寝込んでいたんじゃ。余命幾ばくもない事はわかっていた。大嶽按司が亡くなったら倅どもが目黒盛を攻めて来る事もわかっていたんじゃ」

「ウパルズ様にばれたら、また怒られますね」と漲水のウプンマが言った。

「赤名姫も追放されてしまうじゃろう。内緒にしておいてくれ」とクマラパは皆に頼んだ。

「ウパルズ様はきっと、その事もお見通しだと思うわ」と安須森ヌルが言った。

「きっと、そうね」とササも言った。

「本当?」と赤名姫の心配そうな声が聞こえた。

 佐田大人たちの本拠地だった与那覇村には生き残った家族たちが暮らしていた。皆殺しにしてしまえという声が多かったが、目黒盛は女子供に罪はないと言って許したという。

 赤崎のウタキは海に突き出た岩場の近くの森の中にあった。見るからに古いウタキで、霊気がみなぎっていた。

 近くの集落に赤崎のウプンマが住んでいて、一緒にウタキに入った。漲水のウプンマと赤崎のウプンマは同じ位の年齢で、同じ位の娘もいて、仲がいいようだった。

「琉球からアマミキヨ様の事を調べるためにミャークまでやって来たなんて感心だわね」とウパルズ様の娘の赤崎姫の神様は言った。

「アマミキヨ様はここからミャークに上陸したのですね?」とササは聞いた。

「残念ながらアマミキヨ様がミャークに来たかどうかはわからないわ。でも、アマミキヨ様の一族の人たちがここで暮らしていたのは確かだと思うわ。一千年前の大津波の前は、もっとウタキがあったはずなんだけど、今はここしかわからないの。琉球のように、浜川ウタキ、ミントゥングスク、垣花森(かきぬはなむい)、そして、玉グスクと垣花グスクが残っていれば、アマミキヨ様の一族の人たちがどのように移動したのかわかるんだけど、ここだけしかわからないので、ここからどこに行ったのかわからないのよ」

「赤崎姫様は琉球に行った事があるのですか」

「母と一緒に行ってきたわ。ここに来る前にね」

「そうだったのですか。セーファウタキにも行ったのですね?」

「勿論よ。豊玉姫(とよたまひめ)様にもアマン姫様にもお会いしたわ」

「そうでしたか」

「でも、琉球に行ったのは一度だけ。また、行ってみたいわ。さっきの話の続きだけど、漲水ウタキのコイツヌ様とコイタマ様は、ここから移動して行ったアマミキヨ様の一族の人たちじゃないかしらと思うんだけど、はっきりとそうだとは言い切れないのよ。漲水のウタキも大津波でやられてしまったの。赤崎と漲水の間に古いウタキが残っていればいいんだけど、残念ながら見つけられなかったわ」

 ササたちは赤崎姫様にお礼を言って別れた。赤崎の岩場から南の海を眺めながら、ササはさらに南の方に行ってみたいと思った。でも、ここより南の島ではきっと言葉も通じないのに違いない。琉球の言葉を知っている人はいないだろう。

「ササ、アマンの国を探しに行くつもりなの?」とシンシンが心配そうな顔をして聞いた。

 ササは笑って首を振った。

「これより先は何があるかわからないわ。それより、旧港(ジゥガン)とジャワに行きましょうよ。シーハイイェンたちとスヒターたちがいるから、何とか言葉も通じるでしょう。もしかしたら、アマンの国もあるかもしれないわ」

「あたしも行ってみたいと思っていたのよ」とナナが楽しそうに言った。

「旧港とジャワなら、明国の言葉が通じるわ」とシンシンも嬉しそうに言った。

 赤崎のウプンマの屋敷で昼食を御馳走になって、上比屋(ういぴやー)グスクに向かった。漲水のウプンマに誘われて、赤崎のウプンマも一緒に付いて来た。

 赤崎から上比屋までは思っていたよりも遠く、上比屋に着いたのは(さる)の刻(午後四時頃)になっていた。

 グスクは樹木(きぎ)が生い茂った丘の上にあって、高い石垣で囲まれていた。

「ミャークで一番初めにグスクができたのがここじゃよ」とクマラパが言った。

「平家の落ち武者がミャークまで逃げて来て、ここにグスクを築いたのですね」と安須森ヌルが聞いた。

「そうじゃ。ここも女按司(みどぅんあず)でな、わしがミャークに来たばかりの頃、色々とお世話になったんじゃよ。美人(ちゅらー)だが、気の強い女じゃ。今は娘に按司の座は譲ったが、相変わらず威勢のいいお(ばあ)じゃよ」

 クマラパの顔を見ると門番は笑って、グスク内に入れてくれた。クマラパはなかなか顔が広いようだ。

 グスク内は思っていたよりも広く、石垣でいくつかに仕切られてあった。門番に馬を預けて、広い庭の正面に見える御門(うじょう)に向かった。御門を抜けると立派な屋敷が建っていた。クマラパは勝手知っている我が家のように、さっさと歩いて女按司がいる部屋へと行った。

「あら、お久し振りですわね、お父様」と女按司はクマラパに言った。

 通訳してくれたタマミガの言葉を聞いてササたちは驚き、クマラパと女按司を見比べた。親子と言われれば、そう見えない事もなかった。

「お久し振りです。お姉様」とタマミガが挨拶をした。

「母さんは元気かね」とクマラパは女按司に聞いた。

「相変わらず、元気ですよ。御願山(うがんやま)のお屋敷にいます。いえ、今頃は多分、ウタキでお祈りをしていると思いますよ」

 クマラパはササたちに説明して、行ってみるかねと聞いた。

 ササたちはうなづいた。

 女按司と別れて、ウタキに向かった。

「先代のお婆はあの娘がわしの子だと、ずっと内緒にしていたんじゃよ」とクマラパが言った。

「佐田大人を倒したあと、やっと、わしの娘だと打ち明けたんじゃ」

「どうして、内緒にしていたのですか」とササは聞いた。

「さあな」と言ってクマラパは首を振った。

 森の中にあるウタキで、お婆がお祈りをしていた。いつもならウタキに入って来ないクマラパも、今回は何も言わずに付いて来た。

「琉球からいらしたお客様を連れて来たのね」と白髪頭のお婆は背中を向けたまま言った。琉球の言葉だった。

「ここの古い神様と話がしたいそうじゃ」とクマラパは言って、「平家の事も色々と詳しいぞ」と付け足した。

「わかりました。ミャークにいらした初代の按司様をお呼びいたします」

 ササたちはお婆にお礼を言って、一緒にお祈りを始めた。

「ヤマトゥからミャークにやって来たハツネと申します」と神様の声が聞こえた。勿論、ヤマトゥ言葉だった。

 安須森ヌルが自己紹介をしてから、「平家はミャークと交易をしていたのですか」とハツネと名乗った神様に聞いた。

「いいえ、していません。ミャークの事は熊野別当の湛増(たんぞう)から聞きました。熊野の者たちが琉球の南にあるミャークという島に行って、法螺貝(ほらがい)をたくさん持って来たと言っていました。わたしたちは初めからミャークを目指していたわけではないのです。琉球を目指したのですが、トカラの宝島から奄美大島に向かう途中で嵐に遭ってしまいました。方向を見失って、何日も海上をさまよった末、ようやくミャークにたどり着いたのです」

「もしかして、安徳天皇様をお連れしたのですか」

「いいえ、違います。わたしは中納言(ちゅうなごん)様(平知盛)にお仕えしていましたが、安徳天皇様は中納言様ご自身がお守りになって、どこかにお連れいたしました。わたしは中納言様のお姫様をお連れしたのです。でも、辛い船旅が祟って、お姫様はミャークに着いてからお亡くなりになってしまわれました」

厳島神社(いつくしまじんじゃ)内侍(ないし)(巫女)だったハツネ様なのね?」とアキシノの声が聞こえた。

「えっ、あなたは誰なの?」

「あなたと一緒に厳島神社の内侍を務めていたアキシノよ」

「えっ、アキシノ‥‥‥あなたがどうしてミャークにいるの?」

「わたしは今、琉球にいるのよ。ササたちと一緒にミャークに来たのよ」

「アキシノが琉球に? あなたは小松の中将(ちゅうじょう)様(平維盛)と一緒に熊野に行って、そこで亡くなったんじゃなかったの?」

「熊野から中将様と一緒に琉球に行って、中将様は今帰仁按司(なきじんあじ)になったのよ」

「中将様が生きていたなんて‥‥‥そうだったの。まさか、あなたに会えるなんて夢のようだわ」

「あなたは理有法師(りゆうほうし)の弟子になると言って厳島神社から出て行ったけど、本当に理有法師の弟子になったの?」

「なったわ。でも、理有法師が福原殿(平清盛)を呪い殺すのを見て、恐ろしくなって逃げ出したのよ」

「よく理有法師に殺されなかったわね」

「弱みを握っていたし、理有法師の術を封じる術も身に付けたから大丈夫だったのよ」

「理有法師は壇ノ浦の合戦のあと、琉球に来て、ひどい事をしたのよ。理有法師を追って来た朝盛法師(とももりほうし)によって退治されたけどね」

「理有法師と朝盛法師が琉球で戦ったなんて‥‥‥見ものだったでしょうね」

「あなたが琉球に行っていたら理有法師と会っていたに違いないわ」

「そうね。神様のお陰で、会わずに済んだのね」

 ハツネとアキシノは懐かしそうに昔の事を語り合っていた。

「神様のお邪魔はしない方がいいわね」とお婆は言って、お祈りを終えた。

 振り返ってササたちを見たお婆の顔を見て、ササたちは驚いた。髪は真っ白なのに顔付きは若々しく、とてもお婆とは呼べなかった。今でも美人だが、若い頃はすごく綺麗だったに違いない。クマラパが惚れるのもうなづけた。

 ムマニャーズと名乗った先代の按司に従って、森の中の細い道を通って海岸に出た。海岸に突き出た丘の上に屋敷があった。そこからの眺めは最高だった。

 岩場と砂浜に囲まれた池のような入り江に船が何艘も浮かんでいた。小舟が多いが、明国風の船もあった。反対側を見ると透明度の高いイノー(礁池)の先に、島など一つもない大きな海が広がっていた。

 ムマニャーズが御馳走とお酒を用意してくれたので、ササたちは素晴らしい景色を眺めながら酒盛りを楽しんだ。ターカウ(台湾の高雄)で手に入れた明国の酒だという。ササたちがいつも飲んでいるヤマトゥの酒よりも強いが、香りのいい酒だった。

「クマラパ様に娘さんの事をどうして内緒にしていたのですか」と安須森ヌルはヤマトゥ言葉でムマニャーズに聞いた。

「跡継ぎは欲しかったけど、クマラパがそばにいると、うっとうしいと思ったからよ」とムマニャーズは笑った。

「わしがうっとうしいじゃと」とクマラパがムマニャーズを睨んだ。

 ムマニャーズは笑って、「あなたをここに縛り付けては置けないと思ったのよ」と言った。

「よくわからないけど、あなたは何かをやるためにこの島に来たから、それを邪魔してはいけないと神様に言われたのよ」

「神様って、初代の按司様の事ですか」

「そうよ。あとになってわかったけど、クマラパの役目はバラバラだった按司たちを結び付ける事だったのよ。佐田大人を倒したあと、目黒盛を中心にミャークは一つにまとまったわ。二度とあんな悲惨な目に遭う事はないでしょう」

「昔はヤマトゥと交易をしていたのですか」とササがムマニャーズに聞いた。

「ヤマトゥにも行ったし、琉球にも行っていたらしいわ。でも、わたしが生まれた頃はヤマトゥへも琉球にも行かなくなっていたわ。ヤマトゥも琉球も戦世(いくさゆ)になってしまって、交易ができなくなってしまったらしいの。それに、琉球に行っていた頃の船乗りたちも亡くなってしまって、琉球に行く事もできなくなってしまったのよ。ここだけの話じゃないのよ。琉球やヤマトゥと交易していた保良もそうなのよ。わたしが十歳頃の時、保良按司が琉球に船を出したんだけど、その船は帰って来なかったわ。佐田大人を倒したあと、与那覇勢頭が琉球に行く事が決まったんだけど大変だったわ。どうやったら琉球へ行けるのか誰も知らなかったの。久米島(くみじま)から来た若者が伊良部島(いらうじま)にいたけど、サシバを追って来ただけなので、琉球への行き方はわからないって言ったわ。久米島からミャークに向かう潮の流れがあって、その潮の流れに乗ればミャークに来られるけど、その逆の流れがあるかどうかわからないって言ったのよ。でも、このグスクに古い記録が残っていて、星の位置とかが詳しく書いてあったの。それを頼りに行って来たのよ。わたしも一緒に行ったわ。何とか無事に琉球に着いたんだけど、言葉が通じなくて参ったわ。クマラパを連れて来ればよかったって後悔したわよ。でも、そのお陰で、琉球の言葉が覚えられて、今こうして、あなたたちとお話ができるわ」

「どうして一緒に行かなかったのですか」とササはクマラパに聞いた。

「わしはその時、野崎(ぬざき)(久松)で船を造っていたんじゃよ。野崎の船もかなり古くなっていたからのう。琉球との交易が始まれば、南蛮の商品が必要となるからのう。トンド(マニラ)の国に行く船を新しくしなければならなかったんじゃよ」

「その後も琉球に行ったのですか」と安須森ヌルがムマニャーズに聞いた。

「その時だけよ。一度行けば、与那覇勢頭は星の位置をちゃんと覚えたわ。ねえ、平家の事を教えてくれないかしら。神様から平家の事はよく聞くんだけど、わからない事が多いのよ」

「いいですよ。わたしが知っている事でしたら喜んでお話しします」

 安須森ヌルはムマニャーズに平家の事を話した。ムマニャーズもクマラパも真剣な顔をして聞いていた。





大嶽グスク




赤名ウタキ




赤崎ウタキ




上比屋グスク




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