酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







保良のマムヤ




 上比屋(ういぴやー)のムマニャーズの屋敷に泊まった翌朝、漲水(ぴゃるみず)のウプンマは娘が心配だと言って帰って行った。赤崎のウプンマは大丈夫と言って残り、ムマニャーズの孫娘、クマラパの孫娘でもあるツキミガが一緒に行くと言った。クマラパの娘のタマミガと孫娘のツキミガは一歳違いで、まるで姉妹のようだった。

 ササたちはムマニャーズと別れて、赤崎のウプンマとツキミガの案内で、百名(ぴゃんな)(東平安名)に向かった。

 馬に乗って景色を眺めながらのんびりと行ったが、一時(いっとき)(二時間)くらいで着いた。百名は険しい崖の上にある小さな集落だった。崖の高さは十丈(三〇メートル)はありそうだ。こんな高い所にあるのに津波でやられたなんて信じられなかった。山の上にある上比屋グスクは大丈夫だろうが、赤崎も赤名も漲水もやられたに違いなかった。

 百名ヌルもやはり、百名のウプンマと呼ばれていた。赤崎のウプンマとツキミガが一緒だったので、ササたちを歓迎してくれた。

「御先祖様は琉球からいらっしゃいました。百名というのは琉球にある地名らしいですね。わたしもいつか行ってみたいわ」と百名のウプンマは琉球の言葉で言った。

 百名のウプンマはタマミガと同じ位の年頃で、母親は二年前に亡くなってしまったが、琉球に行った事があるという。

 百名のウプンマに連れられて険しい崖の中にある細い道を通って、下にある砂浜に降りた。

「御先祖様はここから上陸なさいました」と百名のウプンマは海の方を眺めながら言った。

「ここから琉球に行くお船も出ていたんですね?」とササは聞いた。

「そうだと思います。遙か昔、ここからシビグァー(タカラガイ)を積んだお船が琉球に行ったのでしょう」

 崖の方を見上げるとかなり高かった。この崖を乗り越える大津波なんて想像もできなかった。思っていたよりも悲惨な状況だったのだろうとササは思った。

 崖下にあるウタキにお祈りを捧げた。神様の声は聞こえなかった。

「ここは大津波のあとに造ったウタキだそうです。昔もウタキがあったそうですが、津波のあと、わからなくなってしまったようです」

 崖を登って集落に戻り、集落の奥にある森の中のウタキに入った。ここにはちゃんと神様がいらした。ウパルズ様の娘で、赤崎姫の妹の百名姫だった。

「わたしが池間島(いきゃま)からここに来たのは、琉球から来た人たちが(しま)を造ってから三十年ほど経った頃でした。ウムトゥ姫の孫だったわたしは歓迎されて、村のウプンマになりました。池間島の姉に負けるものかと、パナリ干瀬(びし)でシビグァーを採って、琉球に送りました。わたしが亡くなったあと、シビグァーの交易は下火になってしまいましたが、代わって、ヤクゲー(ヤコウガイ)の交易が始まりました。百名は栄えて、大きな村になっていたのです。ところが三百年前の大津波で全滅してしまいます。幸いに、当時のウプンマは助かって、村の再建に尽くしました。このウタキもそのウプンマによって再建されたのです。しかし、以前の繁栄を取り戻す事はできませんでした。お船はないし、船乗りたちも亡くなってしまい、琉球との交易もできなくなってしまいました。上比屋にはヤマトゥから平家がやって来て、保良(ぶら)には藤原氏がやって来て、琉球と交易をして栄えて行きました。やがて、按司が現れて、恐ろしい倭寇(わこう)もやって来ました。幸いに、百名は倭寇の襲撃を(まぬが)れましたが、大津波に襲われた時のように、ミャーク(宮古島)では多くの人たちが亡くなりました。目黒盛(みぐらむい)がミャークを統一して、ようやく安心に暮らせるようになりました。百名が以前のように栄える事を願っています」

「大津波の時、赤崎、赤名、漲水のウプンマたちは助かったのでしょうか」とササは百名姫に聞いた。

「皆、流されてしまいました」

「やはり、そうだったのですか。すると、それらのウプンマの跡を継いだのは誰なのですか」

「池間島のウプンマは生き残りました。池間島のウプンマはナナムイウタキを再興して、娘たちを漲水、赤名、赤崎に送り込んだのです。今のウプンマはその子孫たちです。百名のウプンマは大津波が来た時、まだ十二歳の若ヌルでした。やがて、娘を産んで跡を継がせます。池間島と百名だけが、御先祖様からずっと続いているのです」

 ササたちは百名姫にお礼を言ってお祈りを終えた。わたしが案内すると言って百名のウプンマも一緒に来た。百名のウプンマはナナの隣りに馬を寄せて、琉球の事をしきりに聞いていた。

 しばらく行くと馬が飼育されている牧場があった。

「ここは保良を滅ぼした野城按司(ぬすくあず)が、保良から奪い取った馬を飼育するために造った牧場なんじゃよ。野城按司が大嶽按司に滅ぼされた時、城下から逃げて来た者たちが、ここに崎山という村を造ったんじゃ」

 クマラパが柵の中で草を食べている馬を見ながら説明した。二十数頭の馬がのんびりと草を食べていた。

 崎山の集落に寄って、崎山のウプンマと会った。ウプンマは琉球の言葉がしゃべれたが、古いウタキはないと言った。村ができてから六十年しか経っていないので、この村を造った御先祖様を祀るウタキしかないという。

 崎山のウプンマと別れて、細長く突き出した百名崎(ぴゃんなざき)(東平安名岬)に行った。両側は崖で、海からの風が強く、パナリ干瀬と呼ばれる大きな干瀬が見えた。ここで採れた法螺貝が琉球やヤマトゥの戦で活躍したのだろう。熊野の山伏たちが持っている法螺貝もここから採れたものに違いない。

 風が強いので途中から引き返して、保良の集落に行った。

 ここにも馬を飼っている牧場があった。百名姫は栄えていたと言ったが、その面影はなく、保良は閑散とした村だった。

「保良は野城按司に滅ぼされたが、野城按司も大嶽按司(うぷたきあず)に滅ぼされた。大嶽按司が佐田大人(さーたうふんど)に滅ぼされたあと、保良按司(ぶらーず)の娘が野城按司になったんじゃ。保良から野城(ぬすく)に移って行った者たちが多いんじゃよ」とクマラパは言った。

 百名のウプンマの案内で、保良のウプンマと会った。

「御先祖様はヤマトゥの平泉(ひらいずみ)の藤原氏だそうですね?」とヤマトゥ言葉で聞くと保良のウプンマは驚いた顔をしてササを見た。

「藤原氏を御存じなのですか」と少し訛りのあるヤマトゥ言葉で言った。

「平泉には黄金(くがに)お寺(うてぃら)があって、京都のように栄えていたと聞いています。藤原氏に頼まれて、琉球に熊野水軍がやって来て、大量のヤコウガイを運んで行ったそうです。源氏が平家を壇ノ浦で滅ぼしたあと、藤原氏も源氏に滅ぼされてしまいました」

「御先祖様は熊野水軍の船に乗ってミャークに来たと伝えられています。野城按司を隠居した伯母がヤマトゥの歴史に興味を持っています。ヤマトゥの事を話してあげて下さい」

 ササは安須森(あしむい)ヌルを見て、うなづいた。

 保良のウプンマの案内で古いウタキに行った。保良の集落の東側の海岸はずっと崖が続いていて、ウタキは崖の近くの森の中にあった。大津波の時もかろうじて免れたという。ウタキの神様は寿姫(ことぶきひめ)という平泉から来た保良の御先祖様だった。

「わたしは西木戸太郎(藤原国衡(くにひら))の娘です。父はお屋形様(藤原秀衡)の長男として、一族のために戦って戦死しました。当時、十一歳だったわたしも死ぬ覚悟をしていましたが、父から逃げろと言われて、熊野水軍のお船に乗って逃げました。どこに行くのかも知らず、着いた所がミャークでした。まったく知らない南の島に来て、はかない望みを持って、一族の無事を祈っていたのです。でも、ミャークの海の美しさが、わたしの心を癒やしてくれました。上比屋に平家の人たちが先に来ていたのにも励まされました。同じ源氏を敵として戦っていたので、親しくなれました。上比屋のハツネ様には大変お世話になりました。ハツネ様に言われて、琉球との交易も始めて、保良の村もだんだんと栄えて行きました」

「その頃、琉球には浦添(うらしい)舜天(しゅんてぃん)様という按司がいましたが、舜天様と交易をしたのですか」とササは聞いた。

「いいえ。浦添ではありません。大里按司(うふざとぅあじ)様と交易していました」

「大里按司というと馬天浜(ばてぃんはま)に行ったのですか」

「そうです。佐敷という所に船乗りたちの宿舎があって、帰るまでそこに滞在していました」

「わたしと安須森ヌルは佐敷で生まれました」とササが言うと、神様は驚いているようだった。

 ササたちもミャークの人たちが昔、馬天浜に来ていたと聞いて驚いていた。

「ご縁があるようですね」と寿姫の神様は言った。

「わたしも一度、琉球に行って、佐敷に滞在した事があるのですよ。大里按司様は歓迎してくださって、色々な所に案内してくれました。玉グスクや垣花(かきぬはな)、浦添にも行きました。久高島という島に行った時、浦添按司様のお母様がいらして、大変、お世話になりました」

「久高島にいらしたのですか」とササは驚いた。

 寿姫が会ったのは初代の大里ヌルに違いなかった。

「久高島は神々しい島でした。保良と大里按司との交易は百年くらい続いたと思います」

「どうしてやめてしまったのですか」

「琉球が戦世(いくさゆ)になったのと、貝殻が売れなくなってしまったからです。危険を冒して琉球まで行っても元も取れなくなってしまって、行くのをやめてしまいました」

「今、大里グスクにはわたしの兄がいます。ミャークの人たちが馬天浜に来てくれたら大歓迎しますよ」と安須森ヌルは言った。

「えっ、あなたのお兄さんが大里按司なのですか」

「以前の大里按司は八重瀬(えーじ)の按司に滅ぼされてしまいました。兄が八重瀬按司を倒して、大里按司になりました。今では島添大里(しましいうふざとぅ)按司と呼ばれています」

「そうなのですか。やはり、琉球は戦をやっていたのですね。目黒盛が琉球に与那覇勢頭(ゆなぱしず)を送った時、保良の若者も一緒に行ったのですよ。その若者も今では五十歳を過ぎてしまいましたが、琉球まで行けるかもしれません」

「目黒盛様にも琉球と交易するように頼んであります。保良の人も一緒にそのお船に乗って行けばいいと思います、今の中山王はわたしの父なので大歓迎です」

「えっ、あなたは王様の娘なの? お姫様がミャークまで来られたのですか」

「お姫様だなんて」と安須森ヌルは照れていた。

「先代の野城按司のマムヤと話してみてください。きっと、喜んで、話に乗ってくると思います」

 寿姫様と別れたあと、ササたちは保良の人たちが馬天浜に来ていた事に、改めて驚いていた。

「いつの人なの?」とシンシンが聞いた。

「平家が滅んだあとだから、二百年位前よ」とササが言った。

新宮(しんぐう)の十郎様も大里ヌルと子供の舜天と一緒に佐敷で暮らしていたと言っていたわ」

「スサノオの神様が上陸したのも馬天浜だったし、佐敷の歴史は古いのよ」と安須森ヌルが誇らしげに言った。

「クマラパ様も行ったしね」とナナがクマラパを見ながら笑った。

 保良のウプンマの案内で野城(ぬすく)に向かった。途中、馬と牛がいる牧場があって、海岸沿いにちょっとした山があった。その山に古いウタキがあると保良のウプンマが言ったので、寄って見る事にした。

「ここは昔、アラウス按司という女按司(みどぅんあず)がいた所じゃ。なかなか色っぽい女じゃった」とクマラパがニヤニヤしながら言った。

「ちょっかいを出したのですね?」とナナが横目で見た。

「わしがちょっかいを出す前に、高腰按司(たかうすあず)に取られてしまったんじゃよ」とクマラパは楽しそうに笑った。

「その女按司も佐田大人にやられたのですか」とササが聞いた。

「高腰按司の後妻になってしまったせいで、高腰按司と一緒に殺されてしまったんじゃ。アラウスの女按司はここの牧場でかなりの馬を飼っていたんじゃが、その馬も一緒に高腰按司のものとなって、佐田大人に奪われてしまったんじゃよ」

 樹木に被われた小さな山の近くに何軒かの家々が建ち並んでいた。その中にアラウスのウプンマが住んでいた。しわだらけの顔をした老婆だった。保良のウプンマから話を聞いたアラウスのウプンマはササたちをじっと見ると、「今朝、神様からお告げがあったんじゃよ」と琉球の言葉で言った。

「琉球に行った事があるのですか」とササが聞いた。

「行った事などあるものか。琉球の言葉は神様から教わったんじゃよ。神様はアマミキヨ様の事を調べに琉球からヌルが来た。ウタキに御案内しなさいとおっしゃったんじゃ」

「えっ、アマミキヨ様を御存じなのですか」

 ササは驚いて安須森ヌルと顔を見合わせた。まったく予想外だった。こんな所にアマミキヨ様と関係のあるウタキがあるなんて思ってもいなかった。

「南の国からやって来られたアマミキヨ様は、ここの下にある砂浜から上陸なさったんじゃよ」とアラウスのウプンマは言った。

「赤崎ウタキから上陸したのではなかったのですか」

「ここから赤崎や漲水に移って行った者たちがいたんじゃよ。アマミキヨ様はここに上陸して、旅の疲れを癒やしてから琉球に向かわれたんじゃ。ここに残った一族の者たちもいた。この島はその者たちによって島造りされたんじゃが、一千年前の大津波で、ほとんどの者が亡くなってしまったんじゃ。その時の大津波の時も、ここのウタキは無事だったんじゃよ」

 アラウスのウプンマは険しい崖にある細い道を通って、下にある砂浜にササたちを案内してくれた。腰の曲がった老婆だが、足腰はしっかりとしていた。

 崖に囲まれた中に綺麗な白い砂浜があった。赤崎にも砂浜はあったけど、ここの砂浜の方がずっと広かった。遙か遠くからやって来たアマミキヨ様の一族はここに船を乗り上げて、一息ついたに違いなかった。

「昔はこの浜にもウタキがあったらしいが、津波にやられて今はない」とアラウスのウプンマは言った。

「もしかして、アラウス按司の妹さんですか」とクマラパがアラウスのウプンマに聞いた。

 アラウスのウプンマは笑って、「久し振りじゃのう」と言った。

「そなたは姉に夢中になって、わしには見向きもしなかったのう」

「そんな事はない。可愛いと思っていたんじゃ」

「今頃、お世辞などいらんわ」

「跡継ぎはいるのかね」

「姉が高腰按司の後妻になって出て行って、わしがウプンマを継いだんじゃよ。飼っていた馬も、その世話をしていた男たちも連れて行ってしまった。わしは子孫を絶やすわけにはいかんと子作りに励んだんじゃ。今では孫が二十人もおるよ」

「そうか。そいつはよかったのう」とクマラパは安心したように笑った。

「どうして、姉を助けに来てくれなかったんじゃ?」とウプンマは怖い顔をしてクマラパを睨んだ。

「わしはあの時、佐田大人を倒すために伊良部島(いらうじま)で兵を鍛えていたんじゃよ。大嶽按司を倒した佐田大人はしばらくは動くまいと思っていたんじゃ。考えが甘かった」

 アラウスのウプンマは鼻で笑ってから、「それでも、上比屋に嫁いでいた姉の娘に高腰按司を継がせたのは上出来じゃった」と満足そうな顔をして言った。

 崖の上に戻ってウタキの近くまで来た時、

「今まで、このウタキに子孫以外の者が入った事はない」とアラウスのウプンマは言った。

「安須森ヌル様とササ様はアマミキヨ様の子孫なので問題ないが、他の者たちは遠慮してほしい」

 安須森ヌルとササ以外の者たちはアラウスのウプンマの屋敷で待っていてもらう事にして、安須森ヌルとササだけがアラウスのウプンマに従ってウタキに入った。

 小高い山の南側の斜面に古いウタキがあった。今まで見てきたミャークのウタキの中で、一番古いウタキだという事はすぐに感じられた。三百年前の大津波の時も、一千年前の大津波の時も、神様に守られてきたウタキだった。

 安須森ヌルとササはウプンマに従ってお祈りを捧げた。

 最初の神様はアマンの言葉をしゃべった。何を言っているのかはわからないが、ミントゥングスクで聞いた言葉と同じだと思った。ササと安須森ヌルはアマミキヨ様の足跡が見つかった事に感激していた。

 次の神様は琉球の言葉をしゃべった。

「わたしは一千年前の大津波の時に生き残ったウプンマです」と神様は言った。

「その時、この山に逃げて、生き残ったのはわたしと兄と、十数人の者たちだけでした。辺り一面、海になってしまって、ここと大嶽と高腰だけが海面から顔を出していました。まったく信じられない光景でした。この世の終わりかと思いました。やがて、潮が引くと兄は生き残った人たちを探しに行きました。大嶽に数人、高腰にも数人の人が生きていましたが、言葉が通じませんでした。当時はあちこちから来た人たちが住んでいて、言葉も違っていたのです。五年位経った時、神様のお告げがあって、兄は北の方に行きました。そして、琉球から来たという娘と出会いました。兄はその娘と身振り手振りで話をして、琉球にいるアマミキヨ様の子孫だという事を知って、琉球の言葉を学びます。兄は生き残った人たちを集めて、琉球の言葉を教えて、この島の人たちは同じ言葉をしゃべるようになったのです。当時はまだ狩俣(かずまた)とは呼ばれていませんでしたが、わたしも狩俣に行って、マツミガ様から言葉を学んだのです」

「マツミガ様が出会った人と言うのはあなたのお兄さんだったのですか」とササは驚いて聞いた。

「そうです。兄はマツミガ様と結ばれて狩俣の神様になりました」

「すると、狩俣の人たちはアマミキヨ様の子孫なのですね?」

「そうです。それと、大津波の前にここから池間島に行った人も大勢います。池間島にも生き残った人がいたようですから、アマミキヨ様の子孫かもしれません」

「池間島にはアマミキヨ様の子孫のネノハ姫様がいらっしゃいました。ネノハ姫様は島の男の人と結ばれて、ウパルズ様をお産みになりました。その男の人がここの子孫かもしれないのですね?」

「そうです。アマミキヨ様のミャークの子孫と琉球の子孫が結ばれて、偉大なる神様と呼ばれるウパルズ様が産まれたのでしょう」

「ウパルズ様からここのウタキの事は聞いていませんが御存じなのですか」と安須森ヌルが聞いた。

「知らないと思います」と神様は言った。

「このウタキは一族の者でも限られた人しか入れません。ウパルズ様がいらっしゃれば、神様のお許しがあって、ここに入れたと思いますが、ウパルズ様は来ませんでした。ウパルズ様の娘さんたちは漲水、赤崎、百名に来ましたが、やはり、ここには来ませんでした」

「ウパルズ様に教えてもよろしいでしょうか」とササが聞いた。

「勿論です。教えてください。このウタキはミャークで一番古いウタキです。今後も守って行かなければなりません」

「アマミキヨ様はどうして、ミャークに落ち着かずに、さらに北へと行ったのでしょうか」と安須森ヌルが聞いた。

「この島には船の材料となる太い木がなかったからです。アマミキヨ様は風待ちのため、一冬をこの島で過ごしました。夏になってサシバが北へ行くのをみて、北に島がある事を知って、サシバのあとを追って行ったのです。一族の者をここに残したのは、この島がシビグァー(タカラガイ)の産地だったからです。北の島に行ってみて、気に入らなかったら戻って来るつもりだったのかもしれません。でも、アマミキヨ様は琉球に落ち着きました」

「そうだったのですか」と安須森ヌルは納得して、ササを見た。

 ササも納得したようにうなづいた。

 二人は神様にお礼を言って、ウタキから出た。

 アラウスのウプンマの案内で山頂まで登って景色を眺めた。

 南から来たアマミキヨ様は百名崎の東側を通って北上して、この下にある浜辺から上陸したのだった。アマミキヨ様がミャークに来た事がわかって、ミャークに来た甲斐があったとササと安須森ヌルは海を眺めながら、しみじみと感動を味わっていた。

「狩俣の人たちと池間島の人たちがアマミキヨ様の子孫だったなんて驚いたわね」と安須森ヌルが言った。

大神島(うがんじま)もアマミキヨ様の子孫だわ。きっと、神様があたしたちを導いてくださったのよ」とササは言った。

「そうよね。狩俣にお祖父(じい)様を知っている人がいたなんて、できすぎだわ。クマラパ様に出会わなかったら、こんなにもうまくは行かなかったわね」

「ほんとね」と言ったのはユンヌ姫だった。

「誰じゃ?」とアラウスのウプンマが空を見上げて、ササたちに聞いた。

「アマミキヨ様の子孫の神様です。ミャークに来る時に助けてくれました」

「ほう。琉球の神様をお連れしたのか」とアラウスのウプンマは言って、空に向かって両手を合わせた。

 ササたちを見ると、「よく来てくださった」とお礼を言った。

「お会いできて、本当によかったです」と安須森ヌルはアラウスのウプンマに両手を合わせた。

 アラウスのウプンマは嬉しそうに笑った。

「ユンヌ姫様もここのウタキは知らなかったの?」とササはユンヌ姫に聞いた。

「知らなかったわ。赤名姫も一緒にいるんだけど知らなかったって言っているわ」

「わたしが池間島から赤名に来た時、ここではたくさんの馬を飼っていました」と赤名姫が言った。

「わたしも馬を手に入れるためにここに来ました。女の首長がいて、この山には馬の神様を祀ってあるウタキがあると言ったのです。一族の者以外は入れないと言われて、ずっと馬の神様だと信じていました」

「馬の神様‥‥‥」とササは呟いた。

「古くからこの辺りでは馬を飼っていたんじゃよ。大津波のあと、生き残った馬をここに集めて増やしたんじゃ。保良に来たヤマトゥンチュもヤマトゥから連れて来た馬を育てていたんじゃ」とアラウスのウプンマは言った。

 ササと安須森ヌルは山を下りると、アラウスのウプンマの屋敷で待っていたシンシンとナナ、クマラパとタマミガ、赤崎のウプンマとツキミガ、百名のウプンマと保良のウプンマに神様の言った事を話した。

「あたしもアマミキヨ様の子孫なのね?」とタマミガが言った。

「わたしもそうかしら?」と赤崎のウプンマが言った。

 神様の世界では母親の家系を重んじるので、はっきりとそうだとは言い切れないが、「そうかもしれないわ」とササは言った。

 アラウスのウプンマにお礼を言って別れ、ササたちは野城に向かった。

 野城は高台にある石垣に囲まれたグスクだった。グスクの大御門(うふうじょー)へと続く大通りには家々が建ち並び、どこからかおいしそうな匂いが漂ってきた。

「お腹が減ったわね」とシンシンが言った。

「そうね」と言ってササは食事ができそうな店はないかと探した。

「グスクに着いたら姉に頼んで用意させるわ」と保良のウプンマが言った。

 みんなで喜んで、保良のウプンマにお礼を言った。

「あのグスクを築いたのは琉球から来た武将じゃよ」とクマラパが言った。

「按司を名乗ったのも、その武将が最初らしい」

「いつ頃の事ですか」とササは聞いた。

「わしがミャークに来る五十年ほど前の事じゃ。そして、わしがミャークに来た時は、大嶽按司に滅ぼされたあとじゃった。その武将が亡くなって、跡を継いだ若按司が保良の娘に惚れて、その娘が亡くなると嘆き悲しみ、大嶽按司に滅ぼされたそうじゃ。わしが来た時は野城按司が滅ぼされてから十年近くが経っていて、石垣だけが無残に残っていたんじゃよ」

 保良のウプンマのお陰で、グスクに入る事ができ、ウプンマの姉の按司と会い、隠居している先代の女按司と会った。

 東側にある曲輪(くるわ)内の屋敷に、先代の女按司は弟と一緒にいた。弟は今の女按司とウプンマの父親で、先代の女按司も弟も七十歳を過ぎていると言うが、先代の女按司は気品があって若々しく、どう見ても五十代くらいにしか見えなかった。

「相変わらず、そなたは美しいのう」とクマラパは先代の女按司に言った。

「丁度、クマラパ様の噂をしていた所ですよ」と弟は笑った。

 先代の女按司の弟はミャークの言葉しか話せないので、タマミガが訳してくれた。

「どうせ、ろくな噂ではあるまい」とクマラパは苦笑した。

「違いますよ」と弟は手を振って、「姉がクマラパ様の事を好きだったって告白したんですよ」と言った。

 タマミガは訳しながら、父を睨んでいた。

「いやですよ」と顔を赤らめた先代の女按司は、まるで、娘のように可愛らしく見えた。

「なに、それは本当かね」とクマラパが驚いた顔をして先代の女按司を見た。

「もっと早くにお会いしていればよかったわ。あの時のわたしは亡くなった事になっていました。野城按司が滅ぼされたのも、わたしのせいなのです。大勢の人を死なせてしまって、自分だけが幸せになる事なんてできませんでした」

「そうじゃったのか。そんな事を考えていたのか。わしは嫌われたと思って去って行ったんじゃ」

 クマラパは昔を思い出していたようだが、振り返ってササたちを見ると、

「保良のマムヤと言って、若い頃は天女と見まがうほどの美しさだったんじゃよ」とクマラパは先代の女按司を紹介した。

「クマラパ様と出会った時、亡くなった事になっていたとおっしゃいましたが、どういう事ですか」と安須森ヌルが聞いた。

 マムヤは笑うだけで答えなかったが、弟が答えてくれた。

「姉は野城按司に見初められて嫁いだのです。でも、野城按司には妻も子もいました。妻や子に申し訳ないと思った姉は身を引いて、百名崎のガマ(洞窟)の中に隠れました。野城按司はしつこく探し回りました。姉は崖から飛び降りて亡くなった事にしたのです。姉が亡くなると野城按司はグスクに籠もって嘆き悲しんでいました。そして、大嶽按司に攻め滅ぼされたのです」

「ずっと、隠れていたのですか」とタマミガが聞いた。

「野城按司が滅ぼされたあとは生き返りましたよ」とマムヤは笑った。

「このグスクに古いウタキはありますか」とササは聞いた。

「およそ百年前に野城按司は琉球からやって来て、ここにグスクを築きました。わずか二代で滅びてしまいましたが、初代の按司が作ったお墓があります。そこに初代の按司とその娘のヌルが眠っています。娘のヌルは弟の按司が戦死したあと、崎山に移って、そこで亡くなりました。姉のヌルはわたしが生きている事を知って、弟が亡くなったのはわたしのせいだと恨んでいました。わたしがここの按司になった時、崎山のウプンマと相談して、ヌルの遺骨をこちらに移しました。幸い、神様になられてからは、わたしへの恨みも消えたようなので安心しました」

 野城按司が用意してくれた昼食を御馳走になってから、ササたちはグスクの外の西の崖にある初代野城按司のお墓へと行った。

「浦添にある英祖(えいそ)様のお墓に似ているわね」と安須森ヌルが言った。

 そう言われてみるとササも似ていると思った。

 マムヤと一緒にササたちはお祈りを捧げた。

「琉球から来たそうじゃのう」と神様の声が聞こえた。

「はい。琉球から参りました」とササが答えた。

「わしを琉球から追い出した弟の玉城(たまぐすく)が浦添按司になったのは知っているが、その後、どうなったのか知っておるかね?」

「えっ、神様は玉城様のお兄様だったのですか」

「そうじゃ。わしは北原按司(にしばるあじ)じゃった。親父(英慈)が亡くなったあと、葬儀も済まないうちに、玉城の兵が突然、攻めて来たんじゃ。わしは逃げて馬天浜にいたミャークの船に乗ってこの島に来たんじゃ」

「保良按司のお船に乗って来たのですね?」

「そうじゃ。そして、ここにグスクを築いて、野城按司を名乗ったんじゃよ」

「玉城様が浦添按司になった時から琉球は戦世になったと伝えられています。玉城様が亡くなったあと、幼い息子が跡を継ぎましたが、察度(さとぅ)様に滅ぼされました」

「なに、滅ぼされたのか。いい気味じゃ。その察度というのは何者なんじゃ?」

「察度様の母親は浦添の若按司の娘さんです。若按司も玉城の兵に攻められて戦死しましたが、若按司の武将だった奥間之子(うくまぬしぃ)に助けられて、奥間之子の息子とその娘が結ばれて察度様が生まれました。察度様は自分の出自を知らず、若い頃はヤマトゥに行って倭寇(わこう)として暴れていました。お宝を積んで琉球に帰って来ると、父親から母親の事を聞いて、祖父である若按司の敵を討とうと心に決めました。そして、玉城の息子の西威(せいい)を倒して、浦添按司になったのです」

「兄貴の孫が敵を討ったのか‥‥‥そうか。そいつはよかった。玉城の奴は若按司だった兄貴と八重瀬按司(えーじあじ)だった兄貴を殺して、浦添按司になった。天罰が下ればいいと思っていたんじゃが、兄貴の孫が敵を討ってくれたとは、喜ばしい事じゃ。教えてくれてありがとう」

「いいえ。英慈様の息子さんがミャークにいたなんて驚きました」

「馬鹿な倅を持ったせいで、二代で終わってしまった。まったく情けない事じゃよ」

「保良按司のお船に乗って来たのに、どうして保良按司を滅ぼしてしまったのです?」と安須森ヌルが聞いた。

「わしがミャークに来た時の女按司とはうまく行っていたんじゃ。その女按司が亡くなって、娘が跡を継いだ時、ヤマトゥから大嶽按司がやって来た。娘の按司は大嶽按司と取り引きを始めて、わしの言う事は聞かなくなってしまったんじゃよ。その娘は五十歳になる前に亡くなってしまい、跡を継いだのはまだ二十歳の娘じゃった。放って置いたら保良は大嶽按司に奪われてしまうと思ったんじゃ。それで、保良を攻め取ったんじゃよ。保良は船を持っていたんで、わしは琉球に送ったんじゃが、その船は帰って来なかった。しばらく、琉球に船を送っていなかったので、遭難してしまったらしい」

「その船は途中で嵐に遭って沈んでしまったそうじゃ」とクマラパが言った。

「それでも、琉球にたどり着いた男がいた。その男は十三年後、浮島にいた程復(チォンフー)という唐人(とーんちゅ)の船に乗ってミャークに帰って来た。わしはその船に乗って来たんじゃよ」

「なに、無事に帰って来た者がいたのか」と神様は驚いていた。

「どうして、琉球に帰らないのですか」とササが神様に聞いた。

「なに? 琉球に帰る? そんなの無理じゃろう」

「神様は故郷(うまりじま)には帰れるはずですけど」

「そうなのか? どうやって帰るんじゃ?」

 そう聞かれてもササにはわからなかった。

「目をつぶって、故郷を念じれば帰れるわ」とユンヌ姫が言った。

「誰じゃ?」

「琉球の神様です」

「琉球の神様も連れて来たのかね」と言ったあと、神様の声は聞こえなくなった。

「琉球に帰って行ったわ」とユンヌ姫が言った。

「帰ったら驚くでしょうね」と安須森ヌルがササを見て笑った。

 マムヤはササと安須森ヌルを優しい眼差しで見ながら微笑んでいた。





百名村



保良村



アラスクのウタキ



野城




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