酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







今帰仁での再会




 五日間、奥間(うくま)でのんびりと過ごしたトゥイたちはサタルーと一緒に今帰仁(なきじん)に向かっていた。

 奥間まで来たのだから、山北王(さんほくおう)の城下、今帰仁に行ってみたいとトゥイは思った。今帰仁には山北王の妻になった姪のマアサとシタルーの側室だったチヨが娘のママチーと一緒にいた。

 ナーサに相談すると、ナーサもマアサに会いたいと言った。今は三人の王様が同盟を結んでいるので会えるかもしれないとうなづいた。

「でも、今帰仁に知人はいないわ。突然、グスクに訪ねて行っても会う事はできないでしょう。マアサは山北王妃ですものね」とトゥイは心配顔で首を振った。

「大丈夫ですよ。今帰仁の城下にミヌキチという奥間の研ぎ師がいるわ。腕がいいので山北王に信頼されているの。今は二代目で、初代のミヌキチは何代か前の今帰仁按司様の娘を妻に迎えているのです。ミヌキチに頼めば、山北王に会えるわ」

 長老のヤザイムに今帰仁行きを話すと、サタルーに案内を命じて、サタルーと『赤丸党』のクジルーが一緒に行く事になった。長老が小舟(さぶに)を出してくれたので、羽地(はにじ)まで小舟に乗って行った。クジルーと一緒に小舟に乗ったマユミはクジルーが独り者だと知ると、目を輝かせて色々と質問した。

「あなたの方が年上でしょ」とナーサが笑うと、

「年の差なんて関係ないわ」と言って、クジルーの年齢を聞いたら、マユミより四歳年下だった。

「四つくらい何でもないわ」とマユミは言うが、クジルーは困ったような顔をしていた。

「こいつは俺の従弟(いとこ)なんです」とサタルーが言った。

「えっ?」とマユミもナーサもわけがわからないといった顔をした。

「親父の弟の佐敷大親(さしきうふや)がこいつの親父なんですよ」

「えっ!」と二人は驚いて、クジルーの顔を見つめた。

「そういえば、似てないこともないわね」とナーサが言った。

「それにしても、あの真面目な佐敷大親様の息子が奥間にいたなんて考えられないわ」とマユミが言った。

 佐敷大親は会同館の宴席で、いつも静かにお酒を飲んでいて、遊女(じゅり)たちと戯れることもなく早めに引き上げていた。

「どうして、お嫁さんをもらわないの?」とナーサが聞いた。

「嫁はもらったのですが、出産に失敗して亡くなってしまいました。今年の春、俺が南部に行っていた時です。帰って来たら、嫁はもういませんでした」

「そうだったの。思い出させてしまったわね」

「いいんです。もう乗り越えました」

 クジルーの悲しみに耐えている横顔を見ながら、マユミはクジルーを好きになっていく自分を感じていた。こんな気持ちは久し振りだった。

 羽地の奥武島(おうじま)の手前の浜辺から上陸して、トゥイたちは今帰仁を目指した。美しい景色を眺めながらのんびりと歩いた。暑くもなく、寒くもなく丁度いい気候だった。

 サタルーが先頭を歩き、クジルーが最後尾にいた。マアサもトゥイを守るために後方にいて、クジルーとマアサが仲よく話をする事はないが、マユミは気になっていた。

 山南王だった父が亡くなってから一年が過ぎ、マアサはようやく立ち直っていた。チヌムイが父を殺したのは衝撃だったが、チヌムイも戦死してしまった。いつまでも悔やんでいても仕方がなかった。夫を失ったトゥイは悲しむ間もなく、(いくさ)の指揮を執ってきた。トゥイは実の母親ではないが、マアサは母親のように慕い、尊敬もした。王妃を引退したトゥイは新しい生き方を始めようとしている。マアサはそんなトゥイを守ろうと心に決めたのだった。

 なお、シタルーの娘のマアサと山北王妃のマアサの名前が同じなのは、共に祖母である汪英紫(おーえーじ)の妻の名前をもらったからだった。

 二時(にとき)(四時間)足らずで、今帰仁に着いた。今帰仁の城下はトゥイが思っていた以上に賑やかに栄えていた。ヤマトゥンチュたちが住む一画があり、唐人(とーんちゅ)たちが住む一画もあった。島尻大里(しまじりうふざとぅ)の城下よりも、首里(すい)の城下よりも栄えていた。シタルーは山北王と手を結んで、中山王(ちゅうさんおう)を倒そうとしたが、この繁栄を見たら決して不可能な事ではないとトゥイは思った。

 グスクへと続く大通りに面して、ミヌキチの立派な屋敷があった。まるで重臣の屋敷のようなので、トゥイは驚いた。

「先代のミヌキチは先代の山北王((みん))と従兄弟(いとこ)同士なのです。研ぎ師の腕も琉球一だったので、重臣扱いされているのです」とナーサが言った。

 屋敷に入って声を掛けると若い娘が出て来て、屋敷の裏にある作業場に案内してくれた。屋敷の裏にある庭は広く、作業場では大勢の職人が働いていた。

 娘が連れて来た男は、五十代半ばくらいの鋭い目付きをした男だった。職人というより、サムレー大将という貫禄があった。一流の研ぎ師になるには、武芸の心得も必要なのかもしれないとトゥイは思った。

「若殿にナーサ様ではありませんか」とミヌキチは驚いていた。

 ナーサがトゥイを紹介すると、さらに驚き、「山南王妃(さんなんおうひ)様が、そのような格好で今帰仁に来られるとは‥‥‥」と絶句した。

「今はもう山南王妃ではありません。隠居の身です」と言ってトゥイは笑った。

「屋敷の方でお待ちください」とミヌキチは言って、孫娘に案内させた。

 ヤマトゥの屏風(びょうぶ)が飾ってある部屋で待っていると、ミヌキチの奥さんがお茶を持って入ってきた。今帰仁でもお茶を飲む習慣があるようだと思いながら、山北王は明の海賊と密貿易をしているとシタルーが言っていたのをトゥイは思い出した。このお茶も密貿易で手に入れたのだろうか。

 トゥイはお礼を言ってお茶を飲んだ。この屋敷にふさわしい上等なお茶だった。この屋敷にふさわしい格好に着替えてくるべきだったと後悔した。

 ミヌキチが着替えて入って来た。奥さんはミヌキチにお茶を出すと去って行った。

「驚きましたよ」とミヌキチは言って笑った。

「素晴らしいお屋敷ですわね」とトゥイは言った。

「わしらもこんな立派なお屋敷を建ててもらえるとは思ってもいませんでした。親父のお陰ですよ。親父は今の今帰仁按司(攀安知(はんあんぢ))、先代の今帰仁按司(珉)、先々代の今帰仁按司(帕尼芝(はにじ))、その前の今帰仁按司(マチルギの祖父)に仕えて、そのまた前の今帰仁按司(千代松)に呼ばれてヤマトゥから来たのです。その時の按司は立派な屋敷を用意して、親父を迎えたようです。四代前の按司が亡くなると、羽地按司が反乱を起こして、三代前の按司を殺して、自ら今帰仁按司になりました。羽地按司は四代前の按司の娘婿で、義兄を倒して按司になったのです。その時の戦で城下は焼け、わたしが生まれた屋敷も焼け落ちました。四歳だったわたしはほとんど覚えていませんが、奥間の鍛冶屋(かんじゃー)に助けられて、わしらは奥間に行ったようです。奥間にいた時、ナーサ様と一緒に遊んだ事は覚えております。子供ながらも綺麗なお姉さんだと思いました。奥間には三年くらいいたと思います。今帰仁に帰って来てからは、掘っ立て小屋を建てて暮らしていたのです。親父は刀を研ぐ事はなく、包丁や鎌を研いでいました」

「どうして、刀を研がなかったのですか」とトゥイは聞いた。

「今帰仁按司になった羽地按司のサムレーたちの刀を研ぎたくはなかったのだと思います。わしは親父が刀を研いでいた姿も、立派な屋敷も覚えていませんので、掘っ立て小屋でも楽しく暮らしておりました。母親は羽地按司の奥さんの妹だったのですが、不自由な生活に文句も言わずに親父に従っていたようです。わしが十八の時、旅をしていたヤマトゥの山伏がやって来て、当時、目の(やまい)に罹っていた親父の目を治してくれました。三年後、その山伏はまた来て、親父に何かを話しました。何を言ったのか知りませんが、親父は刀研ぎを始めたのです。親父が亡くなったと思っていた謝名大主(じゃなうふぬし))は喜びました。謝名大主はヤマトゥに行って、親父を連れて来た人なのです。謝名大主のお陰で、刀研ぎの仕事も入ってきて、わしも修行を積みました。それまでも包丁研ぎはしていましたが、刀研ぎの修行は厳しいものでした。刀を研ぐには刀の使い方を知らなければならんと言って、剣術の修行も積みました。親父があんなにも強かったなんて知りませんでした。わしは寝る間も惜しんで、刀研ぎと剣術に熱中しました。血が騒ぐというか、わしは自分のやるべき事が見つかったと思って無我夢中でした。わしは謝名大主の孫娘を嫁にもらって、新しい屋敷も建ててもらいました。親父は今帰仁按司から家宝の刀の研ぎを頼まれて、その後は武将たちからも刀研ぎの依頼が殺到しました。毎日が忙しかったけど、充実した日々でした。それから十年くらい経って、今帰仁合戦が起こります。城下はまた焼けてしまい、わしらの屋敷も焼け落ちました」

「また奥間に逃げたのですか」とトゥイは聞いた。

 ミヌキチは首を振った。

「わしらはグスクの中に避難していて、戦が終わったあと、城下の再建をします。以前の屋敷があった所は、グスクを拡張するために屋敷を建てる事はできず、新しい場所にこの屋敷を建てたのです。今帰仁合戦で今帰仁按司だった羽地按司は戦死して、若按司も亡くなり、本部(むとぅぶ)にいた若按司の弟の本部大主(珉)が今帰仁按司になりました。本部大主は親父が従兄であり、腕のいい研ぎ師だと知ると、大通りに面したこの地に立派な屋敷を建ててくれたのです。先代は按司になって五年で亡くなってしまいましたが、立派な城下を造りました。そして、今の按司は徳之島(とぅくぬしま)奄美大島(あまみうふしま)を領内に加えて、明国の海賊と密貿易を盛んにして、ヤマトゥの商人たちも多くやって来て、今帰仁の城下は最も栄えていると言えるでしょう。ヤマトゥの名刀を持っているサムレーたちも多く、わしらの仕事も忙しくなっております」

「あなたのお父様が刀研ぎを始めた理由はわからないままなのですか」とトゥイは聞いた。

「あとになって知ったのですが、羽地按司に倒された今帰仁按司の遺児が生きている事がわかったのです。伊波按司(いーふぁあじ)と山田按司です。親父は遺児たちの敵討(かたきう)ちを助けようとして刀研ぎを始めたのです。刀研ぎをすれば、今帰仁按司のサムレーたちの動きがわかります。親父は今帰仁の情報を遺児たちに送っていたようです」

「今も情報を送っているのですか」

「今はその必要はありません。伊波按司の娘のマチルギさんは中山王の跡継ぎのサハチさんの妻になりました。中山王は今帰仁の情報を『まるずや』という店を通して把握しているはずです」

 トゥイはサハチの妻のマチルギが伊波按司の娘だったのを思い出した。ただ、伊波から嫁いで来たと聞いているだけで、伊波按司が今帰仁按司の一族だったなんて知らなかった。マチルギが武芸好きで女子(いなぐ)サムレーを作った事は知っていたが、マチルギが武芸に励んでいたのは敵討ちのためだったのかと今、初めて知った。

「若い頃、サハチさんはマチルギさんを連れて、今帰仁に来ました。マチルギさんは敵がいる今帰仁に来た事がなかったので、サハチさんが連れて来たのです。まだ、二人が一緒になる前の事です。危険を顧みずにやって来た無謀な二人を親父は心配していましたよ」

「サハチとマチルギが、ここに来たのですか」とトゥイは驚いて聞いた。

「ここではありません。今帰仁合戦で焼けた屋敷です」

 トゥイは呆れていた。あの頃のサハチは佐敷の若按司だった。佐敷の若按司が伊波按司の娘を連れて敵地に乗り込むなんて、若いとはいえ、何と無謀な事をするのだろう。それにしても、目の前にいるミヌキチが、サハチを知っている事が不思議だった。今回の旅で、どこに行っても、サハチが顔を出しているような気がした。

 トゥイはミヌキチに、姪のマアサとシタルーの側室だったチヨに会いたいが、何とかならないかと聞いた。

 ミヌキチは少し考えたあと、

「わしの娘婿の兼次大主(かにしうふぬし)に頼んでみましょう」と言った。

「兼次大主は徳之島の戦で活躍して、山北王の側近になっています。奴に頼めば会う事ができるでしょう。今晩はわしの屋敷でゆっくり休んでください」

 トゥイたちはミヌキチの好意に甘えてお世話になる事にした。

 サタルーの案内で、トゥイたちは『まるずや』に向かった。今帰仁グスクに行くからには着替えが必要だった。サタルーが『まるずや』に行けば高貴な衣装もあると言うので行ってみた。

 『まるずや』は大通りからはずれた所にあったが、お客が大勢いて繁盛していた。サタルーの顔を見て、売り子の娘がすぐに主人に知らせた。主人のマイチがにこやかな顔で出て来て、

「おや、サタルー様ではありませんか。お久し振りです。開店の折にはお世話になりました」と言って頭を下げた。

 サタルーは手を振って、ナーサを紹介した。

「おや、噂は聞いております。首里の『宇久真(うくま)』と言ったら琉球一の遊女屋(じゅりぬやー)でしょう。一度でいいから、遊んでみたいものです」

「一度と言わず、首里にいらした時は顔を出してください」とナーサは言ったが、

「とても、とても」とマイチは手を振った。

 サタルーがトゥイを紹介すると、

「えっ!」と言ったままマイチは固まってしまった。

 山南王妃と言えば、永遠にお目にかかれない雲の上の人だった。それが目の前にいるなんて信じられない事だった。

 マイチはトゥイの要求に応えて、着替えの衣装を用意した。トゥイは自分が望んでいた衣装が簡単に揃うので驚いた。こんな便利な店なら流行るわけだった。『まるずや』は三星大親(みちぶしうふや)(ウニタキ)の拠点だけではなく、庶民たちに必要な店なんだとトゥイは知った。

 トゥイたちは必要な衣装を借りて、ミヌキチの屋敷に戻った。

 その夜、トゥイは山北王の宝刀の事をミヌキチから聞いた。

「わしは琉球の歴史はあまりよく知りませんが、昔、浦添(うらしい)英祖(えいそ)という按司がいて、その英祖がヤマトゥの鎌倉の将軍様から贈られたようです。太刀と小太刀(こだち)と短刀の三つを贈られた英祖は『千代金丸(ちゅーがにまる)』と名付けます。『千代金丸』の太刀は、北部を平定して来いと言って、息子の湧川按司(わくがーあじ)に贈ります。湧川按司は今帰仁按司を倒して、自ら今帰仁按司を名乗ります。その後、その太刀は今帰仁按司の宝刀として、大切にされて参りました。親父がヤマトゥから来て、最初に研いだのが、その宝刀です。そして、刀研ぎに復帰した時も、その宝刀を研いでいます。以前の時とは(こしら)えが違っていたようです。最初の時は、わしはまだ生まれていませんので見ておりませんが、二度目の時は見ております。銘はありませんが、見事な備前物(びぜんもの)でした。馬上で抜きやすいようにしたのか、(つか)が短くなっていました。そして、先代が亡くなったあと、今の山北王から、その刀の研ぎを頼まれました。親父はまだ健在でしたが、わしにやってみろと言って、わしが任されました。今でも思い出しますが、あんなに緊張したのは初めてでした。名刀には魂が籠もっていると言われていますが、まさしく、その通りです。わしは親父に腕を認めてもらおうと張り切っていましたが、なぜか、あの刀を研ぐ事ができなかったのです。いくら研ごうと思っても刀はびくとも動きません。親父に言ったら、それを乗り越えなければ、お前は一流にはなれんと言われ、助言もしてくれませんでした。わしと宝刀との格闘が始まりました。わしは心身を清め、取り組みましたが、宝刀は動いてくれません。悪戦苦闘の末、ようやく、わしにはわかりました。親父に認められたいとか、有名になりたいとか、そんな欲を持っていたら、名刀を研ぐ事なんてできないという事がわかったのです。わしは何もかも忘れ、無心になりました。無心になるのも苦労しましたが、宝刀を研ぐ事ができたのです。研ぎ上がった刀を見て、親父が初めて、わしを褒めてくれましたよ」

 浦添グスクにそんな宝刀があったのかトゥイには記憶がなかった。覚えているのは父がヤマトゥから持って来た御神刀(ぐしんとう)だけだった。

「『千代金丸』の小太刀と短刀はどうなったのですか」とトゥイは聞いた。

「もう亡くなってしまいましたが、志慶真(しじま)の長老という物知りがいました。父がその長老から聞いた話では、湧川按司が残した記録に、小太刀は湧川按司の弟の島尻大里按司(しまじりうふざとぅあじ)に贈り、短刀は玉グスクに嫁いだ娘に贈ったと書いてあったようです。今も島尻大里グスクと玉グスクに、それらがあるかどうかはわからないようです」

 島尻大里グスクに小太刀がない事は確かだった。島尻大里グスクにあるのは、父が義父の汪英紫に贈った御神刀だった。

 汪英紫が八重瀬(えーじ)グスクを攻め落とした時、父は汪英紫と同盟を結び、その御神刀を汪英紫に贈った。当時、八歳だったトゥイは、どうして大切な刀を贈るのかと父に聞いた。父は笑って、お前は八重瀬にお嫁に行く。お前を守るために八重瀬に贈ったと言った。八重瀬グスクに飾られた御神刀は、汪英紫が島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)になると、島添大里グスクに移り、山南王になると島尻大里グスクに移った。前回の戦の時、タブチや摩文仁(まぶい)に奪われる事もなく、今も島尻大里グスクにあった。

「『千代金丸』の小太刀と短刀が今、どこにあるのかわからんが、いつか、必ず出て来るじゃろう。わしが生きているうちに出会えたら、研いでみたいものじゃ」とミヌキチは笑った。

 次の日、『まるずや』で手に入れた高級な着物を着て着飾ったトゥイは、護衛のサムレーに扮したサタルーとクジルー、侍女に扮したナーサとマアサ、女子サムレーたちを連れて、ミヌキチの娘婿、兼次大主の屋敷を訪ねた。案内してくれたのはミヌキチの孫娘のウトゥミだった。

 ウトゥミは今朝、マアサたちが剣術の稽古をしているのを見て憧れた。以前、ウトゥミは山北王の娘のマナビーに憧れていた頃があった。弓矢を背負って馬を乗り回しているマナビーを見て、マナビーの家来(けらい)になりたいと思った。でも、マナビーは南部に嫁いで行ってしまい、武芸をする娘はいなくなり、ウトゥミも夢は諦めた。家業を継いで研ぎ師になろうとしたら、女は研ぎ師にはなれないと父に言われた。女はお嫁に行くしかないのかと諦めていた時、マアサたちの剣術を見たウトゥミは、わたしも剣術を習いたいと強く思っていた。

 兼次大主は建てたばかりの新しい屋敷に住んでいた。三十歳前後の背の高い男前で、マユミはうっとりしながら見つめていた。ナーサが気づいて、しっかりしなさいというように、マユミの着物の袖を引いた。

 ミヌキチが事情を説明してくれたとみえて、挨拶を済ますと、兼次大主はすぐにグスクへと案内した。

 昨日、『まるずや』に行く時も見たが、今帰仁グスクは思っていた以上に立派なグスクだった。石垣は高く、島尻大里グスクよりも、首里グスクよりも大きくて堂々としていた。今帰仁合戦の時、総大将だった兄(武寧)は一千の兵で今帰仁グスクを攻めたが、攻め落とす事はできなかった。たとえ、二千人の兵がいたとしても、攻め落とす事はできないだろうとトゥイは思った。

 兼次大主のお陰で、何の問題もなく大御門(うふうじょー)からグスク内に入れた。そこは広い曲輪(くるわ)だった。その広さにトゥイたちは驚いた。これだけ広ければ、城下に住む人たちが全員、逃げ込めるだろう。サタルーとクジルーは今帰仁グスクに入れた幸運に感謝して、その景色を(まぶた)に焼き付けようと、「凄いなあ」と言いながら注意深く観察していた。

 右の奥の方に屋敷がいくつか建っていた。サムレーたちの屋敷だろうとサタルーは思ったが、よく見ると庭園が付いている屋敷もあって、お客様を宿泊させる施設かなと思った。

 サタルーの視線に気づいたのか、

「あの屋敷には南部から戻って来られた王様(うしゅがなしめー)の叔母様が暮らしております。ナーサ様が連れて来てくれたのでしたね」と兼次大主は言った。

「マアミ様があそこで暮らしているのですか」とナーサは屋敷を見た。

越来按司(ぐいくあじ)に嫁いでいたので、越来様と呼ばれております。越来様が嫁いだ時、王様は生まれたばかりだったので覚えておりませんが、姉の勢理客(じっちゃく)ヌル様は越来様との再会を大層、お喜びでした。越来グスクが今の中山王に奪われた時、戦死してしまったと思っていたそうです。二人は泣きながら幼い頃の話をしておられました。南部に戻ってしまった娘と孫の事を心配しています。もし、娘の事を御存じでしたら知らせてあげて下さい」

 ナーサはうなづいて、

「トゥイ様の用が済んだら、御挨拶に伺います」と言った。

「わたし、マアミさんの事、覚えているわ」とトゥイが言った。

「フシムイ兄さんはその頃、浦添にいて、わたしがシタルーに嫁いだ翌年、越来按司になって越来に行ったのよ。わたしも会いたいわ。あとで御挨拶に行きましょう」

 今帰仁合戦の時は大御門だった門を抜けて中に入ると坂道が続いた。

 しばらく行くと右側に大きな屋敷があって、

「ここは客殿です。ここに滞在していただく事になると思います」と兼次大主が言った。

 トゥイは驚いた。グスク内に滞在するつもりはなかった。しかし、ここは山北王のグスクだった。成り行きに任せるしかないと思った。

 客殿の先で道は二つに分かれ、兼次大主は左に曲がった。森を抜けると庭に出て、高い石垣を背に屋敷が建っていた。その一画は高い石垣に囲まれていて、景色は見えず、空しか見えなかった。何となく、息苦しく感じた。

 その屋敷で、山北王の若按司と婚約したママチーは母親のチヨと一緒に暮らしていた。チヨと一緒に奥間から浦添に来た侍女も一緒にいたので、トゥイは安心した。

 チヨはトゥイを見て、目を丸くして驚いた。山南王妃が今帰仁グスクに来るなんて、夢でも見ているのだろうかと思った。

 トゥイは笑って、

「元気そうなので安心したわ」とチヨに言った。

 屋敷からママチーが顔を出して、「王妃様(うふぃー)」と言って丁寧に頭を下げた。

 四年振りに見るママチーは可愛い娘になっていた。綺麗な着物を着ていて、髪飾りも可愛かった。ママチーは大切に育てられているようだった。

「あら、ママチー、綺麗な娘さんになったわね。会えて嬉しいわ」とトゥイが言うと、ママチーは恥ずかしそうに笑って、

「王妃様も相変わらずお美しく、お元気そうなので安心いたしました。王様がお亡くなりになられて、南部で戦が起こったと聞いた時は、母と一緒に王妃様の事を心配しておりました」と言った。

「まあ、ママチーったら、すっかり大人になったのね」とトゥイはチヨを見て笑った。

 トゥイとナーサは縁側に座って、チヨの話を聞いた。侍女に扮したマアサたちはしゃがんで控え、サタルーとクジルーは立ったまま控えた。兼次大主が見ているので、それらしい演技をしなければならなかった。

「あなたはナーサは知らないわね?」とチヨに聞いた。

「えっ、ナーサ様!」と言ってチヨはナーサを見て、頭を下げた。

「お噂はよく存じております。わたしは側室になるための修行を積みましたが、縁に恵まれず、十八になってしまいました。それで、侍女になるための修行を始めて、浦添グスクで侍女たちを束ねているナーサ様は侍女の(かがみ)だと教わりました。わたしたちはナーサ様を手本として侍女になるための修行を積んだのです」

「そうだったの。でも、侍女にはならなかったわね」とナーサが言った。

「その年、南部で戦が起こって、豊見(とぅゆみ)グスク按司様が山南王になりました。それで、急遽、わたしが選ばれて島尻大里に行く事になったのです。その時、一緒に行ったのが浦添の若按司の側室になったユリでした。ユリが生きているのか御存じでしょうか。ずっと、気になっているのです」

「ユリは元気ですよ。娘のマキクちゃんと一緒に島添大里にいるわ」とナーサは教えた。

「えっ、本当ですか」とチヨは驚いた。

 浦添グスクが炎上した時、亡くなってしまったのだろうと思っていた。

「よかった」と言ってチヨは嬉しそうに笑った。知らずに涙がこぼれ落ちてきた。

「ユリの父親は中山王の水軍大将の日向大親(ひゅうがうふや)様なのよ。それで助け出されて、娘と一緒に佐敷で暮らしていたの。今はお祭り奉行を務めていて、中山王の領内で行なわれるお祭りを取り仕切っているのよ。この間の馬天浜のお祭りは凄かったわ」

「ユリがお祭り奉行‥‥‥」

 そう言ってチヨは笑った。

「ユリは笛が上手だったから、お祭り奉行はぴったりですね」

「今、あなたたちが暮らす新居を島尻大里グスク内に建てているわ。もう少し、ここで我慢していてね」とトゥイは言った。

「戻れるのは嬉しいのですけど、山北王は無理な事を言ったのでしょう。大丈夫なのですか」

 トゥイは苦笑して、「従うしかないわ」と言った。

 山北王は、若按司のミンを婿として迎え、山南王の世子(せいし)にしろと言ったのだった。自分の跡継ぎである若按司を山南王にしようと考えるなんて、山北王は並の男ではないようだ。姪のマアサと会えば、山北王も出て来るだろう。どんな男なのか、会うのが恐ろしくもあった。

「若按司はここに来るの?」とトゥイはチヨに聞いた。

「毎朝、この下にある三の曲輪で弓矢のお稽古をするのですが、その帰りに寄って、ママチーとお話をして帰ります。お互いに相手が好きなようなので安心しております」

「そう。よかったわ」

 チヨとママチーと別れて、トゥイたちは二の曲輪に入った。広い庭の両側に細長い屋敷があって、正面の石垣の上に、豪華な屋敷が建っていた。

 トゥイもサタルーもクジルーもマアサも女子サムレーたちも呆然として、その眺めを見ていた。首里グスクを知っているサタルーは、首里グスクにそっくりだと思い、トゥイは島尻大里グスクと比べて、ずっと豪華だと思っていた。

 姪のマアサが出て来て、

「お久し振りです」とトゥイに挨拶をして、ナーサを見て笑った。

 去年、小渡(うる)ヌルと母親のマアミを連れて来たナーサは、今帰仁グスクの大御門でマアサを呼んでくれと頼んでも呼んではもらえなかった。マアサは山北王妃だった。怪しい奴に会わせるわけには行かんと言われた。姉の勢理客ヌルは城下にはいなかった。弟の前与論按司(ゆんぬあじ)が城下にいる事がわかって、前与論按司によって、姉である事が証明されてグスクに入る事ができ、ナーサはマアサとの再会を喜んだのだった。

 浦添の御内原(うーちばる)で育ったマアサにとって、ナーサは母親のような存在だった。マアサはナーサの顔を見た途端、涙が溢れ出して来て止める事はできなかった。知っている人もいないヤンバルに嫁いで来て、どんなに苦しくても泣かずに耐えてきた今までの事が思い出され、母親に甘えるようにマアサは泣いていた。

 二の曲輪内の屋敷でトゥイはマアサとの再会を喜んだ。

「叔母様がここまで来るなんて驚きましたよ」とマアサは笑った。

「もう王妃は引退しましたからね。これからは旅をして暮らそうと思っているのよ」

「叔母様の名前はトゥイ(鳥)ですものね。どこにでも飛んで行けるわ」

「そうなのよ。山南王妃の時は飛び立つ事はできなかったけど、その分、色々な所に行ってみるつもりよ。今回はナーサの里帰りに付いて来たんだけど、ヤンバルまで来たのだから、あなたに会って行こうと思ったのよ。会えてよかったわ。山北王の若按司に嫁いだのだから、山北王妃になるのは当然だけど、会うまでは実感がなかったわ。会ってみて、あなたは王妃なんだってわかったわ。わたしも経験済みだけど、王妃は大変よ。よく頑張って来たわね」

 叔母からそう言われて、マアサはまた目が潤んで来ていた。マアサは涙を拭いて、無理に笑うと、「妹のマジニ(浦添ヌル)もいたんだけど、奄美大島に行ってしまいました」と言った。

「えっ、奄美大島? どうして、そんな島に行ったの?」

「あの子は父の敵が討ちたかったのです。でも、王様は中山王と同盟を結んでしまいました。ここにいても敵討ちはできないって悟って出て行ったようです」

「何もそんな島まで行かなくてもいいのに」

「大丈夫ですよ。あの子は強いから、敵討ちの事も乗り越えて帰って来ますよ。それより、マティルマ叔母様が今、今帰仁にいるのですよ」

「えっ、マティルマ姉さんがここにいるの?」

 トゥイのすぐ上の姉、マティルマは永良部島(いらぶじま)に嫁いで、以後、何の音沙汰もなかった。まさか、今帰仁で会えるなんて思ってもいない事だった。

一昨年(おととし)に夫の永良部按司が亡くなって、その年の暮れに息子と一緒に今帰仁に来ました。息子は夏に帰ったんですけど、マティルマ叔母様は残ったのです。今は外曲輪(ほかくるわ)のお屋敷で、マアミ叔母様と一緒に暮らしているわ」

「えっ? マティルマ姉さんが、マアミ姉さんと一緒にいるの?」

「二人は同じ境遇だったから気が会うみたいです」とマアサは笑った。

 ナーサもマティルマとマアミが一緒に暮らしていると聞いて驚いた。そして、当時の事を思い出していた。

 明国と朝貢(ちょうこう)を始めた察度(さとぅ)は、硫黄(いおう)が採れる鳥島を確保するため、永良部島を奪い取った今帰仁按司と同盟を結んだ。その年の暮れに、今帰仁からマアミが浦添に嫁いで来た。ナーサはヤンバル訛りのあるマアミに言葉の指導を命じられた。翌年の夏、永良部島に嫁ぐ事になるマティルマは同じ境遇のマアミに興味を持ち、ナーサに会わせてくれと頼んだ。ナーサは二人を会わせた。二人は同じ年齢だったので、すぐに仲よくなった。マティルマはマアサから今帰仁の事を色々と聞いたが、マアサも永良部島の事は知らなかった。半年後、二人は別れた。そして、今、一緒に暮らしているなんて、余程、気が合ったのだろうと思った。

 奥間から山北王に贈られた側室、ミサの案内で、トゥイたちは外曲輪の屋敷に向かった。

 垣根に囲まれた庭に入ると、二人の女が縁側で、楽しそうに話をしながら芭蕉(ばしょう)の糸を紡いでいた。

「お姉様」とトゥイが声を掛けると二人はトゥイを見た。

 怪訝(けげん)な顔をしていた二人だが、やがて、驚いた顔になって、「トゥイなの?」とマティルマが聞いた。

 トゥイは二人を見ながらうなづいた。マティルマもマアミも四十年前の面影が残っていた。

 マアミが浦添に嫁いで来た時、十三歳だったトゥイは、マティルマと一緒に兄のフシムイの新居を訪ねて、マアミと会った。マアミからヤンバルの話を聞くのが楽しみだった。マアミはトゥイが嫁いだ時も浦添グスクにいて、翌年、越来に移って行った。

 マティルマはトゥイのすぐ上の姉で、トゥイが物心付いた頃、マティルマよりも上の姉たちは嫁いで行ってしまって、御内原にはいなかった。マティルマは察度の正妻だったマナビーの娘で、正妻はマティルマが三歳の時に亡くなってしまった。マティルマは、察度の後妻になったトゥイの母親に引き取られて、トゥイと一緒に育った。何人もいる兄弟の中で、トゥイとマティルマは一番、仲がよく、いつも一緒にいた。

 マティルマは永良部島に嫁ぐ時、

「わたしは遠い島に嫁ぐけど、あなたも大変よ。父は八重瀬按司(えーじあじ)を気に入っているみたいだけど、八重瀬按司は奸計(かんけい)を巡らす男らしいから、きっと、あなたは苦労するわ。決してくじけないで頑張るのよ」とトゥイに言った。

 あの時の事が、昨日の事のように思い出されて、トゥイの目は潤んで、何も見えなくなった。





今帰仁グスク




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