酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







伝説の女海賊




 熊野権現(くまのごんげん)の広場から大通りを真っ直ぐ行くと、高い土塁で囲まれた唐人(とうじん)の町が見えた。大通りの両側にも大きな屋敷があったので、ササがカオルに聞いたら、船乗りたちの宿舎だと言った。キクチ殿の町にも唐人の町にも船乗りの宿舎はあるが、それだけでは間に合わなくなって、ここにも造ったらしい。初めてターカウ(台湾の高雄)に来た船の船乗りたちは土塁の中の町には入れないで、ここの宿舎に入れるという。

 唐人町も水をたたえた堀に囲まれていて、堀に架かる橋の向こうにある門は開いていた。門番もいないし、人々は自由に出入りしていた。門の上には(やぐら)があって、非常時にはそこから攻撃するようだが、今は武装した兵の姿もなかった。

「どうして門番もいないの?」とシンシンがカオルに聞いた。

「門番はいます」とカオルは門の脇にある小屋を示した。

「でも、一々、身元を調べたりはしません。誰でも入れるのです。トンド(マニラ)の王様が替わってから、今のようになりました。それ以前は武装した兵が守っていて、出入りは厳重でした」

 真っ直ぐの大通りが、向こう側の土塁にある門まで続いていて、通りの両側には明国風の家々が建ち並んでいた。右側に天妃宮(てんぴぐう)があったので寄ってみた。お参りしている唐人が何人かいて、お宮の中に天妃(媽祖)様の像があった。ササたちはシンシンに倣ってお参りした。天妃様とは別に、唐人たちがお参りしている神様がいたので、シンシンに聞いてみたが、シンシンも知らない神様だった。

楊嫂(ヤンサオ)様という神様で、メイユーさんの事です」とカオルが言った。

「えっ?」とササが驚いて祭壇の中を見た。剣を振り上げた勇ましい女の像があった。

「あれがメイユーなの?」と安須森(あしむい)ヌルがカオルに聞いた。

「メイユーさんはこの町の守り神になっているのです」

「どうしてなの?」

「先代のトンドの王様の弟が太守(タイショウ)として、この町を仕切っていました。町に住んでいた人たちを奴隷(どれい)のようにこき使って、やりたい放題の事をしていたのです。許可なく町から逃げて行った人は捕まって、残酷な処刑が行なわれました。綺麗な娘は無理やり、太守の側室にされたのです」

「ひどい事をするわね。キクチ殿は黙って見ていたの?」

「相手はトンドの王様の弟です。追い出したら、トンドの国と(いくさ)になります。でも、祖父は戦を覚悟して、城下の町を土塁で囲んだのです」

「えっ、トンドと戦をするつもりで土塁を築いたの?」

「そのようです。トンドと戦をするためとは言えないので、ミャーク(宮古島)を襲った佐田又五郎のような奴が現れるかもしれないから町を守ると言って土塁を築いたのです。でも、結局、メイユーさんが太守を退治してくれました。町の人たちはメイユーさんに感謝するために、神様としてお祀りしたのです」

「驚いたわ。メイユーが神様になっていたなんて‥‥‥本人は知っているの?」

「メイユーさんは太守を退治してからターカウには来ていませんが、アンアン様がパレンバン(旧港)で会っています。アンアン様が話したと思います」

 ササたちはメイユーの神様に両手を合わせた。

 安須森ヌルはメイユーからターカウの話を聞いた事はなかった。前夫がよほど嫌いだったとみえて、嫁いでいた頃の話は一切しなかった。

 天妃宮を出て大通りに戻ると、腰に刀を差した日本人がぞろぞろと通って行った。

「日本人が唐人町に何の用があるの?」とナナがカオルに聞いた。

 カオルは笑って、

「あれは日本人ではありません」と言った。

「唐人ですよ。最近は明国の海賊たちは日本人に扮して明国を襲っているらしいわ」

「どうして、日本人に化けるの?」

倭寇(わこう)に化けた方が仕事がやりやすいんでしょ。博多を拠点にしている明国の海賊もいるようです。そういう海賊の船には唐人も日本人も一緒に乗っているって聞いたわ」

「ねえ、どうして唐人だってわかるの?」とササが聞いた。

「よく見ればわかりますよ。(まげ)の結い方とか、着物の着方とかね。袴を前と後ろを間違えて付けている人もいるんですよ。日本人では考えられない事だわ」

 そう言われてみると、どことなく変だった。

「この先に宿舎があるから、遊女屋で遊んだ帰りでしょう」とカオルは言った。

 偽者の倭寇たちは左側の路地に曲がって見えなくなった。大通りをしばらく行くと十字路に出た。右側を見て、ササたちは驚いた。石垣に囲まれた立派な宮殿が建っていた。

「トンドの宮殿を真似して、先代の太守様が建てたのです」とカオルが言った。

「凄いわね」と若ヌルたちが驚いていた。

 首里(すい)グスクの百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)と似ていて、二階建ての瓦葺(かわらぶ)きだった。

「今は誰がいるの?」とササが聞いた。

「今の王様の息子さんが太守としています。アンアンのお兄さんです」

「すると、アンアンもあの宮殿にいるのね?」

「そうです」

 宮殿の門には門番がいた。門番はカオルの顔を知っているらしく、笑顔で何かを言って通してくれた。石畳を敷き詰めた広い庭があって、その先にある石段を登ると宮殿がある。宮殿の中央が通路になっていて、そこを抜けると樹木が植えられた綺麗な庭園があった。池もあって、その池を囲むように、洒落た家がいくつも建っていた。その中の一軒から笑い声が聞こえてきたので行ってみると、クマラパ、タマミガ、ナーシル、サユイがアンアンたちと一緒にいた。

 ササたちを見ると、

阿蘇津姫(あそつひめ)様の事はわかったかね?」とクマラパが聞いた。

「まだはっきりとをわからないんだけど、琉球と関係ありそうな気がするわ」とササは言った。

「天妃宮の楊嫂様は見てきたかね?」

「驚きましたよ。メイユーが神様になっていたなんて」と安須森ヌルが言った。

「今、メイユーの活躍をアンアンから聞いていたんじゃよ。生まれつきの王女様かと思っていたが、アンアンも色々と苦労して来たようじゃ」

 クマラパは五回、トンドに行っているがアンアンとは会っていなかった。初めて行った時から四度目までは先々代の王様の頃で、五度目の時はアンアンの父親が王様になっていた。政変があって王様が替わったという事はアコーダティ勢頭(しず)から聞いていても、詳しい事は知らなかった。王様に会っても挨拶をした程度で、その時、アンアンはパレンバンに行っていて留守だった。

 クマラパはアンアンから聞いた話をササたちに話してくれた。

 トンドの国は百三十年ほど前に、(げん)に滅ぼされた(そう)の商人たちがトンドに逃げて来て造った国だった。宋が滅ぼされた時に活躍して戦死した(ヂャン)将軍の息子が初代の王様になった。トンドに移った商人たちは以前のごとく、チャンパ(ベトナム中部)、ブルネイ(カリマンタン島)、パレンバン、ジャワと交易をして、さらに、自分たちを追い出した元の国とも交易をして栄えて行った。

 初代から四代目までは問題なく、嫡子が跡を継いで王様になった。四代目の王様の時、ヂャンアーマー(張阿馬)という海賊がトンドにやって来た。ヂャンアーマーは倭寇と取り引きをしていて、ヤマトゥの刀を持ってきたので、王様は大歓迎した。ヂャンアーマーは密かに王様の弟に近づいた。弟は船長として、チャンパやパレンバンに行っていた。王様になろうなんて考えた事もなかったが、ヂャンアーマーにそそのかされて王様になる夢を見た。

 ヂャンアーマーがトンドに住み付いてから四年後、弟は兄の王様とアンアンの伯父だった王子を殺した。アンアンが生まれる前の出来事なので、どうやって殺されたのか、詳しい事はアンアンは知らない。

 弟は五代目の王様になり、四代目の次男だったアンアンの父親は山の中へと逃げ込んだ。山の中の(とりで)で、アンアンは生まれた。父親の素性を知らないアンアンは、父親は山賊のお頭だと思っていた。砦の中には父親の配下の者が大勢いて、同じくらいの年頃の子供たちも何人もいた。アンアンはユーチーとシャオユンと一緒に、山の中を駈け回りながら育った。

 九歳の時、父の配下の者が女海賊のメイユーを砦に連れてきた。その勇ましい姿にアンアンは憧れて、わたしも女海賊になると言って、武芸の稽古に励んだ。メイユーは一年おきにやって来て、父と難しい話をしていた。もしかしたら、父は山から出て海賊になるのかなとアンアンは思っていた。

 十四歳になった時、父親から素性を聞かされてアンアンは驚いた。父親は二人の兄と配下の者たちを引き連れて戦に出掛けた。アンアンは父親たちの心配をしていたが、次兄が無事に帰って来た。そして、次兄と一緒にトンドに行き、宮殿に入って王様になった父と会い、アンアンは王女になったのだった。翌年、メイユーが来て、父親が王様になった事を喜び、ターカウにいた先代の王様の弟を退治したと報告した。その後、メイユーはトンドには来なくなってしまった。

 十八歳の時、アンアンは次兄と一緒にパレンバンに行った。パレンバンに滞在中、琉球から来たメイユーと再会した。その後も一年おきにパレンバンに行っていて、去年はメイユーと会えなかったが、シーハイイェンとジャワのスヒターと会っていた。

 ササはアンアンを見て、

「山賊の娘だったなんて驚いたわ」と笑った。

 シンシンが通訳するとアンアンは笑って、

「時々、山の砦が懐かしくなって、行ってみるのですよ」と言った。

「今も山の砦はあるの?」

「今は兵たちの訓練所になっています。若い兵たちがそこで武芸の稽古に励んでいます」

 中山王(ちゅうさんおう)にとってのキラマ(慶良間)の島のようなものねとササは思った。

 昼食を御馳走になったあと、ササ、安須森ヌル、シンシン、ナナ、クマラパはカオルの案内で、マカタオ族の村に行った。若ヌルたちは玻名(はな)グスクヌルに頼んで宮殿に残した。

 唐人町を出て市場まで戻って北に向かった。市場の北側には遊女屋が建ち並んでいた。

「倭寇に連れ去られて来た娘たちがいる遊女屋ですよ」とカオルは言った。

「誰が遊女屋をやっているの?」と安須森ヌルが聞いた。

「最初に遊女屋を始めたのは、祖父が博多から連れてきた遊女屋の息子だと聞いています。独身の船乗りたちのために造ったのです。今はそうでもないけど、ここに来た当初は女の人が少なくて、年頃になってもお嫁さんに迎える娘が少なかったみたい。倭寇が連れて来た娘たちを遊女にして、男たちの相手をさせたのです。気に入った遊女を奥さんに迎えた人も多いようです」

「その頃はここではなくて、日本人町の中にあったんじゃよ」とクマラパが言った。

「まだ、土塁で囲まれる前の事じゃ。唐人町にも遊女屋はあった。熊野権現様ができてから、ここに遊女屋を集めたようじゃな」

「クマラパ様も遊んだのですね?」と安須森ヌルが横目で睨んだ。

「若い頃は遊んだが、マズマラーやタマミガと一緒に来た時は遊んではおらんよ。今はどうだか知らんが、昔は倭寇にさらわれたと言っても、自ら進んでターカウに来た娘もいたんじゃよ。明の国も朝鮮(チョソン)も辺鄙な漁村は貧しくて、口減らしのためにやって来るんじゃ。そんな娘はキクチ殿の家臣と一緒になって幸せに暮らしておるんじゃよ」

 遊女屋が建ち並ぶ一画を抜けると竹林が続いた。

「昔は熊野権現様の辺りまで竹林が続いていたのですよ。マカタオ族の言葉で、竹林の事を『ターカウ』って言うの。それで、ここがターカウって呼ばれるようになったのです」とカオルは言った。

 竹林に囲まれたマカタオ族の村はターカウ山の裾野にあった。マカタオ族の女首長は先代のキクチ殿の側室になったパランだった。パランはヤマトゥ言葉がしゃべれたので、ササたちは助かった。

 首長とはいえ、パランの家はほかの家と大差はなく、ドゥナン島(与那国島)の家と同じように竹でできていた。豪華な宮殿を見てきたあとなので、余計に質素に見えた。

 クマラパはパランをよく知っていて、

「久し振りじゃのう」と手を上げた。

 パランは笑って、「キクチ殿が亡くなった年、以来ですわね」と言った。

 クマラパのお陰で、ササたちはパランに歓迎された。

「パランに初めて会ったのはパランがまだ十歳の時じゃった」とクマラパは言った。

「あの時はお互いに言葉が通じなかったが、賢そうな娘じゃった。次に会った時、キクチ殿の側室になっていて、娘のキンニが生まれていたので驚いた。その時、パランはヤマトゥ言葉をしゃべっていた。しかし、わしにはヤマトゥ言葉はわからなかった。わしがヤマトゥ言葉がしゃべれるようになったのは、キンニと一緒に言葉を覚えたからなんじゃよ」

「懐かしいですわね」とパランは笑った。

「あの頃からターカウは随分と変わりました。キクチ殿のお城ができて、唐人たちの町もできて、城下を囲む高い土塁もできました。この村の人たちも変わりました。以前は食べるだけのお魚を捕っていたのに、高く売れるタイマイを捕って、その甲羅を売って銭を手に入れて、贅沢な着物や装飾品を身に付けています。(さむらい)に憧れて、キクチ殿の家来になった者もいます。キクチ殿の側室になったわたしがあれこれと言える立場ではありませんが、村が変わっていくのを神様は心配しているようです」

「この村の神様は御先祖様なのですか」とササが聞いた。

「遠い昔の御先祖様もおりますが、言葉がわかりません。言葉がわかるのは、ここに住み着いた頃、一千年くらい前の御先祖様からです」

「えっ、一千年も前からここに住んでいたのですか」

「ずっとここにいたわけではありません。ターカウ山の周辺を移動していたようです。ターカウ山に来る前は向こうの山にいたようです」

 パランは遠くに見える高い山を指差した。

「この島には色々な人たちが住んでいると聞きましたが、皆、別々の所からやって来たのですか」と安須森ヌルが聞いた。

「詳しい事はわかりませんが、一千年前の神様の話によると、遙か昔、御先祖様たちは大陸の方からやって来たようです。この島に来た人たちは各地に広がって繁栄します。それから数百年が経って、この島から出て行く人たちが現れたようです」

「どうして出て行ったのですか」とナナが聞いた。

「舟の技術が進歩したのだと思います。海の向こうに何があるのか見て見たくなったのでしょう」

 ずっと船旅を続けてきたササたちには、その気持ちはよくわかった。

「この島を出て行った人たちはどこに行ったのですか」と安須森ヌルが聞いた。

「南の方に行った人たちもいれば、黒潮に乗って北の方に行った人たちもいたみたいです」

「北の方と言うと日本ですか」

「日本や朝鮮に行った人たちもいたでしょう。南はトンドやパレンバンやジャワまで行った人たちもいたでしょう。御先祖様たちは舟を自由に操ってあちこちに行ったのです」

「日本に行った人たちは日本に住み着いたのですか」

「日本の各地に住み着いたと思います。そして、島伝いに南下して琉球に行った人たちもいるでしょう。まだ、日本という国ができる前、彼らは倭人(わじん)と呼ばれて、舟に乗って、日本、朝鮮、琉球、そして、大陸にも行き来していたのです」

「琉球の御先祖様も日本の御先祖様もパレンバンやジャワの人たちも皆、この島から出て行った人たちだったのですか」

「全部がそうとも限らないようです。日本にしろ、パレンバンやジャワにしろ、すでに別の人たちが住んでいたようです。言葉が通じなくて、争い事もあったようですが、やがては仲よく暮らすようになったようです」

「もしかしたら、アマンの国の人たちもこの島から行ったのかもしれないわね」と安須森ヌルがササに言った。

「アマンの人たちが琉球に行ったのは二千年も前の事よ」とササは安須森ヌルに言って、パランを見ると、

「ここの島の人たちがあちこちに行ったのはいつの事なのですか」と聞いた。

「一千年前の御先祖様が遙か昔と言ったのだから、三千年も四千年も前かもしれないわね」

「やっぱり、アマンの人たちもこの島から行った人たちなのよ」と安須森ヌルはうなづいた。

「大陸からこの島に来た御先祖様は『龍』を守り神にしていたようです。この島にはヒャッポダという毒蛇がいるのですが、龍の化身として、昔から殺してはならないと伝えられています。アマンの国というのがどこにあるのか知りませんが、『龍』を守護神として祀っていたら、この島から行った人たちでしょう」

 『龍』とアマミキヨ様との関係は、ササにも安須森ヌルにもわからなかった。琉球にあるアマミキヨ様のウタキには『龍』に関する物はなかった。

 ササたちはパランの案内で山の中にある御先祖様のウタキに行った。そのウタキは琉球のウタキとそっくりだった。ウタキの中は強い霊気がみなぎっていた。ササたちはお祈りを捧げたが、話しかけて来る神様はいなかった。

 ウタキからの帰り道、安須森ヌルがパランに、メイユーの事を聞いた。

「メイユーさんの噂は聞いておりますが、わたしは会ってはおりません。メイユーさんが来た時、わたしはこの村に戻っていたのです。キクチ殿のお城にいたなら、挨拶に来たメイユーさんと会っていたかもしれませんが、首長だった母が亡くなってしまい、わたしは首長を継ぐために村に戻って来たのです。メイユーさんは唐人町の太守を退治してくれました。あの太守はどうしようもない男でした。この村も随分と迷惑したのですよ。メイユーさんには感謝しています。唐人町の松景寺(しょうけいじ)慶真和尚(きょうしんおしょう)というちょっと変わったお坊さんがいます。彼に聞いたらメイユーさんの事がよくわかると思います。わたしは知りませんでしたが武芸の達人で、メイユーさんが太守を退治する時、助けています」

 ササたちはパランにお礼を言って別れ、唐人町に戻った。カオルは松景寺の慶真和尚を知っていた。

「和尚さんがターカウに来たのは、わたしが生まれた頃のようです。唐人町の太守に気に入られて、お寺を建ててもらって、太守の子供たちに読み書きを教えていました。それから何年かして、日本人町にある南光院に現れるようになって、わたしたちと一緒に、日本の言葉を学んだのです」

「どうして、日本の言葉を習ったの?」

「日本の商人と取り引きするためだと言っていました。四十歳を過ぎているのに、子供たちに混じって真剣に学んでいました。面白い人で、色々な事を知っていて、子供たちにも人気がありました。あとでわかったのですが、和尚さんはパランさんを口説くために日本語を習っていたのです」

「えっ!」とササたちは驚いた。

「キクチ殿の側室だって知らなかったの?」

「知らなかったようです。その事を知ってがっかりして、明国に帰ろうかと思っていた時、メイユーさんがターカウに来て、太守の事を色々と聞いたようです。そして、メイユーさんと一緒に戦うために明国に帰るのはやめたようです」

「キクチ殿が亡くなった今も、パランさんを口説いているの?」とナナが聞いた。

「そのようです」とカオルは笑った。

「和尚さんがパランさんを口説いた事は唐人町で噂になって、和尚さんはみんなの笑い物になっていました。和尚さんが武芸の達人だったなんて誰も知りませんし、間抜けな和尚だと思われていました。メイユーさんが松景寺に出入りしていても、誰も怪しむ事もなく、作戦がうまく行ったようです」

「面白そうな人ね」とササが言った。

 松景寺は唐人町の南の方にあった。それほど大きなお寺ではないが、立派な山門があって、瓦葺きの本堂もあった。

 慶真和尚は本堂の縁側で昼寝をしていた。坊主頭の髪は伸び、無精髭も伸びていた。どう見ても武芸の達人には見えない間抜けな和尚だった。

 カオルが揺り起こすと寝ぼけた顔でササたちを見て、

「また、鬼退治でもするのかね?」とヤマトゥ言葉で言った。

「何を寝ぼけているのですか。琉球から来られた琉球の王女様たちです」

「なに、琉球?」と目を丸くして、目を細めると、「琉球の事は南遊斎(なんゆうさい)殿から聞いた事がある」と言った。

「南遊斎殿を御存じなのですか」とササが聞いた。

「飲み仲間じゃよ。南遊斎殿は南光院の和尚と親しくてな。南光院でよく一緒に飲んだものじゃ。南遊斎殿が隠居してドゥナン島に行った時は、一緒に行って夢の島を満喫してきたんじゃ」

 慶真和尚は楽しそうに笑った。その顔を見て、ササたちはドゥナン島に慶真和尚の子供がいるに違いないと思った。

「和尚さん、メイユーさんの活躍を話して下さい。メイユーさんは今、琉球の王子様の側室になって、娘さんも生まれたんですよ」

「なに、メイユーが琉球の王子の側室?」

 ササたちがうなづくと、

「そうか。メイユーも幸せをつかんだようじゃな。よかった。よかった」と嬉しそうに笑った。

「メイユーの前の夫はくだらん男じゃった。来る度に毎回、違った女を連れて来て、にやけていたんじゃ。あんな奴とさっさと別れろと言ったんじゃが、親が決めた縁談だから逃げるわけには行かないとメイユーは言っていた。そうか、子供も生まれたか。よかったのう」

「どうやって、太守を倒したのですか。配下の者たちも大勢、いたのでしょう」と安須森ヌルが聞いた。

「うむ」とうなづいて慶真和尚は、ササが腰に下げている瓢箪を見つめた。

 視線に気がついたササは瓢箪を腰からはずして、

「一杯やりますか」と聞いた。

 慶真和尚は嬉しそうに笑って、「話が長くなりそうじゃ。順を追って話そう」と言うと立ち上がって、ササたちを庫裏(くり)に案内して、お酒を飲む用意を始めた。

 ササたちは車座になって、お酒を飲みながら慶真和尚の話を聞いた。

「メイユーが初めてターカウに来たのは、洪武帝(こうぶてい)が亡くなった年じゃつた。わしは洪武帝の粛清(しゅくせい)に巻き込まれて殺されそうになって逃げて来たんじゃよ。たまたま乗り込んだ船がターカウに着いたというわけじゃ。わしはこれでも明国で有名な禅寺で厳しい修行を積んだ禅僧なんじゃよ。太守はわしを歓迎して、この寺を建ててくれたんじゃ。わしは感謝したが、太守はだんだんと本性を現してきて、王様気取りで好き勝手な事をするようになったんじゃ。唐人町に住んでいた者たちも、こんな所にいたくないと逃げようとしたんじゃが、捕まって残酷な処刑をされたんじゃ。その後は警備も厳重になって、太守の配下の者たちが街中を徘徊するようになった。わしは太守の子供たちや重臣たちの子供たちに読み書きを教えていたんじゃよ。太守の機嫌を取りながら、五年が過ぎた頃、メイユーがやって来たんじゃ。メイユーは突然、この寺にやって来た。読み書きを習っていた子供たちがメイユーを見て騒いだんじゃ。女だてらに弓矢を背負って、腰に刀を差して颯爽(さっそう)としていたんじゃ。海賊でもお頭と呼ばれる男は、それなりに貫禄がある。メイユーも女海賊としての貫禄があったんじゃよ。まだ二十二、三の若さだったがのう。子供たちも最初は恐れていたが、メイユーが笑ったら、たちまちなついてしまったんじゃ。メイユーは子供たちと遊んで、子供たちが帰ったあと、わしに太守の事を色々と聞いてきたんじゃよ」

 慶真和尚は酒を一口飲んで、

「今思えば、あの時、メイユーはわしの腕を悟ったのかもしれんのう」

「どうして、強い事を隠していたのですか」とシンシンが聞いた。

「あまり目立つ事をすると身の危険があると思ったんじゃよ」

「和尚さんは明国で、有名な人だったのですね?」

「ある程度はな」と笑って慶真和尚は酒を飲んだ。

 シンシンが酒を注いでやった。

「メイユーから太守を倒そうと言われたのですか」と安須森ヌルが聞いた。

「いや、その時は太守の事を聞いただけじゃった。その後も何度か、ここに来たが、子供たちと遊んでいただけじゃった。二年後、メイユーはまたターカウに来た。前回に来た時、トンドに寄って帰ったと言った。トンドで面白い男と会ったと言ったんじゃ。その男は今のトンドの王様じゃよ。当時は山に隠れて山賊をやっていたようじゃ。メイユーは山賊の男を助けて敵討ちをさせて、ここの太守を退治すると言ったんじゃよ。そして、わしに助けてくれと頼んだんじゃ。驚いた事にメイユーはわしの事を知っていたんじゃよ」

「和尚さんの正体は何者なの?」とシンシンが聞いた。

「ただの禅僧じゃよ。知り合いの将軍に頼まれて戦に参加したら、その活躍が噂になって、メイユーの耳にも入ったようじゃ。わしとしては殺されないために必死になって戦っていただけなんじゃがのう。メイユーに頼まれて、わしとしても断れなかった。この町の者たちのためにも、あの太守は退治しなければならんと思ったんじゃ。二度目に来た時、メイユーは綺麗な娘を連れて来て、太守に側室として贈ったんじゃ。太守には何人も側室がいたんじゃが、メイユーが送ったイェンフォ(煙火)が一番のお気に入りになったようじゃ。敵を倒すには敵の事をよく知らなければならんので、メイユーは側室を贈ったんじゃよ。わしには宮殿内の詳しい絵図を描いてくれと言ったんじゃ。敵の兵力などもわしは調べたんじゃよ。二年後にまたメイユーは来た。メイユーはここで娘たちに剣術を教えたんじゃよ。その中には太守の長女もいて、真剣に稽古に励んでいた。その娘はトンドに嫁いで行ったが、今の王様が敵討ちをした時に戦死したようじゃ。可愛い娘じゃったよ」

 当時を思い出したのか慶真和尚は遠くを見るような目をしていたが、茶碗を見るとお酒を飲んだ。

「そして、二年後にメイユーは来た。メイユーが来てから数日後、トンドの船も来た。トンドの船は毎年、来ていたんじゃが、その年はいつもと違う者たちが乗っていた。わしはメイユーから、トンドの王様が替わった事を知らされたんじゃ。その事は太守には知らせず、太守はいつものように十人の側室に囲まれて、この世を謳歌(おうか)していたんじゃよ」

「十人も側室がいたのですか?」と安須森ヌルが驚いた。

「奥さんは太守のやる事を黙って見ていたの?」

「太守の奥さんはヂャンアーマーという海賊の娘なんじゃよ。太守もヂャンアーマーを恐れて、側室なんて持たなかったんじゃが、ヂャンアーマーは明の官軍に捕まって殺されてしまうんじゃよ。ヂャンアーマーがいなくなって、太守は側室を何人も迎えるようになったんじゃ。勿論、奥さんは怒ったが、怒れば怒るほど、太守は反発して側室を迎えたんじゃ。奥さんには兄貴がいて、トンドでは宰相(サイシャン)と呼ばれているようじゃが、これがまた遊び人で、奥さんよりも太守の味方をする有様じゃ。奥さんももう太守の事など放っておいて、船に乗って、トンドやチャンパに行くようになったんじゃよ。メイユーの真似をしたのかもしれんな。父親がヂャンアーマーだから、海賊たちにも顔が利いたようじゃ」

「ヂャンアーマーなら、わしも知っておるぞ」とクマラパの声がした。

 マカタオ族の古いウタキに行った時、クマラパはパランの家に残っていた。パランから松景寺の事を聞いて、マカタオ族の村には寄らずに来てしまった。

「すみません。置いて来てしまいました」と安須森ヌルが謝った。

「いいんじゃ。パランと昔話をしておったんじゃよ」

「クマラパ殿もいらしていたのですか。お久し振りです」と和尚が言った。

「お知り合いなのですか」

「日本人町の南光院で会ったんじゃよ」と言ってクマラパは上がって来て車座に加わった。

 慶真和尚が茶碗を用意してクマラパに渡し、シンシンがお酒を注いだ。

 クマラパはお礼を言って、

「前回、来た時はドゥナン島で会ったんじゃよ」と言った。

「タマミガとナーシルを連れて来た時じゃ。初めて会ったのは与那覇勢頭(ゆなぱしず)と一緒に来た時じゃった。南光院で子供たちと一緒に日本の言葉を習っていた。メイユーの事を初めて聞いたのも慶真和尚からなんじゃよ」

「今、メイユーの活躍を聞いていた所なんです」と安須森ヌルはクマラパに言って、慶真和尚を見ると、「いよいよ、メイユーが太守を退治するのですね?」と聞いた。

 慶真和尚はうなづいた。

「トンドから来た者たちは皆、メイユーの味方だったんじゃよ。太守はいつものように十五夜の(うたげ)をやって騒ぎ、重陽(ちょうよう)の宴をやって騒いで、九月十九日、側室のイェンフォの誕生日のお祝いの宴を開いたんじゃ。宴が続いたので守備兵たちもだらけておった。宴は宮殿の二階で行なわれたんじゃが、わしも招待されて、そこにいた。メイユーもじゃ。太守がお祝いの言葉を述べて、イェンフォが太守に近づいてお礼を述べたんじゃが、そのあと、イェンフォが太守の首を刎ねたんじゃよ。その場にいた者たちはあまりの驚きで声も出なかった。太守の首が飛んだのを合図に、メイユーの配下の者たちが侵入してきて、太守の重臣たちを片付けて行った。勿論、わしとメイユーも前もって決めていた相手を倒した。逃げて行った者たちは宮殿を囲んでいたトンドの兵たちに捕まった。太守の子供たちも十歳以上の男の子は、イェンフォの侍女として宮殿に入っていたメイユーの配下の者たちによって殺されたんじゃ。側室たちは許されたが、太守の奥さんは殺された。太守の子供は十九人もいたが、長男から五男まで五人が殺された。皆、わしの教え子だったんじゃよ。子供たちにはすまない事をしてしまったと後悔しておるんじゃ」

「側室のイェンフォはメイユーの弟子だったのですか」

「そうじゃよ。剣術の達人だったようじゃ。一緒にいて情が移らなければいいがとメイユーは心配していたが、見事にやり遂げたんじゃ。太守が代わって、この町は平和になった。皆、メイユーに感謝しているんじゃよ」

「ヂャンサンフォン(張三豊)様を御存じですか」とシンシンが聞いた。

「ヂャンサンフォン殿といったら伝説の仙人じゃろう。わしも若い頃、仙人に会いに武当山(ウーダンシャン)に登ったんじゃが、会う事はできなかったんじゃ」

「わたしたちは皆、ヂャンサンフォン様の弟子です。メイユーさんも琉球に来て、ヂャンサンフォン様の弟子になりました」

「なに、ヂャンサンフォン殿は琉球にいるのかね?」

「今はもういません。ムラカ(マラッカ)に行ったようです」

「そうか。ムラカか‥‥‥」

 慶真和尚は皆の顔を見回した。

「会った時、達人たちじゃと思ったが、ヂャンサンフォン殿の弟子じゃったとは驚いた。よく、ターカウまで来てくれた。改めて、歓迎する」

 慶真和尚はササたちを連れて市場の近くにある遊女屋に連れて行った。ササたちは驚いたが、そこの女将は、殺された太守の奥さんだった。奥さんはメイユーが夫の事で苦悩しているのを知って共感した。メイユーの夫と太守はよく似ていた。何もできないくせに威張っていて、小心者で女好きだった。

 長男は側室が産んだので殺してもかまわないが、次男は自分の息子なので助けるというのを条件に、奥さんはメイユーと手を組んだのだった。奥さんを味方にした事で、メイユーの配下は難なく配置に付く事ができたのだった。

「どうして、ターカウにいるのですか」とシンシンが聞いたら、

「ヂャンアーマーの娘として生きて行くには、ここしかないのよ」と言った。

 次男はどうしているのかと聞いたら、微笑んで、「内緒よ」と言ったという。





ターカウ(高雄)



トンド王国




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