酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







龍と鳳凰




 遊女屋『飛馬楼(フェイマーロウ)』に行って松景寺(しょうけいじ)慶真和尚(きょうしんおしょう)とお酒を飲んでいたササたちだったが、日が暮れると日本人町も唐人町も門が閉まってしまうとカオルに言われ、和尚とクマラパを遊女屋に残して唐人町に戻った。ミッチェたちも若ヌルたちも、まだ宮殿にいて、アンアンの勧めもあって、みんなで宮殿に泊まる事になった。

 池の周りにいくつも建っている家は、先代の太守(タイショウ)の側室たちが住んでいた家だった。今の太守は側室を持っていないので、お客様の滞在用に使っていた。ササたちは三軒の家を借りて、分散した。アンアンの兄の太守が歓迎の宴を開いてくれると言うので、アンアンと一緒に宮殿の一階にある大広間に行った。

 蝋燭(ろうそく)がいくつも灯されて明るい大広間には円卓がいくつもあった。二つの円卓に料理が並んでいて、太守と奥さんが待っていた。ササたちはお礼を言って円卓を囲んだ。

「メイユーさんが琉球の王子様の側室になったと妹から聞いて驚きましたよ」と太守はヤマトゥの言葉で言った。

 ササたちは驚いて、

「日本の言葉がしゃべれるのですね?」と聞いた。

「わたしの妻は日本人なのです」と言って、隣りにいる奥さんを紹介してくれた。

 ユウという名前の奥さんはササと同じくらいの年齢で、太守の方が五歳くらい年上に見えた。明国風の着物を着ているので、言われなければ日本人だとは気づかなかった。

「トンド(マニラ)にも日本人がいるのですか」とナナが聞いた。

「トンドにも日本人町があります。でも、ユウと出会ったのはターカウなんです。当時、兄が太守を務めていて、わたしは交易をするためにトンドから来たのです。わたしはその時、初めてターカウに来て、あちこち歩き回りました。ターカウ川の向こうに造船所があるのですが、そこでユウと出会ったのです」

「造船所があるのですか」と安須森(あしむい)ヌルが驚いた顔をして聞いた。

「わたしも驚いて行ってみたのです。その頃のわたしは日本の言葉がわかりません。門番が何を言っているのかまったくわからず困っていたら、ユウが現れて、通訳してくれたのです。ユウは船大工の娘で、明国の海賊たちの船も修理するので、明国の言葉がしゃべれたのです。ユウのお陰で造船所を見学する事ができました。ユウと一緒に造船所内を見て歩いているうちに、わたしはユウが好きになってしまいました。でも、前年に妻を亡くしていたわたしは、ユウに自分の気持ちを打ち明ける事はできませんでした。翌年もわたしはターカウに来ました。ユウはお嫁に行ってしまったかもしれないと思いましたが、会いに行くとユウはいました。わたしは自分の気持ちを打ち明けて、ユウもうなづいてくれて、一緒になったのです。わたしはユウをトンドに連れて帰りましたが、四年前に太守に任命されて、ターカウで暮らす事になりました。ユウも故郷に帰れて喜んでいます」

 ササたちは次々に出て来るトンドの料理を御馳走になった。明国の料理に似ているが、香辛料が効いていておいしかった。

 ササたちは太守から、トンドの王様の交代劇を詳しく聞いた。

「メイユーさんが山の砦にやって来るまで、父も敵討(かたきう)ちの事は半ば諦めていたようです」と太守は話し始めた。

「父が山に逃げて来てから二十年余りが過ぎていて、トンドは相変わらず栄えていました。山の中で兵を鍛えてはいても、トンドの兵と戦って勝てる見込みなんてなかったのです。メイユーさんは非道な事をしているターカウの太守を倒すと言いました。父はトンドと(いくさ)になるからやめろと言ったようです。その頃のわたしはまだ父親の素性は知りません。女海賊が父と取り引きをしに来たのだと思っていました。メイユーさんは二年後にも山の砦にやって来ましたが、父の気持ちは変わらなかったようです。ところが翌年の夏、王様が亡くなって、長男のヂャンソンシュン(張松迅)が王様になりました。ターカウの太守の兄です。似たもの兄弟で、父親が亡くなった途端に側室を集めて、日夜、宴を催すようになったのです。ヂャンアーマー(張阿馬)の息子のヂャンシェンリー(張咸里)が宰相(さいしょう)として政務を執っていて、王様は飾り物に過ぎなかったのです」

「ヂャンシェンリーというのは、メイユーが倒した太守の奥さんのお兄さんね?」と安須森ヌルが聞いた。

「そうです。メイユーさんは太守の奥さんも退治すると言っていたようです。そんな事をしたら、ヂャンシェンリーはターカウを滅ぼしてしまうでしょう。父は新しい王様の無能振りを見て、王様を倒す覚悟を決めたようです。メイユーさんと一緒に作戦を練って、時期が来るのを待ったのです。翌年、明国で政変が起きました。北から燕王(えんおう)応天府(おうてんふ)(南京)に攻めて来て、皇帝になったのです。永楽帝(えいらくてい)です。その時、明国に行っていたヂャンシェンリーの配下の者たちが戦に巻き込まれて戦死したようです。その船には百人の兵が乗っていましたが、戻っては来ませんでした。その年の暮れ、メイユーさんがやって来ました。その時、兄とわたしは呼ばれて、父から素性を聞かされて驚きました。自分が先々代の王様の孫だったなんて信じられませんでした。翌年の夏、いつものように百人の兵を乗せた船がターカウに行きます。そして、十月に二隻の船がそれぞれ百人の兵を乗せて、チャンパ(ベトナム中部)とパレンバン(旧港)に向かいました。残っている兵は二百人だけとなったのです。しかも、百人は非番で、城壁を守っているのは百人です。その百人の兵はジュウ(周)将軍に説得させて、戦には参加しませんでした。ジュウ将軍というのはもう亡くなってしまいましたが、祖父が殺された時、父を助けて山の中に隠した将軍です。山の砦を造ったのも、若い者たちを鍛えたのもジュウ将軍でした。父の軍師として働いてくれました。ジュウ将軍は祖父に最も信頼されていた将軍で、宮殿に抜け穴がある事を知っていました。祖父が殺された時、多くの重臣たちも殺されたので、抜け穴の事を知っているのは、ジュウ将軍だけでしょう。王様もヂャンシェンリーも知らなかったはずです。ジュウ将軍はその抜け穴を利用して、時々、宮殿に行っては、敵の動きを探っていたようです」

「その抜け穴を使って、宮殿を攻めたのですね?」とササが聞いた。

「そうです。宮殿を守っていたヂャンシェンリーの配下の者たちを倒して、宴席に突入して、王様を討ち取ったのです。勿論、ヂャンシェンリーも討ち取りました。父は十六歳の時、ジュウ将軍と一緒に抜け穴から抜け出して、二十七年後、抜け穴から宮殿に戻って、王様になったのです」

「そして、その頃、ここではメイユーが太守を討ち取ったのね?」と安須森ヌルが聞いた。

「それは翌年の事です。ターカウに向かった船が、メイユーさんに作戦が成功した事を告げて、メイユーさんは決行したのです。わたしの亡くなった妻はジュウ将軍の孫娘でした。幼い頃から武芸に励んで、メイユーさんと会ってからは、メイユーさんに憧れて、さらに武芸に励みました。わたしも妻には負けられないと武芸に励んだのです。強い女でしたが、病には勝てず、二十歳の若さで亡くなってしまいました。ユウと出会った時、雰囲気が亡くなった妻と似ていると感じました。メイユーさんの事を聞いたら、ユウもメイユーさんに憧れて、メイユーさんと話がしたくて明国の言葉を覚えたと言いました。メイユーさんがよく出入りしていた唐人町の松景寺に通っていたようです」

「えっ、あの和尚さんから習ったのですか?」とササがユウに聞いた。

 ユウはうなづいた。

「面白い和尚さんです。あの頃、和尚さんも日本人町の南光院で子供たちと一緒に日本の言葉を習っていました。わたしは和尚さんに頼んで、松景寺に通うようになったのです。そしたら、メイユーさんが松景寺に来たのでびっくりしました。メイユーさんはよく松景寺にやって来て、子供たちと遊んでくれました。わたしはメイユーさんとお話をする事ができるようになりました。主人と出会え、お話ができたのもメイユーさんのお陰なのです」

「女の子はみんな、メイユーに憧れたのね」と安須森ヌルが言った。

「あたしも初めて会った時、憧れたのよ」とササが言うと、

「あたしもよ」とシンシンが言った。

「そうだったの?」と安須森ヌルは驚いて、

「そんなメイユーが憧れた兄は、大した男なのかもしれないわね」と言って笑った。

 次の日は宮殿内で、のんびりと過ごした。

「ターカウはアマミキヨ様に関係ないと思っていたけど、アマミキヨ様の御先祖様が、この島からアマンの国に行ったなんて驚いたわね」と安須森ヌルが池にせり出した縁側に座って、池の中で泳いでいる魚を眺めながらササに言った。

「パランさんは『龍』が守護神だって言っていたわね」とササも池を眺めながら言った。

「『龍』なら首里(すい)グスクにいっぱいいるわ」と安須森ヌルは笑った。

 ササも笑ったが、

「でも、アマミキヨ様と『龍』のつながりはわからないわ」と言って空を見上げた。

「スサノオの神様と『龍』は関係あるのかしら?」

「スサノオ様は出雲(いづも)八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したんでしょう。八岐大蛇って龍の事じゃないの?」

「スサノオ様は守護神の龍を退治しちゃったの?」

「龍にもいい龍と悪い龍がいて、スサノオ様が退治したのは悪い龍だったんじゃないの?」

「それよりも、阿蘇津姫(あそつひめ)様の事が気になるわ。阿蘇津姫様のガーラダマ(勾玉)を見つけて、阿蘇山に行かなければならないわ」

「来年、ヤマトゥに行くつもりなの?」

「できれば行きたいわね」

「あたしも阿蘇津姫様の事は気になるけど、来年も旅に出られるかどうかわからないわ。冊封使(さっぷーし)が来たら、何かと忙しくなりそうだし」

「そうだったわ。冊封使が来るのよね。マシュー(ねえ)は無理ね。あたしが行って調べてくるわ」

「まず、ガーラダマを探さなくちゃね。スサノオ様は琉球にあるかもしれないって言ったけど、伊勢で亡くなったのなら伊勢にあるのかもしれないわ」

「あの広い神宮の中を探すのは難しいわ。たとえ、御台所(みだいどころ)様(日野栄子)が一緒でも、古くから伝わるお宝を見せてはくれないわよ」

「そうね、難しいわね。伊勢を守っていたホアカリ様なら何かを知っているかもしれないわ」

「ねえ、トンドにはいつ行くの?」とユンヌ姫の声が聞こえた。

「明日、行くわ」とササはユンヌ姫に答えて、「古い神様に出会えたの?」と聞いた。

「この島で一番高い山に古い神様はいらしたわ。でも、言葉がわからないの。お祖父(じい)様はわかるみたいで仲よくお話をしていたわ」

「古い神様って、大陸からこの島に来た神様なの?」

「そうみたい。イャォジェン(瑤姫)という神様で、みんなを率いて、この島に来たみたいよ」

(いくさ)から逃げて来たそうじゃ」とスサノオの声がした。

「スサノオ様も戻ってきたのですね。スサノオ様に聞きたい事があったのです」

「何じゃ?」

「マカタオ族の首長から聞いたのですが、大陸からこの島に来た人たちは『龍』を守り神にしていたそうですが、スサノオ様も『龍』を守り神のしていたのですか」

「それは何かの間違いじゃろう。イャォジェン様も言っていたが、大陸から来た人たちの守り神は『鳥』じゃよ」

「えっ、『鳥』ですか」

「太陽の化身として『鳥』を守り神にしていたんじゃよ。昔の人は鳥が太陽を連れて来ると信じていたようじゃ。今でも、熊野に『八咫烏(やたがらす)』として残っているし、色々な鳥が合わさって『鳳凰(ほうおう)』という霊鳥にもなっている」

「『鳳凰』って言えば、北山第(きたやまてい)にあった金閣の屋根の上にあった鳥だわ」と安須森ヌルが言った。

「宇治にある平等院(びょうどういん)阿弥陀堂(あみだどう)(鳳凰堂)の屋根にもあるぞ。昔は風の神様でもあったようじゃ」

「風の神様だから、海で生きる人たちの神様になったのですね?」

「そのようじゃな。イャォジェン様たちは大陸の長江(ちょうこう)(揚子江)の周辺で暮らしていたらしい。ある時、北から異民族が攻めて来たんじゃよ。天候の異変で北の地が砂漠になってしまったそうじゃ。それで、新天地を目指して南下して来たんじゃよ。長江までやって来て、イャォジェン様たちを追い出してしまったんじゃ。北から来た者たちは馬を乗り回して、弓矢も得意だったそうじゃ。北から来た異民族の神様が『龍』だったんじゃよ。その異民族が作った国では、『龍』が皇帝の守り神になった。そして、日本や琉球にも伝わって行ったんじゃ。この島のマカタオ族にも伝わってきて、いつしか『蛇』が『龍』に変わってしまったんじゃろう。長江にいた者たちも、『蛇』は古くから神様の使いとして崇めてきたようじゃからな」

「この島から各地に散って行った人たちは、みんな『鳥』を守り神にしていたのですね?」とササは聞いた。

「そういう事じゃ。日本の神社の入り口に『鳥居』という物があるじゃろう。あれは昔、神様が降りて来る場所を示していたんじゃよ」

「アマンの人たちも『鳥』を守り神にしていたのかしら?」と言って、ササは安須森ヌルを見た。

「アマミキヨ様のウタキに『鳥居』はないわ」と安須森ヌルは言った。

「何を言っておるんじゃ。お前たちが首から下げているのが『鳥』じゃよ」

「えっ、ガーラダマは『鳥』だったの?」

 ササも安須森ヌルも驚いて、ガーラダマを手に取って眺めた。『鳥』だと言われれば『鳥』に見えない事もないが、二人は首を傾げた。

「昔はもっと鳥に見えたんじゃろう。木や貝殻や動物の骨で作っていたのが、日本で翡翠(ひすい)という綺麗な石で作るようになって、琉球にも渡って行ったんじゃ」

「アマンの人たちもガーラダマを身に付けていたのですね?」

「その頃は石ではなかったじゃろうが、身に付けていたはずじゃ。子孫のお前たちが身に付けているんじゃからな」

「この島に住んでいる人たちも身に付けているのですか」

「今は身に付けていないようじゃ。もっとも、日本でも勾玉(まがたま)は廃れてしまっている。神社のお宝として眠っているだけで、身に付けている者はおらん。今でも身に付けているのは琉球のヌルたちだけじゃろう」

 そう言われてみれば、ヤマトゥでガーラダマを見た事はなかった。贅沢な装飾品を売っている店に行っても、髪飾りがあるだけで、首から下げる飾り物なんて何もなかった。

「ちょっと待って下さい」と安須森ヌルが言った。

「この島の人たちは首狩り族だって聞きましたけど、アマンの人たちも首狩り族だったのですか」

 ササが驚いた顔をして安須森ヌルを見て、空を見上げた。

「いや、大陸からこの島に来た頃は首狩りの風習はなかったようじゃ。この島で暮らして何百年か経った頃、島の北にある山が噴火したらしい。大きな地震が何日も続いて、その山は毎日、火を噴いていたという。ほとんどの者たちは恐れて、この島から逃げて行ったんじゃ。残った者たちが、山の神様の怒りを鎮めるために、首を捧げるようになったようじゃ」

「どうして、首を捧げるのですか」

「人の首を斬るとどうなると思う?」

「えっ? 首を斬ったら血が噴き出すんじゃないの? 見た事ないけど」とササが言った。

「昔の人は、山にも首があって、その首が斬られたので、血を噴き出していると思ったんじゃろう。それで、人の首を捧げて、その首で(ふた)をしてもらおうと考えたんじゃろうとイャォジェン様は言っておった。よほど恐ろしかったんじゃろう。その時の事を忘れる事ができず、何か悪い事が起こると首狩りの儀式をやるようになって、それが今までずっと続いているんじゃよ。噴火の時に、この島から逃げて行った者たちは、その風習はないじゃろう」

「アマンの人たちは違ったのね。よかったわ」

「わしも知らなかったんじゃが、この島から日本に行った者たちが倭人(わじん)と呼ばれていた、わしらの御先祖様じゃったとは驚いた」

「スサノオ様が生きていた頃は『日本』という国はなかったのでしょう?」とササが聞いた。

「わしが亡くなって五百年くらい経ってからじゃよ。『日本』という国ができたのはな。わしが生きていた頃は、大陸には『漢』という国があったが、九州にも朝鮮(チョソン)にも小さな国がいくつもあったんじゃ。今は朝鮮は違う言葉をしゃべっているが、当時は朝鮮の南部に、同じ言葉をしゃべる者たちの国がいくつもあったんじゃよ。奄美の島々も琉球も同じ言葉をしゃべっていた。みんな同じ倭人だったんじゃ。大陸にも倭人の国があったとイャォジェン様は言っていた」

「すると、この島の人たちも同じ言葉をしゃべっていたのですか」

「いや、倭人の言葉はこの島から出て行った者たちが九州に行って、すでに九州に住んでいた者たちの言葉と混ざり合ってできたようじゃ。その言葉が交易によって各地に広まって、琉球にも伝わったんじゃよ。今では日本の言葉も変わってしまったがのう」

 賑やかな声が聞こえてきた。みんなが帰って来たようだ。

「明日、トンドに行きますので見守っていてください」とササはスサノオに言った。

「明日、出掛けるとなると、イャォジェン様に挨拶に行かなければならんのう」

 そう言ってスサノオはどこかに行った。

「イャォジェン様って、綺麗な人のようね」とササはユンヌ姫に言った。

「大昔の神様だから粗末な着物を着ていたけど、綺麗な人だったわ。それに、首からガーラダマを下げていたのよ。そんな昔からガーラダマがあったのかって驚いたわ」

「イャォジェン様のガーラダマって石なの?」

「違うわね。動物の骨だと思うわ。お祖父様が言ったように、そのガーラダマは『鳥』に見えたわ」

「鳥か‥‥‥明日はお願いね」

「あたしも知らない所に行けて楽しいわ」

 ササはユンヌ姫にお礼を言って別れた。

 ミッチェ、サユイ、タマミガ、ナーシル、シンシン、ナナ、ガンジュー、玻名(はな)グスクヌルと若ヌルたちが、ジルーたちを連れて帰って来た。ミッチェはターカウに来た時はいつも、日本人町の娘たちに剣術を教えていた。みんなを連れて南光院まで行っていたのだった。ジルーたちはキクチ殿と交易の相談をしていた。

「うまく行ったよ」とジルーはササに言った。

 ササは笑って、

「お散歩をしましょう」と言って、ジルーと一緒に庭園内を散策した。

「この宮殿は先代の太守が建てたそうだな。キクチ殿から聞いたよ。ひどい男だったようだな、先代の太守は」

「側室が十人もいたようだわ」とササは言ってジルーを見ると、

「あなたも側室がいるの?」と聞いた。

「側室なんていないよ。妻が一人いるだけだよ」

「子供は?」

「二人いる」

「そう‥‥‥」

「夏には帰って来るって言って出て来たんだ。今頃は心配しているかもしれんな」

「悪かったわね。こんな所まで付き合わせてしまって」

「いや、来てよかったと思っているよ。祖父の事も色々とわかったし。一年前の俺よりも、一回りも二回りも成長したような気がするんだ」

「そう言ってもらえると助かるわ」

「先代の太守なんだけど、唐人たちの取り引きを仕切っていたようなんだ。明の海賊たちとキクチ殿との直接の取り引きはさせずに、上前をはねていたらしい。先代の太守が殺されたあと、蔵の中を調べたら、溜め込んだ財宝が山のように積んであったらしい。トンドの王様はキクチ殿に返そうとしたようだけど、キクチ殿も受け取らず、結局は半分に分けて、先代の太守の悪行を水に流したようだ」

「財宝って何だったの?」

「金や銀、真珠とか様々な宝石、日本の金屏風(きんびょうぶ)や名刀、高価な陶器類、象牙や毛皮、香辛料などだよ。そういえば、トンドの国では金が採れるって言っていたな」

「金?」

 ジルーはうなづいて、「砂金だよ」と言った。

 ササは砂金なんて見た事はなかった。

「砂金は銭と同じように高価な物と交換できるんだ。砂金を持って帰れば、愛洲のお屋形様も喜んでくれるだろう」

「砂金をヤマトゥに持っていけば喜ばれるの?」

「昔は奥州(東北地方)で金が採れたようだけど、今は聞かない。将軍様に贈れば喜ばれると思うよ」

 ササは金閣を思い出して、龍天閣(りゅうてぃんかく)を金色にしたら素晴らしいだろうと思った。

「ヂャンアーマーって海賊を知っている?」とジルーがササに聞いた。

「先代の太守の奥さんのお父さんでしょ」

 ジルーはうなづいた。

「交易を担当している人から聞いたんだけど、唐人町を作ったのはヂャンアーマーなんだ。ヂャンアーマーはトンドに行く前、博多にいたんだよ」

「えっ、博多にいたの?」

 ササは驚いた。池のほとりに縁台が置いてあったので、二人はそれに腰掛けた。

「ヂャンアーマーはキクチ殿とも面識があったんだ。当時の博多は南朝の都として栄えていて、博多に住んでいる唐人も多かったようだ。ヂャンアーマーはキクチ殿と再会を喜んで、唐人町を作る許可を得たんだよ」

「どうして、博多からトンドに行ったの?」

「北朝の今川了俊(りょうしゅん)が攻めて来て、南朝と組んでいたヂャンアーマーは身の危険を感じて逃げたようだ。トンドの事は海賊仲間から聞いていたんだろう。洪武帝(こうぶてい)は海禁政策を取っていたから、明国に帰れば捕まってしまう。それで、トンドに行ったんだろう。ヂャンアーマーは王様の弟をそそのかして、兄を殺させて王様にして、自分は宰相として、王様を操ったんだ。唐人町ができてから七年後、先代の太守がやって来た。トンド王の息子であり、ヂャンアーマーの娘婿だ。海賊たちにも一目置かれて、王様気取りで、この宮殿を建てたようだ」

「ヂャンアーマーは明国の官軍に捕まったんでしょ?」

「キクチ殿が南遊斎(なんゆうさい)殿と一緒にヤマトゥに行って、そして、琉球に行った年だったらしい。明国の海賊と取り引きをするために出掛けたんだが、そこを官軍に襲われたらしい。ヂャンアーマーは捕まって首を斬られたそうだ。息子のヂャンシェンリーはトンドにいたので助かって、宰相を継いだんだよ。ヂャンアーマーは海賊の中でも大物だったらしい。ヂャンアーマーが唐人町に関わっていれば、海賊たちも集まって来るだろうと先代のキクチ殿は考えたんだ。思惑は当たって、海賊たちが続々やって来るようになったようだ。今は大物の海賊がいなくなってしまったとキクチ殿は嘆いていたよ。明国の商品が足らなくなったら、倭寇(わこう)たちも来なくなってしまうだろうと言っていた」

「メイユーさんはどうして、ターカウに来なくなってしまったんだろう」

「ここは琉球を小さくしたような所だよ。ここに来れば、日本の商品も明国の商品も南蛮(なんばん)(東南アジア)の商品も手に入る。でも、大きな取り引きをするには琉球に行った方がいいのだろう」

「そうか。ここは琉球と同じ事をしていたのね」

「そうだよ。倭寇たちは明国の商品と南蛮の商品を求めてやって来る。明国の海賊とトンドの人たちは日本の商品を求めてやって来るんだ。明国の商品が減れば、倭寇たちはやって来なくなる。倭寇たちが来ないと日本の商品が減ってしまう。そうなると、日本の商品を求めてやって来る者たちも来なくなってしまうんだよ」

「今のターカウは明国の海賊たちに懸かっているのね」

「そうなんだ。だから、先代の太守の奥さんを殺さなかったらしい」

「えっ、奥さんが生きている事をキクチ殿は知っているの?」

「メイユーさんが松景寺の和尚と一緒にやって来て、先代のキクチ殿と相談したようだ。ヂャンアーマーの娘を殺してしまったら海賊たちが来なくなってしまうだろう。表向きは殺した事にして、息子と一緒に生かせてほしいと頼んだようだ。キクチ殿としても、太守さえいなくなればいいので、手を打ったんだよ。奥さんはトンドで殺された兄貴の配下の者たちを引き継いで海賊になったんだ」

「配下の者たちは皆、殺されたんじゃなかったの?」

「トンドにいた者たちは殺されたけど、明国にも拠点があったようだ」

「という事は、あの遊女屋は海賊になった奥さんの新しい拠点だったのね」

「遊女屋?」

「奥さんは今、遊女屋の女将をやっているのよ」

「へえ、そうだったのか」

「海賊になった奥さんが、ターカウに海賊たちを連れて来ているのね」

「そうなんだよ。何年か前に、リンジェンフォン(林剣峰)という大物の海賊が亡くなったらしい。その配下の者たちを集めたようだ。ヂャンアーマーは海賊たちの間で伝説になっていて、その娘なら従おうという海賊も多いようだ。奥さんの名はヂャンジャラン(張嘉蘭)というんだが、キクチ殿も女海賊ヂャンジャランに感謝しているようだ」

「ヂャンジャラン‥‥‥」

 ササは遊女屋の女将だったヂャンジャランを思い出して、メイユーのような格好を想像してみた。なかなか貫禄のある女海賊だった。

「息子さんも海賊をしているの?」

「メイユーさんのもとで海賊修行をしていて、最近、戻って来たようだってキクチ殿は言っていたよ」

「メイユーさんの所にいたのか。すると、琉球にも来たかもしれないわね」

 ササたちが借りていた家に戻ると、クマラパと慶真和尚も来ていた。

「いい思いをして来たの?」とササがクマラパに聞いたら、

「なに、振られたんじゃよ」と笑った。

「クマラパ殿は女将を口説いておったんじゃ」と慶真和尚が言った。

「えっ、女海賊ヂャンジャランを口説いていたのですか」

「何の事じゃ?」とクマラパはわけがわからないと言った顔でササを見た。

「有名な女海賊ですよ」とササが言うと、

「泣く子も黙る恐ろしい女海賊じゃと評判じゃ」と慶真和尚が言った。





ターカウ(高雄)




目次に戻る      次の章に進む