酔雲庵

草津温泉膝栗毛・冗談しっこなし

井野酔雲

創作ノート



草津温泉の湯畑



草津温泉の年表




天平年間 (724〜748) 《草津》 行基菩薩、草津温泉を発見する。
久寿 2年 (1155) 8月 草津》 木曽義仲、父親を殺され、草津に逃げて来る。
寿永 2年 (1183) 5月 《草津》

木曽義仲、近江の粟津ケ原で戦死し、義仲の子、駒若丸、草津に逃げて来る。

建久 4年 (1193) 8月 《草津》

源頼朝、三原野の狩りに来る。細野御殿助、湯本姓を賜る。

応仁 元年 (1467) 正月 《京都》 応仁の乱が始まる。
文明 4年 (1472) 6月 《草津》

本願寺蓮如、越前吉崎より草津に来る。

18 (1486) 9月 《草津》 京都常光院の歌僧、堯恵、草津に来る。
明応 4年 (1495) 4月 《草津》 太田金山城主、横瀬成繁が三百人の供を連れて湯治に来る。
文亀 2年 (1502) 3月 《草津》 連歌師宗祇宗長、越後より草津に来る。
永正 6年 (1509) 9月 《草津》 連歌師宗長、駿河より草津に来る。
大永 6年 (1526)   《草津》 越後守護代長尾為景(上杉謙信の父)、草津に来る。
永禄 3年 (1560) 5月 《草津》 国峰城主、小幡尾張守信貞、草津湯治中、城を奪われる。
7年 (1564) 正月 《草津》 湯本善太夫、武田信玄に硫黄を献上する。
天正 3年 (1575) 5月 《草津》 長篠の合戦にて湯本善太夫戦死する。湯本三郎右衛門が跡を継ぐ。
10 (1582) 4月 《草津》 織田家の武将丹羽長秀堀秀政多賀常則、武田氏を滅ぼした後、草津に来る。
6月 《京都》 本能寺の変、織田信長死す。
15 (1587) 3月 《草津》 近衛龍山、京都より草津に来る。
4月 《草津》 徳川家康の正室で豊臣秀吉の異父妹朝日姫、駿河より草津に来る。
7月 《草津》 本願寺顕如教如、顕尊、大坂より草津に来る。
16 (1588) 9月 《草津》 豊臣秀吉の養子、秀次、近江より草津に来る。
文禄 3年 (1594) 10月 《草津》 越前福井城主大谷吉継、草津に来る。
この年 《草津》 湯本三郎右衛門、龍沢寺を再興する。
4年 (1595) 3月 《京都》 豊臣秀吉、草津湯治を計画するが中止となる。
慶長 元年 (1596) この頃 《江戸》 徳川家康、草津の湯を江戸城に運ばせる。
3年 (1598) 4月 《草津》 加賀金沢城主前田利家、草津に来る。
20 (1615) 5月 《草津》 湯本源左衛門三左衛門兄弟、大坂の陣に出陣する。
寛永 3年 (1626) 12 《草津》 湯本三郎右衛門(73)没する。
寛文 5年 (1665) 6月 《草津》 湯本図書(48)、没する。
7月 《草津》 湯本家、断絶させられる。
天和 元年 (1681) 11月 《草津》

沼田城主、真田伊賀守改易され、以後、草津は天領となる。

元禄 16 (1703) この年 《草津》

薬師堂内の釈迦堂、建立される。

享保 2年 (1717) この年 《江戸》 将軍徳川吉宗、草津の湯を江戸城に運ばせる。
寛延 元年 (1748) 8月 《大坂》 竹本座で、浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』が初演される。
明和 8年 (1771) この年 《草津》 料理屋、桐屋できる。
この頃 《草津》 薬師堂境内に芭蕉句碑ができる。
明和年間 (1764〜1772) 《江戸》 ◇女義太夫が人気を独占。
◇江戸市中に貸本屋盛んとなる。
◇食物の辻売り、屋台始まる。
◇踊り子を芸者と呼ぶ事始まる。
◇長い羽織が流行。
◇見世物の女相撲大いに人気を博す。
◇侠客、遊女等に刺青が流行。
◇粋な屋根船が全盛。
◇花見に茶番が始まる。
◇深川が遊楽地として賑わう。
安永年間 (1772〜1781) 《江戸》 ◇船宿に粋な女将が座り始める。
◇座頭高利貸の吉原での遊興目立つ。
◇両国広小路が賑わう。
天明 3年 (1783) 7月 《上州》 浅間山、大噴火する。死者三万人に達する。
5年 (1785) 正月 《江戸》 山東京伝、黄表紙『江戸生艶気樺焼』(自画)を刊行。大評判となる。
7年 (1789) 《大坂》 十返舎一九、大坂で浄瑠璃作者になる。
天明年間 (1781〜1789) 《江戸》 ◇見世物の女相撲禁止される。
◇商人の娘が大名屋敷へ女中に行く事が流行。
◇女義太夫盛り返す。
◇看板書きが職業化する。
◇吉原の遊女屋に楼名をつける事始まる。
◇役者を真似て男が眉を剃る事流行。
寛政 3年 (1791) 2月 《江戸》 幕府、江戸市中の銭湯の男女混浴を禁止する。
3月 《江戸》 山東京伝と版元の蔦屋重三郎、幕府の出版取締令に違反し、手鎖五十日の刑に処せられる。
《江戸》 喜多川歌麿、この頃より美人大首絵を売り出す。
5年 (1793) 6月 《上州》 岩鼻に代官所ができる。
6年 (1794) 《江戸》

一九、大坂より江戸に戻り、蔦屋重三郎の食客となる。

5月 《江戸》 蔦屋重三郎写楽の役者絵を売り出す。
7年 (1795) 正月 《江戸》

一九、黄表紙三作を刊行。以後、毎年、作品を売り出す。

《江戸》 都座で『五大力恋緘』が初演される。
8年 (1796) 《江戸》

この頃、勝川春朗、北斎と号す。

9年 (1797) 5月 《江戸》 蔦屋重三郎(48)没する。
《草津》

桐屋の主人、高原長右衛門、金毘羅宮を建立する。

11 (1799) 《草津》

黒岩鷺白、芳草社を改め、雲嶺庵と号し、剃髪する。

5月 《江戸》 六代目市川団十郎(22)、病死する。
11 《江戸》

京伝、江戸の作家による初めての読本『忠臣水滸伝』を売り出す。

寛政年間 (1789〜1801) 《江戸》 ◇幕府、男色を重ねて禁止する。
◇女髪結、町家へ出入りし始める。
◇大福餅売り始まる。
◇女の浴衣姿の艶姿もてはやされる。
◇職業として落語家が出現する。
◇相撲番付が初めてできる。
◇向島の桜、名勝となる。
◇向島に町人の寮が増える。
◇装飾の多いピラピラ簪が流行。
◇民間に陶器の使用盛んになる。
享和 元年 (1801) 《草津》 湯本安兵衛、郡中取締役に就任するが、11月17日に病死する。
2年 (1802) 正月 一九の滑稽本『浮世道中膝栗毛』売り出され、評判となる。
この年 《江戸》 喜多川菊麿、喜久麿と改名する。
3年 (1803) 《全国》

麻疹が流行し、死者が多く出る。

4年 (1804) 5月 《草津》 地蔵堂が再建される。
享和年間 (1801〜1804) 《江戸》 ◇縁日の夜店盛んとなる。
◇婦女も縁日などに初めて夜歩きをなす。
◇隅田川川開きの花火、五月二十八日と定める。
文化 元年 (1804) 3月 《江戸》 喜多川喜久麿、月麿と改名する。
5月 《江戸》 喜多川歌麿同月麿勝川春亭同春英歌川豊国十返舎一九ら、幕府の出版取締令に違反し、手鎖五十日の刑に処せられる。
この年 《江戸》 一九お民を妻に迎える。
2年 (1805) 6月 《関東》

関東取締出役が設置される。

11 《草津》 運動茶屋に新しく常夜燈が建てられる。
3年 (1806) 正月 《江戸》 感和亭鬼武、読本『自来也説話』を刊行、評判となる。
3月 《江戸》

大火。京伝一九月麿ら罹災する。

9月 《江戸》 浮世絵師、喜多川歌麿(54)没する。
10 《江戸》 五代目市川団十郎(66)没する。
11 《江戸》 大火。中村座、市村座焼ける。
4年 (1807) 正月 《江戸》

曲亭馬琴、読本『椿説弓張月』前編(北斎画)を刊行。評判となる。

8月 《江戸》 深川八幡祭の人出で永代橋が落ちる。
《江戸》 一九、亀戸より通油町に戻る。
5年 (1808) 3月 《江戸》 三代目中村歌右衛門、江戸に下り、大評判となる。
6月 《草津》

俳人一茶、草津に来て鷺白と再会する。

6年 (1809) 正月 《江戸》

月麿、三枚続の美人絵『上州草津温泉略図、旅宿躰』を刊行。

《江戸》 一九、滑稽本『東海道中膝栗毛』八編、『江の島土産』を刊行。
《江戸》 京伝、読本『小説浮牡丹全伝』を刊行。
《江戸》 鬼武、滑稽本『旧観帖』三編を刊行。
《江戸》

式亭三馬、滑稽本『浮世風呂』前編を刊行。

《草津》 鷺白、句集『古今綾嚢』を刊行。
11 (1814) 7月 《江戸》

一九、松本の知人を訪問し、善光寺を参詣する。

   《江戸》

馬琴、読本『南総里見八犬伝』を売り出す。

《江戸》 北斎、『北斎漫画』初編を刊行。
13 (1816) 9月 《江戸》 山東京伝(56)没する。
15 (1818) 2月 《江戸》 感和亭鬼武(59)没する。
文化年間 (1804〜1818) 《江戸》 ◇市民が江戸っ子と称する事始まる。
◇桜餅売り始まる。
◇寄席が初めてできる。
◇ギヤマンの器物製し始める。
◇初めて化粧品の専門店が開業。
◇一般の婦人に厚化粧が多くなる。
◇一般の婦人に前掛が普及。
◇初めて釣堀できる。
◇団体の花見客が多くなる。
◇半身足なしの幽霊形式できあがる。
◇街に踊りの師匠が成り立つ。
◇女郎が長襦袢を着始める。
◇狐拳が流行。
◇町娘が踊り、三味線に精を出す。
◇楊弓場出来始める。
◇農村に無頼漢横行する。
◇内藤新宿が大繁盛。
◇向両国繁盛する。
◇女の口紅笹色のつや紅を用いる。
◇虚無僧多く美服となる。
◇江戸が四里四方に拡大する。
文政 2年 (1819) 正月 《江戸》 滝亭鯉丈為永春水、人情本『明烏後正夢』初編を刊行。
3年 (1820) 正月 《江戸》

一九、滑稽本『続膝栗毛十編、上州草津温泉道中膝栗毛』を刊行。

《江戸》 滝亭鯉丈、滑稽本『花暦八笑人』初編を刊行。
4年 (1821) 正月 《江戸》 一九、合巻『善光寺草津道中金草鞋』刊行。
5年 (1822) 正月 《江戸》 一九の『膝栗毛』がようやく完結する。
7年 (1824) 12 《草津》 雲嶺庵鷺白(79)没する。
8年 (1825) 7月 《江戸》

中村座で『東海道四谷怪談』が初演される。

10 (1827) 11月 《信州》

小林一茶65)没する。

13 (1830) 《草津》 伊勢太々講中の人々、湯池の脇にあった不動堂に常夜燈を寄進する。
天保 元年 (1830) 《江戸》 北斎、『富嶽三十六景』を刊行。
2年 (1831) 8月 《江戸》 十返舎一九(67)没する。

時世の歌は『この世をばどりゃお暇に線香の煙と共に灰さようなら』

3年 (1832) 正月 《江戸》 為永春水、人情本『春色梅暦』初編、二編を刊行。
8月 《江戸》 鼠小僧次郎吉が処刑される。
4年 (1833) 《江戸》 歌川広重、『東海道五十三次』を刊行。
7年 (1836) 《全国》 天保の大飢饉。
8年 (1837) 2月 《大坂》

大塩平八郎が乱を起こす。

13 (1842) 10 《草津》

一夏庵竹烟、芭蕉の句碑《夏の夜や谺に明る下駄の音》を建てる。

15 (1844) 10月 《草津》 湯本安兵衛(77)没する。
嘉永 元年 (1848) 6月 《草津》 佐久間象山、信濃松代より草津に来る。
11 《草津》 湯本安兵衛(新三郎)没する。
11 《江戸》 曲亭馬琴(82)没する。
2年 (1849) 4月 《江戸》

葛飾北斎90)没する。

3年 (1850) 10月 《江戸》 高野長英(47)、捕り方に囲まれ自殺する。
12 《上州》 国定忠次(41)、大戸で処刑される。
文久 2年 (1862) 7月 《草津》 一夏庵竹烟(78)没する。
慶応 3年 (1867) 11 《京都》 坂本龍馬(33)、中岡慎太郎(30)、暗殺される。
明治 2年 (1869) 4月 《草津》 大火により全滅する。以後、冬住みの習慣がなくなる。
5年 (1872) 《草津》 運動茶屋にあった白根神社、現在地に移遷する。
11 (1878) 《草津》 エルウィン・フォン・ベルツ博士、草津に来る。
15 1882) 《草津》

白根山大噴火、樹木が立ち枯れとなる。

20 (1887) 《草津》 癩病患者を湯の沢に移動させる。御座の湯も湯の沢に移す。
22 (1889) 《草津》 薬師堂、焼失する。
33 (1900) 7月 《草津》 草津村から草津町となる。
37 (1904) 7月 《草津》 作家志賀直哉、草津に来る。
大正 4年 (1915) 《草津》 画家横山大観、草津に来る。
5年 (1916) 5月 《草津》 コンウォール・リー女史、草津に来て救癩活動を始める。
9年 (1920) 5月 《草津》

歌人若山牧水、草津に来る。

10 (1921) 《草津》

俳人河東碧梧桐、草津に来る。

昭和 3年 (1928) 《草津》 詩人相馬御風、草津に来る。
4年 (1929) 《草津》 画家竹久夢二、草津に来る。
5年 (1930) 《草津》 詩人西条八十、草津に来る。
7年 (1932) 12月 《草津》 国立療養所、栗生楽泉園が設立。
9年 (1934) 《草津》 建築家ブルーノ・タウト、草津に来る。




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