酔雲庵

草津温泉膝栗毛・冗談しっこなし

井野酔雲

創作ノート




文化5年(1808年)の草津温泉の様子





  • 湯治客の延べ人数は12,660人。湯本平兵衛宿は778人。
  • 4月から5月中頃までは湯治客も多くない。草津中で1000人〜1500人位。6月の土用を過ぎると壷も一杯になり、炊事もできなくなる。8月の月見が過ぎると涼しすぎ、客も減る。
  • 入り口にも高札場があり番小屋があった。番小屋は1815年に正式に許可されるが、それ以前からあった。
  • 番小屋には村役人1人と番人2人がいて、湯治人の宿泊先、住所名前を書いた手札を持たせて宿に送った。
  • 新田町には癩病人の宿屋があり、1廻り、最低72文。
  • 『草津千軒江戸構え』と言われる程、繁盛していた。
  • 山の中に二階三階の豪勢な湯治宿が並び、一目を驚かした。屋根は板葺きで小石が乗っている。
  • 湯池からは湯が大川のように流れている。温泉の香りが鼻をつく。
  • 高札場は熱の湯の前、湯池の角にあり、その隣に番屋(仲町の番屋)があった。
  • 刀や懐中の金などは、すべて宿屋の主人に預ける。
  • 鍋、茶釜、米入れ、味噌入れ、膳椀などは宿屋で貸した。
  • 宿の広間では講談、落し話の仮席も開かれた。
  • 湯治が1廻りになると赤飯を壷廻り女に持たせた。
  • 宿屋の廊下や梯子段には、すべて筵が敷いてあり、下駄のまま行き来していた。
  • 1813年、湯治人宿代1廻りに付き、表屋敷銀3匁(銭300文)、裏屋敷銀1匁5分(銭150文)、百姓屋敷、新田屋敷の儀は右に準ずる。
  • 湯治人賄いの儀は1人昼夜銀1匁5分(銭150文)。


  • 1815年、やまとの哥成の『旅のにっき』より
仕出し料‥‥‥52文 米1升‥‥‥90文 みそ‥‥‥100文 醤油‥‥‥32文
薪1束‥‥‥14文 付け木‥‥‥8文 炭‥‥‥50文 茶‥‥‥50文
油‥‥‥46文 柄杓‥‥‥12文 箸1膳‥‥‥3文 布団‥‥‥24文
布団‥‥‥322文 枕‥‥‥55文 中夜着‥‥‥346文 越中‥‥‥112文
下駄‥‥‥64文 宿代(15日)‥‥‥682文 水汲み代‥‥‥30文 茶代‥‥‥300文
内方へ‥‥‥200文 番頭与一へ‥‥‥100文 番頭林蔵へ‥‥‥100文 飯炊きへ‥‥‥200文
坪女おとよ‥‥‥200文 坪女おあき‥‥‥200文 坪女おかよ‥‥‥200文


  • 水汲み女‥‥‥3斗程の桶に水を入れ頭上に戴いて歩行。中年女が多い。
  • 壷廻りの女‥‥‥宿ごとに4、5人づつ抱えて、客の部屋の掃除をする。若い娘が多い。
  • 飯炊き女‥‥‥老女が多い。


  • 出入りの商人

小間物屋‥‥‥中年者が多い。

とうふ、油揚屋‥‥‥老人が多い。

甘酒屋、草餅屋‥‥‥子供が売りに来る。

野菜(大根、うり、山芋)‥‥‥中年女。

漬物屋‥‥‥娘が多い。

貸本屋‥‥‥黄表紙、滑稽本、読本、艶本も扱う。

髪結‥‥‥「みぐしはいかが」と壷を廻る。

  • 立ち振る舞い‥‥‥宿を立つ時、世話になった者たちを呼んで宴会を開く。祝儀をやる。
  • 広小路は夜になると宿屋ごとに家の名をしるした『きりかけ行燈』に火が灯る。二階三階の軒ごとにも多くの提燈を灯し、行き交う人の手にさげた提燈、商人の露店の灯、まことに昼とも思われる明るさ。
  • 甘酒売り、しるこ売り、すし屋、油揚屋、桃売り、梨売り、とうきび売り、すいか売り、白玉売り(男の子)、枝豆売り(娘)、草津の絵図売り、白木の箸売り、凍り餅、凍り蕎麦売り、読み売り、易者、大道芸人、新内流し、軍書読みなど。
  • 1826年、桐屋に上がり4人で飲み、2人は泊まり、1貫400文の払い。
  • 壷廻り男‥‥‥茶屋ごとに3、4人づつ抱えておく男。「お肴の御用はいかが、お酒でもお持ちしましょうか」
  • 薬師堂の右の方の山に芭蕉の碑がある。山なかや菊は手折らぬ湯の匂い。
  • 1800年、草津の繁盛を見込んで、盗賊、博奕打ちの類が入り込んで、近来は別して甚だしい。旅人や村の若者まで人家を離れた山中で博奕をやっている。湯宿の盗難事件も盛んだった。

  • 御座の湯‥‥‥頼朝が入った湯。頼朝の石宮あり。癩病に効く。
  • 滝の湯‥‥‥天狗滝2本、薬師滝12本、不動滝3本。万病に効く。
  • 熱の湯‥‥‥万病に効くが癩病は駄目。湯船は深い。1日に3回、温度が変わる。
  • 鷲の湯‥‥‥万病に効くが癩病は駄目。湯船は深い。茶屋あり。近くに貸本屋あり。
  • 綿の湯‥‥‥湯が柔らかいので初めての人にはいい。また、熱の湯に入った後、ゆっくり入る。
  • 地蔵の湯‥‥‥修験常楽院の門前、地蔵堂、大日堂、不動堂、月洲寺あり。揚弓場、寄席、茶屋あり。
  • かっけの湯、馬の湯‥‥‥露天。
  • 金毘羅、滝の湯‥‥‥桐屋持ち。茶屋、揚弓場あり。
  • 泉水の道のほとりの溝川は温泉の流れ、水車もかかる。
  • 名主は湯本平兵衛(−1816)。
  • 年寄は湯本安兵衛、湯本角右衛門。
  • 与頭は山本十右衛門、山口幸右衛門、坂上治右衛門、宮崎文右衛門、中沢杢右衛門、市川権兵衛(−1834)、中沢善兵衛、小林所左衛門、百姓代は黒岩忠右衛門。



  • 1788年(20年前)の草津
  •    草津村‥‥‥家数182軒、人数717人(男402人、女315人)、女馬75疋。
  •    小雨村‥‥‥家数 22軒、人数103人(男 52人、女 51人)、女馬22疋。
  •    前口村‥‥‥家数 27軒、人数 94人(男 54人、女 44人)、女馬 6疋。

  • 1818年(10年後)の草津
  •    草津村‥‥‥家数181軒、人数738人(男363人、女375人)、馬32疋。
  •                  医師2人、僧6人、山伏1人。
  • 1824年(16年後)の草津
  •     表屋敷39軒、裏屋敷25軒、百姓屋敷22軒、代官屋敷、穢多屋敷
  • 1825年(17年後)の草津
  •      草津村‥‥‥家数181軒。大工9人、桶屋2人、畳屋2人、石切2人、左官2人。
  •      小雨村‥‥‥家数 26軒。職人なし。前口村‥‥‥家数 23軒。職人なし。





創作ページの目次に戻る