酔雲庵

草津温泉膝栗毛・冗談しっこなし

井野酔雲

創作ノート


歌麿筆 鮑取り



喜多川歌麿の略歴




宝暦 3年(1753) 生まれる。姓は北川、幼名は市太郎、後、勇助と改め、名は信美。 1歳
鳥山石燕の弟子になる。
明和 7年(1770) 日照り続きで、水不足の異常気象。 18歳
6月15日 鈴木春信、死す。
8年(1771) 3月 伊勢へのお蔭参りが盛んとなる。 19歳
4月23日 吉原揚屋町から出火、吉原全焼。
9年(1772) 1月 田沼意次、老中となる。 20歳
1月29日 江戸大火。江戸の三分の一が罹災し死傷者は数千人。
8月 暴風雨で家屋が倒壊。深川は床上浸水。
安永 2年(1773) 3月 疫病が流行、5月までに十九万人が死ぬ。 21歳
4年(1775) 1月 黄表紙『金々先生栄花夢』(春町作画)刊行。 23歳
5年(1776) 1月 細判役者絵を発表。 24歳
2月 風邪が流行り『お駒風』と名付けられる。
6年(1777) 黄表紙の挿絵を描き始める。妹をモデルに春画の稽古。 25歳
9年(1780) 1月 艶本『花合瀬恋皆香美』墨摺中本2冊。 28歳
天明 元年(1781) この頃、上野忍岡に住む。後、忍岡哥麿と号し、志水燕十作の黄表紙の挿絵を描く。 29歳
2年(1782) 1月 艶本『可男女怡思』墨摺半紙本2冊、春章の代筆をする。 30歳
狂歌師と付き合い、筆の綾丸と号す。蔦屋重三郎との親交始まる。
3年(1783) 1月 艶本『仇心香の浮粹』墨摺中本2冊。
31歳
艶本『何賦枕』墨摺半紙本3冊、春章の代筆。
大判錦絵『青楼仁和嘉女芸者部』
7月 浅間山噴火。
9月 蔦屋重三郎、通油町南側に進出。歌麿、蔦屋に居候する。
1028 江戸大火。
4年(1784) 1月 艶本『仕男沙汰女』墨摺半紙本3冊。 32歳
4月16日 吉原全焼。
6年(1786) 1月 狂歌絵本(蔦重板)の挿絵を描く。 34歳
艶本『幾久の露』墨摺半紙本3冊、後に色摺で再版。
7年(1787) 1月 洒落本『総籬』(山東京伝作画) 35歳
8年(1788 1月 狂歌絵本『虫ゑらみ』、艶本『歌まくら』大判折帖1冊(共に蔦重板) 36歳
黄表紙『文武二道万石通』(朋誠堂喜三二作、行麿画)
8月3日 師の鳥山石燕(1711−.74)死す。
この年、蔦屋を出て、深川久右衛門町2丁目に住む。
寛政 元年(1789) 1月 艶本『雙翼蝶』墨摺半紙本3冊 37歳
狂歌絵本『潮干のつと』
大判3枚続『物干』『江の島』『鮑取り』
黄表紙『鸚鵡返文武二道』(恋川春町作画)
7月7日 兄弟子、恋川春町(1744−.46)死す。行麿(勘助)も筆を断つ。
2年(1790) 1月 艶本『会本妃女始』墨摺半紙本3冊(歌麿、春湖合画、参和作)京伝、参和が登場する。 38歳
洒落本『傾城買四十八手』(山東京伝作画)
8月26日 妻、りよ死す。神田弁慶橋久右衛門町に移る。
栃木の善野喜兵衛(狂歌名は通用亭徳成)を訪ねる。肉筆『月の図』を描く。
3年(1791) 1月 洒落本『仕懸文庫』『錦之裏』『娼妓絹ぶるい』(山東京伝作画) 39歳
この頃から美人大首絵を発表。
3月 ◆蔦屋重三郎、山東京伝、手鎖50日に処せられる。
宿屋飯盛、馬喰町で糠屋という公事宿を営んでいたが暴利を貪ったかどで家名断絶、江戸払いとなり、新宿の向こうの鳴子辺りに追放される。
神田弁慶橋久右衛門町に住む。
4年(1792) 『婦女人相十品』(蔦重板、後、婦人相学十躰と改題) 40歳
『青楼十二時』(蔦重板)
・馬琴(26)、蔦重の番頭になる。
◇この頃、月麿(18)、弟子入りする。
5年(1793) 『高島屋おひさ』『六玉川』(蔦重板)、『難波屋おきた』(丸屋板) 41歳
『娘日時計』(村田屋板)
7月 ・馬琴、蔦重の家を出る。
7月23日 松平定信、老中を罷免される。
6年(1794) 1月 『当時全盛似顔揃』(若狭屋板、後、当時全盛美人揃と改題) 42歳
1月10日 江戸大火。麹町5丁目の酒屋から出火し、山王社を初め、霞ヶ関、虎の門外、桜田辺の諸藩邸を焼き、愛宕下日蔭町、新橋辺りまで焼いた。
4月2日 吉原全焼。

・東洲斎写楽、翌年にかけて役者絵を発表。

・十返舎一九(30)、蔦重の居候になる。
7年(1795) 『北國五色墨』(伊勢屋板)、『針仕事』(上村屋板) 43歳
『高名美人六家撰』(近江屋板)、『青楼七小町』(泉佐板)
艶本『会本妃多智男比』墨摺半紙本3冊
蔦屋、京伝らと草津に行く。その後、栃木の善野喜兵衛を訪ねる。肉筆『花の図』を描く。
8年(1796) 『青楼七小町』(蔦重板)、『五人美人愛嬌競』(近江屋板) 44歳
『六玉川』『恋歌集』『高名美人判じ絵集』(松村屋板)
・十返舎一九(32)、蔦重の家を出る。
9年(1797) 『錦織歌麿形新模様』(鶴屋板)、『青楼遊君合鏡』(山田屋板) 45歳
艶本『会本三女歌多智』墨摺小本3冊。
5月6日 ◆蔦屋重三郎(48)死す。
10年(1798 『忠臣蔵』(西村屋板)、『相合傘』(鶴屋金助板) 46歳
『風俗浮世八景』(伊勢与板)、『流行模様哥麿形』(泉佐板)

艶本『会本色能知功佐』墨摺半紙本3冊

艶本『会本都功密那倍』墨摺半紙本3冊
艶本『艶女徒草紙』墨摺半紙本3冊
洒落本『辰巳婦言』(三馬作、歌麿画)絶版となる。
11年(1799 艶本『会本恋濃男娜巻』色摺半紙本3冊 47歳
艶本『ねがひの糸ぐち』大判折帖
幕府、女の大首絵を禁止する。
12年(1800 『風流美人時計』(和泉屋板)、『仮宅の後朝』(森屋板) 48歳
艶本『多歌羅久良』(馬琴作)色摺半紙本3冊
艶本『夜密圖婦美』墨摺半紙本3冊
艶本『床の梅』中判折帖
艶本『常陸帯』墨摺半紙本3冊
艶本『会本色形容』色摺小枕本1冊
12 吉原大火。深川に仮宅。
享和 元年(1801 『教訓親の目鑑』(鶴屋金助板) 49歳
艶本『多満久志戯』色摺半紙本3冊
艶本『江戸紫』中判折帖1冊
栃木の善野喜兵衛(狂歌名は通用亭徳成)を訪ねる。肉筆『雪の図』を描く。
2年(1802) 『ゑひや内松山、立花』(蔦重板)、『音曲恋の操』(森屋板) 50歳
艶本『道行恋濃婦登佐男』墨摺半紙本3冊
艶本『葉男婦舞喜』(一九作)色摺半紙本3冊
艶本『会本美津埜葉那』墨摺半紙本3冊
艶本『絵本小町引』大判折帖1冊
艶本『婦多柱』墨摺半紙本3冊
再婚し、馬喰町3丁目に移る。
3年(1803) 『婦人相学十体』(山城屋、鶴屋板) 51歳
艶本『絵本笑上戸』色摺半紙本3冊
艶本『会本執心久楽』半紙本3冊(月麿画か?)
文化 元年(1804) 絵本『吉原青楼年中行事』半紙本2冊(一九作) 52歳
艶本『絵本恋之奥儀』墨摺半紙本3冊
5月 『太閤五妻洛東遊観図』が幕府の忌諱にふれ、入牢3日、手鎖50日に処せられる。
2年(1805) 『当世美人六歌仙』(河内屋板)、『遊君五節句生花絵会』(泉佐板) 53歳
『五節句』(和泉屋板)
3年(1806) 3月4日 江戸大火。京伝、一九、罹災する。 54歳
9月20日 死す。







関係人物


鳥山石燕 (1712−1788) ‥‥‥ 本姓は佐野、豊房を名乗る。別号を零陵洞、船月堂、玉樹軒、月窓。歌麿の師匠。上野の寛永寺の裏に住む。狩野玉燕に学ぶ狩野派の絵師。弟子に恋川春町、子興、志水燕十。
恋川春町 (1744−1789) ‥‥‥ 倉橋寿平。小石川春日町に住む。
窪俊満 (1757−1820) ‥‥‥ 安兵衛、尚左堂と号し、狂歌名は一筋千杖、南陀伽紫蘭。北尾重政の弟子。
西村屋与八 (  −  ) ‥‥‥ 書肆栄寿堂。松壷舎と号して黄表紙を書く。馬喰町2丁目角。
志水燕十 (  −  ) ‥‥‥ 鈴木庄之助、根津清水町に住む幕府の小吏。
唐来参和 (1749−1815) ‥‥‥ 加藤源蔵、吉良家の用人だったが、本所松井町の娼家の主人となる。通称和泉屋源蔵。
朝倉源之介 (  −  ) ‥‥‥ 雲楽斎と号す。市ケ谷に住む武士。洒落本も書くが狂歌が巧み。
蔦屋重三郎 (1750−1797) ‥‥‥ 吉原の丸山重助の子に生まれ、七歳の時、父母が別れたので、蔦屋(姓は喜多川)の養子となる。耕書堂、狂歌名は蔦の唐丸。
善野喜兵衛 (1768−  ) ‥‥‥ 栃木の醤油屋『釜喜』。狂歌名は通用亭徳成。
善野伊兵衛 (1757−  ) ‥‥‥ 栃木の古着屋『釜伊』






・狂歌 ‥‥‥ 四方赤良(大田南畝)の山手連、朱楽菅江の朱楽連、唐衣橘洲の四谷連、元の木網の落栗連、浜辺黒人(書肆三河屋半兵衛)の芝連、大屋裏住(日本橋金吹町の大屋、白子屋孫左衛門)や腹唐秋人(商家の番頭)の本町連、宿屋飯盛(石川雅望)の伯楽連、鹿津部真顔(汁粉屋の亭主、北川嘉兵衛)の数寄屋連、加保茶元成(吉原大文字屋市兵衛)や棟上高見(吉原扇屋)の吉原連など。
・芸者 ‥‥‥ 季節ごとの着替えは新調する。正月、三月の節句、七月の七夕、恵比須講にも新衣を着る。茶屋、船宿などへり贈り物にも出費がかさむ。






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