酔雲庵

草津温泉膝栗毛・冗談しっこなし

井野酔雲

創作ノート



山東京伝像



山東京伝の略歴





宝暦 11年(1761) 8月15日 生まれる。本姓は岩瀬氏、通称は京蔵。 1歳
安永 4年(1775) 北尾重政に入門し浮世絵を学ぶ。画名は北尾政演 15歳
7年(1778) 正月 画工として黄表紙初作『開帳利益礼遊合』刊行。 18歳
9年(1780) 正月 黄表紙で初めて京伝の名を署名する。 20歳
天明 2年(1782) 正月 黄表紙『御存商売物』(自画)刊行。 22歳
3年(1783) 身軽折助で狂歌壇でも活躍する。 23歳
9月 蔦屋重三郎、通油町南側に進出。歌麿、蔦屋に居候する。
5年(1785) 正月 洒落本初作『息子部屋』(自画)、黄表紙『江戸生艶気樺焼』(自画)刊行。 25歳
6年(1786) 正月 洒落本『客衆肝照子』(自画)、黄表紙『江戸春一夜千両』(自画)刊行。 26歳
7年(1787) 正月 洒落本『総籬』(鶏告画)刊行。 27歳
8年(1788) 正月 洒落本『吉原ようじ』(自画)刊行。 28歳
歌麿、この年、蔦屋を出て、深川久右衛門町2丁目に住む。
寛政 元年(1789) 正月 洒落本『通気粋語伝』刊行。 29歳
石部琴好の黄表紙がお上の忌諱に触れ、画工京伝は過料に処せられる。
7月7日 ◆恋川春町(1744−.46)死す。
2年(1790 正月 黄表紙『心学早染草』(政美画)、洒落本『傾城買四十八手』(自画) 30歳
2月 吉原扇屋花扇の番頭新造菊園(お菊)を娶る。
歌麿、艶本『会本妃女始』(歌麿、春湖合画)‥‥‥京伝、参和を描く。
6月 蔦重(41)、歌麿(38)らと草津の湯へ行く。
8月26日 ◆歌麿の妻、りよ死す。歌麿、神田弁慶橋久右衛門町に移る。
馬琴(24)が入門を乞う。
3年(1791) 正月 洒落本『錦之裏』『娼妓絹麓』『仕懸文庫』刊行。 31歳
歌麿、この頃から美人大首絵を発表。
3月 蔦屋重三郎、山東京伝、手鎖50日に処せられる。
馬琴、大栄山人の名で黄表紙を発表、京伝の代作もする。
4年(1792) 正月 歌麿、『婦女人相十品』(蔦重板、後、婦人相学十躰と改題) 32歳
・馬琴(26)、蔦重の番頭になる。
5月 両国柳橋、万八楼で書画会を開く。
5年(1793) 正月 歌麿、『高島屋おひさ』『六玉川』(蔦重板)、『娘日時計』(村田屋板) 33歳
煙草入れを売る京屋伝蔵店を開く。
7月 ・馬琴、蔦重の家を出る。
お菊、死す。
6年(1794 正月 滑稽本『初役金烏帽子魚』(一九画)、黄表紙『金々先生造化夢』(重政画) 34歳
・十返舎一九(30)、蔦重の居候になる。
・東洲斎写楽、翌年にかけて役者絵を発表。
7年(1795) この年、著作なし。 35歳
8年(1796) 正月 黄表紙『人心鏡写絵』『鬼殺心角樽』刊行 36歳
・十返舎一九(32)、蔦重の家を出る。
9年(1797) 正月 黄表紙『正月故事談』『和荘兵衛後日話』刊行。 37歳
5月6日 蔦屋重三郎(48)死す。
鶴屋主人と江の島参詣
10年(1798 正月 黄表紙『児訓影絵喩』(清長画)刊行。 38歳
11年(1799 正月 黄表紙『仮名手本胸之内』(豊国画)刊行。 39歳
歌麿、艶本『会本恋濃男娜巻』『ねがいの糸ぐち』
父、伝左衛門(78)死す。
11 読本初作『忠臣水滸伝』前編(重政画)刊行。
12年(1800 正月 黄表紙『甘哉名利研』(重政画)『平仮名銭神問答』(豊国画)刊行。 40歳
伊豆旅行に出て三島宿で病むが暫く逗留して平癒する。
吉原玉屋の玉の井(百合)を身請けし妻に迎える。
12 吉原大火。深川に仮宅。
享和 元年(1801 正月 黄表紙『仮多手綱忠臣蔵』(重政画) 41歳
歌麿、『教訓親の目鑑』(鶴屋金助板)
11 読本『忠臣水滸伝』後編(重政画)刊行。
2年(1802) 正月 黄表紙『御誂染長寿小紋』(歌麿画)刊行。 42歳
一九、滑稽本『膝栗毛』刊行。
歌麿、艶本『道行恋濃婦登佐男』『葉男婦舞喜』『絵本小町引』
歌麿、再婚し、馬喰町3丁目に移る。
3年(1803) 正月 黄表紙『人間万事吹矢的』(重政画)刊行。 43歳
歌麿、艶本『会本執心久楽』『絵本笑上戸』
11 読本『復讐奇談、安積沼』(重政画)刊行。
文化 元年(1804 正月 読本『優曇華物語』(武清画)、随筆『近世奇跡考』(武清画)刊行。 44歳
絵本『吉原青楼年中行事』(一九作、歌麿画)
5月 歌麿、『太閤五妻洛東遊観図』が幕府の忌諱にふれ、入牢3日、手鎖50日。
2年(1805) 12月 読本『桜姫全伝、曙草紙』(豊国画)刊行。 45歳
3年(1806) 3月4日 江戸大火。京伝、一九、罹災する。 46歳
9月20日 歌麿、死す。
12 読本『昔語稲妻草紙』(豊国画)刊行。
読本『善知安方忠義伝』(豊国画、鶴屋板)
4年(1807) 正月 合巻『於六櫛木曽仇討』(豊国画)刊行。 47歳
2月 読本『梅之与四兵衛物語、梅花氷裂』(豊国画、鶴屋板)刊行。
5年(1808) 正月 合巻『岩井櫛粂野仇討』(豊国画) 48歳
6年(1809) 正月 読本『小説浮牡丹全伝』(豊広画)刊行。 49歳
9月 読本『本朝酔菩提全伝』(稲妻表紙の続編、豊国画)
13年(1816) 9月7日 死す。 56歳




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