酔雲庵

時は今‥‥石川五右衛門伝

井野酔雲





チャランポラン




 マリアが京都の我落多屋で夢遊を待っていた頃、夢遊は安土に帰っていた。

 フラフラした足取りで、船から下りると、「セニョリータ(お嬢さん)、元気だったかい? 一緒にお茶でも飲まない?」と道行く娘に声を掛けながら、のんびりと歩いていた。

 アワビと松タケが大きく描かれた派手な単衣(ひとえ)白鞘(しろさや)の長い刀を差し、茶筅髷(ちゃせんまげ)を高く結っていた。背が六尺近くもあるのに、さらに高く見えた。

 声を掛けられた娘はニコッと笑い、「また、今度ネ」と手を振った。

「セニョーラ(奥さん)、遊ばない?」と今度は人妻に声を掛けた。

 人妻は顔を赤らめ、「やあネ、昼間っから」と笑って、夢遊の背中をポンとたたいた。

 夢遊はすれ違う者たちに陽気に声を掛けながら、我落多屋の暖簾をくぐった。

「アラ、大旦那様、お帰りなさい」とおさやが笑顔で迎えた。

「ほう。おめえ、色っぽくなったじゃねえか」

 おさやはマリアのように流行りの丈の短い単衣を着ていた。マリアのようにスラッとした足ではなかったが、なかなか色っぽい足だった。

「ほんと?」とおさやは嬉しそうに一回りして見せた。

「いい女子(おなご)じゃ。今度、わしと遊ぼう」

 夢遊はおさやの尻を撫でると店を抜けて、屋敷の二階へ向かった。

 藤兵衛よりマリアの事を聞き、南蛮大工の善次郎が殺された事を知ると驚き、「なぜじゃ?」と藤兵衛を問い詰めた。

「物取りの仕業かと娘は言ってましたが‥‥‥なんでも、殿様から頂戴した金の小判を盗まれたとか」

「物取りか‥‥‥確かに、善次郎は城内の仕事をしておったがのう‥‥‥どうも臭えな」

「娘は石川五右衛門に(かたき)を討ってもらうと言っています」

「ほう、五右衛門は盗賊をやめて、仇討ちを請け負ってるのか?」

「知りませんよ、そんな事。仇を討って、奪われた金貨を取り戻してほしいと娘は言ってました」

「いくら盗まれたんじゃ?」

「金貨五枚」

「五十両か、大金じゃな。それだけの報酬を貰ったとなると、かなり、重要な仕事をしたという事になるのう」

 夢遊は派手な単衣の胸をはだけ、扇子で風を入れた。

「もしや、口封じでは?」と藤兵衛が声をひそめて言った。

「うむ、その可能性はある」と夢遊はうなづいた。「最近の信長は気分次第で何をしでかすか分からねえからの。しかし、勿体ねえ事じゃな。あれだけの腕を持った大工はざらにはいねえ」

「善次郎が何をしてたのか調べてみますか?」

「そうじゃな。それで、娘は今、京都にいるのか?」

「はい。勘八の奴がついてます」

 よしと言うように夢遊はうなづいた。「安土に来たのは知ってたが、まだ、会ってはおらん。いい年頃になったじゃろうの?」

「はい、十七になったとか。ちょっと変わってますが、綺麗なお嬢様でした」

「十七か‥‥‥綺麗になったか‥‥‥」

 夢遊はニヤニヤしながら、何度もうなづいていた。

「何を考えてるんです?」と藤兵衛が横目で睨んだ。

「ナニ、善次郎の死んだかみさんを思い出したんじゃ。ベルダーデ(美人)じゃった」

「みっともないから、娘には手を出さないで下さいよ」

「何を言う。わしにはお(みお)殿がおる。十七の小娘なんかに手を出すか」

「どうだか」と言って、藤兵衛は首を振った。

「わしが若い娘が苦手なのは知っておろう」

「大旦那様が苦手なのは、おかみさんと二人の娘さんだけでしょ。後は女子(おなご)とみれば、まったく、見境なんかありゃしない」

「人聞きの悪い事を言うな。ところで、話は変わるがの」と夢遊は顔を和らげ、「お澪殿は今、おられるか?」と照れ臭そうに聞いた。

「はい、おられます。ただ、明日、伊勢の方に行くとか聞いておりますが」

 藤兵衛は急に不機嫌そうな顔をした。

「ナニ、明日、出掛けるのか? そいつは大変じゃ。わしはちょっと、行って来るわ」

 藤兵衛の顔色など、まったく気にもせず、夢遊はニヤけた顔をして、かたわらの風呂敷包みをぶら下げると部屋から出て行った。

「まったく、困ったもんじゃ」と藤兵衛はつぶやいた。

 夢遊はすぐに戻って来て、藤兵衛を見ると、「何か言ったか?」と聞いた。

「いえ、何も。お澪様によろしくお伝え下さい」

「おう、分かっておる。善次郎の事じゃがな、奴には娘が二人いたはずじゃ、双子の娘がのう。もう一人はどこ行ったんじゃ?」

「さあ、ここに来たのはマリアという娘だけでしたが」

「その事も調べてくれ」

「分かりました」

「アデウス(それじゃあ)、アミーゴ(友よ)」と手を振ると、いそいそしながら出掛けて行った。

 お茶を持って来たおさやは、「アレ、大旦那様はもう、お出掛けですか?」と不思議そうに藤兵衛に聞いた。

「小野屋さんに飛んで行ったわ」

 藤兵衛はチラッとおさやの足を見た。

「アレまあ、さっそくですか?」

 おさやは座るとお盆を藤兵衛の前に置いた。

「困ったもんじゃ」

「お澪様は別嬪(べっぴん)ですもの、大旦那様が熱を上げるのも仕方ありませんわ」

「いい年してみっともないわ。お澪様は娘と言ってもいい年頃じゃ」

「それだけ、大旦那様はお若いんですよ。町の娘たちにも人気あるんですよ。みんな、大旦那様を見るとキャーキャー騒いでます」

「『セニョリータ、アマベル(可愛い)ね。お茶、飲まない?』いい年して、よくそんな事が言えるわ」

「フフフ、その言葉、今、流行ってるみたいですよ。あたしも、さっき、そう声掛けられました。大旦那様かと思ったら、若い男の子が三人だった。大旦那様みたいに派手な格好をしてネ。サマになってなかったけど、あれで、カッコいいと思ってるんですよ。うちの大旦那様は流行の最先端を行ってるのよ」

「確かにな。若い娘と遊ぶのは構わんがの、あれはどうも本気じゃ。しかも、相手が悪い」

「お澪様って、小野屋さんの跡取り娘なんでしょ。大旦那様と一緒になれば、お店が大きくなっていいんじゃないですか」

「馬鹿言うな。大旦那には、ちゃんと、おかみさんがいるわ。それに、小野屋というのは我落多屋なんか比べものにならん程、大きいんじゃ」

「小野屋さんって京都にも堺にもお店があるんでしょ?」

「ある。しかし、それだけじゃない。本拠地は小田原にあって、北条氏の御用商人じゃ。出店は各地にあって、その数は三十は下らないという」

「出店が三十もあるんですか?」

「らしいな。小野屋の主人は代々、女子でな、尼僧になって生涯、所帯を持たないという。お澪様は五代目を継ぐ事になってるそうじゃ」

「お澪様が尼さんに‥‥‥勿体ないわ」

「勿体ないが仕方ない。うちの大旦那様が惚れてもどうにもならんわ」

「大旦那様もお可哀想に‥‥‥」

「まあ、明日、お澪様は伊勢の方に出掛けるらしいから、しばらくは安心じゃな」

 藤兵衛はおさやの持って来たお茶を飲み、「おや、こいつは上物じゃな」と唸った。

「大旦那様のお土産です。お澪様に差し上げるとか言ってました。味見をするから、()ててくれって言ったのに、味見もなさらずに行ってしまったわ」

「お澪様へのお土産か‥‥‥結構な事じゃな」

「あたしも味見していいですか?」

「どうぞ」

 おさやはうまそうにお茶を飲んだ。

「ところで、なんじゃな、その着物、短かすぎなくはないか?」

 藤兵衛は丸出しのおさやの膝を見ながら言った。

「アラ、そうかしら? みんな、こんなモンですよ」

「立ってる時はいいがの、座ると膝が丸出しじゃ。覗かれるぞ」

「いやネエ。そんなの一々、覗く人なんていませんよ」

「いないかもしれんが、刺激が強すぎる。そんな格好で店に出てはいかん」藤兵衛は真面目くさった顔して言った。

「藤兵衛様は遅れてますよ。大旦那様は似合うって褒めてくれましたわ」

「大旦那様はスケベじゃ。ケツを丸出しにしても褒めるじゃろう」

「いやだわ。藤兵衛様の方がスケベですよ、ケツだなんて。そういうの、むっつりスケベって言うんです。たまには若い娘でも口説いた方がいいですよ」

「何を言う。わしには家庭というものがある」

「家庭は家庭、恋は恋ですよ。あたし、藤兵衛様なら口説かれてもいいと思ってるのに」

 おさやはそう言うとお盆を持って、わざと片膝を立てて立ち上がった。藤兵衛の目に、着物の奥の茂みがハッキリと見えた。ポカンとしている藤兵衛を見ながら、おさやはケツを振り振り去って行った。

 その頃、夢遊は小野屋の離れに上がり込んで、憧れのお澪と二人きりで会っていた。

 小野屋は我落多屋の向かい側の店だった。店を建てる時、夢遊はお澪の事を知らなかったが、小野屋が小田原北条氏とつながりがあるという事は知っていた。向かいに小野屋があれば、関東の情報も得られるだろうと喜んで店を建てた。

 安土の小野屋は相模(神奈川県)の漆器(しっき)を中心に関東の様々な品を扱っている店だった。店の規模もそれ程大きくなく、主人の与兵衛もあまり目立つ男ではなかった。夢遊としても近所付き合いをする程度で、特に付き合いがあるわけでもなかった。

 ところが、今年の三月、お澪がやって来ると夢遊はお澪に一目惚れしてしまった。毎日のように小野屋に出掛けて行き、お澪と会い、口説いていたが、そう簡単に落ちる娘ではなかった。小野屋の跡を継ぐだけあって、若いわりにはしっかりしていて、頭もよく、一筋縄では行かなかった。相手が手ごわいとなると夢遊はますます燃え、お澪に夢中になって行った。

「いつも、ありがとうございます」とお澪は丁寧に頭を下げた。

 その流れるような黒髪から覗く、白いうなじが色っぽかった。

「いやいや、お澪殿に喜んでいただければ、わしはもう嬉しくてしょうがないんじゃ。それにしても、会いたかったわ」

 夢遊はデレッとしながら、お澪に見とれていた。

「まあまあ、夢遊様、今度はどちらの方へ行かれたんですか?」

 お澪は観音様のような笑みをたたえ、首をかしげて夢遊を見ていた。涼し気な千鳥模様の単衣がよく似合っていた。

「ナニ、ちょっと、播磨の方にな。この前、姫路に新しい店を出したんで、様子を見に行って来たんじゃ」

「姫路ですか。姫路というと羽柴(はしば)様(秀吉)のお城下ですよネ。夢遊様は羽柴様と仲がおよろしいようですわネ」

「まあな。何となく、奴とは気が合うんじゃ」

「もう長いんですか、お付き合いは?」

「いやいや、お付き合いという程じゃない。奴とはたまたま、京都の遊女屋で会って気が合ってのう‥‥‥ずっと、昔の事じゃ」

「まあ。今度、紹介して下さいな」

「おう、そんな事ならお易い御用じゃ」と夢遊は笑いながら言ったが、急に真顔になると、慌てて手を振り、「いや、ダメじゃ。絶対、ダメじゃ」と強い口調で言った。

「エッ、どうしてですの?」お澪は驚いて、身を引いた。

女子(おなご)好きなんじゃ、奴は。そなたのようなベルダーデ(美人)を紹介するわけにはいかんわ」

「アラまあ、夢遊様だってお好きでしょうに」

「いやいや、そんな事はないぞ。わしは堅い事で通っておる」

「アラ、そうかしら? 池田町の祇園(ぎおん)(遊女屋)を買い切って大騒ぎしたっていう噂、ちゃんと聞いてますわよ」

「こいつはまいった。しかし、そんな馬鹿騒ぎをしたのは、とうの昔の事じゃ」

「いいえ、今年のお正月でしょ?」とお澪は睨んだ。

「あっ、そうだったか? とにかく、お澪殿が安土に来る前の事じゃ。お澪殿に会ってから、わしは心をすっかり入れ替えたんじゃ」

「そうなの? あたしのために無理なさらなくてもいいのに」

「無理などしてはおらん。わしはいつも自然体じゃ」

「そうネ、飄々(ひょうひょう)としてるものネ」

「ところで、明日、出掛けるとか?」

「はい。ちょっと、伊勢のお店の方で問題が起きまして」

「そうか‥‥‥それで、いつ頃、お帰りに?」

「分かりません。なるべく早く、帰って来ようとは思ってますけど」

「ぜひ、早く帰って来て下され。お澪殿のいない安土なんて、天主のなくなった安土のようなもんじゃ。寂しすぎる」

「夢遊様、大袈裟すぎますわよ」

「いや、ほんとの事じゃ。ようやく、わしが帰って来たのに、今度は、お澪殿が出掛けてしまうとはの、運命のいたずらじゃな。デウス(神)様もけしからん事をするのう。そうじゃ、お澪殿、今晩、うちにお越し下され。精一杯、御馳走しますぞ」

 お澪は笑いながら、首を振った。「いいえ。今晩はこちらで御用意いたしております」

「は?」

「夢遊様が今日、お帰りになる事は分かっておりましたので、お帰りをお待ちしていたのですよ」

「わしを待っていたと申すのか?」

「はい。しばらく、お会いできなくなりますものネ。今晩は、夢遊様の面白いお話をお聞きしたいと思いまして」

「おう、そうか、そいつはありがたい事じゃ」

 夢遊はお澪の側まで近づいた。

「羽柴様の事などお聞かせ下さいませ」とお澪は夢遊の膝に手を置いた。

「奴の話などつまらん。もっと、面白い話をしよう」

「アラ、どんな?」

「そうじゃな。旅で聞いた面白い話が色々とあるんじゃ。色っぽいのがな」と夢遊は膝の上のお澪の手を取って握った。

「まあ、楽しみですわ。お膳の用意をさせますわネ」

「オブリガード(ありがとう)」

「デ・ナーダ(どういたしまして)」

「おや、お澪殿も南蛮の言葉を御存じか?」

「堺のお店にいた時、少し、覚えました。お客様に南蛮人がおりましたので」

「そうか。そいつは頼もしい」

「ほんのちょっとですよ」

「わしだって、ほんのちょっとじゃ。一度、南蛮人の女子を口説いてやろうと思って覚えたんじゃがの、南蛮人の女子はやって来んのじゃよ。でもな、南蛮の言葉をしゃべると若い女子にもてるんじゃ。ナニ、今はそんな事は全然しとらん。お澪殿一筋じゃ」

「まあまあ、夢遊様ったら、女子を口説くために覚えたんですか。あたしはまた、商売のためかと思ってましたわ」

「そいつは建前というものじゃ」

「面白い人ですネ、ほんとに。ところで、夢遊様、お食事の前に、お湯に入って汗を流した方がいいですわよ」

「おう、そうじゃった。お澪殿の顔を見たくて、旅支度のままじゃったわ。失礼いたした」

「旅支度も普段も、あまり、変わらないみたいですけど」

「まあ、そうじゃな。あまり、変わらんのう。変わった所と言えば、ひげが伸びたくらいかの」と夢遊は無精ひげを撫でた。

 お澪は急に笑い出した。

「おかしいか?」

「おかしいわよ。すぐにお風呂の用意をさせますわ」

「いやいや、お澪殿にそこまでさせるわけにはいかん。遠くに帰るわけじゃなし、すぐ前じゃ。とにかく、着替えてから出直して来るわ」

「お待ちしております」

 夢遊がニヤニヤしながら、我落多屋に戻ると藤兵衛がニヤニヤしながら待っていた。

「善次郎の事、分かりましたよ」と藤兵衛は小声で言った。

「ナニ、もう分かったのか? 早えのう」

「新五が待ってます」と藤兵衛は二階を示した。

「おう。そうだ、おさやに湯を沸かすように言ってくれ」

「風呂ですか?」

「まあな。夕飯を招待されたからな」

「お澪様に?」

「勿論じゃ、頼むぞ‥‥‥どうした、やけに嬉しそうじゃのう。何かあったのか?」

「いえ。このわしにも、春が来たようで」

「何を寝ぼけておる。今は真夏じゃ」

 二階に行くと、職人の格好をした新五が欄干から身を乗り出して、遠眼鏡(とおめがね)を覗いていた。

「面白え物が何か見えるのか?」と夢遊が言うと、新五は驚いて振り返った。

「あっ、大旦那様、どうも」

「ちょっと、貸してみろ」

 夢遊は新五から遠眼鏡を受け取り、覗いて見た。小野屋の店がよく見えたが、店の裏にあるお澪のいる離れは見えなかった。

「そっちじゃないですよ」と新五は言った。

「どっちじゃ?」

「こっちです」

 新五の言う方を覗くと、若い女が庭で行水をしている所が見えた。

「おおっ!」と夢遊は身を乗り出した。

 庭は垣根に囲まれて、回りから見えないようになっているが、上からは丸見えだった。顔はよく見えないが、豊満な乳房がまるで目の前にあるかのようによく見えた。

「扇屋の後家(ごけ)のおくにですよ」と新五が言った。

「ほう、扇屋の後家か‥‥‥なかなか、いい女子じゃねえか‥‥‥おめえ、どうして、名前まで知ってるんだ?」

「はい、ちょっと。後家にしておくのは勿体ねえと思いまして」

「うむ、でっけえオッパイじゃ。チョッカイ出してるのか?」

「まだまだ、これからです。やっと、この前、名前を聞いたばかりで‥‥‥」

「惚れたのか?」

「あの体を見たら、もう、たまりませんよ」

「そうじゃの、いい体じゃ‥‥‥まあ、頑張れや」

 夢遊は遠眼鏡を新五に返した。

 新五が遠眼鏡を覗くと、すでに後家の姿はなかった。新五は舌を鳴らすと、夢遊を見た。

 夢遊は座敷に座って、ニヤッと笑い、「善次郎の事、何が分かった?」と聞いた。

「はい」と新五は夢遊の前にかしこまった。

「善次郎が殺されたのは十三日の夜です。一緒に鳴海(なるみ)屋(遊女屋)の八嶋が殺されていました」

「八嶋が一緒に?」

「はい。善次郎は八嶋を妻にするために身請けしたそうです。ところが、身請けされて三日後に殺されてしまった。八嶋にすれば、遊女屋にいた方がよかったでしょうに」

「八嶋が死んだのか‥‥‥気立てのいい女子じゃったのにな‥‥‥可哀想な事をした」

 夢遊はボーッとして、天主の方を眺めていた。

「大旦那様は八嶋と?」

「ああ、何度かな」

「今度、俺も連れてって下さいよ」

「そのうちな。一体、何者の仕業なんじゃ?」

「待って下さい。順を追って話します。まず、善次郎が殿様に呼ばれて、城内に入ったのは先月の半ばです。城内で仕事をしてましたが、今月の八日に仕事を終え、報酬を貰って家に帰って来てます」

「善次郎はずっと城内にいたのか?」

「はい。ずっと、城内に泊まり込んでいたようです」

「何をしてたのかは分からんのじゃな?」

「詳しい事は分かりませんが、近所の者たちの話では南蛮風な飾り付けをやっていたとか」

「飾り付けか、奴は彫り物もできるからの。南蛮風な彫り物を彫っていたのかもしれんな」

「ええ」

「八日に帰って来てから殺される十三日まで、何をしてたんじゃ?」

「帰って来たのは八日の夕方ですから、その日はそのまま寝てしまったようです。九日も疲れたと言って、家でゴロゴロしていたようですが、夜になると池田町に繰り出して、鳴海屋に泊まってます。次の日、八嶋を身請けして、八嶋を連れて孤児院に行き、娘と会ってます。その後、セミナリオに顔を出してから家に帰ってます。次の日、十一日にも善次郎はセミナリオに行ってます。新しく建てるオスピタルの事でパードレと相談していたようです」

「何じゃ、そのオスピタルと言うんは?」

「日本語に直すと病院とか。重い(やまい)の者たちを収容して、治す施設だそうです」

「ほう、オスピタルか‥‥‥」

「十二日と十三日は家に籠もったままです。オスピタルの図面を書いていたようです。そして、十三日の夜、何者かに殺されました」

「眠ってる所をやられたのか?」

「そのようです。善次郎も八嶋も一瞬のうちに首を斬られて即死。悲鳴も上げなかったようです」

「そうか‥‥‥それで、取られたのは金貨だけなのか?」

「家捜ししたようですが、他に金目の物はなかったようですね」

「やはり、物取りの仕業か‥‥‥」

「その可能性が高いです。善次郎が金貨を貰ったという事は近所中でも評判でしたから」

 夢遊は無精ひげを撫でながら、小刻みにうなづいていた。

「オスピタルはどこに建てるんじゃ?」

「セミナリオの近くじゃないですか」

「そのオスピタルの事で殺されたわけじゃあるめえ。となるとやはり物取りか‥‥‥」

「城内で何か極秘の事をやっていて、口封じされたとも考えられますが、それなら、その仕事が終わった時点で殺されますよ。八日に城を出て、十三日の夜、殺されるまで、好き勝手にしてますからね」

「うむ、そうじゃの。だが、一応、奴が城内で何をやっていたのか調べてくれ。それと、もう一人の娘の方はどうなった?」

「ああ、ジュリアとかいう娘ですね。マリアがこの店に来た十六日に旅に出ました。行き先は今、調べてますが、まだ、分かりません」

「そうか‥‥‥とにかく、一度、マリアに会ってみるか」

「噂ではなかなかの別嬪らしいですよ」

「らしいの」

「あっ、忘れてました。そのマリアですが、勘八と一緒に京都に向かう途中、山伏に襲われたそうです。その後、その山伏は姿を現さないので、単なる物取りかもしれませんが、京都の方で調べてます」

「マリアが襲われたのか‥‥‥その山伏の目当てがマリアだとすれば、ジュリアの方も危険じゃな」

「そうなりますね」

「新五、すぐにジュリアを追ってくれ。娘まで殺させるわけにはいかん」

「はい、分かりました」と新五は遠眼鏡を持って立ち上がった。

 部屋から出て行こうとして振り返り、「大旦那様、おくにに手を出さないで下さいよ」と言った。

「何を言ってるんじゃ、馬鹿たれが。わしにはお澪殿がおるわ。後家など興味ねえ」

「お願いしますよ」と新五は念を押すと出て行った。

 夢遊は立ち上がると縁側に出て、扇屋を覗いた。おくにが尻をこちらに向けて、髪を洗っていた。

「おおっ!」と夢遊は身を乗り出して眺めた。

 おくにが気づいて、振り返った。おくにと目が合い、夢遊は手を上げると、「セニョーラ、暑いのう」ととぼけた。

 おくには慌てて、隠れてしまった。

 夢遊は天主を見上げ、「さて、わしも湯に入るか」と二階から降りて行った。




 お澪から御馳走に預かった夢遊はその後、お澪との素晴らしい夜を期待していた。お澪も帰れとは言わないし、話が弾んで夜遅くまで酒を飲んでいた。

 お澪は酒が強かった。

 いくら飲んでも、涼しい顔をして笑っている。いつもの夢遊なら、とっくに口説き落として、布団の中にいるはずなのに、お澪はなかなか落ちなかった。なぜか、うまくかわされてしまう。

 とうとう、夢遊の方が酔い潰れてしまい、気が付くと、もう夜が明けていた。それでも、隣にはお澪が可愛い顔をして寄り添って寝ていた。

 夢遊は重い頭を持ち上げた。お澪の形のいい乳房が目の前にあった。掛けてある単衣をめくってみると夢遊もお澪も裸だった。

「どうしたんじゃろ?」と夢遊は目をこすった。

「何も覚えておらん」とお澪の乳房に触った。

 お澪が目を開けて、夢遊の首に手を回した。

「わしはそなたを抱いたのか?」と聞くと、お澪はニコッと笑った。

 夢遊も笑い、お澪を抱き寄せると、お澪は腕から擦り抜けて、「昨夜(ゆうべ)は楽しかったわ。しばらく、お別れネ」と裸のまま、隣の部屋に消えてしまった。

 追いかけようとしたが、お澪の姿が二つに見え、頭はガンガンするし、急に気分が悪くなった。

「何やってんだ、この馬鹿野郎が‥‥‥」と自分に向かって悪態をついた。

 お澪と別れがたく、夢遊は頭が痛いのを我慢して、一緒に大津まで行く事に決め、船に乗った。

 船旅は最悪だった。風が強くて波が荒く、船は大揺れして、立っている事もできなかった。今まで船酔いなどした事なかったのに、その日に限って、気持ち悪くなり、何度も吐き、お澪から貰った薬を飲んで、ジッとうずくまっている他なかった。

「クソッ、こんな惨めな姿を見られるんなら、キッパリと安土で別れていればよかったわ」と腹を押さえながら後悔していた。

 大津港で心配顔のお澪に別れを告げ、せつない気持ちで夢遊は京都に向かった。

 杖をつきながら、重い足を引きずるようにして、やっとの思いで逢坂山を越えた。もう二度と深酒はしねえぞと心に誓いながら、ヨタヨタと歩いていた。それでも、都が近づくに連れて頭痛もだんだんと治り、気分もよくなって来た。四条の橋を渡る頃には、すっかり機嫌も治り、いつもの調子で、女たちに声を掛けながら飄々と歩いていた。

「セニョリータ、元気だったかい?」

「アラ、我落多屋の旦那様、お帰りなさい」

「ちょっと、お茶でも飲むか?」

「今はダメですよ。お仕事中ですもの」

 我落多屋の店内にいた山伏姿の新五が、夢遊の声を聞いて店から出て来た。マリアと勘八も暖簾から顔を出した。

 夢遊は向かいの呉服屋の奉公娘を口説いていた。娘が呼ばれて店の中に消えると夢遊は諦めて、我落多屋の方に来た。

「アレ、随分、早かったですね」と新五が笑いながら、夢遊を迎えた。

「おめえの方が早えじゃねえか」と夢遊は新五に言うと、マリアを見た。

「ほう、マリアか。いい女子(おなご)になったな」と暖簾をくぐりながら、マリアの尻を撫でた。

「キャー」とマリアは悲鳴を上げ、勘八は、「大旦那様、やめて下さいよ」とマリアをかばった。

 夢遊は鼻歌を歌いながら、知らん顔をして店の奥に入って行った。

「ああ、ビックリした」と夢遊の後ろ姿を見ながらマリアが言った。

「まったく、しょうがねえなア。大丈夫か?」と勘八がマリアの尻を触った。

「何すんのよ」とマリアは勘八の顔を平手打ちにした。

 ピシッといい音がして、「痛えなア」と勘八は顔を押さえた。

 新五が腹を抱えて笑いながら、夢遊の後を追って行った。

 宗仁(そうにん)の部屋にいると思ったが、夢遊はいなかった。いつものように宗仁は絵に熱中している。声を掛けても無駄だなと思った新五は茶室のある中庭を抜けて、離れへと向かった。

 夢遊は離れの部屋で寝そべり、源氏物語を題材にした豪華な枕絵(まくらえ)を眺めていた。

 新五の顔を見ると、「おい、こいつを見てみろ。狩野松栄(かのうしょうえい)が描いた春画(しゅんが)じゃ」と枕絵を新五に見せた。

「すげえ。こんな綺麗な枕絵、初めて見ましたよ」

 新五は絵の中の光源氏と夕顔の交わりを食い入るように眺めていた。

「さる高貴なお方が松栄に頼んで描かせたらしいが、銭に困って手放したらしい」

「へえ、高価な物なんでしょうね?」

「この手の絵を好む物好きが結構おるんじゃ。奴らに見せれば、目の色を変えて、銭を積み上げる事じゃろう」

「でしょうね。どこで手に入れたんですか?」

「美濃屋に頼まれたんじゃ。買い手を捜してくれとな。宗仁の奴も馬や鷹ばかり描いてねえで、こういうのを描けばいいのにのう」

 夢遊は枕絵を片付けると、「おめえ、こんな所で何してるんじゃ?」と聞いた。

「はい。ジュリアを追って来たら、ここに来たんで」

「やはりな」

 夢遊は驚くわけでもなく、また、ゴロッと横になった。

「ジュリアは見つかったのか?」

 新五は首を振った。「十七日です、ジュリアがここに来たのは。ここと言っても、ジュリアが現れたのは南蛮寺です。その夜は近くの信者のうちに泊まりました」

「十七日というと四日前か‥‥‥」

「マリアがここに来たのも十七日です。マリアは十八日の朝、お祈りをするため南蛮寺に行きました。勘八の奴が一緒にいたらしいですけど、ジュリアを見てはいないとの事です。ただ、多くの信者が集まって来たため、勘八の奴は南蛮寺の外で待っていたらしいので、中で二人は会ったかもしれません」

「ふーむ、別々に京都に来たというのか‥‥‥一体、何を考えてるんじゃ?」

「その事をマリアから聞こうと、ここにやって来たわけです」

「そしたら?」

「ジュリアとは会っていないと‥‥‥マリアが言うにはジュリアは父親が亡くなった事を高槻にいるお婆さんに知らせに行ったと言うんです」

「マリアの言う事も一理ある。二人の婆さんは確かに高槻にいる。尼さんとして信者たちの面倒を見てるはずじゃ」

「それと、ジュリアには連れがいました。四十前後の薬売りです。マリアに聞いてみましたが、そんな奴は知らないと不思議がっていました。勘八が言うには、マリアが京都に来る時も薬売りが後ろにいたそうですが、京都に入ったら消えてしまったと。ジュリアの薬売りと関係あるかどうかは分かりませんが」

「薬売りか‥‥‥山伏が出て来たり、薬売りが出て来たり、何か裏がありそうじゃな。とにかく、高槻まで行ってみてくれ。ジュリアが婆さんの所にいたら密かに見守れ」

「分かりました。それにしても、早かったですね。どうしたんです?」

「どうもせん。マリアに会いたくなっただけじゃ」

「そうですか‥‥‥マリアをここに呼びましょうか?」

「おう、呼んでくれ」

「勘八の奴も呼びますか?」

「いや、マリアだけでいい‥‥‥おい、善次郎の方もちゃんと調べてるじゃろうな?」

「はい、銀次の奴がやってます」

「よし」

 新五が去るとしばらくして、マリアがキョロキョロしながらやって来た。夢遊が顔を出して手招きするとマリアは軽く頭を下げた。

「久し振りじゃの」と夢遊が言うと、マリアは夢遊を睨んで、「さっき、会いました」と言った。

「そうじゃったな。母さんソックリになったんで、驚いたぞ」

「エッ、お母様を知ってるの?」

 マリアは目を丸くして、夢遊を見つめた。

「知ってるとも。生まれたばかりのお前たちも知ってる。お前らが生まれてから二月程して、松永弾正(久秀)の奴が南蛮寺を打ち壊し、パードレたちを京都から追い払ってしまったんじゃ。お前の両親はな、お前らを抱いて、この店に逃げて来た。お前の親父はわしにお前たちの事を頼み、パードレのもとへ飛んで行った。わしはお前たちと母さんを堺まで連れて行ったんじゃよ」

「そうだったの。知らなかった‥‥‥」

「お前はまだ、生まれたばかりじゃ。知らなくて当然じゃ。そんな所に突っ立ってねえで、上がれ」

 マリアはうなづくと部屋に上がり、夢遊の前にかしこまった。

「それから、どうなったの? あたしたち」とマリアは目を輝かせて聞いた。

「しばらくして、お前の親父はパードレたちを連れて、堺にやって来た。パードレたちは堺の商人たちに守られて安全じゃった。商人たちの応援もあって、お前の親父は堺に教会堂を建てたんじゃ。わしも堺という土地が気に入ってな、店を出す事にした」

「我落多屋を?」

「そうじゃ。京都に次いで二番目の店じゃ」

「その後、あたしたち、また、京都に戻るんでしょ?」

 夢遊はうなづいた。「信長が京都にやって来ると情勢が変わった」

「信長って?」

「安土の殿様じゃ」

「信長っていうの?」

「織田信長っていうんじゃ。昔は上総介(かずさのすけ)と名乗っておったがの」

「へえ、夢遊様は安土のお殿様とも古いお付き合いなの?」

「別に付き合ってはおらんが、信長が尾張の国で暴れ回っていた頃から知ってはいる」

「そうなんだ‥‥‥」

「まあ、信長の事はいい。お前らは四年くらい堺で暮らしてから、京都に戻ったんじゃ。京都に戻ったといっても、まだ、政情は不安定じゃった。信長は京都にいねえで岐阜に帰ってしまうしな。南蛮寺もねえし、民家を借りて南蛮寺の代わりにして、お前の両親はパードレたちを助けていたんじゃよ。そのうち、お前の親父は高槻城主の和田伊賀守(惟政)に呼ばれてな、高槻に移るんじゃ。伊賀守が戦死すると、高山飛騨守(友照)が高槻城主となり、高槻はキリシタンの都となって行く。その頃の事はお前も覚えておろう?」

「はい。高槻に行ってからの事は」

「ジュリアはどうした?」

「高槻にいるよ」

「そうか。お前も帰るのか?」

 マリアは強く首を振った。「仇を討つの」

「キリシタンの教えに仇討ちなどあるのか?」

「ないけど‥‥‥」

「なら、やめろ」

「でも、お父様は何も悪い事してないのに殺されたのよ。許せない」

「運命じゃ」

「そんな‥‥‥」

「戦で死んでいく兵たちも、何も悪い事はしておらん。ただ、命じられて戦に行き、そして、死ぬ」

「戦とは違うモン。戦は死ぬ覚悟をしてから行くけど、お父様は寝てる所を何者かも分からない人に殺されたのよ」

「可哀想じゃが仕方がねえ。仇討ちなんかやめて、わしと遊ばんか?」

 夢遊はニタッと笑って、マリアの膝の上に手を置いた。マリアはビクッとして、夢遊の手をどけると後ろに下がった。

「夢遊様がそんな人だとは知らなかった。貧しい人たちのために、こんな商いしてる人だから、きっと、ステキな人だと思ってたのに。モウ結構よ」

 マリアは夢遊をジッと睨みながら、立ち上がった。

「そんな顔をしたら、死んだ親父が悲しむぞ。お前の名は聖母マリア様と同じなんじゃぞ」

「サンタマリア様だって、あたしの気持ち、分かってくれるモン」

 プイとふくれるとマリアは去って行った。

 夢遊はまた寝そべると、「おい、勘八、マリアを頼むぞ」と隣の部屋に声を掛けた。

 勘八は隣の部屋から顔を出すと、「ばれましたか?」と照れ笑いをした。

 夢遊は勘八を見る事もなく、「もし、マリアがここから出て行くと言い出したら、堺に連れて行け」と言った。

「堺に?」

「ああ。善次郎を()った奴が何者か分かるまで、マリアが安全とは言えん。目を離すなよ」

「はい、分かりました」

「それとな、マリアは何か隠してるようじゃ」

「ええ、それは俺も感じてます」

「例の山伏はどうした?」

「それが、どこに行ったのか消えてしまいました。山伏の事は小四郎殿に頼んであります」

 夢遊はうなづくと手を振った。

 勘八はマリアの後を追った。

 マリアは夢遊と話した後、南蛮寺に行き、礼拝堂に籠もって祈りを捧げていた。もしかしたら、そのまま、帰らないのではと勘八は心配したが、晩の祈りを済ませると我落多屋に戻って来た。

 マリアは後悔していた。夢遊に対して失礼な態度を取った事を悔やんでいた。謝ろうと思ったのに、夢遊はどこかに出掛けて、いなかった。夢遊の言った事に腹を立ててしまい、肝心な事を聞くのを忘れてしまった。

 父親は京都にいる時、石川五右衛門と会っていた。夢遊がその頃の父親を知っているのなら、当然、五右衛門の事も知っているに違いなかった。

 次の日、マリアは夢遊に昨日の事を謝り、五右衛門の事を聞いた。

「知ってはいるが昔の事じゃ。最近、奴はこの辺りには来ねえ。関東の方に行ったのかもしれんな」

 夢遊は漢詩の書かれた帷子(かたびら)を着て、茶室でお茶道具を眺めていた。

「関東?」と聞きながら、マリアは夢遊の帷子の字を見ていたが難しくて読めなかった。

「いや、西の方かもしれん」

「ネエ、それ、何て書いてあるの?」とマリアは夢遊の帷子を指さした。

「これか。これはな、ありがたいお経じゃ」と夢遊はニヤニヤしながら言った。

「お経?」

「おう。これを唱えるとみんな、仲良くなって、世の中が平和になるんじゃ」

「フーン。でも、舌とか茎とか玉の門とか、何となく、いやらしい字が並んでる」

「ほう、読めるのか。これはの男と女の秘め事を歌った詩なんじゃよ」

「そんなの平気で着てるの、いやらしいの」

「こういうのをイキというんじゃ」

「五右衛門様の事、教えて。どんな人なの?」

「スケベじゃな」

「スケベは夢遊様でしょ」

「いや、わしなんて可愛いもんじゃ。奴はスケベの極致じゃ。別嬪(べっぴん)と噂されてる娘がいると、かどわかして無理やり自分のモノにするんじゃ。女子を狂わせる妙薬を持っていてな、女子はみんな、五右衛門のトリコになってしまうらしいのう」

「嘘ばっかし。五右衛門様はそんな人じゃないモン」

「嘘じゃねえ。わしは五右衛門にかどわかされた娘を何人も知っておる」

「そんなの信じられない」

「奴はな、綺麗なモノには目がねえんじゃ。たとえ、城の奥にいる姫様でも、別嬪と聞けば忍び込んでさらって行ったわ。勿論、娘だけじゃなく、金目の物も盗んだがな」

「まさか‥‥‥」

 マリアは口を手で押さえながら、夢遊の話を聞いていた。

「本当じゃ。城では姫様がさらわれた事が世間に知れたらみっともねえと泣き寝入りじゃ。別嬪と噂されていて、突然、病死した姫様はみんな、五右衛門にさらわれたんじゃよ」

「そのお姫様たちはどうなったの?」

「五右衛門にもてあそばれて、あげくの果てには捨てられたか、場末の遊女屋に売られたんじゃろうな。お前が五右衛門を捜していると知ったら、奴は喜んで迎えに来るじゃろう」

「嘘よ、そんなの。あたし、絶対、信じないから」

「恐ろしい男じゃ、五右衛門は。京都からいなくなって、越前(福井県)にいるらしいとの噂は聞いた事がある。越前に朝倉氏という大名がおっての、その姫様が絶世の美女との評判が高かったが、やはり、突然、病死したんじゃ。五右衛門の仕業に違えねえ。朝倉氏も信長に滅ぼされてしまったしな、もう、越前にはおるまい。石山本願寺に門徒たちから観音様と呼ばれていた別嬪がおったが、その娘も突然、行方知れずになってしまった。五右衛門の仕業じゃ」

 夢遊は茶碗を眺めながら、マリアを見た。

 信じられないと言いながらも、マリアの顔色は蒼ざめていた。

「この前、播磨に行った時、毛利の姫様がエライ別嬪だと噂を聞いた。もしかしたら、五右衛門に狙われるかもしれんな」

「毛利って誰なの?」

「西国の大名じゃ。今、信長の武将、羽柴藤吉郎と戦っている」

「五右衛門様はそこにいるの?」

「分からん。もし、その姫様が突然、病死したら、奴の仕業に間違えねえがの。五右衛門捜しなんかやめる事じゃ。奴に捕まったら、もう終わりじゃ。着物を剥がされ、丸裸にされて、体中、ペロペロなめ回されるぞ」

 夢遊はヒッヒッヒと薄気味悪く笑うと、マリアに飛び掛かって行った。マリアは悲鳴を上げて、茶室から逃げ去った。

 目の前が真っ暗になって、どうしたらいいのか分からず、マリアは宗仁に相談した。

 宗仁はマリアの話を聞くと大笑いして、「お前はかつがれたんじゃ」と言った。

「石川五右衛門が女漁りをしていたなど聞いた事もないわ」

「やっぱり、嘘だったのネ」

「お前の事を心配して、盗賊なんかに近づけたくなかったんで脅したんじゃろう。ただな、お前が思っている程、五右衛門という男は甘くはないぞ。盗賊として名を売ってるんじゃ。恐ろしい事を平気でやる男に違いない。五右衛門に捕まったら、大旦那様の言う通り、お前はもてあそばれたあげくに捨てられるかもしれんぞ」

「いいえ、違うよ。絶対に、違うモン。お父様は五右衛門様はそんな人じゃないって、ハッキリ言ったモン。絶対に、仇を討ってくれるって言ったモン」

「そうか‥‥‥まあ、お前の気の済むようにやるしかないのう」

 マリアは我落多屋に滞在しながら、勘八を連れて、五右衛門捜しの手掛かりを捜すために京都の町中を歩き回っていた。しかし、何も得られず、七月になると堺の我落多屋へと向かった。

 夢遊は毎日、宗仁と一緒にお茶会やら連歌会に出掛け、毎晩、夜遅くまで飲み歩いていた。安土に帰っても、惚れたお澪はいない。お澪の代わりになる女などいなかったが、遊女屋に行っては派手に遊んでいた。

 マリアが堺に行った後、安土から銀次が夢遊を訪ねてやって来た。

「善次郎を殺した奴が分かりました」と行商人の格好をした銀次は言った。

「物取りか?」

「いえ。裏があるようです。殺したのは何者かに雇われた浪人者でした。善次郎が城から出て殺されるまでの事を色々と調べていたら、殺される前の日に、善次郎を訪ねて来た編み笠の侍がいた事と次の日、あの辺りを見慣れぬ浪人者がウロウロしていた事を突き止めたんです。しかし、編み笠の侍も分からず、浪人者も人相がハッキリとつかめないため見つける事はできませんでした。諦めかけていたところに、向こうから盗まれた金貨を持って店に現れましたよ」

「ナニ、殺した奴がやって来たのか?」

「ええ。捕まえて吐かしたら、やはり、編み笠をかぶった侍に一貫文(かんもん)で殺しを頼まれたとの事です。なぜ、善次郎を殺したのか、詳しい理由は何も知りません」

「その浪人者はどうした?」

「もう一人連れがいて、二人共、捕まえてありますが、銭で雇われた、ただの痩せ浪人です。下調べをするために善次郎の家に行った時、善次郎が金の小判を持ってる事を知り、殺したついでに奪ったそうです。一貫文を使い果たし、小判を銭に替えようと我落多屋にやって来たというわけです。これが金貨です」

 銀次が懐から出した金貨は長さ四寸(約十二センチ)程で、幅は三寸(約九センチ)程の楕円形をしていた。

「うむ。まさしく、安土城にある金貨じゃ。天主の中に、これが一万枚あるのをわしはこの目で見た」

「一万枚ですか。大したもんですね」

「多分、それ以上あるじゃろう。編み笠の侍の方は誰だか分からんのか?」

「おそらく、織田家の侍でしょ。善次郎がやっていた城内の仕事と関係ありそうです」

「うーむ。信長がそんなセコイ事をするとは思えんがのう‥‥‥奴は利用できると思った者をそう簡単に殺すような事はしねえ。善次郎は南蛮大工として一流の腕を持っている。何があったのか分からんが、信長が浪人者を雇って殺す事はあるめえ。奴が殺すとすれば、堂々と善次郎の家に押しかけ、罪状を言って処刑するはずじゃ。どうも、分からん」

「角右衛門殿もそう言ってました。角右衛門殿が言うには、信長の側近の仕業ではないかと。信長が内密の仕事を善次郎に命じたとしても、その仕事の指揮を取るのは信長に信頼されている側近の者です。その男が善次郎に仕事をさせたが、何か不都合な事が起こり、自分の失敗を隠すために善次郎を殺したと。信長は失敗した者には容赦ないですからね」

「うむ‥‥‥その線で調べてみてくれ」

 銀次が帰ると夢遊も京都を後にして、家族の待つ長浜城下へと向かった。





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