酔雲庵

時は今‥‥石川五右衛門伝

井野酔雲





地獄絵




 父親を殺した大沢弥三郎の首が安土城下で(さら)された事を知ると、マリアは口をポカンと開けて驚き、「エッ、それじゃア、お殿様が仇を討ってくれたの?」と銀次に聞き返した。

「そういう事になるな」と銀次はうなづいた。「お殿様はな、お前の親父さんが殺された事を知ると下手人(げしゅにん)を絶対に捜せと命じて、下手人がお殿様の可愛がっていた側近の者だと分かっても容赦(ようしゃ)しなかったそうだ。お殿様は善次郎さんの才能を高く買っていたんだよ」

「そうだったの‥‥‥仇はお殿様じゃなかったんだ」

「お殿様が仇だと思ってたのか?」

「だって、お父様が殺された原因は抜け穴の事だと思ってたモン」

「そうか、そう思うのも無理ねえか。しかし、お殿様じゃなかった」

「その大沢っていう人、なんで、お父様を殺したの?」

「はっきり言うと大沢が死んでしまった今、その理由は分からん。ただ、お前が思った通り、抜け穴の事に関係ある事は確かだ。多分、大沢は抜け穴作りの奉行だったんだろう。お前の親父さんは大沢に命じられて、抜け穴に関係する何らかの仕事をした。そして、その仕事はうまく行ったはずだ。お殿様から褒美(ほうび)を貰って城から出たんだからな。ところが、その後、大沢は何かを見つけた。それが何だったのか分からんが、多分、善次郎さんが書いた抜け穴の図面の事だろう。善次郎さんが殺される前の日、編み笠をかぶった侍が善次郎さんの家を訪ねている。そいつは大沢に違いない。奴は善次郎さんを問い詰めたが、善次郎さんは抜け穴の図面の事は言わなかった。そして、次の日、大沢が雇った浪人者に殺された。大沢は何気ない顔をして町奉行の者と一緒に現場にやって来て、家の中を調べている。多分、抜け穴の図面を捜したんだろう。しかし、見つける事はできず、山伏を雇って、お前とジュリアを見張らせたんだ。安土から出たら、お前らを殺せとでも言ったんだろう。大した山伏じゃなかったんで失敗に終わったがな。大沢の奴はお前らが死んだと思っていたかもしれん」

 マリアは銀次の話を聞いた後、自分の部屋に帰り、父親が彫ったマリア観音の前にひざまずいて、亡き父のために祈りを捧げた。

 銀次はマリアを安土の城下まで連れて帰るつもりだったが、マリアは山を下りようとはしなかった。

「あたし、お父様の意志を継いで、各地にオスピタルを建てる決心を固めたの。そのためには、もっと強くなって、安土の天主にある黄金を盗まなければならないの」

 マリアは天主に忍び込む事を本気で考えていた。銀次が諦めさせようとしても、マリアの意志は堅く、絶対に黄金を盗むと言い張った。銀次は勘八にマリアの事を頼み、山を下りた。

 マリアは武術の稽古に真剣だった。他の娘たちに早く追い付こうと、砦の外の山中で夜遅くまで、勘八を相手に稽古に励んでいた。勘八はマリアと二人だけで稽古をしながら、いつも、マリアを抱きたいと思っていたが、マリアの頭の中は武術の事でいっぱいだった。

 八月になり、勘八は砦を出なくてはならなくなった。マリアの命を狙う者がいなくなったので、いつかはマリアと離れなければならない事は分かっていても、もう少し、一緒にいたいと思っていた。

 別れの前の晩、勘八がいつものように砦の裏の山の中に行くとマリアは待っていた。しかし、いつもの稽古着姿ではなく、山に来た時の丈の短い単衣を着ていた。

「おい、どうしたんだ?」と聞くと、マリアは寂しそうな顔をして、勘八を見つめ、「明日、お別れなんでしょ?」と言った。

 勘八はうなづき、「お前も下りるのか?」と聞いた。

 マリアは首を振って、勘八に抱き着いて来た。

「あたしの事、忘れないでネ」

「忘れるもんか」

 勘八はマリアを抱き締めた。

 二人の頭上に降るような星が輝いていた。

 翌朝、勘八はマリアの顔を見ると辛くなるので、夜明け前に山を下り、淡路島へと向かって行った。

 夢遊こと五右衛門は、獲物を捜させるために配下の一部を淡路島に送った後、安土の我落多屋の二階で毎日、ゴロゴロしていた。

 淡路島に行く前に、お澪に会いたかった。しかし、お澪はもう二ケ月が経つというのに、まだ帰って来なかった。

 八月十七日、見世物(みせもの)好きな信長がまた、見世物を催した。一月前の華麗な見世物とは打って変わって、今回は残酷極まりない下劣(げれつ)な見世物だった。

 信長に逆らった高野山(こうやさん)に対して見せしめのため、旅の(ひじり)たちを片っ端から捕まえて、安土に連れて来た。その聖たちを琵琶湖畔で処刑するというのだった。信長自身は出て来なかったが、信長の小姓(こしょう)たちによって、百人余りの聖の首が次々に飛ばされ、琵琶湖の水は真っ赤に染まった。

 まだ幼い顔をした小姓たちは、悲鳴を上げながら助けを求めている聖たちを捕まえては無表情に斬り殺して行った。その光景はなんとも恐ろしいものだった。彼らは信長に命じられれば、どんな事でもためらいなくやってしまうだろう。

 大勢の見物人は、ひどい、むごすぎると言いながらも、興味深そうな顔をして残酷な見世物を楽しんでいた。若い娘たちの中には、小姓の名を叫び、キャーキャー騒いでいる者もいる。

 夢遊は馬鹿な娘たちを見ながら、顔を歪めると天主を見上げた。信長があそこから、この光景を眺め、不気味に笑っている姿を想像して、背筋がゾッと冷たくなるのを感じた。

 信長は狂っているのかもしれないと夢遊は思い始めていた。

 信長の残虐性が現れ出したのは十年前の比叡山(ひえいざん)の焼き打ちの時だった。あの時は比叡山が朝倉氏と浅井(あざい)氏と結んで、信長に敵対したため、戦なのだから仕方がないと思った。また、夢遊自身もやりたい放題の比叡山には反感を持っていて、いい気味だと思っていた。

 朝倉氏を滅ぼした後の落ち武者狩りも(すさ)まじかった。捕まえた落ち武者を片っ端から斬り殺して死体の山を次々に築いた。その時も、夢遊は戦だから仕方がないと思った。

 伊勢長島の本願寺一揆の二万人にも及ぶ大量殺戮(さつりく)、越前の本願寺一揆の三万人余りの殺戮も、ひどすぎるとは思ったが、信長を苦しめ続けたのだから、仕方がないのかもしれないと思った。

 しかし、一昨年(おととし)の荒木村重一族の殺戮は夢遊も残酷すぎると思った。村重の妻を含めた女子供たち三十六人を京都引き廻しのうえ六条河原で斬り殺し、有力家臣たちの妻や娘など女ばかり百二十人を尼崎で(はりつけ)にして撃ち殺した。さらに、その他の家臣や女子供たち五百人余りを四軒の家に押し込めて焼き殺してしまった。信長は狂ってしまったのかと思える程、残酷な仕打ちだった。

 その後、夢遊はお茶会に呼ばれて信長と会った。直接、話をしてみると、別に狂っているような素振りはなく、まともだった。怒りが爆発すると、本人も気が付かない程に残酷になってしまうのだろうと思った。

 去年は残酷な面を見せる事なく、始終、機嫌がいいようだった。暇さえあれば、鷹狩りや相撲興行をやっていた。ところが、今年になって、また、残酷な面が顔を出して来た。

 四月の中頃、信長が竹生(ちくぶ)島に参詣した日、留守中に遊んでいたと言って、泣き叫びながら謝る侍女(じじょ)たちを次々に斬り殺した。そして、今回の高野聖の処刑だった。ハ見寺が信長自身を祀った寺だと知った時から、夢遊は何かいやな予感がしていた。信長の心が少しづつ、狂気に蝕まれつつあるような気がしていた。

 高野聖の処刑から七日が過ぎた。

 淡路島の準備が整った事を知らせに新五と勘八が戻って来た。夢遊は山の砦にいる配下の者を淡路島に送ったが、夢遊自身は動かなかった。あと一日だけ、お澪を待っていようと覚悟を決めた。

 次の日、夢遊は一日中、二階から遠眼鏡を覗いていた。扇屋の後家の家を覗くと、新五がおくにとイチャイチャしているのが見えた。夢遊は舌を鳴らし、大通りを港の方から来るであろうお澪の姿を捜したが見えなかった。

 赤とんぼが飛んで来て、欄干に止まった。

 空を見上げると秋晴れのいい天気だった。残暑も過ぎ、過ごしやすい気候になっていた。

 縁がなかったのかと諦めかけた日暮れ近く、待ちに待ったお澪が帰って来た。

 夢遊は飛び上がって喜び、「お澪殿!」と大声で叫んだ。

 道行く者たちが笑いながら夢遊を見上げていたが、そんな事、お構いなしだった。

 お澪は笑いながら夢遊を見上げ、山のように荷物を積んだ荷車の後を歩いて来た。

「ただいま。後でお伺いします」と手を振ると門の中に入って行った。

 夢遊はすぐにでも飛んで行きたかったが、ジッと我慢した。旅支度を解くまで待っているのが礼儀だと自分に言い聞かせ、砂時計を睨んでいた。

 辺りはすっかり暗くなり、おさやが明かりを持ってやって来た。

「大旦那様、お澪様がお帰りになったようですわネ。待っていた甲斐がありましたネ」

「おう。やっと、帰って来たわ」

「こちらにお通しすればよろしいのですネ?」

「そうじゃな。いや、わしの方から行こう」

「ダメですよう、大旦那様。お澪様の方からお伺いすると言ったのですから待ってるべきです。女の人はネ、好きな殿方と会う時は色々と用意がございます」

「そうか、そうじゃの。待つべきじゃ」と夢遊はうなづき、腕を組んで座り直した。

「お酒の御用意いたしましょうか?」

「うむ、飯の用意も頼むわ。御馳走をな」

「はい、分かっております。お澪様が驚く程の御馳走でしょ」

 おさやが下がると夢遊は縁側に出て、小野屋の門を眺めた。

 おさやが持って来た酒をチビリチビリやっていると、ようやく、お澪が土産を持ってやって来た。風呂上がりのお澪は眩しい程に美しかった。

「お久し振りです」とお澪は笑った。

 その笑顔が何ともたまらなかった。夢遊はお澪を抱き締めたい衝動をグッとこらえて、「長い旅じゃったのう」と笑った。

「はい、疲れました。でも、夢遊様のお顔を見た途端、なぜか、疲れがすっかり取れたような気がいたします」

「そうか、そうか。そいつはよかった」

「実は、急に小田原に行かなくてはならなくなって」

「小田原まで行って来たのか? そいつはさぞ、お疲れじゃろう。わしなんか気にしないで、帰って休んだ方がいいぞ」

「いえ、ほんとに大丈夫ですよ。夢遊様に会ったら元気になったわ。帰って来てよかった」

 お澪は夢遊に甘えるような口調で言った。

 やはり、お澪を待っていてよかったと夢遊は心から思った。

 お澪が帰って来たお陰で、淡路島行きは延期となった。夢遊は二十歳も若返った気分になり毎日、お澪と会って、二人だけであっちこっちに出掛けて行った。馬に乗って遠乗りをしたり、船に乗って竹生島に行ったり、毎日が夢のような日々だった。ずっと、このままでいたいと願っていたのに、九月の初めに突然、お澪は消えてしまった。

 与兵衛に聞くと、冷たい目付きで夢遊を見ながら、「伊賀の国(三重県西部)で騒ぎが起こりましてね、慌てて、上野の店に向かいました」とソッケなく答えた。

「小野屋は伊賀にもあったのか‥‥‥」

 夢遊がガッカリして我落多屋に帰ると藤兵衛も、伊賀が大変だと騒いでいた。

 信長自身は動かなかったが、今、信長の次男、北畠信雄(のぶかつ)を大将とした五万余りの大軍が伊賀の国を攻めている。信長を悩まし続けた忍びを全滅させるため、信長は伊賀国内に住む者は忍びに限らず、百姓から坊主、女子供に至るまで皆殺しにしろと命じたという。

 夢遊は伊賀の出身だった。伊賀で忍びの術を習い、さらに甲賀の飯道山(はんどうさん)で腕を磨いた。

 飯道山は古くから武術道場として栄え、甲賀や伊賀の一流の忍びは皆、この山で修行を積んでいた。霊仙山中に砦を作る前、夢遊の配下となった者は皆、飯道山で修行を積んだ者たちばかりだった。伊賀出身の者も多い。夢遊の家族は長浜の城下に移っているので安全だったが、配下の者たちの中には家族が伊賀に住んでいる者もいる。彼らを助けなければならなかった。それ以上に、伊賀に行ったお澪の事が心配だった。

 夢遊は馬に跨がると新五を連れて、甲賀の飯道山に向かった。

「勘八はどうした?」と夢遊は走りながら、新五に聞いた。

「山ですよ」と新五は答えた。

「マリアか?」

「はい」

「奴の親はまだ、伊賀にいるんじゃろ?」

「と思いますが‥‥‥山にも知らせましたから、すぐに追いかけて来るでしょう」

「うむ」

 飯道山は伊賀攻めの噂を聞いて集まって来た者で賑わっていた。皆、心配顔をして、事の成り行きを見守っているようだった。

 夢遊は不動院に行き、知り合いの山伏、浄楽坊(じょうらくぼう)から状況を聞いた。

 今朝早く、安土から堀久太郎(秀政)率いる二千余りの軍勢が飯道山の裾野を通り、信楽(しがらき)方面に向かって行った。何事が始まるのだろうと思っていると今度は日野から蒲生(がもう)忠三郎(氏郷)が七千余りの大軍を率いて柑子(こうじ)方面に向かって行った。これはただ事ではないと調べてみると、佐和山から丹羽(にわ)五郎左衛門(長秀)が一万五千余りを引き連れて鈴鹿峠に向かい、伊勢の北畠信雄も一万余りの大軍を率いて伊賀に向かっている。さらに、大和(奈良県)方面からも、筒井順慶と浅野弥兵衛(長政)が加わり、総勢五万は下らないだろうという。

「お山は見て見ぬ振りか?」と夢遊は聞いた。

「相手は五万もの大軍じゃ。どうする事もできん。また、お山のためにも信長には逆らえんのじゃ」

 浄楽坊は急に吠えると、手に持っていた六尺棒を夢遊に向かって振り下ろして来た。夢遊は腰の刀を(さや)ごと抜くと棒を受け止めた。

 浄楽坊はニヤリと笑うと棒を引いた。夢遊も笑い返すと刀を腰に戻した。

「信長に睨まれたら、このお山も一瞬のうちに消えてしまうからの」と夢遊は言った。「このお山は甲賀だけのものじゃねえ。このお山で修行した者は全国各地にいるからのう」

「伊賀者も大勢おるわ。助けてやりてえが、どうする事もできんのじゃ」

 浄楽坊は顔を歪めると、「クソッ!」と言って、棒で地面をたたいた。

「信長の事じゃから、女子供も容赦なしじゃろうな‥‥‥」と夢遊はつぶやいた。

「建物という建物は皆、火を付けて燃やし、目に付いた人間は赤ん坊だろうと女子(おなご)だろうと寝たきりの病人だろうと年寄りだろうと皆殺しじゃ。あんなのは戦なんかじゃねえ、人間狩りじゃ。織田の軍勢が通った後は焼け跡の中に死体の山が築かれてるというわ」

「伊賀の連中はどうしてるんじゃ? 黙って見ているわけじゃあるめえ。藤林長門(ながと)百地丹波(ももちたんば)は何しておるんじゃ?」

「奴らもやる事はやってるわ。しかし、敵の規模が大きすぎる。数十人の忍びが奇襲を掛けたからって、蚊が食らい付いた程度の効果しかありゃせん‥‥‥おぬしは何しに来たんじゃ? おぬしこそ、伊賀者なら助けに行ったらどうじゃ」

「わしは奴らに嫌われてるからのう。特に百地丹波にはな」

「おぬしが盗っ人をやめんからじゃろ。このお山も修行者たちの名簿から、おぬしの名を消したらしいぞ。幸い、おぬしの顔を知ってる奴はわししかおらんからいいが、おぬしがこんな所にいると分かったら、お山中が騒ぎ出すわ」

「ふん。そんな事はどうだっていい。とにかく、現場を見て来るか」

「巻き込まれるなよ。相手は正気じゃねえと思え。見つかったら最後、鷹に睨まれたウサギと同じじゃ」

 夢遊は新五を連れて飯道山を下りると伊賀との国境、桜峠に向かった。峠は織田の兵によって閉鎖され、旅人は皆、追い返されていた。夢遊は馬を返し、途中で馬を下りると山中に入った。

 夢遊は新五を連れて、故郷の石川村に向かった。石川村は桜峠から一里半(約六キロ)の距離だった。まだ、織田軍の襲撃に遭ってはいなかったが、皆、家財道具をまとめて逃げる準備を始めていた。

 夢遊は長老の家に顔を出した。

 長老は夢遊の顔をジッと見つめ、「五右衛門か?」と聞いた。

 夢遊がうなづくと、「この馬鹿者めが何の用じゃ? 今頃、ノコノコ帰って来おって‥‥‥」と痩せた体を震わせながら、大声で怒鳴った。「おめえのお陰で、村の者がどんだけ辛え思いをした事か‥‥‥サッサと消えやがれ」

「分かってる。用が済めば、すぐ消えるわ」

「用じゃと‥‥‥おめえ、まさか、信長の手先として、ここに来たんじゃあるめえな?」

「馬鹿言うな。わしは村の者を助けようと思って、わざわざ、やって来たんじゃ。信長の奴はな、五万の大軍をこの国に差し向けやがった」

「ナニ、五万じゃと? そいつは本当か?」

「本当じゃ」

「わしが聞いた所によれば玉滝から蒲生の軍勢が七千、多羅尾(たらお)から堀の軍勢が二千と聞いておるが、まだ、おるのか?」

「おう、柘植(つげ)から一万五千、伊勢路から一万、大和からも一万五千じゃ。信長は四方から攻め寄せて、伊賀を全滅させるつもりじゃ」

「なんと、五万か‥‥‥」

「今なら、まだ、逃げられる。今のうちに逃げた方がいい。だが、桜峠はすでにふさがれている。山中を抜けて甲賀に出るんじゃ」

「うむ、それしかねえのう。たった今、湯舟の砦が落ちたと知らせが来たわ。七千の大軍に急襲されて一瞬のうちに落ちてしまったという。玉滝の弥次郎の奴が裏切り、得意になって道案内しておるとの事じゃ」

「藤林長門はどうした?」

「分からん。逃げたとは思うがのう」

「そうか‥‥‥早く、逃げろよ」

 夢遊は長老と別れた。

 石川村から南下し佐那具に出て、柘植川に沿って下り上野に向かった。まだ、この辺りまで織田軍は攻めて来ていないので、平和でのどかな風景が続いた。丁度、稲刈りが始まったばかりの時期だったが、それどころではなく、村々では大騒ぎして逃げる支度をしていた。

「信長の奴め、刈り入れ時を狙って攻め込みやがった」

 夢遊は一面に広がる黄金色の稲穂を眺めながら唾を吐いた。

「伊賀に住む者を皆殺しにして、作物は皆、奪い取るつもりなんですね」

「村々に溜め込んである米も皆、奪い取るつもりじゃろう。汚ねえやり方じゃ」

 上野は平楽寺と薬師寺の門前町として栄えていた。また、伊勢と京都を結ぶ交通の要衝でもあった。平楽寺の参道に面して小野屋はあった。すでに、戸締まりがしてあり、戸をたたいても返事はなかった。悪いとは思ったが夢遊は店内に忍び込んでみた。

 店内は商品が並んだままなのに人のいる気配はなく、裏にある蔵の戸は開けられたままで中は空っぽだった。屋敷の中は散らかり、慌てて、荷造りした様子がうかがわれた。お澪は店の者を連れて無事に逃げて行ったようだった。

 小野屋は危険を感じて店を閉めたが、他の店の者たちは信長が攻めて来る事を心配しながらも、抵抗しなければ大丈夫だろうと高をくくっていた。夢遊が、逃げなければ殺されるぞと言ってやっても無駄だった。

 とにかく、お澪が安全ならばいいと夢遊は新五と共に甲賀に戻った。

 織田軍の伊賀攻撃は容赦なく続いていた。

 夢遊は飯道山の門前町の旅籠屋に泊まり、時には伊賀の国まで偵察に行ったが、大軍を前にしてはどうする事もできなかった。

 淡路島襲撃を一時中断し、配下の者たちの中で伊賀出身の者たちを全員、呼び集め、家族たちの救援に当たらせた。

 長浜城下の我落多屋の主人、孫兵衛は柘植村の出身だった。妻子は長浜城下に住んでいるが、年老いた両親は柘植村に住んでいた。両親を助け出すため、孫兵衛は柘植に飛んだが間に会わなかった。上柘植の福地伊予守(いよのかみ)が裏切り、織田軍の道案内として先頭を進んだ。柘植村一帯は焼き払われ、女子供が隠れていた山中の隠れ家もすべて発見され、皆殺しにされた。孫兵衛の両親は岩屋の中で無残に撃ち殺されていた。

「ひでえ、ひどすぎるわ。まるで、地獄絵そのものじゃ」

 孫兵衛は拳をグッと握りながら、込み上げて来る怒りを押さえていた。

 勘八も伊賀出身で両親は川合村に住んでいた。川合村はまだ、無事だったため、両親を助け出す事ができた。しかし、忍びになった弟は湯舟の砦に行ったきり、生きているのか死んでしまったのか分からなかった。

「弟の奴は俺が村を出ちまったから親の面倒を見てたんだ。うまく、逃げてくれればいいが‥‥‥」と言ったが、半ば、諦めているようだった。

 京都の我落多屋の番頭、彦一も伊賀出身で、両親と妹夫婦が玉滝村に住んでいた。玉滝村は蒲生軍が真っ先に攻めた村だったが、村の名主である耳須弥次郎が蒲生軍に降伏したため、村は無事だった。しかし、弥次郎の案内で藤林長門守の湯舟の砦を攻め落としたため、長門守の残党によって村は焼き払われてしまった。彦一が村に帰った時、村は勢いよく燃えている最中だった。両親を助け出そうとしたが間に合わず、妹夫婦も皆、焼け死んでしまった。

 彦一は長門守を憎んだか、それ以上に信長を憎んだ。

「大軍を伊賀から追い払う事は無理でも、敵に一泡吹かせなけりゃ気が済まねえ」と涙をこらえて、夢遊に詰め寄った。

 湯舟の砦を落とした蒲生軍七千の兵は村々を焼き払いながら南下し、佐那具へ向かった。蒲生軍の通った後には焦土と化した焼け野原と無残な死骸しか残っていなかった。

 名刹(めいさつ)と言われる寺院は真っ先に狙われた。財宝を奪い取られて焼かれ、偉い高僧も修行中の僧たちも、着飾った稚児(ちご)墓守(はかもり)の下男も皆、例外なく殺された。村の鎮守(ちんじゅ)や由緒ある神社も火に掛けられ、神主、巫女、別当寺の僧侶や山伏も皆、殺された。

 柘植村一帯を火の海にした丹羽五郎左衛門率いる一万四千の兵は柘植川に沿って、楯岡(たておか)村、新堂村と殺戮と放火を楽しみながら西へと進軍した。

 堀久太郎率いる二千三百の兵は島ケ原村から上野を焼き払い、東へと向かっていた。

 一の宮で蒲生軍と丹羽軍と堀軍は合流して二万三千に膨れ上がり、一の宮の敢国(あえくに)神社に火を掛け、鳥居前の町を壊滅させた。

 伊賀南部では青山峠から侵入した北畠信雄率いる一万の兵は二手に分かれ、信雄率いる五千は神戸(かんべ)に向かい、滝川左近率いる五千は北上して百地丹波守の喰代(ほおじろ)の砦に向かった。

 大和から侵入した筒井順慶率いる三千と浅野弥兵衛率いる一万は名張で合流して、(しかばね)の山を築きながら北上していた。

 織田軍に対して、伊賀の武士あるいは忍びの者たちはただ、逃げていたばかりではなかった。砦の回りに様々な(わな)を仕掛けて、織田軍の攻撃を待ち、各地の砦で激戦が行なわれた。夜になれば、闇に紛れて奇襲攻撃を仕掛け、敵を眠らせずに疲労させる作戦にも出た。しかし、兵力の差はどうする事もできず、砦は次々に陥落(かんらく)して行った。

 当然、敵の大将の首を奪うために一流の忍びが暗躍していたが、大将に近づく事は難しく、皆、失敗に終わっていた。

 夢遊は何とかしなければと思い、焼け跡になった村々を見て歩き、生き残っている者がいたら助けようとした。しかし、生き残っている者などいなかった。黒焦げになった死体の他は、皆、御丁寧に首が撥ねられてあった。

 石川村も全滅だった。残っている家は一軒もなく、畑はメチャメチャに荒らされていた。子供の頃に遊んだ記憶のある神社も焼け落ち、大きな杉の木も黒焦げになっていた。幸いだったのは人の死骸が少なかった事だけだった。まったくないとは言えないが、長老の判断によって皆、逃げる事に決まったようだった。村は無残な姿となってしまったが、村人たちが生きていれば、いつか、この村も復活するだろうと希望をつなげるほかなかった。



 九月下旬、上野の西にある比自(ひじ)山の砦に北伊賀の忍びが集まり、織田の大軍に対して最後の抵抗を始めた。砦には十一人の中忍(ちゅうにん)と呼ばれる旗頭と四十九(しじゅうく)院の山伏たちを中心に、千人近くの忍びや武士と三千近くの女子供が立て籠もっていた。

 対する織田方は丹羽軍、蒲生軍、堀軍の二万三千余りの兵が砦を完璧に包囲していた。

 夢遊はその情報を聞くと仲間を集めて意見を聞いた。

「どう思う?」

「全滅じゃな」と使い番衆の頭、半兵衛が寝そべったまま言った。

 半兵衛は新五や勘八の頭だった。半兵衛も伊賀にいた兄弟を失っていた。

「じゃろうな、クソッ」と孫兵衛が刀の柄をたたいた。

「しかし、黙って見てはいられません。せめて、女子供だけでも助けてやりたい」と彦一が皆の顔を見回した。

「敵に完全に包囲されてる中、女子供を助け出す事など不可能じゃ」と孫兵衛は吐き捨てた。

「しかし、何もせずに見ているわけにもいくめえ」と半兵衛が起き上がった。「身内の仇を討ってやらなくてはの」

「どうなるか分からんが、とにかく、比自山に行ってみるか?」と夢遊が言うと皆、力強くうなづいた。

 負けると分かっていても、ジッとして状況を見守っているわけにはいかなかった。

「新五、おめえはここに残れ。もしもの事があったら京都に行って、宗仁に知らせろ」

「そんな、俺も連れて行って下さい。俺は伊賀者じゃないけど、あんな残酷なやり方を見て黙っていられません」

「よし、おめえも来い」

 夢遊は忍び装束に身を固めて、伊賀出身の十一人の配下と新五を引き連れて、長田郷の比自山砦に向かった。

 東と北を木津川に囲まれ、南側を平野川の流れる小高い山の上にある比自山砦は敵の大軍に囲まれ、容易に近づく事もできなかった。しかし、敵は夜になると伊賀者の奇襲を恐れて陣を後方に移動した。包囲網は広がり、あちこちに隙が現れた。

 夢遊らは敵の隙間を通り抜け、山中に入った。あちこちに罠が仕掛けてあったが、一流の忍びばかりの夢遊たちには通じなかった。

 砦は逆茂木(さかもぎ)と土塁に囲まれ、あちこちに篝火(かがりび)が焚かれ、四方にある(やぐら)には弓と鉄砲を持った見張りが寝ずの番をしていた。

「お頭、どうする?」と半兵衛が小声で聞いた。

「忍び込めねえ事もねえが、騒ぎになるとまずい」と孫兵衛は言った。

「わしが名乗り出るわ」と夢遊は言った。

「お頭、それはまずい。相手は気が立ってる。話の分かる奴が出て来る前に殺されるかもしれん」

「落雷を使ったらどうでしょう?」と郷右衛門が言った。

「うむ。それで行くか」

 郷右衛門は一人、闇の中に消えて行った。

 他の者たちは砦の裏手へと回った。

 しばらくして、地が裂けるかと思える程の轟音が響き渡り、砦の中は騒然となった。女たちは悲鳴を上げて逃げ回り、男たちは『何事じゃ?』と騒ぎながら、音のした方に駈け寄った。その隙に夢遊らは砦内に忍び込み、砦の本丸に入った。

 本丸の屋敷内には主立った者が顔を揃えていた。

 夢遊は悠々とその中に入って行くと、「脅かしてすまなかったのう。おぬしらと話がしたかったもんでのう」とよく通る声で言った。

「貴様、石川の五右衛門じゃな」と小具足(こぐそく)姿の長田の源左衛門が太刀を抜いて怒鳴った。

「何の用じゃ? まさか、敵を手引きして来たんじゃあるめえの?」

 源左衛門を初めとして、皆が夢遊を睨み、武器に手をやった。

 夢遊は平気な顔して、皆の顔を眺め回した。

「違う。おぬしらと同じ、伊賀者として来た」

「わしらと共に戦うと言うのか? 信じられんわ」

「おぬしらはわしが盗っ人じゃと言って嫌ってるようじゃが、わしはおぬしらと敵対した事はねえはずじゃ。わしの仲間にも伊賀者はおる。今回の戦で身内を亡くし、信長の思い通りにされてたまるかと、こうしてやって来たんじゃ」

「信長の手先じゃねえんじゃな?」楯岡の道順がドングリ(まなこ)を見開いて言った。

「くどい」

 源左衛門は夢遊の目をジッと睨んでいたが、「よし、信じよう」と太刀を納めた。

「今、伊賀はバラバラじゃ。盗っ人だのどうのと言ってる暇はねえ。ここが落ちれば、北伊賀は全滅じゃ。すでに、何万人もの人間が殺された。織田軍は虫ケラでも殺すつもりで人間を殺し、焚き火でもするつもりで家々を燃やしやがった。絶対に許せんのじゃ」

「これから、どうするつもりなんじゃ? 作戦を聞こう」

 夢遊は源左衛門の前に座り込んだ。

「作戦も何もねえわ。敵は二万余り、味方は女子供を入れても三千五百じゃ。なるべく大勢の敵を道連れにして華々しく死ぬまでよ」

「なるべく大勢の敵を倒すのはいいがの、死んでは何にもならんわ。伊賀の国は焦土と化したとはいえ、なくなる事はねえ。生きてれば、また、戻って来られるんじゃ。それに、生き残った者たちがやらなけりゃならねえ事があるはずじゃ」

「やらなけりゃならん事? 何じゃそれは?」

「そこにいる小太郎が知っていよう」

 源左衛門は新堂の小太郎を見た。

「信長の暗殺じゃ」と小太郎は吐き捨てるように答えた。

「そうじゃ。一流の忍びが皆、死んじまったら、誰が殺された者たちの仇を討つんじゃ? 潔く死ぬのは武士に任せておけばいい。わしらは忍びじゃ。忍びらしく戦って、忍びらしく消えるんじゃ。敵に(しかばね)をさらす事などねえんじゃねえのか?」

「うーむ。確かにその通りじゃ」

 源左衛門だけでなく、他の者たちも唸りながら、夢遊の意見に賛成した。

「そうじゃ、わしらは忍びじゃ。忍びは死ぬ時も忍びとして死ぬんが道理じゃ」と楯岡の道順が力強く、うなづいた。

「見渡した所、藤林長門の顔が見えんが」と夢遊は聞いた。

「湯舟の砦が落ちた後、長門守殿はどこかに消えちまったわ」と音羽の城戸が言った。

「逃げたのか?」

「そうは思いたくねえが、ここにいねえという事はそうなんじゃろう。裏切り者が多すぎるわ。以前、甲賀と伊賀は国境を挟んでいたが自由に行き来して、共に忍びの術の修行に励み、まるで兄弟のように付き合って来た。ところが、甲賀が信長の支配下に入ると伊賀は甲賀と敵対し、信長に逆らってばかり来た。信長に逆らうという点で伊賀者は団結していたが、信長の大軍が攻めて来るとその団結はどこに行ったのか、みんな、バラバラになっちまったわ。わしらは長門守殿を頭に仰いで信長と戦って来たというのに、長門守殿はいねえ。情けねえ事じゃ」

 夢遊らが加わって活気づいた砦は昼夜を問わず、神出鬼没な奇襲攻撃を仕掛けて敵を悩ませた。そして、夜になると女や子供たちを少しづつ脱出させた。

 九月二十九日に敵の総攻撃が行なわれたが、その頃には女子供を無事に逃がし、男たちは敵兵の後ろに回って奇襲を掛けていた。

 織田軍は後ろの敵を追い払いながらジワジワと砦に攻め寄せ、数々の罠にはまって多くの兵を失いながら砦にたどり着いた。不気味に静まり返った砦を睨みながら鉄砲を撃ち、弓矢を放ち、掛け声と共に突撃すると砦の中には誰もいなかった。

 丹羽五郎左衛門は歯噛みしながら悔しがり、蒲生忠三郎、堀久太郎に向かって、「いいか。上様には敵を皆殺しにして、この砦を落としたと告げるんじゃぞ」と怒鳴った。

 蒲生も堀も、「かしこまりました」と力強くうなづいた。

 比自山の砦を燃やした織田軍は名張に向かって南下して行った。名張の南の柏原の砦に南伊賀の忍びが籠もって戦っていた。伊賀、最後の砦であった。

 夢遊らは比自山の砦が落ちると最後の砦、柏原へと向かった。家族を皆殺しにされた新堂の小太郎と楯岡の道順と四十九院の山伏、角之坊らが配下の者を率いて、夢遊に従ったが、半数以上の者たちは、やるだけの事はやったと言って大和の国へ落ちて行った。

 柏原砦は北畠信雄を大将として、滝川左近、筒井順慶、羽柴藤吉郎より派遣された浅野弥兵衛らに率いられた二万三千の兵に囲まれていた。

 角之坊の案内で険しい山中を通り、砦に入ると、やはり、ここにも大勢の女子供が籠もっていた。

 比自山の砦には北伊賀の上忍、藤林長門守はいなかったが、ここには南伊賀の上忍(じょうにん)、百地丹波守はいた。丹波守を中心に女子供を含めて五千人近くが籠もっていた。

 丹波守は夢遊を見ると睨み、「何しに来た? 盗っ人に用はねえわ」と低い声で言った。

「ナニ、ちょっと遊びに来ただけじゃ」と夢遊はニヤリと笑った。

「そうか‥‥‥本来なら、さっさと帰れと怒鳴る所じゃが、見ての通り、この砦は大勢の見物人に囲まれておる。せっかく来たんじゃから、思う存分、遊んで行くがいい」

 丹波守は白髪頭を撫でた。

「随分と物分かりがよくなったもんじゃな」

 夢遊は意外な顔をして丹波守を見ていた。

「もう、伊賀も終わりよ。今更、おめえの事をどうのこうの言っても始まらねえわ。わしらがおめえの事を悪く言ったのは、伊賀の忍びを一つにまとめるのに、どうしても必要だったからじゃ。若え者たちをまとめるには、おめえに悪人になってもらわなけりゃならなかったんじゃ。おめえも伊賀者なら信長の兵を充分に楽しませてやる事じゃ」

 丹波守は不敵に笑った。

 比自山砦の攻撃軍も加わり、五万近くに膨れ上がった織田軍は柏原砦のある山の回りを埋め尽くした。しかし、砦の西から南にかけて低いが険しい山々が続き、完全に包囲するのは不可能だった。

 夢遊らは山中に入り込んで来た織田軍を奇襲して混乱させ、山中から追い払った。そして、夜になると比自山の砦の時と同じように女子供を次々に逃がした。

 織田軍も無理をしなかった。無理をして忍びにやられるよりは、遠巻きに包囲して兵糧(ひょうろう)攻めにする作戦に切り換えた。すでに伊賀の村々はすべて焼き尽くし、住民の半数以上を殺し、数百人の忍びが生き残ったとしても、かつての脅威は消え去った。今更、最後の砦を無理押しして損害を増やしたくはなかった。また、兵士たちも無残な殺戮に嫌気がさしていた。

 初めの頃は『皆殺しにしろ!』の掛け声に兵士たちも意気込んでいたが、抵抗する事もできず、泣き叫びながら逃げ惑う人々を次々に殺して行く事に疑問を持って来た。これが戦なのか、武士のする事なのかと疑問を持って来た。それは、兵士たちを指揮する武将たちも同じ思いだった。一つの村を焼き払うと、また、次の村で同じ事をやる。毎日毎日、人殺しの繰り返しだった。口に出してこそ言わないが、皆、早く、伊賀の国から引き上げたいと思っていた。

 女子供を無事に逃がした後、砦に残った伊賀者たちは織田軍相手に最後の花を咲かせて、散って行った。

 信長が検分に来るとの情報を聞き、慌てて信雄が総攻撃を命じ、四方から砦に攻め寄せたが、砦はモヌケの殻だった。

 夢遊らは一旦、飯道山の旅籠屋に戻った。

 安土の我落多屋の手代、庄助と堺の我落多屋の手代、源太が戦死してしまい、長浜の我落多屋の主人、孫兵衛が左腕を失った。他の者たちは大した傷を負わなかったが、心の中には深い傷が残っていた。

 どんなに大きな戦でも、あれ程、多くの死体が転がっている事はないだろう。わずか、一月の間に一つの国が消滅した。言葉では言い表せない程、残酷な殺戮を見て来た者たちの心の傷は深く、皆、無言のままだった。






飯道山




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