酔雲庵

天明三年浅間大焼 鎌原村大変日記

井野酔雲

創作ノート




「鎌原村大変日記」のための年表





宝永 元年(1704 1月1日

浅間山噴火。

3年(1706 1016

浅間山噴火。

5年(1708 1118

夜、浅間山噴火。

7年(1710 3月15

浅間山噴火。

正徳 元年(1711 2月26

朝4つ半、浅間山噴火。

享保 2年(1717 8月19

浅間山噴火。

3年(1718 9月3日

浅間山噴火。

5年(1720 5月1日

浅間山噴火。

6年(1721 5月8日

昼、浅間山噴火。噴石のため登山者15人死亡、1人重傷。

7年(1722 1013

浅間山噴火。

8年(1723 1月1日

浅間山噴火。

7月20

浅間山噴火。

13年(1728 10月9日

浅間山噴火。

14年(1729 10

浅間山噴火、焼灰降る、ただし初雪のごとし。ただ鳴動は山も崩れるごとし。

16年(1730 5月28

浅間山噴火。

17年(1732 6月9日

浅間山噴火。

18年(1733 6月20

夜、浅間山噴火。大鳴、麓みな火になる。

宝暦 4年(1754 6月19

浅間山噴火、大炎上灰降る。

7月2日 浅間山噴火。大鳴焼、近国灰降、中にも佐久、小県一日煙地を這い朧にして時を知らず。作毛痛み、秋過ぎまで度々焼、この年別して焼け、無門が谷に竈、新たに生ずという。
5年(1755 6月20

浅間山噴火。

9年(1759

二代目市川団十郎没。三代目岩井半四郎没。

明和 元年(1764 1月

江戸三座、春芝居に『助六』を競演、大当たり。

2月中旬

平賀源内、火浣布を発明する。

2月20 江戸大火。
10

江戸の小松屋藤吉ほか3人、万座山の硫黄採掘を出願する(翌年許可)。

1022

初代富本豊前太夫(49)死す。

この年、手島堵庵が心学の講義を始める。

この頃、万座温泉が発見される。

2年(1765 2月12 座頭の高利貸を禁じる。
5月

『俳風柳多留』第1編刊行される。

7月

清国貿易向けの海産物製造を奨励する。

9月1日

明和銀が鋳造される。

10

間引きを厳禁する。

この年、オランダ船より初めて金銀銭を輸入する。

この年、鈴木春信が錦絵を創始する。

この年、吾妻郡草津村ほか26か村、万座硫黄山の採掘に反対する。

3年(1766 1月 『本朝二十四孝』大坂竹本座で初演される。
1月21

吾妻郡門貝・西窪・中居3か村、万座温泉の開発を願い出る。

6月

大坂の銅会所を銅座とする。

7月

霊岸島埋立地成る。俗に蒟蒻島という。

諸国飢饉数年続く。

初代中村仲蔵、『忠臣蔵』の定九郎を現在の型に工夫する。

4年(1767 3月

勘定奉行に関東8か国の博奕・風俗取締り強化を命じる。

4月

吾妻郡大笹・大前・干俣3か村、万座温泉の開発を願い出る。

7月1日

田沼意次が側用人となる。

8月22

山県大弐、竹内式部の処罰(明和事件)

閏9月15

前橋藩主松平朝矩、城崩壊のため武蔵国川越へ移城を許される。

1012

幕府、間引禁止令を出す。

この年、本多利明、江戸に学塾を開く。

この年、信州中馬の大戸通り進出に対し、大戸通り大笹村と中山道沓掛宿の問屋が訴える。
5年(1768 2月11

絵師、奥村政信(79)死す。

3月

『雨月物語』上田秋成作、刊行。

4月6日

吉原全焼、初めて遊女町の仮宅。

6月

真鍮銭(四文銭)の通用始まる。

この年、丸山応挙『七難七福図』を製作する。

この年、万座硫黄山の採掘権が山麓の吾妻郡中居・門貝・西窪3か村に移り、村請稼ぎ山となる。

この年、諸国に一揆・打ち壊しが起こる。

この頃、利根川平塚河岸の所属船数40艘余。

女義太夫が売淫の嫌疑により禁止される。

中村座、下り初代中村歌右衛門『平清盛日の出の場』大評判。

6年(1769 2月

幕府、百姓の徒党強訴取締令を発布する。

3月

前橋城が取り壊される。

4月23

幕府、信州中馬の大戸通り付通し輸送を禁止する。

8月18

安中城主板倉勝清、老中となる。

9月

諸国に風邪流行。

この年、唐衣橘洲、四方赤良ら、江戸で狂歌会を催す。

7年(1770 1月

『神霊矢口渡(平賀源内作)』江戸外記座で初演される。

5月

諸国大旱、8月まで続く。

6月14

絵師、鈴木春信(46)死す。

6月

洒落本『辰巳の園』夢中散人寝惚先生作、刊行。

7月

4代目市川団十郎、位附け無類となる。

9月

3代目松本幸四郎(30)、5代目市川団十郎を襲名する。
4代目は2代目松本幸四郎に復名する。

11

2代目松本幸四郎、3代目海老蔵を襲名する。

11

空米相場の厳禁を命じる。

『遊子方言』田舎老人多田爺作、刊行。

8年(1771 1月

艶本『百慕々物語』勝川春章画。

1月

『妹背山婦女庭訓』、大坂竹本座で初演される。

2月

幕府、百姓の強訴処罰令を発布する。

3月4日

前野良沢、杉田玄白らが小塚原で死刑囚の腑分けをする。

4月〜6月

諸国、前年以上の大旱魃となる。

4月23 吉原全焼。
3月〜8月

伊勢への御陰参りが熱狂的になる。

6月

江戸米沢町の入堀を埋め立て薬研堀と称す。

8月1日

台風。江戸の人家多く倒れる。

この年、各地に百姓一揆、強訴騒動おこる。

この年、江戸の小松屋藤吉、万座温泉の開発を許可される。

明和年間 女義太夫が人気を独占。

江戸市中に貸本屋が盛んとなる。

食物の辻売り、屋台店始まる。

料理屋が始まる。

踊子を芸者と呼ぶ事が始まる。

見世物の女相撲大いに人気を博す。

木場の売場と置場が合体繁盛する。

侠客、遊女等の間に刺青が流行する。

粋な屋根船が全盛。

花見に茶番が始まる。

深川が遊楽地として賑わう。

密通は殆ど内済となる。

山谷船約60艘となる。船賃300文。

長い羽織が流行する。

安永 元年(1772 1月15

田沼意次が老中となる。

2月29

江戸大火(目黒行人坂大火)、評定所を焼く。

4月9日

幕府、江戸内藤新宿を再興し甲州街道の宿駅とする。

4月

大川中洲埋め立て成る(町屋は4年に建つ)。

6月7日

幕府、防火のために瓦葺を厳命する。

8月2日

東海道、奥羽地方大風洪水、江戸の被害甚大。

8月17

江戸、暴風雨。

9月7日

南鐐二朱銀を鋳造する。

11月1日

江戸寛永寺焼失。

1125

明和九から改元。

1223

大坂の俳人栗庵似鳩、那波郡蓮沼村に栗庵を開く。

2年(1773 1月

『本朝水滸伝』前編、建部綾足作、刊行。

4月

物価引き下げ令でる。

4月

諸国疫病流行する。

二代目瀬川菊之丞没。

3年(1774 6月

金銀貨幣偽造者を磔刑にする。

8月

杉田玄白、前野良沢ら『解体新書』を訳す。

8月11

初代鶴賀新内(61)死す。

10

大川橋初めて架かる。俗称吾妻橋。

11

瀬川富三郎、三代目菊之丞(仙女路考)を襲名。

この年、奥羽一帯に飢饉おこる。

高崎藩士の戯作者蓬莱山人帰橋著『婦美車紫展子』刊行。

4年(1775 4月

中洲を富永町と命名、納涼の茶屋繁盛。

5月

東海、中山道宿駅の人馬賃金銭の増加を許可する。

9月8日

加賀千代(74)死す。

10

黄表紙『金々先生栄花夢』恋川春町画作、刊行。

この頃、北斎、勝川春章に入門する。

鳥山検校、遊里に赴き、遊女瀬川を身請けし巨万の金銀を費やす。

5年(1776 1月

絵本『画図百鬼夜行』鳥山石燕画、刊行。

3月末より秋の初めまで、麻疹が流行する。

4月13 池大雅(54)死す。
4月17

将軍家治、日光に社参する。

7月23

亥刻、浅間山噴火。

11

平賀源内、エレキテルを完成する。

『俳風柳多留』に江戸っ子の語初見。

6年(1777 1月

艶本『色道取組十二番』磯田湖龍斎画。

1月22

信濃国高井・水内両郡幕領に百姓一揆が起こる。

3月28

富突、福引、福富などの博奕を禁じる。

4月26

『伽羅先代萩』大坂中之芝居で初演される。

5月23

百姓の江戸出稼ぎを禁止する。

7月

内藤新宿に大規模の女郎屋出来る。

7年(1778 1月

江戸の札差を109軒に限定する。

2月12 江戸大火。
2月25

4代目市川団十郎(当時、海老蔵、68)死す。

伊豆国大島噴火する。

3月

相撲興行が晴天10日となる(以前8日)。

4月

無宿者の一斉検挙行われる。

6月9日

ロシア船、蝦夷地で松前氏に通商要求。

10

悪風俗の穢多非人逮捕令が発布される。

『伊達競阿国戯場』江戸中村座で初演。

『金門五三桐』大坂角の芝居で初演。

8年(1779 4月 諸国に大雪が降る。
8月7日

松前藩、ロシア船の通商要求を拒否する。

10月1日

大隅国桜島噴火する。江戸まで灰が降る。

1121

平賀源内、誤って人を殺し投獄される。

1218 平賀源内57)獄死する。

高崎藩士の戯作者蓬莱山人帰橋著『伊賀越増補合羽の籠』刊行。

この年、武家宅地の市民貸与を禁止する。

この年、花街に初めて見番が置かれる。

四代目幸四郎と五代目団十郎が不和となり、幸四郎は市村座、団十郎は中村座に出る。
9年(1780 1月

洒落本『変通軽井茶話』大田南畝作、刊行。

6月

関東洪水。永代橋、新大橋落ちる。

6月

草津温泉で客引き禁止規定を厳守する集会が開かれる。

8月28

大坂に鉄座、真鍮座を設置する。

9月28

新版歌祭文』大坂竹本座で初演される。

安永年間

船宿に粋な女将が座り始める。

座頭高利貸の吉原での遊興が目立つ。

両国広小路が賑わう。

天明 元年(1781 1月

絵本『画図百鬼夜行拾遺』鳥山石燕画、刊行。

1月9日

江戸大火。両芝居類焼。

2月1日

初代常盤津文字太夫(74)死す。

3月18

大隅国桜島噴火する。

6月27

幕府、武蔵、上野に織物・糸綿貫目改所設置を許可する。

7月15

幕府、田沼意次に1万石を加封する。

8月16

幕府、武蔵、上野に織物・糸綿貫目改所を廃止する。

8月21

幕府、農民徒党強訴の取締りを命じる。

9月1日

幕府、上野国の一揆中に窃盗を働いた者の逮捕を命じる。

9月1日

吉原伏見町より出火1町余焼く。仮宅なし。

2年(1782 2月12

下総国印旛沼、手賀沼開墾を願い出る者あり、幕府、その調査を命じる。

諸国大雨洪水。
7月8日

幕府、下総印旛沼の干拓を命じる。

7月15

相模国小田原大地震。

11

江戸の飛脚問屋9人、定飛脚問屋として公認される。

11

徳蔵(後の6代目団十郎、5)、4代目海老蔵を襲名する。

1213

伊勢国白子の船頭大黒屋光太夫、遭難する。

この年より不良を勘当と同時に帳外とする。

この頃、江戸薬種屋に売却した草津温泉湯花の代金約50両。

『加賀見山旧錦絵』江戸森田座にて初演。初代尾上松助、胴抜け早替りを工夫。

3年(1783 1月

『狂歌若葉集』唐衣橘洲編、刊行される。

1月

『狂歌万載集』四方赤良・朱楽菅江編、刊行される。

1月12

前橋藩領の農民約1万人が城下の穀屋・質屋などを打ち壊す。

4月

市村座、150年の寿狂言を行う。

6月16 江戸大雨。
7月8日 浅間山大噴火。
11月1日 田沼意知、若年寄となる。
1225 与謝蕪村(68)死す。
12月29

初代尾上菊五郎(67)死す。

この年、蔦屋重三郎、通油町に進出し、歌麿作品の刊行始まる。

この年、冷害のため諸国大飢饉、奥羽で多数の餓死者が出る。

4年(1784 1月

浅間山大噴火により埋没した鎌原村に11軒が新築される。

3月24

新番士佐野政言、江戸城中で若年寄田沼意知を刺す。

4月16

吉原出火により中洲へ仮宅。

11

顔見世から市村座、櫓変わり、桐長座となる。

5年(1785 7月

吾妻郡大笹村に新湯が開設される。

6年(1786 1月22

江戸大火。湯島聖堂を焼く。

8年(1788 11

桐座櫓変わって元の市村座に戻る。





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