酔雲庵


国定忠次外伝・嗚呼美女六斬(ああびじょむざん)

井野酔雲





5.三味線の師匠、お夢




 お関と謎の女は貞利によって絵になった。

 おこそ頭巾をかぶっていた謎の女の顔を見たのは、橘屋の女中、おなんしかいないので、どうも、あやふやだったが、お北に似ていなくはなかった。貞利の弟子によって何枚も写され、忠次の子分たちは手分けして捜し回った。勿論、お北の実家も、境周辺の宿屋も(くま)無く捜した。しかし、二人とも見つける事はできなかった。

 四日の昼過ぎ、お北と謎の女が平塚方面に行くのを見たという者と夕方、一人で急ぎ足で木崎に向かうお関を見たという者の他に、八つ半(午後三時)頃、謎の女が一人で中島に向かうのを見たという者と七つ(午後四時)頃、それとは逆の方向、平塚から世良田に向かう道を一人で歩いているお関を見たという者が現れた。考えられる事は、お関は謎の女と一緒に平塚に行き、どこかで別れて、謎の女は中島の方に向かい、お関は世良田を通って木崎に行ったようだ。しかし、中島で謎の女を見た者はいないし、木崎でお関を見た者も見つからなかった。

 久次郎は鹿安と桶松に孝吉が住んでいるお北の家を見張らせた。謎の女がお北だったら、必ず、現れるはずだった。

 お関に言い寄っていた男たちも一通り調べた。境宿に住む者たちは角次郎との仲を知っているので、お関を口説く者などいないだろうと思っていたが、角次郎の留守を狙って、何とか、ものにしようと企んでいる者はいた。

 お関が角次郎といい仲になったのは一昨年(おととし)の秋頃だった。伊三郎が死んで、境宿のすべてが百々一家の縄張りになった後、大黒屋の壷振りになった角次郎は大黒屋への行き帰りに橘屋の前を通って、お関に声を掛けたりして、だんだんと仲よくなって行った。泊まり客とのいざこざが起きるとすぐに飛んで行って解決してやったりしたので、お関の両親にも何かと頼りにされ、二人の仲は誰もが(うらや)む程、うまく行っていた。

 去年の五月、お関は七小町に選ばれて有名になり、男たちが近寄って行ったが、角次郎の存在を知ると皆、諦めた。ところが、その年の九月、百々一家に刃向かう玉村宿の主馬(しゅめ)という博奕打ちが民五郎を半殺しの目に会わせるという事件が起こった。忠次は主馬を懲らしめるため、民五郎の怪我が治ると角次郎と甲斐の新十郎を付けて復讐をさせた。三人は主馬を半殺しの目に会わせて旅に出た。

 今年の正月、『境七小町』が売り出されると、それを見た大勢の男たちがお関に言い寄って来た。お関は角次郎の帰りを待ち、誰も相手にしなかった。それでも、しつこく、お関に付きまとっていた男は多かった。

 お紺が調べた所によると境宿に住む者では、

 中町の石屋勘兵衛の伜、与之助、

 下町の桶屋和蔵の伜、長次、

 お関の家に住み込んでいる番頭の忠太、

 この三人が角次郎の留守を狙って、お関を口説いていた。その他に、

 平塚の河岸問屋『柳屋』の伜、徳次郎、

 中島の質屋『和泉(いずみ)屋』の伜、喜助、

 世良田の富農の伜、孫三郎、

 伊勢崎の呉服屋『(べに)屋』の伜、仙太郎、

 と金持ちの伜たちもお関に言い寄っていた。

 久次郎は貞利と一緒に、それらの男と会って話を聞いた。境宿に住む三人は問題なかった。お関がいなくなった日の昼から夜に掛けて、出歩いてはいないし、謎の女とのつながりも見つからない。

 中島の喜助と世良田の孫三郎はその日、ずっと家にいた事が確かめられた。

 伊勢崎の仙太郎は私塾(しじゅく)にも通っていたという秀才で、家の近くで手習い塾を開いて子供たちに読み書きを教えていた。家が金持ちなので、生活のために手習い塾を始めたわけではなく、もっと勉強がしたくて家を出たので、教え子の数もそれ程多くはない。塾を開いているのは午前中だけで、午後からは自分の勉強に励んでいる。近所の者たちの話によると、暇さえあれば難しい本を読んでいるおとなしい男だという。お関と知り合ったのは境宿の蘭方医(らんぽうい)、村上随憲(ずいけん)の指導を受けるために境宿に出掛けた時、お関を見かけて、一目惚れしたらしい。随憲の教え子たちに冷やかされ、無理やり橘屋まで連れて行かれて、お関と話をした事はあったが、後は挨拶をする程度で、二人だけで会った事はないという。お関がいなくなった日は、いつものように午前中は子供たちに読み書きを教え、午後は家で本を読んでいたらしい。謎の女と組んで、お関をさらおうと思えばできない事はないが、この男がそんな事をするとは思えなかった。

 一番、怪しいのは平塚の徳次郎だった。徳次郎は二年前のお常の事件の時も疑われた男で、相変わらず、仲間たちとつるんで遊び回っている。百々一家の賭場にも年中出入りして、角次郎の事を兄貴と呼んで一緒に飲み歩いていたくせに、角次郎が旅に出ると、さっそく、お関を口説いていた。金持ちで、しかも、なかなかの男前なので、お関も嫌いではないらしく、何度か食事を共にした事があったらしい。それに気をよくして、お関に嫁になってくれと言ったが、きっぱりと断られ、それを恨んで、お関に嫌がらせをするようになったという。仲間たちと一緒に、お関を待ち伏せして乱暴しようとした事もあった。その時は、角次郎に頼まれて、それとなく、お関を見守っていた秀吉(ひできち)らに助けられたが、その仕返しにお関をさらったのかもしれないとお粂とお奈々は言った。

 お関がいなくなった日の徳次郎の行動を調べると午前中は剣術道場で稽古に励み、鶴屋で昼飯を食べた後、仲間と一緒に中島の賭場に行った。鶴屋で孝吉と出会い、孝吉も一緒だった。孝吉は八つ半(三時)頃、用があると言って先に帰った。お奈々との約束があったのだろう。徳次郎たちは七つ半(五時)頃まで遊んでいたが、すっかり負けて、平塚に帰ると三味線(しゃみせん)の師匠、お夢の家に行って、やけ酒を飲んでいたという。

 お夢は去年、江戸から流れて来た芸人で、人形浄瑠璃(じょうるり)の盛んな平塚に落ち着き、娘や旦那衆に三味線を教えていた。年の頃は二十の半ば、江戸から来ただけあって婀娜(あだ)っぽい(いき)な女だった。何かのいわれがあって江戸から逃げて来たに違いないが素性はわからない。様々な遊びを知っているので、芸者だったのだろうと噂されていた。暇を持て余している金持ちの息子たちが出入りするのは当然の成り行きで、お夢の家は徳次郎たちの溜まり場になっていた。

 久次郎はお夢と会い、もしや、お関をさらったのはこの女かもしれないと思った。

「変な言い掛かりを付けないでおくれ。あたしゃ、お関なんて娘は知らないよ。徳さんが惚れた女だか何だか知らないけどね、そんな事、あたしにゃア関係ないね。何で、あたしが徳さんのために、その女を連れ出さなけりゃならないんだい。馬鹿をお言いでないよ」

 お夢はその日はずっと、うちにいて、娘たちに三味線を教えていた。夕方、徳次郎たちがやって来て、夜遅くまで酒を飲んで騒いでいたという。徳次郎の言った事と矛盾はしなかった。

 貞利はお夢の事を知っていた。河岸問屋『京屋』の旦那に頼まれて、お夢を描いた事があった。錦絵にしたわけではなく肉筆画(にくひつが)で、掛け物にして京屋の客間に飾ってあるという。

「芸事は一流だ。幼え頃から稽古に励んでたに違えねえ。多分、芸者崩れだろう。家捜(やさが)しをしてみりゃア一番手っ取り早えんだが、あの師匠は平塚の旦那衆に贔屓(ひいき)にされてるからな、無理にそんな事をしたら騒ぎになる。しばらく、様子を見た方がよさそうだな」

 徳次郎はお関がいなくなった昼頃、鶴屋にいたらしいが、店内にいたわけではなく、鶴屋の伜、耕作の部屋にいた。仲間と一緒に抜け出して、お関をさらったのかもしれない。お夢の方も、その頃は弟子たちも帰って、一人でいたはずだった。徳次郎と組んで、お関をさらったかもしれなかった。久次郎は百々村に帰ると秀吉、浅次郎、庄太の三人にお夢と徳次郎を見張らせる事にした。

「おい、お関はまだ見つからねえのか。早えとこ見つけねえと町の者が騒ぎ始めるぞ」

 親分の忠次が厳しい顔をして久次郎にそう言ったのはお関がいなくなって、二日目の晩だった。

「へい。必死になって捜してんですが、どこに行っちまったのか見当もつきやせん」

「見当もつかねえじゃすまされねえ。もたもたしてると十手持ちが乗り込んで来て、縄張り内を踏み荒らす事になるぜ」

「へい、わかってます」

「久、お北がからんでるってえのは本当なのかい」と円蔵も渋い顔をして聞いた。

「それもよくわからねえんです。お北かもしれねえって言ってんのは橘屋のお勝だけで、それも顔をはっきり見たわけじゃねえんです。ただ、後ろ姿がお北に似てたってえだけで、お北が帰って来たってえ(あか)しもねえし」

「どうもおかしいな」と忠次は煙管(きせる)を眺めながら、久次郎に言った。「その謎の女がお関を連れてったとして、どっかに隠してるってえのならわかるが、謎の女と別れたお関がたった一人で木崎に行くってえのはどういう事でえ」

「へい。そいつがよくわからねえんで」と久次郎は首をかしげた。

「木崎に行ったんは本当にお関だったのか」

「へい。お関を見たんはうちにいる駕籠(かご)かきと大黒屋に奉公してるお虎ってえ女なんですが、二人共、お関の事を知っていて、確かに、お関に違えねえと言ってます」

「はっきりと顔を見たのか」

「いえ、頭巾をかぶってたらしくて顔は見てねえんですけど、着物は確かに、その日、お関が着てた着物でした」

「頭巾をかぶってた? お関は頭巾をかぶって、うちを出たのか」

「いえ。どうも、その頭巾は謎の女がかぶってた奴のようです」

「頭巾をかぶってたんじゃア、お関じゃねえかもしれねえぜ」と忠次が煙管で長火鉢(ながひばち)をたたいた。「その謎の女ってえのがお関の着物を着て木崎に行ったんかもしれねえ」

「うむ、そっちの方が見込みがありそうだぜ」円蔵が腕組みをしたまま、うなづいた。

「まさか、何でそんな事をするんです」と久次郎は忠次と円蔵の顔を見た。

「謎の女は平塚のどこかにお関を隠した。夜ならともかく、真っ昼間だ。誰かに見られた事を計算に入れて、その女はまず中島に行き、わからねえように平塚まで戻って、今度は、お関に扮して木崎に行ったのかもしれねえ」円蔵が言うと、その通りだと言うように忠次はうなづいた。

「てえ事ア二人は平塚のどっかに隠れてるって事ですか」

「そうなるな」

「しかし、謎の女が中島まで行って、わかんねえように戻って来るなんてできますかね」

野良着(のらぎ)にでも着替えて帰って来りゃアわかりゃしねえ」と円蔵が言うと、

(かご)でも背負って、そん中に着替えを入れときゃいい」と忠次が言った。

「そうか‥‥‥そうなるとやはり、お北かもしれねえ。孝吉はお関に振られてます。その腹いせもあって、姉御とグルになってんのかもしれねえ」

「孝吉んちは、ちゃんと見張ってんだな」と忠次が聞いた。

「へえ、鹿安と桶松が見張ってます。それと、河岸問屋『柳屋』の伜、徳次郎の奴も怪しい。奴は最近、お夢ってえ江戸から来た三味線の師匠んちに出入りしてます。そのお夢ってえのが、なかなかの女で、徳次郎たちを(あご)で使ってやがるんです。その女が徳次郎に頼まれて、お関を誘い出し、蔵の中にでも隠してんのかもしれねえ」

「お夢ってえのは聞いた事があるぜ」と円蔵が言った「確か、井上屋の旦那が声もいいし、三味線の腕も確かだって言ってたな。おまけに、かなりの別嬪(べっぴん)だってえじゃねえか」

「へい、年増(としま)ですけど確かにいい女です。平塚の先生も絵に描いたって言ってました」

「ほう、そんな女がいるのかい」と忠次がニヤニヤした。「一度、会ってみてえもんだ」

「親分、お夢の三味線は一流だってえから、(あね)さんとこに連れてって、三味線を弾かせてみたらどうです。姐さんも喜びますよ」

「おう、そうだ。お町も三味線の師匠を捜してたから、いいかもしれねえ。俺も聴いてみてえしな。おめえ、ちょっと頼んでみてくれ」

「へい、わかりやした」と久次郎はうなづいた。

「とりあえず、明日、徹底的に平塚を捜してみろ。必ず、どこかにお関がいるはずだぜ」

 次の日は境の市日だった。その日は中町で市が開かれた。

 忠次はいつもよりも警戒を厳重にして、自らも市場を見回った。行方不明になったお関が、二年前のお常のようにバラバラになって捨てられるという事も考えられる。また、人込みに紛れて、七小町のうちの誰かがさらわれるという事も考えられた。

 忠次は子分たちに小町たちを見守らせ、自分は中町の湯屋(ゆや)の二階から目を光らせていた。幸い、何事も起こらず、いつものように昼過ぎに市は終わった。取り越し苦労だった事を喜び、忠次は機嫌よく賭場の方に顔を出した。

 その頃、久次郎は手のあいている者たちを引き連れて平塚に乗り込んでいた。忠次の代貸(だいがし)となった助八にも頼み、日が暮れるまで、隅から隅まで捜し回った。二年前、お常が殺された村外れの空き家も捜した。徳次郎の立ち会いのもと、『柳屋』が持っている船の中も土蔵の中も調べた。お夢の家も、徳次郎の仲間の家も調べた。絶対にどこかに隠れているはずだと確信を持って捜し回ったのに、結局、お関を見つける事はできなかった。

 久次郎は疲れ切った顔付きで、境宿に帰るとおりんの店に行って、酒をあおった。

 おゆみが来ているせいか、店は賑やかだった。久次郎は隅の方に座って、一人で酒を飲んでいた。四人連れの町の若い者が帰ると入れ違いに鹿安が入って来た。

「兄貴、やっぱり、ここにいたか」と言うと久次郎の向かいに座って、おゆみに酒を頼んだ。

「何かわかったか」と久次郎は力なく聞いた。

 鹿安も疲れた顔をして首を振った。「お北は現れませんよ」

 鹿安は桶松と一緒に孝吉の家を見張っていた。昨日、孝吉の家に行った時、孝吉は留守だった。戸締まりもしてなかったので、こっそり上がり込んで家中を調べてみたが、お関やお北は隠れていないし、二人がいたような様子もなかった。夜遅くになって、ほろ酔い気分で帰って来た孝吉はそのまま、今日の昼近くまで寝ていた。昼頃、家を出て近所の小料理屋で飯を食い、貞利の家に顔を出して、しばらく話し込んでから境に来た。新八がやっている絵草紙屋でゴロゴロしていると、越後屋のお奈々がやって来て、二人で『桐屋』に行き、桐屋の娘、お粂と三人でお関の事を話し始めた。隠れて孝吉を見張っていた鹿安はお奈々に見つかってしまい、仕方なく、お関捜しの事を三人に話してやった。すると、孝吉は俺も手伝うと言い出して、鹿安は孝吉と一緒になってお関を捜していた。ようやく、孝吉が家に帰ったので、ここに顔を出してみたという。

 鹿安はうまそうに酒を飲むと、「奴は本当に姉御なんか知らねえようです」と言った。

「嘘ついてんじゃねえのか」

「そうは見えません。帰って来たんなら、どうして、俺んとこに顔を出さねえんだって何度も言ってました」

「そうか、お北じゃねえか‥‥‥これだけ捜してもいねえって事はどこか、遠くに連れてかれちまったんかなア」

「もしかしたら、船で江戸まで行っちまったんじゃアねえですか。江戸に連れてかれて、吉原辺りに売られたんかもしれませんよ」

「考えられない事はないわね」とおりんが煮物を持って来て言った。「器量よしの娘をかどわかして江戸で売るっていう人さらいの一味がいるのは確かよ。そいつらが境に来て、『七小町』の絵を見れば、さらおうと考えるのは当然の事よ。あの娘たちなら江戸に行ったって高値が付くのは間違いないものね」

「姉さん、変な事を言わねえでくだせえよ」

「いいえ、その事も充分、考えられるって事よ」とおりんは真顔で言った。「去年の今頃、世良田の器量よしがいなくなったでしょ。結局、どこ行ったのか未だにわからない。あの娘も江戸に連れてかれたのかもしれないわ。あの娘をさらった一味がまたやって来て、お関をさらってったのよ。その一味に謎の女がいたとすれば辻褄(つじつま)が合うでしょ。そういう一味には必ず、女がいるはずよ。娘を誘い出すには男よりも女の方が警戒されないものね」

「くそっ、そうなったら、もうお手上げだぜ。江戸まで行っちまったら、俺たちの手じゃアどうする事もできねえ‥‥‥待てよ、お夢が手引きしたんかもしれねえ」

「お夢って、三味線のお師匠でしょ」

「姉さんも知ってんですか」

「ええ、一度、ここに来た事あるわ。若い男たちを引き連れてね」

「徳次郎たちに違えねえ」

「ええ、徳さんてえのがいたわ。確かに、あの女は訳ありだわね。捕まえて来て、橘屋に連れてけばわかるんじゃない」

「そうもいかねえんですよ。お夢は平塚の旦那衆に人気があって、今日、徳次郎立ち会いのもとで、やっとの事で家捜しをしたんだ。さんざ文句を言っていやがった。これで、あたしの濡れ(ぎぬ)も解けたろう。もう二度と顔を見せるんじゃないよって言われたんですよ。証拠もねえのに、これ以上、そんな真似はできねえ」

「それじゃア、橘屋の女中を連れてったら」

「それしかねえな。明日、行ってみるか」

「それと、平塚の河岸問屋を全部、当たって荷物を調べた方がいいわよ」

「一応、調べてはみるが、縛られて荷造りされちまったら、もうわからねえ」

「でも、やるだけの事はやらなくちゃアね。それに他の小町たちもちゃんと見守ってた方がいいわよ。敵も一人だけさらって行くなんて考えられないわ。他の娘も狙うはずよ」

「そうだな、娘たちに一人づつ付けて守った方がいいかもしれねえ」

「兄貴、おゆみの事は俺に任せてくんねえ」と鹿安が客と笑っているおゆみを見ながら言った。

「あいつを守るんは一番難しいぜ」と久次郎もおゆみを見た。「あいつなら喜んで江戸に行きそうだ」

「わかってる。だから、他の野郎には任せられねえんだ」

「まあ、いいだんべえ」

 鹿安は大喜びしてから、「兄貴、孝吉の方はどうすんべえ」と聞いた。

「あのうちを見張ってても、お北は現れそうもねえな。江戸の方に行っちまったんなら、当然、現れねえし、もし、この近所に隠れてたとしても、俺たちの動きを調べてるはずだ。そうなりゃ、あのうちに現れる事はあるめえ。おめえ、(わり)いが桶松を連れて来てくれ。その後、おゆみを見守れ」

「へい、わかりやした」

 鹿安は酒を飲み干すと飛び出して行った。

 それからしばらくして、庄太がやって来た。

「兄貴、やべえですよ。お夢の奴、俺たちの顔を覚えちまって、まだウロウロしてんのか。これ以上、付きまとってると助八に言って追っ払ってやるって騒いでんですよ」

「助八に追っ払ってもらうだと。あのアマ、助八も百々一家だって知らねえのか」

「知ってるたア思うんですけどね」

「まあ、騒がれてもしょうがねえ。(めん)の割れてねえ奴と入れ替えるか。それで、何かわかったか」

「へい。どうも、お夢と徳次郎はできてるようです。今も徳次郎の奴は一人でこっそり、お夢んちに来てんですよ」

「そんなような気はしたが、やはり、二人はできてたか‥‥‥となると、お関に甚助(じんすけ)(嫉妬)したお夢がお関をさらったのかもしれねえな。それこそ、お関を江戸に送っちまったのかもしれねえ」

「江戸?」

「ああ。今、話してたとこだ」

 久次郎はおりんの話を庄太に聞かせた。

「そいつは大変(てえへん)だ。俺にもおしんちゃんを守らせてくだせえ」

「何だ、おめえはおしんが好きだったのか」

「へへへ」と庄太は照れ臭そうに笑った。

「おしんは平塚の先生に夢中だぜ。おめえの出る幕はあるめえ」

「それだって、俺アおしんちゃんを守りてえ」

「まあ、いいだんべ」

 庄太は喜んだ後、「兄貴、江戸で思い出したんだけど、徳次郎の奴、お北とも関係あったようですぜ」と言った。

 酒を飲もうとしていた久次郎は、「何だと」と顔色を変えて手を止めた。

「人足たちにお北の事を聞いてみたら、伊三郎が死ぬ二、三ケ月前なんですけど、徳次郎はお北に誘われて、お北んちに泊まったそうです。その頃、伊三郎は若え(めかけ)に夢中になってて、お北は酔っ払っちゃア男を引き入れてたようです。徳次郎の奴もお北に誘い込まれた口で、いい思いをしたけど、その後、おっかなくなって江戸に逃げてったらしいです。表向きは剣術の修行に江戸に行ったって言ってますけど、実のとこは色修行で、吉原や深川で派手に遊んでたらしいですよ。帰って来たのは伊三郎が亡くなってからです」

「江戸で色修行か、結構な身分だぜ」久次郎は酒をあおった。「奴は帰って来てから、お北とは会ったのか」

「いえ、捜してたようですけど、会えなかったみてえです」

「そうか‥‥‥徳次郎とお北のつながりが出て来たか。もう少し、見張ってた方がよさそうだな。一応、今晩はおめえらでわからねえように見張ってくれ。明日の朝、代わりの者を送るから、そしたら交替して、おめえらは小町たちを守れ」

「へい、わかりやした」

 庄太は張り切って帰って行った。

 翌朝、久次郎は弟分の宇之吉、定吉、長五郎と橘屋の女中、おなんを連れて平塚に行った。見張りを交替させて、おなんにお夢を見てもらったが、期待していた結果は得られなかった。あの時の女のような気もするし、違うような気もするとおなんの答えははっきりしない。おなんを帰した後、久次郎は助八に手伝ってもらい、河岸問屋を調べ回った。いくつもある土蔵の中も調べさせてもらったが、お関は見つからず、お関が隠れていたという形跡もなかった。

 お関がいなくなった次の日、江戸に向かう船が平塚を出た事がわかった。どんな荷物を積み出したか調べてみたが、荷物の中にお関がいたかどうか調べる事は不可能だった。今から船を追いかけて行っても間に合わない。江戸に着いた頃には積み荷はあっちこっちに行ってしまい、すべてを調べる事など不可能だ。吉原に売られたという確信があれば、吉原に行けば見つかるが、江戸には吉原の他にいくつも岡場所があって、それらを捜すとなれば一生掛かっても見つけ出す事はできない。江戸に送られたとなると諦める以外なかった。

 旅籠屋を回って、お関がいなくなった四日の晩、怪しい連中が泊まらなかったか聞いてみると、男四人に女一人の何となく怪しい客が泊まっていた事がわかった。そいつらは一泊しただけで、日光にお参りに行くと言って、翌朝、旅立って行ったという。その連中がお関をかどわかした一味かもしれないと行方を追わせたが、江戸から来た薬種(やくしゅ)問屋の隠居が縁遠い末娘と荷物持ちの奉公人を連れて、日光に参拝に出掛けただけだった。

 お夢と徳次郎を見張っていた三人も何も得る物はなかった。お夢は毎日、娘たちに稽古を付け、出掛けたとしても旦那衆に呼ばれて三味線を教えに行っているだけで、隠れて、お関と会っているとは思えない。徳次郎の方も仲間とつるんで、毎日、遊び回っているが、お関をどこかに隠しているような様子は全然ないという。

 親分の忠次が玉村の親分から貞利の艶本を持っている者たちをすべて洗い出してくれと頼まれた。もしかしたら、玉村の下手人とお関をさらった奴がつながりがあるかもしれないと、久次郎はその仕事を引き受けて、縄張り内を調べ回った。貞利の艶本を持っている者はかなりいた。その中で、徳次郎とその仲間の料理屋『鶴屋』の伜の耕作、平塚の船頭の為吉(ためきち)が貞利の艶本をすべて持っていた。久次郎は耕作と為吉も見張らせる事にした。

 何の進展もなく、お関が消えてから六日が過ぎ、強風が荒れ狂って桜の花を舞い散らせている中、忠次の子分、甲斐の新十郎、山王道(さんのうどう)の民五郎、富塚の角次郎の三人が長旅から帰って来た。

 お関がいなくなった事を知ると角次郎はどうしてだと久次郎を問い詰めた。話を聞くと旅支度も解かずに、飛び出して行った。久次郎は三下(さんした)に後を追わせた。

 角次郎が行ったのはお北の弟、孝吉の家だった。孝吉が島村一家と手を切って、百々一家の賭場に出入りするようになってから、二人は年が同じだった事もあって、よく一緒に遊び回っていた仲だった。角次郎は長脇差(ながどす)を抜いて、お関をどこにやったと孝吉の家に怒鳴り込んだ。ようやく、孝吉に説得され、その後、狂ったように捜し回ったが、お関を見つける事はできなかった。

「兄貴、一体(いってえ)、お関はどこに行っちまったんでえ」

 おりんの店でやけ酒をあおりながら、角次郎は久次郎に聞いた。

「言いたかねえが、どこか、遠くにさらわれちまったと考えるしかねえようだぜ」

「くそっ、どうして、お関がさらわれなきゃならねんだ。畜生、何だって、知らねえ女なんかに、のこのこ付いて行きやがったんだ」

「女だから安心したんだんべえ」

「何を言われて付いてったか知らねえが、そこでちゃんと断りゃアこんな事にはならなかったんだ」

「確かにそうだが‥‥‥待てよ、その女はおめえの事を言ったのかもしれねえぞ。おめえが旅から帰って来て、どこかで待ってると言やアお関は喜んで付いて行く。そうに違えねえ。お関は嬉しそうな顔をして付いてったと言ってたぜ」

「くそっ、てえ事アその女は俺とお関の仲を知ってたのか」

「そうなるな。他所(よそ)から来た奴がそんな事を知ってるはずアねえ。となると、奴らの仲間がここにしばらく滞在して、色々調べてた事になる。多分、お関だけじゃねえだんべ。七小町全員の事を調べて、お関が一番、高く売れそうだと睨んだに違えねえ。もしかしたら、奴らの仲間が次の獲物(えもの)を狙うために、まだ残ってるかもしれねえ」

 二人は早速、宿場内にある四つの宿屋を当たってみた。しかし、予想は外れ、怪しい者はいなかった。

 お関がさらわれて、江戸の女郎屋に売られたという噂が広まり、七小町に選ばれた者は勿論、他の娘たちも恐れて、暗くなってからは一歩も家を出なくなった。娘の親たちは百々一家の者を見れば、早く、お関をさらって行った一味を捕まえろとうるさい程に言って来る。中には、忠次親分じゃ駄目だ。伊三郎親分がいてくれたら、すぐに何とかしてくれるのにと陰口をたたく者までも現れて来た。

 忠次は久次郎に何とかしろと詰め寄るが、久次郎にもこれ以上、何をしたらいいのかわからない。円蔵の知恵を借りても、貞利の知恵を借りても、お関がどこに連れ去られたのか、まったくわからなかった。

 角次郎はじっとしてはいられないので、お関を捜しに江戸に行くと言い出した。お関の親たちも人さらいの一味が再び、やって来るのを待ってはいられない。江戸に連れて行かれたのなら、何としてでも捜し出してくれという。橘屋に泊まるお得意さんで江戸の呉服屋『(ます)屋』の番頭がいた。その番頭を頼って行けば何とかなるかもしれないと角次郎は梅吉と一緒に旅立って行った。






嗚呼美女六斬の創作ノート

1.登場人物一覧 2.境宿の図 3.「佐波伊勢崎史帖」より 4.「境町史」より 5.「境町織間本陣」より 6.岩鼻陣屋と関東取締出役 7.「江戸の犯罪と刑罰」より 8.「境町人物伝」より 9.国定一家 10.国定忠次の年表 11.日光の円蔵の略歴 12.島村の伊三郎の略歴 13.三ツ木の文蔵の略歴 14.保泉の久次郎の略歴 15.歌川貞利の略歴 16.歌川貞利の作品 17.艶本一覧




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