酔雲庵


国定忠次外伝・嗚呼美女六斬(ああびじょむざん)

井野酔雲





6.お常の三回忌




 三月十二日、この日は二年前に殺されたお常の三回忌だった。宿場の南外れにある長光寺で法要が行なわれ、町役人を初めとした境宿の旦那衆は皆、喪服(もふく)を着て長光寺に集まった。貞利も平塚からやって来た。

 百々一家の忠次は円蔵を名代(みょうだい)として長光寺に送り、自らは子分たちを指揮して宿場の出入り口を厳重に警固した。二年前の悲劇が再び起きないように、市に集まって来る者たちの荷物を一つ一つ厳しく改め、怪しい者は有無を言わさずに追い返した。久次郎も東の丁切を固め、目を光らせて、出入りする者たちを調べていた。

 誰もが何事も起こらない事を祈りながらも、何かが起こるような不吉の予感を感じていた。幸いにも法要は無事に終わり、市も無事に終わった。皆、胸を撫で下ろして喜んだが、お関の行方は相変わらずわからなかった。

 円蔵が長光寺から百々村に貞利を連れて来たので、忠次は貞利の意見を聞いた。勿論、久次郎も呼ばれて、今までのいきさつを詳しく貞利に聞かせた。

「まず、お関を連れ去った奴の立場になって考えてみる事ですな」と貞利は言いながら、久次郎を見て微かに笑った。

「成程、敵の立場になるか‥‥‥さすが、先生の言う事は違うな」

 忠次は満足そうに円蔵にうなづいて見せた。

「最初に考えなけりゃアならねえのは」と貞利は話し始めた。「なぜ、お関が連れ去られたかです。橘屋に恨みを持ってる者が、その腹いせに、娘のお関をさらってったのか。お関に惚れてた男が、お関に振られて腹を立てて、力づくでお関をものにしようと連れ去ったのか。あるいは、例の馬吉のように、お関に惚れてるが声も掛けられねえ小心者がたまらなくなって連れ去ったのか。それとも、人さらいにさらわれて、どこかの女郎屋に売られたのか‥‥‥まあ、そんなとこでしょう。久次さんが調べたとこによると、橘屋に恨みを持ってる者は特にいねえようだし、もし、そんな奴がお関をさらってったとすりゃア、橘屋に何か脅迫めいた事を言って来るはずです。自分がやったってえ事を橘屋に知らせなけりゃア、恨みを晴らすってえ事にゃアなりませんからねえ。未だに、何も言って来ねえとこをみると、その線は消えます。となると、お関に惚れてるが相手にされなかった者が(さか)恨みをして、お関をさらい、思いを遂げたと考えられる。お関に思いを寄せてた者は数多くいるが、ほとんどの者が角次さんとの仲を知って諦めている。そん中で、振られても諦めず、逆に嫌がらせをしたっていう河岸問屋の伜、徳次郎が怪しかったようだが、見張ってた所、お関をどこかに隠してるってえ素振りはなかった。そうなると、この線も消えます。今回の事件は、お北と思われる女がからんでます。もし、そいつが本当にお北だとしたら、なぜ、お関をさらったのか。伊三郎の妾だったお北と商人宿の娘、お関には何の接点もない。久次さんの言う通り、伊三郎親分の仇討ちだとしたら、いくら、子分と仲がいいと言っても、堅気の娘なんか狙うだろうか。まして、角次さんは伊三郎殺しにゃア関わっちゃアいなかった。お関をさらうよりは、伊三郎殺しに参加した浅次さんと仲のいいお政をさらった方が仇討ちに近えだろう。でも、本当に仇討ちが目的なら、親分の(あね)さんのお町さん、文蔵さんのおかみさんのお辰さん、富五郎さんのおかみさん、友五郎さんのおかみさんたちをさらうだろう。失礼だが、皆、それ程、警戒してるとは思えねえので、さらおうと思えばさらえるんじゃねえでしょうか」

「確かにな」と忠次は笑った。「お町なんか年中、伊勢崎まで買い物に行ってやがる。一応、子分を連れちゃアいるが、大丈夫とは言えねえな」

「そうでしょう。それなのに、お北と思える女はお関をさらって行った。となると、目的はやはり、どこかの女郎屋に売り飛ばすつもりなのかもしれませんねえ。お関は七人の中でも背が高くて、一番、見栄えのする娘だ。女郎屋に売るにゃア少し年を取っちゃアいるが、あの娘なら江戸の吉原でも立派に花魁(おいらん)が務められる。考えたくはねえが、やはり、江戸に連れてかれたのかもしれませんねえ」

「くそっ、どうしたらいいんでえ」と久次郎は嘆いた。「一応、角次を江戸にやったが、見つけ出せるたア思えねえ。このまま、泣き寝入りしろってえんですかい」

「もし、人さらいの仕業だとすれば、お関をさらってった連中は味をしめて、また、現れるに違えねえ。その時、連中を捕まえて、お関の行方を白状させるしかねえでしょうな。ただ、連中はかなりの組織を持ってるだろうから、下っ端を捕まえても白状しねえかもしれません。それに、警戒を厳重にすると連中も恐れて近づかねえだろうから、油断してるように装って、連中を誘い込むようにしなけりゃならねえでしょう」

「先生、奴らは絶対に現れるのかい」円蔵が厳しい目付きで聞いた。

「絶対に現れますよ。器量よしの娘を捜し出すってえのは、結構、骨の折れる仕事なんです。こんな風に言いたくはねえが、わたしが描いた『七小町』のお陰で、境に来りゃア、確実に器量よしが揃ってんですからね。何の苦労もなく、一人づつ、さらって行きゃアいいんですよ」

「江戸の吉原を知ってる先生の目から見て、誰が次に狙われると思いますか」と久次郎は聞いた。

「そうだな‥‥‥まず、お政は大丈夫だろう。もう二十歳だからな。一番若え、お通は危ねえ。でも、一番さらわれやすいのはおゆみだろう。あの娘なら簡単に誰にでも付いて行きそうだ。お粂、お奈々、おしん、皆、危ねえな。お政以外は皆、狙われますよ」

「そうか。五人もの娘をひそかに守り続けるってえのは容易な事じゃねえな」と忠次は腕組みをすると唸った。「しかし、これ以上、犠牲者を出すわけにゃアいかねえ。連中を取っ捕めえて、お関を連れ戻さなけりゃア町の者に顔向けができねえ」

「人さらいが現れるまで、娘たちを見張るしかねえな」円蔵がそう言って、久次郎を見た。「いいか、今度から、交替で娘たちを見張らせろ。そして、娘たちには絶対に近づくなと言え。昔の忍びみてえになるべく、わからねえように見張らせるんだ」

「わからねえようにたって、後をつけたりしてりゃア、すぐにわかっちめえますよ」

奉公人(ほうこうにん)に扮して、それぞれの店に入っちまえばいいんだよ」と貞利は言った。

「成程」と久次郎は手を打った。「そうすりゃア、敵がやって来ても気づかれねえ。さっそく、手配しましょう」

「頼んだぜ」

 久次郎はすぐに境宿に向かった。

 煙管屋のおしん、干菓子(ひがし)屋のお通、桐屋のお粂、煙草屋のお奈々は問題なかったが、やはり、太物(ふともの)屋のおゆみは問題だった。おゆみは店を手伝う事など滅多にしないで、いつもフラフラ遊び歩いている。おりんの居酒屋を手伝っている時は問題ないが、他の時、わからないように見張る事はできそうもない。どうしたらいいか考えながら、久次郎は春らしい日差しの中を歩いていた。

 その頃、忠次は久し振りに顔を見せた貞利を持て成していた。

「仕事の方は相変わらず、忙しいんですかい」と忠次が聞くと、

「はい、お陰様で」と貞利は笑った。「『七小町』が評判になったんで、高崎やら前橋やらでも描いてくれって言って来ますよ」

「確かに、あれは町の宣伝になるからな。先生も大忙しだ」

「それだけじゃなくて、木崎の親分にも頼まれた仕事もあるし、ほんと、毎日、忙しいですよ」

「木崎でも七小町を」

「いえ。あそこはお女郎さんで持ってる宿場だから、やはり、お女郎さんです」

「最近、木崎には行ってねえが、いい女子(おなご)が入りましたか」

「わたしも最近は玉村の方ばかり行っていて、木崎に行ったのは久し振りだったんだが、新しい娘が結構いました。その中から八人を選んで、今、描いてるわけです」

「そうですか、楽しみにしてますよ。そういやア、玉村の例の事件はまだ、下手人が捕まらねえそうじゃねえですか」

「その事で明日、玉村に行かなけりゃアならねえんですよ」

「玉村の親分さんに呼ばれたんですか」

「はい。相談に乗ってくれと」

「成程、お常の事件を解決したんは先生だからな。腕を見込まれたってえわけだ」

「いえ、あん時は偶然、馬吉の顔を覚えてたんで捕めえられたんですよ。玉村の事ア全然、わかりません。ただ、わたしが描いた艶本が係わってるんで、放っちゃア置けねえんです」

「それで、どうなんです、下手人の目星は」

「わたしが出した艶本をすべて持ってる者の中に下手人は必ずいると思っています」と貞利は自信たっぷりに言った。

「俺も先生からもらって、すべて持ってるが、俺も疑われてるのかい」

「まさか、誰も親分を疑ったりはしませんよ。下手人はわたしの本をすべて持っていて、普段はおとなしくて、馬吉のように好きな女に声も掛けられねえような男に違えありません。そういう男に限って、変装すると別人のように凶暴になるんです」

「ほう、そんなもんですか。確かに、普段、おとなしい奴が切れると何をするかわかんねえとは言うけどな」

「今回、呼ばれたのは、玉村の親分がわたしの本をすべて持ってる奴を何人か調べ上げたんで、そん中に下手人がいるかどうか、意見を聞きてえらしいんです。わたしにわかるかどうかわかりませんが、一応、行ってみるつもりです」

「先生が行きゃア何とかなるだんべえ。まったく、そんな気違えは早えとこ捕まってくれなきゃア困るぜ」厳しい顔付きを急に和らげると、「ところで、先生、来年、売り出す艶本の方は進んでるんですか」と忠次は貞利に聞いた。

「それなんですけどね、去年、失敗したもんで、今年はいいのを描こうと思ってんだけど、なかなか、いい題材が見つからねえで弱ってんですよ。新八の奴が江戸から新しいのを仕入れてくれるんで、勉強はしてるんですがね、版元は相変わらず、残酷物で行けって言うし、わたしはもうあんなのを描きたくねえしで、実際、困ってんです」

「江戸の方ではどんなんが流行ってんです」と忠次は興味深そうに聞いた。

「わたしの師匠が張り切っていて、毎年、新作を何冊も出してます。柳亭種彦(りゅうていたねひこ)の『田舎(いなか)源氏』が流行ってまして、それを艶本にしたものが何冊か出ています。師匠の弟弟子の国芳(くによし)も頑張ってます。それと、しばらく沈黙していた英泉(えいせん)がまた凄えのを出しましたよ。最近になってわたしは英泉を見直してますよ。江戸にいた頃、女を描かせたら、師匠が一番だと思ってたが、師匠から離れた今、改めて、英泉の凄さに気づきました。あんな女はわたしにはとても描けねえ」

「英泉か‥‥‥俺も英泉の美人絵は何枚か買った事あるが、確かに、あれはいい女を描く。しかし、英泉が描いたわ(じるし)はまだ見てねえな。そんなに凄えんですかい」

「ええ、一見の価値はありますよ。新八が何冊か持ってるはずだから後で届けさせますよ」

「そうか、すまねえなア」

 忠次は貞利から浮世絵の事をあれこれと聞きながら、酒を飲み交わした。酔うと貞利は筆を取り出して、さらさらと忠次の似顔を描いた。

(てえ)したもんだねえ。まるで、俺が役者にでもなったみてえだ」

「これでも、江戸にいた頃は役者絵なんかも描いてたんですよ。どうです、百々一家の主立った者たちを役者絵みてえにして売り出しちゃア」

「そんなの売れるわけがねえや」

「いや、わかりませんよ。親分さんの子分にゃア、なかなかいい男が揃ってますからねえ。わたしも娘たちからよく聞かされてます。結構、娘たちが争って買うかもしれませんよ」

「先生、からかわねえでくだせえ。美人絵なら、賭場に来る旦那衆に土産として出せるが、野郎どもじゃアしょうがねえ。売り出したんはいいが売れ残って恥をかくだけだ」

「そんな事はねえでしょう」

「まあ、そのうち、先生にはまた、何かを頼むつもりだ。そん時はよろしく頼みますよ」

「はい、喜んで描かせてもらいます」

 明日、玉村に行かなければならないと言って、貞利は暗くなる前に帰って行った。






嗚呼美女六斬の創作ノート

1.登場人物一覧 2.境宿の図 3.「佐波伊勢崎史帖」より 4.「境町史」より 5.「境町織間本陣」より 6.岩鼻陣屋と関東取締出役 7.「江戸の犯罪と刑罰」より 8.「境町人物伝」より 9.国定一家 10.国定忠次の年表 11.日光の円蔵の略歴 12.島村の伊三郎の略歴 13.三ツ木の文蔵の略歴 14.保泉の久次郎の略歴 15.歌川貞利の略歴 16.歌川貞利の作品 17.艶本一覧




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