酔雲庵


酔中花

井野酔雲





23




 ここは雲の上。

 綿のような雲、ガラスのような雲、氷のような雲、虹色の雲などが一面をおおっている。

 ラーラと昭雄が仲良く散歩している。

「凄いな‥‥‥」と昭雄は実感を込めて言った。

「自然が作り出した美よ」とラーラは言った。「でも、作ろうとしてできたものじゃないわ。自然にできたものよ。自然だけが美というものを作り出す事ができるの。人間の心が自然と一体化した時に初めて美が生まれるのよ」

 回りの景色を感激しながら見て歩く昭雄。雲が切れて、大きな穴があいているのも知らずに歩いている。

 昭雄はふと下を見る。地球が見える。こんな所に立っていていいのだろうかと思う。昭雄は落ちる。かろうじて、雲につかまって、穴にぶら下がる。

「助けて!」

 ラーラ、昭雄の所に行き、手を引っ張ってやる。

「ああ、危なかった」

「馬鹿ね。今のあなたは魂だけなのよ。空中だって歩けるわ。落ちると思うから落ちちゃうのよ」

 ラーラ、穴の上を平気で歩いてみせる。

「ほら、落ちないじゃない」

 昭雄、恐る恐る穴の上に右足を出してみる。

「大丈夫よ」

 昭雄、左足も空中に出す。

 穴の上に立っているラーラと昭雄。

「ほんとだ、すげえや」

「面白い」と言って、昭雄はいい気になって空中を歩き回る。

 地上の広々とした荒野に原始時代の男が現れる。弓を背中に背負い、腰に革を巻き付け、石の斧を持っている。

「あっ、人間だ!」昭雄が気づいてラーラに言った。

「あなたの先祖ね」とラーラは男を見ながら言った。

 男は疲れきった様子で荒野をさまよい歩いている。男の名前はヤマツミという。後に山の神となった。

「あの男は何してるんだ?」

「あの男は女を捜してるの」

「女? 女に逃げられたのか?」

「あんたじゃあるまいし」

「何だと?」

「夕子って娘、どうなったの?」

「うるせえ。そんなのどうだっていいだろ。今はあの男の話だよ」

「彼はね、その女を一度しか見た事がないのよ。ある時、狩りをしていたら偶然に会ったのよ。でも、その女にはもう男がいたの。それで彼は一度は諦めたんだけど、どうしても諦めきれなくて捜し始めたのよ」

「へえ、一目惚れってわけか」

 さまよい歩くヤマツミを見下ろしているラーラと昭雄。






24




 弓を杖代わりにして荒野を歩いているヤマツミ。恨めしそうに太陽を睨む。



 草むらの中に小川が流れている。

 ヤマツミが今にも倒れそうな足取りでやって来て、川の前にひざまづくと、頭ごと水の中に突っ込んで水を飲む。

 しばらく、川のほとりで横になっている。



 夕陽を浴びながら、魚を生のまま、かじっているヤマツミ。



 広い草原の中、旅を続けているヤマツミ。



 丘の上に立ち、回りを見回しているヤマツミ。



 森の中、小川で水を飲んでいる親子の鹿。

 親鹿を弓矢で狙っているヤマツミ。

 矢が親鹿の胸に刺さる。逃げる親子の鹿。

 後を追うヤマツミ。血の跡を追いかける。

 倒れている親鹿。

 親鹿から矢を抜こうとしている女がいる。女の名前はカヤノという。後に野の神となった。

 ヤマツミはカヤノに近づく。

 振り向くカヤノ。

「アアアアアア」とヤマツミはカヤノに声を掛ける。

 カヤノ、目を見開いて、ヤマツミを見つめる。

 互いに見つめ合っているヤマツミとカヤノ。

「ウウウウウウ」とヤマツミはカヤノに言う。

 カヤノは強く首を横に振り、その場から逃げる。

 ヤマツミ、カヤノの後を追う。

 逃げるカヤノ。

 追いかけるヤマツミ。



 カヤノは逃げて来て、小川のそばにある洞穴の中に入って行く。

 ヤマツミは追いかけて来て、洞穴の前に立つ。

 洞穴からカヤノが男に寄り添いながら出て来る。その男の名前をキタカという。後に神になれずに死んでしまった。

 キタカはヤマツミに帰れと手で合図をする。

 ヤマツミは首を横に振り、右手に持った石斧を突き出す。

 キタカはカヤノの顔を見つめる。

 カヤノは静かに首を振る。

 キタカ、カヤノから離れて、石の斧を構え、ヤマツミと向かい合って立つ。

 二人の男を見守るカヤノ。

 ヤマツミ、斧を振り上げ、キタカに飛び掛かる。

 傷だらけになって戦うヤマツミとキタカ。

 戦う男たちを静かに見つめているカヤノ。

 勝負はなかなかつかない。

 ようやく、ヤマツミがキタカの頭に斧を振り下ろす。

 キタカは死ぬ。

 ヤマツミ、立ち上がって、カヤノの方に行く。

 カヤノもヤマツミの方に近づいて来る。

 見つめ合うヤマツミとカヤノ。

 ヤマツミ、カヤノを抱きしめる。

 カヤノ、ヤマツミの傷口を優しくなめる。

 寄り添いながら洞穴に入って行くヤマツミとカヤノ。

 頭を割られて死んでいるキタカ。

 ハゲタカが空で騒いでいる。




酔中画2-Y062




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 雲の上に腹ばいになって、地上を見下ろしている昭雄。

 隣でラーラは酒を飲みながら、雲をちぎっては丸めて、地上に投げて遊んでいる。

 昭雄、何かを言おうとしてラーラを見るが何も言わない。

 互いに見つめ合うラーラと昭雄。

 ラーラは優しく微笑する。

 うなづく昭雄。

 上を見上げれば降るような星。

 西の空には三日月。

 寄り添いながら楽しそうにデートを楽しむラーラと昭雄。





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