酔雲庵


酔中花

井野酔雲





     




 あああああああああ‥‥‥退屈だ‥‥‥

 酔雲爺さん、また、山を下りちゃったわ。寒くなるから、あったかい所に行くんだってさ。まったく、年寄りはやだね。

 毎日、面白かったのにな。

 フェラなんてもう、ずっと、あの爺さんから離れないんだから。あたし、もう、頭に来て、彼女と絶交しちゃった。

 人間嫌いのユーナでさえ、あの爺さんの事、好きになっちゃうんだから、どういうんだろ。

 ローダはローダで、あの爺さんに色目使って挑発するし、すると、爺さんはホイホイとローダの所に行って、すけべごっこをする。するとフェラは大声を出して泣く。あたしはローダと喧嘩する。爺さん、今度はユーナの所に行って楽しそうに酒を飲んでいる。泣いてるフェラも喧嘩してるあたしとローダも馬鹿みたい。

 最初はあたしたち四人で、あの爺さんをからかってやろうと思ったのよ。それが、どこでどう間違えたのか、結局、最後には、あたしたちみんな、あの爺さんに丸め込まれてるんじゃない。まったく、どうなってんだろ。ほんとに、あの爺さん、人間なのかしら?

 あああ、その爺さんもフラッとどっかに行っちゃうし。来る時はちゃんと、あたしに挨拶してくのに、山を下りる時はいつも、あたしの知らないうちに消えちゃうんだから。まるで、お化けみたい。

 フェラなんて、まだ毎日、めそめそ泣いてるわ。ユーナなんか、すっかり人間大好きになっちゃって、毎日、人間をからかって遊んでるのよ。ローダは昔から馬鹿だから、あまり変わりはしないけど、ユーナと一緒になって遊んでるみたい。人間も可哀想ね。あんなローダなんかの相手になったら、精気をみんな吸い取られて骨と皮だけになっちゃうわ。あたしの爺さんをみんなに紹介したのは、今思えば間違ってたのね。

 あああ‥‥‥出るのは溜め息ばかり‥‥‥

 あっ、人間が来たわ。女の子よ。スケッチブックなんか抱えている。もしかしたら、あの爺さんと関係あるのかしら?

 まあ、そんな事、どっちでもいいわ。今は人間と遊ぶ気になんかなれないわ。わりと可愛い娘ね。でも、あたしに気づかないで行っちゃった。

 さてと、昼寝でもしよう。




酔中画2-Y014




     




 久美子は酔雲の山小屋の前で立ち止まった。

「ごめん下さい」

 返事はない。

 窓から中を覗いてみる。誰も見えない。

 入口を開けようとしたら、簡単に開いた。

 中を覗く久美子。

 描き損じの絵や紙くず、ゴミ、からの一升瓶が散らかっているだけで誰もいない。

 中に入る久美子。

 散らかっている絵を手に取って見つめる。

 次々と熱心に絵を見つめる。



 小屋の中は綺麗に片付いている。

 何枚かの絵を目の前に並べて、久美子はパンをかじっている。

 自分のスケッチブックから一枚の絵を取り出し、目の前の絵と比べてみる。

 久美子の取り出した絵には酔雲とサインがある。どの絵も水墨で風景を描いた物で、筆数少なく単純に描かれてある。どの風景にも小さく人物が描かれてあり、自然の中で、その人物が生きている。

 久美子はパンを食べるのも忘れて、じっと絵を見つめている。




酔中花?




     




 スケッチブックを抱えた久美子が山道を歩いている。

 道端に咲く小さな綺麗な花を見つけ立ち止まる。

(あら、この娘、あたしに気づいたわ)

 久美子、しゃがみ込んで、その花を観察する。

(どうするつもりかしら? まさか、酔雲爺さんみたいに、あたしをくすぐるんじゃないでしょうね)

 久美子はスケッチブックを開いて、その花をスケッチする。

(あたしを描いてるわ。あたし、気に入ったわ、この娘。この娘と遊ぼう)

 久美子は描き終わると、「可愛い」と言って、花びらを軽く撫でて立ち去った。

(やだ、くすぐったいわ。可愛い顔して、あたしの事、可愛いだって、どうしよう‥‥‥)





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