酔雲庵


蒼ざめた微笑

井野酔雲







11.歌姫の死と天才画家の死




 空はどんよりと曇り、いくらか赤みがかっている。雪が降るのかもしれない。

 隣に他人の奥さんを乗せて、奥さんの旦那さんの父親にあたる古山靖の家に向かった。

 浩子は首に長い毛糸のマフラーを巻いて暖かそうなコートを着ているが、頭は寒そうだった。毛糸の暖かい帽子が必要だ。私が彼女の帽子の心配をしたってしょうがないが、男が何かをしてやりたくなるようなムードを彼女は持っていた。

 浩子は偉大な音楽家、ベートーヴェンの話をしてくれた。これで、私もクラシックには少々、うるさくなったわけだ。天才モーツァルト、そして、ベートーヴェン、シューベルトと三人の大芸術家がどんな人間だったのか、どんな生き方をして、どんな曲を作ったのか、大体の事を知っているのだ。ただ、肝心な音楽をまだ聴いていない。この仕事が終わったら、じっくりと聴いてみよう。私の事務所には暇だけはたっぷりとある。

 古山靖の家はわりと郊外にあったが、浩子の家からはそう遠くはなかった。新しく住宅地になったらしく、建物は皆、新しい。それぞれが好き勝手な自己主張をしていた。

 古山邸は青い屋根が目印の現代的な二階建てで、広い敷地を所有していた。他人の芸術を種にして随分と稼いだらしい。種の見分け方を充分に心得ているのだろう。

 門のそばにジープを止めて、中に入った。大きなシェパードが愛嬌のある顔で迎えたが、行儀よく座ったまま寄っては来なかった。

 建物の立派さに比べて、広い庭には芝生も敷いてなく荒れ果てている。所々に、あまり高くない枝だけの樹木が植えてあり、中央に濁った小さな池があるだけだ。荒涼としていて、芭蕉なら俳句でもひねりそうな眺めだった。

 玄関のベルを浩子が押した。しばらくして、ドアが開き、痩せた背の高い女が顔を出した。年は三十前後だろう。キツネのような顔がタヌキのように日に焼けていた。

「いらっしゃい、浩子さん。丁度、今、用意が出来たとこよ」と金属的な高い声が言った。

「すみません、お姉さん」と浩子が軽く頭を下げた。

「突然、お邪魔したりして。こちらは日向さん、絵画きさんです」

 絵画きというのには少し抵抗を感じたが、お姉さんは信じてくれた。タヌキのように愛嬌を振り撒いて、私を歓迎してくれた。

 玄関の隣の応接間に飾ってある静斎の絵がチラッと見えた。私がいつか写真で見て、気に入った幻想的な絵だった。イザナギとイザナミが地上に降りて来るシーンだ。題材は日本的だが、絵の方はあまり日本風ではない。まるで、ギリシャ神話の中の一シーンのようだった。

 私たちはストーブの燃えている暖かい居間に通された。テーブルには所狭しと豪華な料理が並んでいる。昼間から豪勢なもんだ。

 床の間には水墨画の掛軸が掛けてあった。一人の旅の老人が杖を持って、遥か遠くに霞んで見える山を眺めていた。鋭い筆使いだが、何となく暖かみのある絵だ。のんきそうに山奥を散歩している老人の表情がいいのだろう。禅画のような感じがした。

 古山靖氏は一人でテレビを見ながら酒を飲んでいた。六十の半ば位か、小柄だが体格がよく、髪は短く刈っていた。白髪の中にいくらか黒いのが残っている。太い眉の下の小さな目がとぼけていた。庭にいたシェパードのような愛想笑いをしながら私たちを迎えた。

 私が挨拶をして座ると同時に、彼は太い指でとっくりをつまみ、酒を勧めた。私は丁寧に辞退して、さっそく、本題に入ろうと思ったが、彼はうまく話題をそらしてしまった。

 君、スキーはなぜ楽しいか分かるかね? それはな、人間という者は本質として、上から下に落ちるのを好むからである。

 君、今、話題になっているドラマを、なぜ、みんなが見るのか分かるかね? それはな、人間という者が本質的に他人の不幸を見るのを好むからである。

 君、最近、子供たちがなぜ、刃物を振り回すか分かるかね? それはな、人間が本質的に自分の存在を誰かに認めてもらいたいと思うからである。

 わしはなぜ、酒を飲むのか分かるかね? それはな、本質的に酒が好きだからである、ハハハハ。彼は私に隙を与えずに話しまくっていた。

 私は人生の先輩に対する礼儀を持って、おとなしく聞いていたが、いつの間にか、彼に丸め込まれて酒を飲んでいた。

 私は気になっていた床の間の掛軸の事を聞いてみた。

「あれは荒木俊斎(しゅんさい)じゃよ」と彼は言って、首を回して掛軸を見た。

「静斎先生や流斎の兄弟子に当たる人じゃ。三浦硯山先生はもう十七年も前に亡くなってしまったが、先生の水墨画を継いだのが俊斎じゃよ。荒木さんは鋭い絵を描く。刀にたとえれば五郎正宗(まさむね)ってとこじゃな」

 荒木俊斎の名前だけは聞いた事はあったが、作品を見たのは初めてだった。確かに正宗だ。鋭いだけでなく、静けさと落ち着きと深さと暖かみを持っている。統一された美しさを持っていた。

 古山夫人が新しい酒を持って入って来た。浩子とお姉さんと孫たちは食事の時はいたが、今はいなくなっていた。テレビでは洋画が始まる所だった。タイトルが出たが私の知らない映画だった。

「昨日まで、温泉でのんびりしてたんじゃがな、酒を一緒に飲んでくれる奴がおらん。一人でまずい酒を飲んでたんじゃよ。そしてな、さっき、あんたが来ると聞いて、一緒に酒を飲んでやろうと思ってな。酒の嫌いな絵画きってえのはあまりおらんからのう。それで、用意させたんじゃ。年寄りの我がままじゃと思って、まあ、付き合ってくれ」

 彼はそう言って、楽しそうに酒を飲みながら、昔のよき時代の思い出話を始めた。彼の奥さんが穏やかな顔をして、彼のそばに影のように座っていた。

「わしが昭子さん、紀子さんのお母さんじゃが、彼女に会ったのは、確か、夏の終わり頃じゃった。いや、夏じゃったかな、とにかく、暑い日で、昭子さんの歌を聴きながら飲んだビールが、やけにうまかったのを覚えている。彼女が亡くなる二年位前じゃった。静斎先生の店で、ママをやってたんじゃが、わしは全然、知らなかった。誰かパトロンが付いてるって事は聞いてたが、それが静斎先生だとは知らなかった。ただ、わしの知り合いが彼女を知っててな、歌がうまいから、是非、行こうと誘われて、わしも行ってみたんじゃ。それからじゃ、わしも昭子さんの歌が気に入って、よく飲みに出掛けたもんじゃ。あの歌は実によかった。妙に悲しくてな、心にしみて来るんじゃよ。これこそ、本物の歌だと思ったもんじゃ‥‥‥静斎先生と出会うまでは、彼女、相当、苦労したらしいな。おとなしい人じゃったが芯のしっかりした人じゃった。彼女の両親は早いうちに二人とも亡くなったそうじゃ。彼女は親戚に引き取られたんじゃが悪い親戚だったらしい‥‥‥彼女は北陸の田舎から飛び出して東京に出て来た。その頃から歌が好きじゃったらしい。しかし、歌だけで食って行く事なんかできやせん。東京に知り合いがいるわけでもないし、辛い事も色々あったに違いない。でも、歌だけは歌い続けていた。彼女は二十歳の頃、場末のクラブで歌っていて、静斎先生に出会ったそうじゃ。それからは先生の知り合いの人がやってるクラブで歌ったり、先生が店を作ってからは、そこのママをやりながら歌ってたんじゃ。わしが彼女に会ったのは先生の店ができてから一年位経ってからじゃった。ほんとに彼女の歌はよかった。ほんとに感動した。惜しい事をしたよ、まったく‥‥‥今のガキどもが歌ってる、あんなもんは歌じゃない。本当の歌ってもんは胸の奥までジーンとしみ込んで来るもんじゃ。わしは今でも思い出せる、昭子さんが歌ってる姿をな。彼女のかすれたような悲しい声をな‥‥‥この間、紀子さんのピアノを聞きに行ったんじゃが、さすが、昭子さんの子じゃ。あのピアノはよかった。うん、実によかった。ピアノを弾いてる紀子さんの顔も昭子さんにそっくりじゃった。紀子さんがな、お母さんの歌ってた歌をピアノでやった時には涙が出て来たわ‥‥‥まったく、惜しい事をしたよ。昭子さんはたった二十五の若さで死んじまった。殺した奴も捕まらなかった‥‥‥なぜ、昭子さんのような人が殺されなきゃならんのじゃ」

 古山靖は空になっているお猪口(ちょこ)を口に持っていった。空なのに気づいて、不思議そうにお猪口を見つめた。

「昭子さんが殺された時の事を覚えてますか?」と私は彼のお猪口に酒を注いだ。

「覚えてるとも」と彼はお猪口を静かに口まで持っていき、荒々しく口の中に放り込んだ。

「わしは次の日に新聞で知ったんじゃけどな、昭子さんは自分の店で死んでたんじゃよ。まだ、開店前じゃった。店の女の子が見つけたんじゃ。頭を何か重い物で殴られたらしい。金めの物はみんな盗まれていた。犯人らしい男が店から慌てて出て行くのを見かけた人がいたらしいが、結局は捕まらなかったんじゃ。多分、通りがかりのチンピラの仕業じゃろう。昭子さんも不幸せな人じゃよ。今まで苦労して来て、やっと、幸せになりかけて来たのに‥‥‥彼女の葬式の時に、可愛い女の子を先生が連れていた。それが紀子さんじゃった。わしは彼女に子供がいたなんて、全然、知らなかった。でも、それでよかったわけじゃ。昭子さんの夢を娘の紀子さんがちゃんと引き継いでいる。紀子さんはきっと、素晴らしい音楽家になるじゃろう」

 彼は満足そうに何度もうなづいていた。

 私は彼のお猪口に酒を注いでやり、自分のにも注いだ。酒をなめながら俊斎の掛軸を見つめた。一体、あの老人は何者だろう?

 旅の老僧か、隠居した侍か、きこりの親方か、山に住んでいる仙人か、いや、ただの老人だろう。自然の中にポツンといる人間に過ぎない。自然の中に溶け込んでいる人間本来の姿なんだろう。

 私は古山靖を見た。平和な顔で、てんぷらを食べていた。

「流斎さんと故郷が同じだそうですね?」

「そうじゃよ」

 口をモグモグさせながら彼は言った。

「橋田流斎、天才画家、馬鹿な奴じゃよ、あいつは‥‥‥わしらが生まれたのは長野県の山に囲まれた小さな村じゃ。ガキの頃はよく一緒に遊んだもんじゃ。奴はガキの頃から絵がうまかった。しかし、喧嘩は弱かったな。奴は暇さえあれば絵を描いていた。美術全集を出す時に、奴のスケッチやらデッサンやらを整理してみたが、そりゃあ、もう莫大な数じゃったよ。とても、一日や二日で見られるもんじゃない。わしは奴の作品を整理してみて、奴が自殺したわけが、おぼろげながら分かったような気がして来た。奴はもう、すべてをやってしまったんじゃな。奴が死ぬ前に残したスケッチを見ると、ほんとに単純で、まるで、子供の落書きのようじゃった‥‥‥結局、絵を描くためだけに生まれて来たようなもんじゃな。絵が描けなくなったら自殺しちまった‥‥‥奴は十八の時に妹さんを連れて、村を突然、出て行ったんじゃ。二人の親は勘当したって言っていた。理由は教えてくれなかった。どこに行ったのかも知らないと言ったんじゃよ。その頃の久江さんは十六歳で村一番の別嬪(べっぴん)じゃった‥‥‥まだ、戦後のゴタゴタしていた時期で、わしも二人の事はまったく忘れてしまったよ。その後、奴に会ったのは昭子さんの店に通い始めてから半年位経った頃じゃった。わしはその当時、雑誌の出版をやっててな、仕事で流斎に会ったんじゃよ。会うまでは全然、奴だとは知らなかったんじゃ。ただ、有望な画家だと聞いたもんで、ちょっと取材に行ったわけじゃ。やあ、驚いた。まったく、たまげたよ‥‥‥奴から久江さんの事も聞いて、それから、静斎先生とも知り合いになったわけじゃ。その日から、わしと流斎はまた、昔のように付き合い始めた。しかし、一年位しか続かなかった。奴は突然、海の中に飛び込んでしまったんじゃ。水にふやけてブヨブヨになって、岩にぶつかって傷だらけ、とても、人間とは思えない死体が上がった。奴が最期に残した作品じゃ。美を追究しながら自分自身は醜くなって死んでいきやがった。馬鹿じゃよ。あいつは本当の馬鹿じゃ‥‥‥」

 古山靖は急いで酒を流し込んだ。苦い顔をしていた。

「おい、酒が足らんぞ」

 彼は奥さんの顔も見ずに言った。奥さんは何も言わずにうなづいて、穏やかな顔のまま出て行った。

 私も酒を流し込んだ。苦い味がした。

「昭子さんが、いつ、亡くなったのか覚えてますか?」

「さあ、日にちまで覚えとらんよ。ただ、流斎が死んだのが、昭和五十三年の四月二十二日じゃった。その一ケ月位前に昭子さんは殺されたんじゃ。三月の半ば頃かのう。そういえば、昭子さんが殺された頃、鎌倉でココシュカ展をやってたのう。流斎と一緒に行ったのを覚えてる。それが、奴に会った最後になっちまった」

 引き留める古山靖をうまく丸め込んで、夫人に礼を言って別れを告げた。彼は酒に向かって馬鹿な奴じゃと呟いていた。テレビでは北島三郎が私の知らない歌を歌っていた。

 あまり酔ってはいなかったが、ジープは古山邸に預けて歩く事にした。番犬は大きな犬小屋の中で丸くなっていた。眠そうな目をして私の帰るのを見送ってくれた。

 都心につなぐ電車の駅は近くにあった。時計を見たら、もう四時近くだった。

 紀子の事と本当の母親の事、流斎と静斎の関係はいくらか分かったが、紀子がどこにいるのかは分からなかった。

 紀子の母、昭子の死と一月後の流斎の死が気になった。しかし、ほんの少しだった。私の頭はすでに鈍くなり始めていた。

 古山靖が言った『美を追究しながら、自らは醜くになって死んでいった』という言葉が、頭に付いて離れなかった。それが、芸術家の本質なのかもしれない。

 携帯電話で歯医者の高橋に電話した。

 受付の女が出て、しばらくして、高橋の声が聞こえた。東山の部屋を荒らしたのは芸能プロの者と分かったが、東山は見つからない。東山は芸能プロの男に追われて逃げ回っているらしい。芸能プロの男たちも東山を追っている。奴らは東山の部屋を荒らしたが、欲しい物を手に入れる事はできなかったらしい。多分、東山はそれらを持って逃げ回っているに違いないと言った。

 高橋は芸能プロの者より先に東山を捕まえて写真を取り戻してくれ。謝礼はいくらでも出すと言って電話を切った。

 私は山崎から聞いた藤沢隆二の連絡先に向かった。




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