酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







壱岐島




 取り引きも無事に済んで、夜明けと共に坊津(ぼうのつ)を出帆したサハチたちを乗せた船は、甑島(こしきじま)に一泊してから五島列島へと向かった。

 甑島から五島列島までは、かなりの距離があって、途中に島などなく海しか見えなかった。九州から大分離れてしまったとサハチは思っていたが、九州は東の方にあると言って、ヒューガは荷物の中から絵地図を出して見せてくれた。以前、対馬(つしま)にいた時に、サンルーザが描いた絵地図を写したのだという。

 その絵地図は、サンルーザの故郷の対馬島を中心に描いたもので、九州と高麗(こうらい)(朝鮮半島)と(みん)の国も描いてあり、琉球から坊津までの島々も描いてあった。サハチは絵地図を見ながら、琉球から今まで通って来た島々をたどって、位置関係を頭に入れた。その絵地図を見ると、確かに五島列島の右側に九州はあった。九州の左側には、甑島や五島列島の他にも島がいっぱいあった。博多と対馬の間にも、壱岐(いき)という島があり、対馬と高麗の国の間にも、島がいくつも描かれてあった。そして、高麗の国の左側に海があって、その先に大きな明の国が描いてある。明の国の海岸線はずっと下まで続いていて、琉球と海を隔てて左側も明の国だった。

「琉球から西の方にずっと行くと明の国があるんですね」とサハチはヒューガに聞いた。

「そのようだな」とヒューガはうなづいた。

「サンルーザ殿から聞いたんだが、琉球から明まではうまく風に乗れば、早くて十日で行けるという。途中、島など何もない。暴風に襲われて、方向がわからなくなってしまえば遭難してしまう。途中に黒潮が流れているから、それをうまく超えられないと、ヤマトゥまで流されてしまうらしい」

「海しか見えない所を十日間ですか‥‥‥遠いですね」

 サハチは読谷山(ゆんたんじゃ)にいた宇座(うーじゃ)按司を思い出していた。あの人は何度も明国に行っていた。明の国に行った時の苦労話を懐かしそうに話してくれたが、話に聞く程、簡単な事ではないとサハチは思い、改めて、宇座按司の凄さを感じていた。

「サンルーザ殿もサイムンタルーも明国に行っている」とヒューガは言った。

「えっ」とサハチは驚いて顔を上げた。

倭寇(わこう)としてだ。対馬から高麗に渡り、高麗の西側に沿って北上して明の山東(シャントン)半島に渡って南下して行くらしい。最近は済州島(チェジュとう)から一気に大陸に渡る航路も使っているようだな」

 サハチは絵地図を見ながらヒューガが言った航路を目で追った。済州島は高麗の国の南側にあって、対馬と明国の間にあった。その島の名は聞いた事があった。父がヤマトゥに行った時、済州島で海に潜って、アワビという貝を捕っていたと言っていた。

「済州島というのはヤマトゥなんですか」

「いや、ヤマトゥではない。一応、高麗の国の領土になっているようだが、島の者たちは反発していて、高麗の思うようにはいかんらしい。済州島も倭寇の拠点になっていて、島の者たちも一緒になって高麗を襲撃しているようだな」

「そうですか。師匠はアワビという貝を食べた事がありますか」

「アワビ?」とヒューガは怪訝(けげん)な顔をしてサハチを見た。

「食べた事はあるが、アワビがどうかしたのか」

「父は済州島でアワビを捕って食べたそうです。ヤクゲー(ヤコウガイ)に似てるけど、ヤクゲーよりもずっとうまいと言っていました」

「佐敷按司殿が済州島でアワビ捕りか」

 そう言ってヒューガは笑った。

「想像もできんが、やはり、佐敷按司殿もウミンチュなんだな。わしもアワビは食べた事はあるが、干しアワビだ。捕り立てのアワビはさぞうまいだろう」

「食べてみたいですね」と言って笑うと、サハチはまた絵地図に目を落とした。

 日暮れ前には五島列島の最南端の福江島に着いた。船は福江島の西側にある島との間を通って小さな港へと入って行った。

 福江島にはサンルーザの弟、早田備前守(そうだびぜんのかみ)がいた。この島は琉球に行くための準備をする港で、琉球に持って行く商品を保管している倉庫があった。

 倉庫と言っても、見た目はこの島にある民家と同じで、貴重な物は床下に隠しているようだった。日本刀など武器類に鎧兜(よろいかぶと)、鉄の鍋や農具類、扇子(せんす)(うるし)の工芸品などが隠してあり、土間には、この島の特産品である塩が麻袋に入って積んであった。その塩は勿論、琉球にも運ばれて取り引きに使われた。坊津で鮫皮と交換した大量の日本刀もそこに保管された。

 その倉庫を管理しているのが備前守で、この島に来て十年以上が経つという。琉球にも一度、来た事があって、サハチは備前守を覚えていた。

 福江島には二日間滞在した。

 ウミンチュにアワビの事を聞くと、この島でも捕れるという。サハチはウミンチュたちと一緒に海に潜ってアワビを捕り、ヒューガと一緒に生で食べてみた。確かにヤクゲーに似ていたが、コリコリしていて、ずっとうまかった。ヒューガは泳げないと言って海には入らなかったけど、アワビはうまい、うまいと満足そうに食べていた。

 備前守と別れて、船は五島列島を北上し、いくつもの島を右に見ながら最北端の宇久島(うくじま)まで行った。宇久島の北の入り江に入って一晩を過ごして、次に着いたのは、壱岐島(いきのしま)だった。

 壱岐島は今まで見てきた島と違って、山が少ない平らな島という印象だった。壱岐島にはサンルーザの娘婿でサイムンタルーの義兄、藤五郎(とうごろう)がいた。

 藤五郎は高麗人だった。十二歳の時に高麗の国から対馬に連れ去られて来て、サンルーザの船で雑用をして働いた。頭が良く、見所(みどころ)があったので、サンルーザのもとで育てられた。武芸も身に付けて家臣となり、海賊働きでも活躍した。高麗の言葉も日本の言葉もわかるので通訳としても活躍し、サンルーザに認められて娘婿になり、早田藤五郎と名乗っていた。

 壱岐島は博多と対馬の中程にあり、博多で取り引きする商品を保管する倉庫があった。五島の福江島と同じように、見た目は普通の民家が倉庫になっていた。その倉庫にサンルーザの指示で、水夫たちは船に積んである荷物を次々に運び入れていた。

 サハチは不思議に思って、「博多で取り引きをするのではないのですか」とサンルーザに聞いた。

「どうも、難しいらしい」とサンルーザは首を振った。

「博多は北朝の今川了俊(りょうしゅん)に押さえられているんじゃ。今のわしは南朝のために働いてはおらんのじゃが、了俊は対馬の奴らは南朝だと思っているんじゃよ。もうそろそろ大丈夫じゃろうと思っていたんじゃが、まだ無理らしい。あの船で博多に乗り込んだら捕まってしまって、荷物は没収されてしまうじゃろう」

「それでは博多には行けないのですね」とサハチは残念そうな顔をした。

「わしは行けんが、左衛門太郎と一緒に行けばいい。もっと小さな船でな。ここまで来れば、博多はすぐそこじゃ」

 ここでは馬の飼育もやっていて、数十頭の馬が放牧されていた。サハチはヒューガと一緒に馬を借りて、島の中を散策した。

 この島も二十年前までは(いくさ)があったが、今は松浦党(まつらとう)志佐(しさ)氏と佐志(さし)氏が治めているので戦はない。それでも城には近づかない方がいいとサンルーザに言われた。サンルーザの拠点は島の東側にあり、佐志氏の城は北側、志佐氏の城は南側にあるという。

 サハチとヒューガは川に沿って上流の方に行ってみた。神社という神様の家があちこちにあって、サハチにとっては珍しく、面白かった。琉球にも神様はいっぱいいるが、ヤマトゥにも神様はいっぱいいるらしい。琉球の神様には家などないが、ヤマトゥは寒いので、神様も家の中にいるのだろうかと思った。神社は皆、琉球と同じように森の中にあるのだが、森の樹木(きぎ)は琉球とはまったく違い、あちこちに咲いている花も違っていた。

 景色を眺めながら馬に揺られていたサハチは、ふと思い出した事があった。

「師匠、琉球の中山王(ちゅうざんおう)察度(さとぅ)はこの島に来ていたんですよね」とサハチは振り返ってヒューガに聞いた。

「そういえば、壱岐島の倭寇として暴れていたとクマヌ殿が言っていたな。ここが倭寇の拠点だったのか。いや、今も拠点に違いない」

「海に行こう」とサハチは言って馬の首を回し、来た道を引き返した。

 海辺に出て、木陰で休んでいる老人を見つけると馬から降りて、「ジャナとタチを知っていますか」とサハチは聞いてみた。

 老人はサハチたちを見ながら、「藤五郎殿の所のお客人じゃな」と言った。海の方に目を移して、「懐かしいのう」と独り言のようにつぶやいた。

「知っているのですね」とサハチは期待を込めて老人を見た。

 老人はサハチを見るとニヤニヤと笑った。

「随分、昔の事じゃよ。久し振りにその名を聞いたわ。ジャナさんにタチさん‥‥‥遙か昔の事だったような気がするのう。あの頃、わしも一緒に暴れておったんじゃ。あの頃は実に面白かった。毎日が生き生きしておった」

 サハチとヒューガは顔を見合わせて、うなづき合い、老人の隣りに腰を下ろした。中山王を知っている人が、こんなにもすぐに見つかるなんて本当に運がいいと、さっき見た神社の神様に感謝した。

「爺さんはジャナと同じ船に乗っていたのか」とヒューガが聞いた。

「ジャナさんがお(かしら)(船頭)になってから、ずっと一緒に戦って来たんじゃ。ジャナさんは怖いもの知らずでな、いつも先頭をきって攻め込んだ。わしらも負けじと突撃したもんじゃ。戦果を挙げて帰って来ると、もうお祭り騒ぎじゃ。飲めや歌えと‥‥‥」

 老人は昔を思い出しているのか急に言葉を止めた。

「ある日、高麗に向かう途中、(げん)の国から帰って来る船と出会ったんじゃ。京のお寺さんが送った船じゃった。お(かみ)(室町幕府)がからんでいるんで、お頭(首領)も手を出すなと言ったんじゃが、ジャナさんは聞かなかった。わしらの船が突っ込んで行くと皆、わしらの船に付いて来た。お頭も仕方なく総攻撃を命じて、その船を奪い取ったんじゃよ。後で問題にならないように、乗っていた奴らはみんな殺した。偉そうな坊主もいたが、皆殺しじゃ。積んであった荷物をみんな移してから、その船を沈めたのさ。積んであった荷物は、まさしく宝の山じゃった。陶器やら絹やら高価な薬やら、坊さんの船だったんで、お経やら難しい書物もいっぱいあったわ。中でも、数え切れねえ程の銭があったのにはたまげた。勿論、高麗には行かずに島に帰って来た。そして、博多に繰り出して、もう、らんちき騒ぎよ。あの時の銭を、ジャナさんはうまく掠め取って琉球に帰ったのさ」

「なに、銭を盗んで帰ったのか」

「ジャナさんが帰りたいと言っても、お頭は許してくれなかったんじゃ。タチさんがうまい作戦を考えて、お頭の留守を狙って、船にたんまりと銭を積んで、その船と一緒に盗んだのさ。勿論、わしも手伝った。みんな、ジャナさんとタチさんの味方さ。後でお頭はカンカンになって怒っていたけど、みんな、知らんぷりしておったわ」

 察度が大量の銭を盗んで琉球に帰ったなんて驚きだった。その銭を使って兵を集めたのだろう。

「そのお頭は今も活躍しているのですか」とサハチは聞いた。

 老人は首を振った。

「南朝の水軍にやられて全滅したんじゃよ。もう二十年も前の事じゃ。あの頃、水軍はみんな南朝方として活躍していたんじゃが、お頭の本拠地が博多にあったもんじゃから、南朝方にはなれなかったんじゃ、わしはその前に足を怪我して船に乗れなくなっちまった。お陰でわしは助かったんじゃが、仲間はみんな死んじまった」

 老人は右足をさすりながら、静かな表情で海を見ていた。亡くなった仲間たちを思い出しているようだった。

「むっつりバサラのタチとはどういう意味なのか知っているか」とヒューガが聞いた。

 老人は楽しそうに笑った。

「タチさんはいい男じゃった。お頭(ジャナ)と違って、あまりしゃべらなかった。頭のいいお人で、敵を攻める時の作戦はタチさんがいつも立てていた。女子(おなご)にも人気があって、キャーキャー騒がれておった。琉球から来たんで、こっちの冬は寒いと言って、首に布切れを巻いていた。誰が言い始めたのか、それがバサラだと言って、むっつりバサラと呼ばれるようになったんじゃよ。その襟巻きはみんなが真似してな、わしもやっておったが、タチさんのようにはサマにならなかったわ」

 老人はサハチを見ると、「もしかして、琉球からお越しか」と聞いた。

 サハチはうなづいた。

「お頭が琉球の王様になったと聞いておるが、本当かね」

 サハチはもう一度うなづいた。

「琉球の中山王になりました。琉球も戦続きで、まだ統一されていません。琉球の王は三人いますが、中山王は一番勢力を持った王です」

「そうか、お頭がのう。お頭が帰る時、島の者が何人かついて行ったんじゃが、みんな、偉くなっておるんじゃろうのう。わしも一緒に行けばよかったのう」

 老人は目を細めて、水平線を見つめていた。

 サハチは中山王と宇座按司が若かった頃の事を想像していた。中山王は会ったことがないので、どんな顔をしていたのかわからないが、宇座按司が首に襟巻きを巻いて、この島を颯爽と歩いている姿は想像できた。娘たちがキャーキャー騒ぐのもわかるような気がした。

 藤五郎の屋敷に帰って、サンルーザに察度の事を聞くと、察度を琉球から連れて来たのは、博多にある筥崎(はこざき)八幡宮の神人(じにん)で、宝厳坊(ほうげんぼう)という海賊だという。筥崎八幡宮の領地が壱岐島にあって、そこを拠点に倭寇として高麗を襲っていた。全盛期は二十隻の船を持って暴れ回っていたが、北朝と手を組んだのが悪かった。南朝の水軍にやられて、船は皆、海に沈み、本拠地の壱岐の屋敷は焼き討ちにあって、今は何も残っていないという。

「しかしな」とサンルーザは言った。

「奴らが始めた『八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)』の旗だけは皆が真似して、今でも守り神として船に立てているんじゃよ」

 サンルーザの船にも『八幡大菩薩』の旗が風になびいていたのをサハチは思い出していた。その時、ヒューガに意味を聞いたら、戦の神様なんだが、もしかしたら、航海の無事も守ってくれるのかもしれんなと言っていた。





福江島



壱岐島




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