酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







馬天ヌル




 中山王(ちゅうざんおう)の葬儀は浮島の護国寺(ごこくじ)で盛大に行なわれた。

 跡を継いで中山王となったフニムイ、フニムイの義父である山南王(さんなんおう)汪英紫(おーえーじ)、フニムイの娘婿である山北王(さんほくおう)のハーンと三人の王が揃って、前中山王の察度の死を(とむら)った。

 フニムイは察度の生前から中山王世子(せいし)として、明との交易を行ない、『武寧(ぶねい)』という名を名乗っていた。フニムイ(船思)のフニを漢字で表現した名前だった。山北王のハーンはハーン按司を漢字に直して『攀安知(はんあんち)』という名で、去年の十月、明に使者を送っていた。

 佐敷按司を含む南部の東方(あがりかた)の按司以外は皆、葬儀に参列したという。北部の按司たちも、山北王と共に船で浮島にやって来て参列した。浮島は各按司たちを護衛する兵たちで溢れ、宿舎に入りきれない兵も多くいて、寒い中、浜辺で火を焚いて夜を明かしたらしい。

 察度の遺体は船に乗せられ、太陽が昇る東の海まで運ばれて水葬された。若い頃、共に戦った者たちの眠る海に葬ってくれと遺言を残したという。

 サハチは察度の勢力の大きさを改めて思い知った。跡を継いだ武寧が南部東方を攻め、琉球を統一しようとたくらむのではないかと心配した。今、攻められたら、父と祖父の苦労が水の泡となってしまう。サハチはウニタキに武寧の様子を探らせた。

 その後、幸いにも何事も起こらなかった。

 ウニタキの調べによると、中山王になった武寧は、従わない南部東方を攻めると主張したようだが、義父の山南王が、その事の無駄を説いて断念させたらしい。糸数(いちかじ)、玉グスク、垣花(かきぬはな)知念(ちにん)、佐敷を攻め滅ぼす事はできるが、グスクに籠もってしまえば、落とすのに時間が掛かり、戦費も馬鹿にならない。玉グスクの城下を見るとかなり寂れている。放っておいても自滅するか、向こうから頭を下げて来るだろう。それよりも、明との交易をこれまで以上に盛んにして、明の物資だけでなく、明の文化も取り入れて、琉球を発展させるべきだと言って、何とか納得させたようだった。

 サハチはホッと胸を撫で下ろした。山南王が明国に行って、考えを変えた事が幸いしていた。もし、明国に行かなかったら、今頃は攻められていたに違いなかった。

 年末に帰って来た祖父とマガーチは、キラマの島に行って来たと言った。四月の半ば頃、祖父たちは知念の辺りにいて、五人の娘を舟に乗せて久高島に送った。その時、久高島にはヒューガの船が来ていて、祖父たちが知念にいる事を知るとやって来た。祖父たちを探して、一緒にキラマの島に連れて行ったらしい。

「いい所じゃった」と祖父は東行庵で、楽しそうに言った。

「キラマには何度か、行った事があるが、あの島に行ったのは初めてじゃ。若い者たちはみんな生き生きとして、修行に励んでおった」

「俺も行ってみたいですよ」とサハチが言うと、祖父は怖い顔をして、「お前は駄目じゃ」と言って笑った。

「娘たちは何と言って集めたのです」

「娘と言っても子供じゃよ」と祖父は少し伸びた坊主頭を撫でながら言った。

「キラマの島で、クバ笠やクバ扇を作る働き手を探している。七年間は帰れないが、その後はしかるべき報酬を得て帰る事ができると言って、七、八歳から十五歳くらいまでの娘を集めたんじゃ。貧しい家では口減らしになると言って、娘を差し出したよ」

 キラマで作ったクバ笠とクバ扇は、島尻大里(しまじりうふざとぅ)の『よろずや』と浦添(うらしい)城下の『鎌倉屋』で売っていた。それに、今年の春に島添大里(しましいうふざとぅ)の城下にも『よろずや』の店を出し、そこでも売っている。島添大里の店の主人は、山伏のイブキで、ムトゥも売り子として、そこにいるらしい。ウニタキの配下の者たちは行商人になって、各地を売り歩いているようだった。

「成程ね。結構、集まりそうですか」

「ヒューガのお陰で集めやすくなっている。幼い女の子だから自分で行けと言うわけにもいかず、知念辺りで四、五人集まったら舟に乗せていたんじゃが、ヒューガと相談して、日にちと場所を決めたんじゃ。わしらは決められた日に、決められた場所に、若者と娘を集めればいい。あとはヒューガが船に乗せて、島まで連れて行ってくれるんじゃよ」

「ヒューガ殿が大活躍ですね」

「わしもな、あんな船が欲しかった。自分の船を持ってヤマトゥに行くのが夢だったんじゃ」

「サンルーザ殿に頼めば手に入ったんじゃないですか」

「頼もうと思ったんじゃが、お前の親父が按司になったからな。夢は諦めて、倅を立派な按司にしようと思ったんじゃよ」

「そうだったのですか」

「それにな、鮫皮と貝殻だけを積んでヤマトゥに行くわけにもいかん。もっと色々な物を積まなければならんし、船乗りも雇わなけりゃならん。台風が来た時は、どこかに避難させなけりゃならんし、維持するのも大変じゃと思ってやめたんじゃよ」

「お爺はもう一度、ヤマトゥに行きたいのですか」

 祖父は目を細めて笑った。

「お前じゃないが、対馬でいい仲になった娘がおってのう。もう一度、会ってみたいんじゃ」

「えっ、そんな事、サンルーザ殿から聞いていませんよ」

「サンルーザ殿も知るまい。当時、まだ十歳くらいじゃったからのう」

「お爺にそんな人がいたんですか」とサハチは祖父を見ながら笑った。

「わしより一つ下じゃったから、生きていればもう六十五じゃ」

「生きていればいいですね」

 祖父は遠い昔の事を思い出しているようだった。

 父が帰って来たのは、暮れが押し迫った頃だった。何か事故でもあったのではないかと、みんなが心配していた時、真っ黒な顔をして帰って来た。新しい村作りは順調に行っているようだった。

女郎屋(じゅりぬやー)はできましたか」と聞くと、父は怪訝な顔をして、「どうして知ってるんじゃ」と聞いた。

「ウニタキから聞きましたよ」

「そうか‥‥‥ヒューガの配下にサチョーという奴がいてな、そいつが女郎屋の親父をやっている。なかなか面倒見のいい奴で、女郎(じゅり)たちも島に来てよかったと言っておるわ」

「浮島の女郎屋からさらって行ったのですか」

「よくは知らんが、あくどい事をしている奴らを懲らしめてやったと言っておった」

「若い者が多いから大盛況でしょう」

「それが思ったほどでもなかったのう。田舎者が多いから女郎屋なんか知らんのじゃ。気に入った娘がいたら夜這いに行くと言った感じじゃな。女郎たちもうるさい客はいないし、みんなと仲よく畑仕事などをやっている」

「そうでしたか。台風は大丈夫でしたか」

「あれには参ったぞ。ほとんどの小屋が吹き飛ばされてしまった。それでも人手があるからな。すぐに立ち直ったよ」

「ヒューガ殿の船は?」

「わしらの島の近くにザマン(座間味)という島があるんじゃが、そこにいい避難場所があるんじゃよ。そこに避難して無事じゃった。そういえば、その船に、お前がサンルーザ殿からいただいた旗を真似して『八幡大菩薩』と『三つ巴』の旗を掲げた。その旗は島にも掲げてある」

「そうですか。その旗を掲げていれば、倭寇(わこう)だってわかりますね」

「うむ。久高島はもう完全に引き上げた。マニウシにもキラマの島に移ってもらって、修行者たちを鍛えてもらっている」

「サスカサ(がみ)もフボーヌムイから出て、その島に移ったそうですね」

「おう、そうじゃ。島の守り神になってもらっておる。あのお方はまさしく神様じゃな。言葉では言えんが、あのお方がいるだけで、皆、安心しているし、島の者たちも一つにまとまっていると言える。やはり、ヌルの力というものは凄いもんじゃのう。あのお方が来てくれなかったら、こんなにもうまくは行かなかったじゃろう」

「一度、行ってみたいですね」

「そいつは無理じゃ」と父は祖父と同じような顔をした。

「あの島は倭寇の島じゃ。佐敷がつながっている事がわかれば、ここが危険となる」

「ええ、わかっています。じっと我慢しますよ」

 年が明けて、恒例の儀式が済むと、父も、祖父とマガーチも張り切って旅立って行った。

「今年はヤンバル(北部)巡りだ。初めて行くので楽しみじゃ」と祖父は嬉しそうだった。

 父たちが旅立った日、娘たちの剣術稽古が始まった。今年も佐敷ヌルと侍女たち、ヤグルーの妻のウミチルの姿はあったが、馬天ヌルの姿が見当たらなかった。不思議に思って、妹の佐敷ヌルに聞いたら、馬天ヌルは旅に出るという。サハチは驚いて、馬天ヌルに会いに向かった。

 祖父の屋敷の前で馬天ヌルと行き会った。

「あら、これから行こうと思っていたのよ」と馬天ヌルは言って笑った。

「旅に出るので、挨拶に行こうと思っていたの」

「旅って、一体、どこに行くんです」

「こんな所で立ち話もあれだから、戻りましょ」

 祖父の家の庭を通って、隣りにある馬天ヌルの屋敷に向かった。

 祖父の屋敷には馬天ヌルの妹で、サハチの叔母のマウシの家族が祖母と一緒に暮らしていた。マウシの家は去年の台風で潰れてしまい、祖父の家に避難していたが、祖母に頼まれて、そのまま、そこで暮らしていた。せっかく隠居屋敷を建てたのに、祖父は旅に出ていていない。一人でいるのは寂しいから、マウシたちにいて欲しいと頼んだのだった。

 マウシの夫は鮫皮作りの職人だった。子供は四人いて、十四歳の娘を筆頭に、女の子三人と末っ子が七歳の男の子だった。そこに馬天ヌルの六歳になる娘、ササが加わって、祖父の屋敷は賑やかだった。

 馬天ヌルはサハチを屋敷に上げると、木箱に入ったガーラダマ(勾玉(まがたま))を見せた。

「旅に出なさいって、これが言うのよ」

「これは親父が持って来たガーラダマですね」

 馬天ヌルはうなづいた。

「兄の話だと、これは代々、浦添のヌルに伝わって来た物らしいの。いつからだかわからないけど、これは相当に古い物だわ。それが代々伝わって、察度に滅ぼされた西威(せいい)の姉が、志喜屋(しちゃ)大主(うふぬし)に預けたの。ヤナムン(悪霊)が取り憑いているから(はら)ってくれってね。西威の姉は志喜屋の大主に預けたまま、亡くなってしまったわ。それから、兄さんが行くまで、このガーラダマは長い眠りについていたのよ」

「西威の姉は、どうして具合が悪くなったのでしょう。代々、浦添のヌルはそれを付けていたんでしょう」

「前に、フカマヌルさんから聞いた事があるの。西威のお祖母(ばあ)さんは三代前のフカマヌルの妹で、久高島で生まれたらしいのよ。多分、西威の姉さんにもフカマヌルの血が流れていて、フカマヌルの血が、浦添ヌルの血と合わないんじゃないかしら」

「血ですか」とサハチは首を傾げた。

 ガーラダマに血の違いなんかわかるのだろうかと不思議だった。

「これを持っていないとなると、今の浦添ヌルは本物ではないという事ですよね。叔母さんが本物の浦添ヌルって事になりますよ」

「それを確かめるために、旅に出るのよ」

「今の浦添ヌルは、亡くなった中山王の娘ですか」

「そうらしいわね。今の中山王の姉さんだと思うわ」

「浦添に行って、浦添ヌルに会うのですか」

 馬天ヌルは首を振った。

「偽物に会っても仕方ないわ。あたしは各地のウタキ(御嶽)を巡って、神様の声を聞こうと思っているの。すべて、神様のお導き通りに動くから、どんな旅になるかはわからないわ」

「最初にどこに行くのですか」

「知念のセーファウタキ(斎場御嶽)よ。サスカサ神から言われていたの。セーファウタキに行きなさいって。でも、行くべき時が来るまで待っていなさい。すぐに行っても駄目よ。行くべき時が決まっているのと言われたの。そう言われても、あたしにはいつなのかわからなかった。そのうち、ササが生まれて、あたしは動けなくなってしまったわ。これも神様の思し召しだと思って、あたしは焦らずに待っていたの。そして、新年の儀式の時、不思議な事が起こったの。夜明け前に、佐敷ヌルと一緒に馬天浜で(みそ)ぎをして、佐敷グスクに登って、『ツキシルの石』の前でお祈りした時、その石が光ったの。まるで、お月様みたいに光っていたわ」

「四度目か」とサハチは言った。

「えっ」と馬天ヌルはサハチの顔を見た。

「マシュー(佐敷ヌル)も見たのですか」

「マシューは見ていないわ。マシューは毎朝一番にお祈りするから、その時はあたし一人だったの。ねえ、四度目って何よ」

「あの石が光った回数ですよ」

「三度目じゃないの」

「マチルギが見たんです」

「ええっ、お師匠が‥‥‥」

「俺がまだヤマトゥ旅から帰って来る前、お袋に呼ばれて、一の曲輪に登った時、光ったと言っていました」

「そうだったの。お師匠はやはり、何かを持っているのね」

「マチルギが何を持っているのですか」

「あたしにはまだよくわからないけど、お師匠はあなたにとって、必要な人だという事は間違いないわ」

 マチルギは妻なんだから必要な人に違いないが、馬天ヌルが言っているのは、それ以外の意味を含んでいるようだった。

「石が光ったから旅に出るのですか」とサハチは聞いた。

「儀式が終わったあと、帰って来て、久し振りに、それを首に掛けてみたの。そしたら、旅に出なさいって言ったのよ」

「これが言ったのですか」とサハチはガーラダマを見て、そして、馬天ヌルを見た。

 信じられなかったが、馬天ヌルの顔は真剣そのものだった。その真剣な顔が、なぜかおかしかった。

「叔母さん、いくつになりました」とサハチは聞いた。

「何よ、改まって。とうとう、四十になっちゃったわよ」

「えっ、四十ですか。とても四十には見えない。どう見ても三十ですね」

「ありがとう。マウシなんか、あたしの事、マジムン(化け物)だって言うのよ」

「二人が一緒にいたら、マウシ叔母さんの方が年上に見えるからでしょう。それで、いつ、出掛けるのですか」

「明日よ」

「まさか、一人で行くんじゃないでしょうね」

「二人を連れて行くわ。二人とも、かなりの腕前だから大丈夫。心配いらないわよ」

「二人って誰です」

「ユミーとクルー」

「ああ、あの二人ですか」とサハチはマチルギの弟子の二人を思い浮かべた。

 二人とも三、四年、修行を続けていて、二人の強さはマチルギからも聞いていた。二人とも背が高くて大柄で、他の娘たちより頭一つ高いので目立っていた。二人とも二十歳前後で、嫁に行くのは諦めているらしい。

「その二人、前から目を付けていてね。旅に出る時は一緒に行ってねって頼んでおいたの。刀を持って旅するわけにはいかないから、棒術と石つぶてのお稽古もさせていたのよ」

「あの二人が一緒なら大丈夫だと思うけど、やはり、女だけだと心配ですよ」

 馬天ヌルは笑って、「これが守ってくれるわ」と言ってガーラダマを示した。

 翌日、娘を妹のマウシに預け、馬天ヌルはユミーとクルーを連れて旅立って行った。ユミーとクルーの二人も神人(かみんちゅ)の格好で、クバ笠をかぶって杖をつき、荷物を背負っていた。馬天ヌルも女としては背が高い方で、それ以上高い二人を連れて歩く姿は目立つし、何か目に見えない迫力があった。

 例のガーラダマを首から下げて、自信に溢れた馬天ヌルは何か、とんでもない事をするような予感がした。

 サハチはウニタキに馬天ヌルを守るように頼んだ。

 正月の下旬、サイムンタルーがやって来た。

 三年前の約束通り、大量の米と武器を持って来てくれた。米と武器は馬天浜に下ろさずに、そのままキラマに持って行くようにお願いした。今は風向きが悪いので、三月を過ぎたら持って行くと言ってくれた。

 鮫皮の取り引きが終わったあと、サハチは恒例の歓迎の宴を開き、そこで踊り子の舞を披露した。ウミチルの指導で、稽古を続けてきた甲斐があって見事なできばえだった。サイムンタルーもクルシも喜び、叔父のウミンターと苗代大親(なーしるうふや)も素晴らしいと喜んでくれた。サイムンタルーとクルシから、ヤマトゥで流行っている踊りや歌などを聞いて参考にした。

「混乱していたという高麗(こーれー)は落ち着きましたか」とサハチはサイムンタルーに聞いた。

「高麗の国は滅んで、今は朝鮮(チョソン)という国になったんだ」とサイムンタルーは言った。

「朝鮮?」

李成桂(イソンゲ)が王になって、新しい国ができたんだよ」

「そうだったのですか」

「都も開京(ケギョン)(ケソン)から漢城(ハンソン)(ソウル)に移したらしい」

 そう言われても、サハチには開京も漢城もどこにあるのかわからなかった。

「国が新しくなって海岸の守りも、高麗の時より厳しくなって来た。出掛けて行っても、収穫よりも損害の方が大きい場合もある。ヤマトゥの国も南北朝の争いも治まって、京都の将軍を中心にまとまりつつある。もう倭寇が活躍する時代ではないのかもしれない」

 サイムンタルーは酒を飲み、苦そうな顔をすると、「去年、兄貴が戦死したんだ」と言った。

「えっ、兄さんというと富山浦(プサンポ)(釜山)に住んでいた人ですね」

「そうだ。兄貴の敵討ちだと攻めて行ったら、敵の待ち伏せに遭って、五島(ごとう)の叔父御が亡くなっちまった」

「五島の叔父御というのは、備前守(びぜんのかみ)殿ですね」

 サイムンタルーはうなづいた。

 サイムンタルーの兄の次郎左衛門は、跡継ぎにふさわしい貫禄のある武将だった。サハチは話をした事はないが、奥さんは高麗人で綺麗な人だった。富山浦で『津島屋』をやっている五郎左衛門の話だと、若い頃、次郎左衛門はよく富山浦に来ていて、奥さんと出会い、一目惚れしたらしい。父親のサンルーザに猛反対されたが、五郎左衛門の説得で何とか許され、奥さんと一緒になった。嫡男でありながら高麗で暮らしていても、サンルーザの期待は大きかったようだった。

 備前守は五島の福江島にいて、サハチもお世話になっていた。

「二人を失ったのが大分応えたとみえて、親父は隠居してしまった。俺は中尾の姓から早田に戻って、親父の跡を継いだんだ」

「サイムンタルー殿がお頭になったのですか」

「お頭になったら、以前のように無茶はできなくなってしまった。みんなの命を預かる事になったのだからな」

 サイムンタルーは酒を飲むと、サハチを見て力なく笑った。

 何年か前にサイムンタルーの弟の左衛門次郎が戦死して、今回、兄と叔父が戦死した。サンルーザは勿論の事、サイムンタルーもかなり辛いのに違いなかった。

 今回、イトの父親のイスケは、三男のカンスケを一緒に連れて来ていた。サハチが対馬に行った時、七歳だったカンスケは十六歳になり、立派な若者になっていた。

「今回が最後の船旅じゃ。あとは倅に任せる」とイスケはカンスケを見ながら言った。

「イトの娘のユキは九歳になって、母親と一緒に海に潜っている。母親に似て気の強い娘じゃ。もう少ししたら剣術も教えて、女船頭にするとイトは張り切っておるわ」

 イスケは楽しそうに笑った。

 イトが娘と一緒に海に潜っている姿を想像して、いつの日か会いに行きたいとサハチは思っていた。





セーファウタキ




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